甘奈が持参した唐揚げで晩飯を終えて、二人きりの夜はデザートタイムへと移行した。
甘奈が用意していたのは唐揚げだけでなくケーキも。いつのまにか冷蔵庫にしまっていたそれを、食卓ではなくテレビの前に設置されているソファーの前の机に出して火をつけ、パーティを始める。
「じゃ、歌おっか」
「いや、いい。俺歌苦手だから。そもそも俺の誕生日だし」
「えー、甘奈一人で歌うの?」
「アイドルの生歌を邪魔するほど野暮じゃないから」
まぁ、普通にホント恥ずかしいだけなのだが。自分のバースデーソング、苦手な歌、しかもアイドルと、なんてスリーアウトチェンジと言わざるを得ない。
「仕方ないなぁ……じゃあ、歌うねー?」
「ん」
「ハーッピバースデートゥーユー」
「ふっ」
「あー! なんでもう消すの⁉︎」
「いやなんか恥ずかしくて」
「も、もー……はい、やり直し」
「いやもういいでしょ。食べよう」
「ダメー! ちゃんと祝うって決めたんだから!」
そんなん言われてもな……仕方ない。まぁ甘奈がやると言ってくれているんだし、お言葉に甘えた方が良い。
「じゃあ、改めてどうぞ」
「火、つけるね」
「はいはい」
さて、改まって歌を歌ってくれる。なんか、俺普通に恥ずかしいんだけど……や、これ甘奈も照れてるな。かわいい。
「ハァーッピバースデートゥーユー……おめでと〜」
「やっぱ甘奈の歌声きれーだわ。もっかい聞きたい」
「も、も〜! 恥ずかしいからやめてよー! というか、火を消してよ!」
「一緒に消そうよ」
「誰の誕生日⁉︎」
まぁ冗談。フッ、と火を消すと、すごく拍手された。
「おめでとー!」
「どうも」
「もっと感情込めてお礼言おうよー」
「いや、二回目だからちょっと慣れちゃってる感じある」
でも嬉しいのはマジ。中学までの俺じゃあ考えられんからなぁ……。こんな友達が出来るのは、なんだか異常に嬉し……ん? 友達? あ、そっか。まだ告白とかしてないし、友達なんだよな……。
……あれだけ意気込んでた割りに、告白って考えるとなんかやたらと恥ずかしく思えてくんのマジ情けないな……。
「……はい、ヒデちゃん。ケーキ切れたよ」
「あ、サンキュ……」
「? どしたの?」
「いや……あー、まぁあれだ。このそこそこでかいケーキ、2人で食べんの?」
「今日は無礼講だよ!」
「体重平気?」
「パイ投げ大会にする?」
「や、違くて……283事務所の事務員? として、みたいな。アイドルでしょ?」
「大丈夫! 太ったらヒデちゃんも一緒だから!」
「え、お、俺も走らされんの? 嘘でしょ?」
「頑張ろうね!」
「……」
適当に誤魔化した先の薮にも蛇が潜んでいたか……。まぁ、でもそれくらい構わない。何せ、祝ってもらえているわけだから。
「食べよっか」
「おう」
と、いうわけで、デザートを食べ始めた。
「おおー、美味っ」
「ほ、ほんと?」
「うん。普通に甘奈も料理上手だよなぁ」
……そうだ。そういえば告白するって決めたし……ここは、細かい所で告白しやすいイベントをぽろっと追加するのがベストかもしれない。
「甘奈は、良いお嫁さんになるなっ☆」
ウインク付きのこれは……完璧なアプローチ! 烏丸草太もビックリの瑠璃雫……!
「え……急にどうしたの。気持ち悪いよ?」
「……」
ダフって転がって池に切なく沈んだっぽいわ。ベタピンって難しいな……。
「でも、ありがとう」
「……」
いや、諦めるのは早い。二人しかいないんだから、まだまだムードは作ろうと思えば作れるはず。
「ちなみに……甘奈の手作りだっけ?」
「うん。千雪さんに手伝ってもらったけど」
「あの人、ホントに良い人だよな。俺もマフラーとか編むの手伝ってもらっちゃったし」
「うん、甘奈といる時に他の女の人を褒めるのやめて。デリカシー何処に切り落としたの?」
「……」
やべっ、そういうもんか……。大丈夫、まだムード作りは間に合う……そうだ。やはりこう言うのは優しさが大事だろう。とにかく甘奈をトゥンクさせないといけないわけだし、ここは行動しなければ。
「そうだ、甘奈。コーヒー淹れてやる。せっかく美味しいケーキあるし」
「え、いやいいよ。甘奈やるから」
「インスタントだし、お前客なんだからゆっくりしてろよ。……この俺が、このケーキに抜群に合うコゥフィーを淹れて差し上げよう、なーChan☆」
「……でも、せっかく作って来たから……ヒデちゃんに、甘奈はゆっくり味わってもらいたいなぁ……」
「っ……!」
むしろこっちがトゥンクさせられた……だと……⁉︎ クソッ、やっぱこいつ可愛いな畜生め……!
「じゃあ……た、食べるわ……」
「うん。コーヒー淹れるね」
「いや、いいわ、なんか。一緒に食べよう」
「え、ど、どうして?」
「え、いや飲み物淹れる時間があるくらいなら一緒に食べてたいし」
「っ……う、うん……」
あれ、おかしいな。「じゃあなんでコーヒー飲むなんて言い出したの」っていうツッコミが来ない。ちょっと期待したんだけど……ま、いいやな。
「にしても、マジ美味いわ。こりゃ、次の甘奈の誕生日、俺も気合い入れねーとな」
「うん。楽しみにしてるね」
「任せろ。甘奈も甜花も喜ぶ、最高のケーキを作ってやるぜベイべ?」
「……たまに出る英語なんなの? 怖いんだけど」
「え、怖っ……え?」
……なんかちょっとショックなんだけど……なんて思っている間に、甘奈は自分の鞄をゴソゴソと弄る。
「そうだ、ヒデちゃん」
「何?」
「はい、プレゼント」
……あ、そっか。誕生日だからプレゼントあるのか。ケーキに晩飯にプレゼントって……ちょっともてなし過ぎじゃないの? なーちゃん?
それに引き替え……俺は二人の誕生日の時、バカやって骨折して、二人の依頼とはいえ二人の誕生日会を二人に準備させてしまった。……うん、これ全然釣り合ってないよね。
「開けて良いよ」
「受け取れない」
「え?」
「俺、甘奈の誕生日にここまでしてあげられてない……」
「……」
ちょっとこのまま受け取ったら情けない事、この上ない気がして来た。男の方がショボい祝い方しか出来ないなんて、カッコ悪いにも程がある。
しかし、そんな俺の返事を聞いて、甘奈はぷくーっと可愛く膨れっ面になった。
「な、なんで怒ってんの……?」
「そりゃ怒るよ! どうしてそう変なとこばっかり気にするの⁉︎」
「き、気にするだろ! だって俺がお前らにしてやったことなんて何もないぞ⁉︎ プレゼントでちょっと才能自慢みたいなことしただけじゃん!」
「悪く捉えすぎだよ! ヒデちゃんはちゃんと手を尽くしてくれたでしょ⁉︎」
「そ、それはそうだけど……でも、そもそも怪我しなきゃ良かったんだからさ……。なんか、情けないでしょやっぱ」
「知るかー! 受け取ってよー!」
「じ、じゃあせめてもう一つ甘奈の誕プレ用意するまで待って!」
「いや今から用意するの⁉︎ 誕生日ほぼ真逆なんだけど⁉︎」
「関係あるかー!」
「あるわー! 良いから受け取って!」
「分かった、明日! 明日用意するから!」
「なんでそんな変なところで変な義理を変に発揮するの!」
「変って三回も言うな!」
「変だもん!」
へ、変じゃないだろ! 仮にもこれからカレカノになるのに、男の方が誕生日祝うのショボいとか、なんか嫌だ! ただでさえアイドルとパンピーなのに!
「分かった! せっかく用意したヒデちゃんの誕生日プレゼント、今日じゃなきゃあげない!」
「っ……」
……わ、わざわざ用意してくれたのに、今日じゃなきゃダメなの? そうなるとちょっと受け取らないわけにはいかないけど……。
「わ、分かったよ……。ありがとう」
「次、甘奈がプレゼント渡す機会にまたごねたら、もうあげないから」
「……もしかして、怒ってる?」
「当たり前だよ!」
……怒らせちゃったか……。え、でも男なら分かると思うんだよな。なんつーのかな、こう……見栄?
ちょっとだけ納得いっていないのが顔に出ていたのだろう。甘奈が頬を赤らめながらすぐに言った。
「……そもそも、ヒデちゃんが祝ってくれた時より、甘奈がお祝いした時の方がたくさん用意できるのは当たり前でしょ。当時と違って、アイドルしてるんだから」
「……あ、そっか」
「そんなことも思いつかないで見栄っ張りしてたの⁉︎」
うぐっ……な、何も言えない……というか、今の俺って割と自分本位なことばかり思っていたんじゃないかな……。
結局、俺って何処まで行っても自分勝手なのかも……なんて少し反省してしまう。
「……」
「……」
……なんか、なんていうか……もう普通に自分で自分が恥ずかしい。つーか……告白とかそう言う空気でもなくなってきたような……。
謝った方が……うん。謝ろう。なんかそれしかない気がする。
「あー……甘奈」
「開けないの? プレゼント」
「え? あ、そ、そっか」
そうだった。結局、もらったんだ。
中を開けてみると、入っていたのは小さな箱だった。
「何これ?」
「いいから開けて」
「? うん」
言われるがまま開けてみた。中に入っていたのは、細い白銀のチェーンに通された、銀色のリングだった。
「……わぉ、カッケェ」
「でしょ? ……まぁ、ヒデちゃんにはちょっとカッコ良すぎるかもだけど……」
「泣かせたいの?」
「でも、分かるでしょ? 指輪」
「? 何が……え」
ちょっと狼狽えていると、優しく両手を包み込むように甘奈は俺の両手を包んだ。
え、待って。分かるでしょって……他の意味があるのか? この指輪に? なんだろ……いや、指輪に意味ってひとつしか思い付かな……いやいや、まだお互い今年で17歳。
それはない。それはないが……はっ、まさか桑山さんが憧れているセリフランキング第8位のあのセリフか……⁉︎
まずいまずいまずい、ここまでの醜態を見せておいて、告白まで女の甘奈からされるのは嫌だ!
「ヒデちゃん、まだまだバカで頼りないけど……」
「待った! ……え、バカ?」
「え、ま、待った……?」
「俺から言う!」
「何を? ……ああ。え、ダメ」
「ダメ⁉︎」
「ダメだよ! どうせヒデちゃん、ビビって言えないんだから!」
「はぁ⁉︎」
今こいつ、言っちゃいけない事……!
「誰がビビるか! 言えるから全然!」
「やーだー! さっきだってもてなされただけでビビり倒してたクセに!」
「い、いや違うじゃんそれは! あれはビビってたんじゃなくて、自分のバースデーサプライズと甘奈がしてくれたバースデーサプライズの差に狼狽えただけだから!」
「つまりビビってるじゃん! そんな人が告白なんて出来るわけないでしょ!」
「出来るわー! 俺たしかに善意にはビビり倒すくらい情けないかもしれないけど、仮に目の前で甜花がヤンキーに絡まれてたら助けに入れる程度には度胸あるから!」
「そんなの甘奈だってあるし! むしろその場合、甘奈は助けるどころかドロップキックで立ち向かえる程度には度胸あるもん!」
「ドロップキックってお前完全に奇襲しかけてんじゃねーか。正面からやんなよ、パンツ見えるから。見るなら俺が見る。俺なら二人の間に堂々と間に入った上でお互いに落ち着かせられるね」
「いや、ヒデちゃんにも見せないからパンツ。甘奈ならまず甜花ちゃんを落ち着かせた上で、不良を口で説き伏せて追い出せるから」
「いやむしろ俺なら甜花を怖がらせた罰として土下座させるまであるから」
「甘奈なら反省文書かせられる!」
「俺なら慰謝料せびれる!」
と、少しずつ脱線していった。これもう告白どころじゃねえな。や、まぁ本題からはある意味じゃ逸れてねえんだけどな。
さて、お互いに冷静になった所で、少し顔を見合わせる。そして、やがて甘奈から声を掛けた。
「……大体、指輪をもらう側が告白するっておかしくない?」
「っ……そ、それは……まぁ」
「ていうか、ヒデちゃんはもう告白してくれてるし」
「え、したっけ?」
「さっき、感極まって」
言われて、腕を組んで思い返す。
『公衆の面前じゃねーよバカ……ちょっと、俺もうほんと大好きだわ……』
……うん。してたわ。ていうか、大概最低な告白の仕方してない? 告白するだけして返事も聞いてないで誕生日会を続行とか……。
「なんか、ごめん……」
「はい、謝った。じゃ、甘奈から告白ね?」
「や、それとこれとは話が別……!」
「ヒデちゃん、甘奈……ずっと前から……」
「あーあーあー! 聞こえなーい!」
「子供か!」
両手で耳を塞ぎながら叫ぶ。これなら告白したとは言わないだろう。
と、思ったのも束の間、甘奈は対抗策を練って、俺の手首を掴んで耳から引き剥がそうとする。
「聞きなさーい! 男の癖に往生際の悪い……!」
「いーやーだー!」
「もう、頑固者……!」
隣同士でそんな風に揉み合っている時だ。ふと、思わず俺は足を滑らせる。座っているとはいえ、揉み合いに踏ん張りは必要。
つまり、それを失えばバランスを崩すわけで。後方に俺はひっくり返り、相手である甘奈の身体もこちらに倒れ込む。
なんかやたらと甘奈の顔が至近距離にあるなー、なんて思った時には遅かった。唇と唇が、静かに重なり合った。
「っ……!」
「ーっ!」
え、柔らか……唇って、こんな柔らかいんだ……え、てか唇って……俺、今その感触何処で感じてる? なんか目の前に綺麗な甘奈の顔があるんだけど……近すぎ……てか、俺の唇なんか当たってんだけど……え、これ……キスして……。
「「っ!」」
やばっ、と俺を押し倒す形になった甘奈は仰け反る。俺は横になっていたので避けようがない。
「……い、今……キス……」
「お、落ち着け甘奈! 事故だ事故! 今のは偶然、当たっちゃった! だから……!」
あれ、何で俺が言い訳くさくなってるんだ? マジで事故だし、なんなら甘奈が俺の方に力を入れて来たのが原因であって。……や、でもなんか悪いことした気になってるのはなんで……。
そんな風に焦っている俺に、何を思ったのか甘奈が、再び身体をこちらに倒して来た。
「え、ちょっ……あ、あああ甘奈さん? 何をなさって……」
「黙って」
「っ……」
ま、まさか……今回は偶然じゃなくさせるつもりなのか? 嘘だろ? 大崎甘奈さん16歳……!
いや、でも……割と、嫌じゃないかも……むしろ、このままされるがままってのも……。
と、目を瞑って覚悟を決めた時だ。
「っ……」
「……?」
頬に、また柔らかい感触。ドキッと胸が高鳴る。目を開けると、甘奈の顔半分だけが視界に入った。
「……今のは、わざとじゃないから」
「……お、おう……ほっぺ?」
「ち、違うから! ちょっとヒヨったとかじゃないから!」
「……」
くっそー、可愛過ぎんだろこの子ー。もう「え、びびったの? w」とかからかえねーじゃん。
まぁでも、これは俺にとってはチャンスでもある。ここで俺が唇にキス出来れば、少しは男として何かしてやれるのだろうか?
……よし、気合入った。
「甘奈」
「な、何……? ホントにビビったとかじゃない……」
「良いから。目を閉じて」
「! ……う、うん……」
そう言うと、甘奈は至近距離で目を閉じる。
……長いまつ毛、真っ赤でもないが、決して薄らでもなく赤くなった頬、形の良さを崩し、少しだけ尖らせたのに綺麗な桜色の唇、全てが俺の胸に刺さる。
今から、ここに唇をつける……キス、キスするぞ……。相手が甘奈なら嫌がられないんだ……僕だって……いやいや、アニメのセリフに逃げるな。
度胸だ、度胸。男は器量が取り柄だろ……!
……!
…………!
…………!
「んっ……」
「……ーっ!」
「……ほっぺ?」
……ダメでした……。俺って男は何処まで……。
「……ま、まぁ……口は、おいおい……」
「う、うん……」
そんなわけで、告白の言葉はなく、俺と甘奈は甘い関係になった。