大崎さんには負けられない。   作:バナハロ

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踏んだ日

「甜花ちゃん、あの男ぶっ飛ばしちゃダメなの?」

「えっ、ど、どうしたの? なーちゃん……」

 

 大崎家にて突然、妹が発狂でもしているかのような事を抜かし、姉は軽く引いてしまった。

 

「言ったよね、甘奈。誕生日プレゼント貰うために、わざわざ良い人アピールすることはないって」

「あ。うん……言ってた、気がする……」

「その上で、見てよこれ」

 

 言いながら甘奈が懐から出したのは、数枚の写真だった。まるで隠れながら撮っていたように壁や物影が映り込んでいるのが気になる。

 

「えっと……これ、どうしたの……?」

「え? 撮ったんだよ?」

「と、盗撮……?」

「違うよ。不倫現場の証拠写真」

 

 ちょっと理解が追いつかない。ほぼ付き合っているとはいえ、まだ名義上は付き合っていないはずなのに。

 

「えっと……これは?」

「まず一枚目がこれ。灯織ちゃんが自主練終わるまでわざわざ掃除を待っていた挙句、果穂ちゃんのお世話をしていた夏葉ちゃんに紳士的に振る舞うヒデちゃん」

「えっ……」

「次がこれ。果穂ちゃんを背負ってる癖に、道に迷った咲耶さんをわざわざ寮まで送り届けるヒデちゃん」

「あ、う、うん……?」

「で、さらにこれ。甘奈との下校を断ったくせに、愛依ちゃんにわざわざ傘を貸した上に一緒に下校してるヒデちゃん」

「……えっと、どうやって写真撮ったの?」

「後つけたり偶然だったりしただけ。どう思う?」

 

 質問に答えてくれてはいる。でも、話題を戻すのがあまりに早すぎる。甜花じゃなかったら見逃しちゃうね、なんて頭の中で思うほどだ。

 そんな話はさておき、ほぼストーカーのようになっている妹が心配だった。この子、少し拗らせ始めていないだろうか? 

 

「甜花ちゃん?」

「あ、うん……えっと、それで……?」

「だから、この男の誰にでも優しくする所をやめて欲しいの」

「は、はぁ……」

 

 そうは言うが、おそらくこれらは仕事の一環だ。いや、明らかに時間外のものはあるとはいえ、事務所に勤めている以上は放ってはおけない内容ばかりだ。

 これを責めるのは如何なものか、と甜花は思うのだが……妹のオーラが少し怖い。

 ここは、甘奈の気持ちを尊重しつつ話すしかないのだが……甜花には具体的な解決方法が思いつかない。だって、秀辛は悪い事していないけど、そこを甘奈が怒っているのだから「むしろどうしようもなくない?」って感じだ。

 とりあえず、質問で返して時間を稼ぐことにした。

 

「じゃあ……なーちゃんは、どうして欲しかったの……?」

「それは勿論、仕事の時間以外でわざわざ他の子に優しくすることは……いや、でもアレで咲耶さんがそのまま寮に着けなかったら大変だし……愛依ちゃんも、ずぶ濡れで事務所に来て風邪引いたら大変だし……」

 

 なんか勝手に悩み始めた。これは甜花にとってチャンスだ。今のうちに、姉として良い解決策を考える所だろう。

 

「というか……ヒデちゃんのそういう優しい所、甘奈も好きだし……他の子には優しくしないで、っていうのは少し違うのかな……」

 

 なにせ、甜花にも甘奈の気持ちは分かる。中学二年生の時は、甘奈が他の女子と仲良くしていて、自分に構ってくれなかった時は中学生ながらに嫉妬して拗ねてしまったこともある。

 なんで、自分を放っておいて他の子と仲良くしてるの、と思ったものだ。

 

「うう……でも複雑だなぁ……。そもそも、あの調子じゃ結局、他の子からも誕プレ貰っちゃいそうだし……せめて、甘奈のプレゼントを一番、大事にして欲しいのに……というか、そもそも一番喜ばせられるかも不安になって来た……」

 

 そうだ。であれば、甘奈は悪くない。誰にでも良い顔をする秀辛が悪いのだ。せめて仕事のオンオフくらいはしっかりしてくれないと、彼の為にもならない。

 少しくらいなら時間過ぎでも良いですよ、が何度も続くと、いつのまにか残業手当のない残業が当たり前になるのだ。

 

「ううん……そんなんじゃダメ。あんなに誕生日に良い物をもらったんだもん。弱気にならないで、今度は甘奈が良いものをあげないと!」

 

 となれば、話は単純。甘奈の肩を持ち、正面からやっつけてしまえば良い。灯織を待っていたり、夏葉に丁寧な対応をするのは良いとして、わざわざイケメンを寮まで送ってあげたり、黒ギャルに傘を貸してあげるのは良くない。甘奈がいるのだから。

 

「よし、決めた。甜花ちゃん!」

「甜花も、決めた……! なーちゃんがあの男をとっちめるの……手伝う!」

「え、とっちめた方が良いの? じゃあそうする!」

 

 彼の誕生日の三日前の出来事であった。

 

 ×××

 

「ヒデちゃん、女の子にばかり良い顔するのやめなさい!」

「え、急に何? 酒でも飲んだ?」

「ヒデちゃんが親切にして良いのは甘奈だけなんだからね!」

「いや仕事だしそうはいかんでしょ」

「うっ……ど、どうせ誕プレ欲しくて他の人にアピールしてたんでしょ⁉︎」

「いや全然、違うんだけど。え……お前結局、俺のことそういう風にしか見えてないの?」

「え、いやそんなことは……」

「もういいわ。今から、有栖川さんのトレーニングで死にかけてる園田さんのマッサージだし行くわ」

「え、ずるっ……待っ」

 

 開幕で喧嘩になった。当たり前である。ソファーの上で他の女の子の脹脛を圧迫するようにマッサージする秀辛を見ていられなくなった甘奈は、甜花を引き連れてビジュアルの自主練を千雪としながら愚痴っていた。

 

「何がいけなかったのかな……」

「甜花にも、分からない……」

「いや何もかもだと思うけど……」

 

 当然のツッコミが唯一の大人から弾け、同じ顔をした二人はガバッと顔をあげる。

 

「「どの辺が⁉︎」」

「いや本当に分からないの⁉︎」

「だって、甜花……自分の経験を踏まえて、意見してみて……」

 

 聞こえは良いが、引きこもりコミュ障の経験をどう活かせというのだろうか? 

 

「甘奈は、甜花ちゃんが言った事なら仕方ないかなって……」

 

 お前は自分で判断しろ、という感じだ。甜花ちゃんの言うことは全部正しいのかと小一時間ほど問い詰めたい。

 ため息をついた千雪は、仕方なさそうに二人の話に乗る。

 

「あのね、ヒデちゃんは別に誕生日プレゼントが欲しくてみんなに親切にしてたわけじゃないよ」

「え、そうなの?」

「そうだよ。ていうか、分かってたでしょ?」

「でも、甜花ちゃんが……」

「甜花、悪い事言った……?」

「「言ってない」」

 

 可愛さには勝てなかった。涙目で言われて二人揃って答えると、千雪は甘奈の方だけを向いて言った。

 

「とにかく、今回は甘奈ちゃんが悪いんだから、ちゃんと謝りましょう?」

「うっ……ど、どうしよう……でも、甘奈……ヒデちゃんに酷い事……」

「大丈夫。ヒデちゃんはちゃんと話を聞いてくれる子でしょ?」

「……そ、そうだけど……」

「じゃあ、行っておいで」

「うん……!」

 

 流石、アイドルの中でも年長者の千雪だ。落ち着いた意見を聞かせてくれるものだ。

 おかげで、甘奈も自分の気持ちをちゃんと伝える決心がついたものだ。

 

「行って来ます!」

「うん。いってらっしゃい」

 

 気合を入れて秀辛の元に向かう甘奈の背中を眺めながら、千雪はニコニコしながら甜花に声をかけた。

 

「甜花ちゃん」

「な、何……?」

「上手くいくと思う?」

「……際どい」

「原因は?」

「ヒデくん……」

「わぁ、一緒」

「見守りに、いって来ましゅ……!」

「私も」

 

 こっそりと後をつけた。何だか不味い気がしたから。

 

 ×××

 

 甘奈は少しソワソワした様子で、秀辛がいる部屋を探す。と言っても、大体察してはいるが。

 マッサージすると言っていた。アイドルの身体にベタベタ触る時点でギルティ確定だが、仕事でのマッサージなので甘奈はこの際、許可をする事にした。まずは態度を悪くしてしまったことを謝らないといけないから。

 今頃、おそらくレッスンルームだろうか? 早速、こっそりと中を覗いてみると……。

 

「あっ、そ、そこっ……そこ、良い……!」

「ふふっ、ここ? ここが良いの?」

「あっ、んっ……そ、そこ……そこ!」

「欲しがりさんね……妹にこんな姿見られて恥ずかしくないのかしら、ほんとに」

「お兄ちゃん……気持ち良さそうだね!」

 

 智代子と夏葉に、背中を踏みつけられている姿を果穂に見られているバカの姿が目に入った。

 

「何してんの⁉︎」

 

 思わず声を上げてしまう。すると、四人ともこちらを振り向く。

 

「何って……マッサージよ。この子、身体バッキバキに固いんだもの」

「いつもいつも働きすぎだよ」

「私じゃ軽過ぎるみたいで……なので、重いお二人にお願いしています!」

「「果穂」」

「ぷふっ……!」

「潰すわよ」

「うん」

「ぐえっ……!」

 

 思いっきり体重をかけられているが、何にしても許されない。何がって、羨ましいし憎たらしいからだ。

 

「ひ、ヒデちゃんを踏むのはダメ! それ潰してるでしょ!」

「今のはこの子が悪いでしょ」

「うん。今笑ったから」

「そ、そうだけど……じ、じゃああと10秒踏んだら満足して!」

「許可だしてんじゃねーか!」

「ていうか、甘奈も踏む」

「なんでだー⁉︎」

 

 今度は三人がかりで踏まれ始めた。甘奈も少しいらっとしたので、わざわざ正面に立って肩を踏む。意外と悪くない。

 

「大体、甘奈がいるのにマッサージをするならともかく、してもらうってどういう了見?」

「いや、別に俺からしてくれって言ったんじゃなくて……あ」

「凝ってるなら甘奈に言えば良いのに。固くなってるって言われたなら、その場ですぐマッサージしてもらわないで、後で甘奈に頼むって言えば良いじゃん」

「ちょっと待って甘奈。それやばっ」

「うるさい。今、お説教中。とにかく、これからはヒデちゃんのマッサージも全部甘奈が……」

「パンツ見えてるんだけど」

「……はえ?」

 

 なんか直球で言われる。確かに、いくらうつぶせとはいえ、ミニスカートで頭の上から片足を上げていれば、それは下着が見えてもおかしくないというものであって。

 一気に甘奈の顔が真っ赤に染まる。慌ててスカートを押さえながら、下着を隠して引き下がった。

 

「っ、え、えっち!」

「いや見せつけられてた側にそれを言われても困んだけど……」

「見せつけてないもん別に!」

「いやぁ、見せつけてただろ……むしろ、俺がえっちなら、踏まれたまましばらくその良い眺めを見学してるわ」

「うぐっ……」

 

 それはその通り……と、少し目尻に涙を浮かべる。というか、謝りに来たのに何で自分は踏みつけていたのだろうか、なんて今更恥ずかしくなって来た。

 いつの間にか、智代子と夏葉は「我と果穂関せず」と言うようにレッスンルームから果穂を連れて出て行こうとしている。

 どうしたものか少し悩みつつも、すぐに決心した。元々、今回は謝る予定だったんだし、この際は変なプライドを捨てることにする。

 

「……ごめんなさい」

「いや別に謝らなくても良いけど。……俺も、その……意外と派手なの履いてるの知っちゃったし……」

「踏み潰すよ」

「い、いやだって気になるもの!」

「気にするな!」

 

 まったく、少し謝ろうとしたらこれである。

 

「……」

 

 でも……自分の下着を見たがられるのは少し嬉しいと思わないでもない。まぁ別に見られたいわけでもないが。

 

「てか、甘奈。お前結局、何しに来たわけ?」

「え?」

「いや、今思い出したけどお前、なんか勝手にマジギレしてなかった?」

「あ、あー……うん。実は、それに関しても謝りに来てて……」

「まぁ良いけど。ストーカー中に他の女の子と仲良くしてるのが見えて腹立ったとかそんなとこか?」

「す、ストーカーなんてしてないよ!」

「いやそれは無理。割と気付いてたし、お前が急にキレる理由もそれくらいしかないし」

「……し、してました……」

 

 白状した。いや、正確に言えば、今更自覚して「ストーカーしてた」と気付いた感じだ。

 なんかもう自分の行動も何もかもが恥ずかしくて顔が真っ赤になる。なんだかんだ、彼なら誕プレ欲しくて他の子に対し必要以上に親切にしているんじゃないか、と思ってしまったりしたのだ。

 

「……ごめん。なんだかんだ、ヒデちゃんのこと疑ってた」

「気にしなくて良いわ。俺とは立場違うし。……可愛い子の巣窟みたいな中に俺はいるわけだから」

 

 冷静に考えると、他の男の子なら舞い上がってもおかしくない所だ。この男がシスコンで本当に良かったと言えるだろう。

 

「……誕生日」

「え?」

「ヒデちゃんの誕生日当日、遊びに行くから」

「え、別に良いけど……」

「……楽しみにしててね?」

「? う、うん?」

 

 自分達の誕生日の時はとても良いものをくれたのだ。ならば、自分も気合を入れるしかない。

 そう強く思い、甘奈はとりあえず仲直りに成功したことに、ホッと胸を撫で下ろした。

 

 

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