そんなこんなで、甘奈と付き合うことになった。いや、もうホント長かった。何が長かったって、なんか事実上、付き合ってたのにやたらと長い期間、無駄に期間が続いていたような……いや、無駄という表現は控えるべきだろう。だって、どの思い出も、甘奈にとっても秀辛にとっても楽しいものだったから。
とにかく、いろいろあったが付き合って来て、今日は付き合い始めてから初めての学校の日だ。
前日のうちから待ち合わせし、秀辛と甘奈と甜花は駅前に集合する。残念ながら、秀辛と甘奈の間に「二人きりが良い」という願望はない。いるなら、甜花も加えたメンバーだ。
「ヒデくん……!」
甜花の声が聞こえた直後、秀辛は近くにあった電柱の影に、そして甘奈は甜花の背中に隠れる。
その反応に、甜花も「えっ」と声を漏らす。
「ふ、二人とも……どうしたの?」
「……いやなんか……」
「……恥ずかしい……」
「こ……この後に及んで、何言ってる、の……?」
全くだが、変に意識してしまうものは仕方ない。二人とも、基本的にウブなのだから。
そのまま二人は、甜花を間に挟んで両サイドから腕を拘束し、学校に向かう。
「よし、じゃあ行こう」
「遅刻しちゃうよ」
「ひぃん……全然、嬉しくないハーレム……」
少し気まずそうにしたまま、三人は学校に向かった。
×××
さて、その日の昼休み。一人だけ別のクラスの秀辛を入れてくれるために、わざわざ二人は屋上でお昼を食べるように誘ってくれた。本当に優しい子たちである。
付き合ってから、初めてのお昼……と、少し胸をワクワクさせながら教室を出た。伊藤が茶化す佐々木を黙らせてくれたのはありがたかった。
「じゃあ、食べよっか」
「う、うん……!」
話しながら、三人で食事を始める。もっさもっさと、秀辛が作って来た弁当を三人でつまみながら、のんびりと食事をする。
今日の飯は、回鍋肉弁当。早速、甘奈と甜花が揃って弁当箱に箸を伸ばした。
「美味しい……! 女として負けた気になるほど……!」
「なーちゃん……だ、大丈夫……! なーちゃんの料理も、美味しいから……!」
「ほ、ほんと⁉︎ ありがとー、甜花ちゃん!」
「今褒められても残念賞感あるけどな」
「な、何をー!」
甘奈が両手を振り回して迫ってくるのをぬるりと避ける。
そのやり取りを見て、甜花が嬉しそうに呟いた。
「にへへ……二人とも、やっと恋人っぽい……!」
「「! ……っ」」
「あ、あれれ……?」
バッカお前なんでそれをいうんだよ……。思い出すと……特に、昨日アホみたいにキスしたことを思い出すと、もう……。
「……そ、そういえばっ、二人とも……事務所のみんなには、もう言ったの……?」
気を取り直すように甜花が言う。
「まだだよ」
「てか、言う? 俺あんまバレたくねえんだけど」
「う、うん……甘奈もちょっと、言いたくはないかな……」
特に、田中摩美々には。完全に遊び道具的な意味で目を付けられている秀辛は、甘奈以上にイジられる。
「でも……桑山さんには伝えておきたいかも」
「それは甘奈も一緒」
「桑山さんにだけは報告しよう。なんだかんだ、俺らに一番、気を遣ってくれたし」
「……果穂ちゃんには良いの?」
「あの歩くスピーカーに話せばどうなると思うよ」
「え、言うなって言えば言わなさそうじゃない?」
「無理無理無理。まず『放クラなら良いか』ってなって四人に拡散。西城さんならともかく、他三人が隠し切れるわけがない」
あの二人のこと知らない? の後に「筋トレ付き合うから」「チョコあげるから」「プロデューサーあげるから」で速攻、片付く。
「そっか……そうだね」
「大丈夫、果穂はまだその辺の情緒育ってねえから。ブラジャーも胸が80あってスポブラで良いとかほざくしな」
「え、なんで果穂ちゃんの胸のサイズ知ってるの? ていうか、なんで下着の好みも知ってるの?」
「俺、妹のことで知らないことないんだ」
「……まぁ、気持ちは分かるけど」
「な、なーちゃん……甜花の下着とか、盗んでないよね……?」
このカップル危ない、と甜花は思いつつも触れないようにしながら秀辛の弁当を摘む。
「とにかく、他の人には言わないようにしようや」
「わかった」
というか、そもそもすぐバレそうだけどね、と甜花は思っても口にしないまま、食事を続けた。
×××
さて、放課後。今日も職場へ。同じ高校出身なので、とりあえず一緒に出勤する程度じゃ疑われない。
そのまま事務所の中に入った。
「はざまっす」
「おはようございまーす☆」
「お、おはよーございましゅ……!」
「おはようございますー」
はづきに挨拶をして、甘奈と甜花はレッスン時間まで待機……なのだが、秀辛はすぐ仕事に取り掛かった。仕事の内容が違うのだから当然である。
適当に挨拶して、まずはお茶の準備。社長室に持って行く奴だ。台所でお湯を沸かしつつ、急須に茶葉を入れる。
完成すると、湯呑みにそれを注ぎ、その後で棚にある適当な茶菓子を乗せて、社長室に持っていった。
ノックをすると、中から「入れ」の声。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
「ふむ、ありがとう」
社長の前に、お茶とお菓子を置いた。
「小宮くん」
「なんですか?」
「君はどうだ? この事務所に来て」
「どうって……まぁ、今の所、妹に変な仕事は来てませんし、特に何も思う所とかないですけど」
「君自身のことを聞いているんだ。何か良いことはあったか?」
「良いこと……あ、お菓子作りが上達しました。あと掃除の技術も上がりましたし、可愛い子に構ってもらえるんで楽しいですよ」
「……そうか」
一体、何を聞きたいのだろうか? と思ったのも束の間、社長はすぐにつづけていった。
「最初こそ、急に現れた不審な高校生かと思ったが、今では君の働きはアイドル達にも良い刺激を与えてくれている。期待している」
「俺、アルバイトですよ?」
「仕事の出来に地位は関係ない。……話は以上だ」
「? は、はい。失礼しました」
頭を下げて社長室から出る。もしかしたら、激励だったのかもしれない……まぁ、女だらけの中に数少ない男が……それも学生では唯一の存在なので、働きづらくないかーとか、気を使われていたのかもしれない。
ちょっとだけ嬉しく思いながら、秀辛は社長室を後にした。
おぼんを片付けると、次は掃除。レッスンルームに入ると、まずは鏡を拭き始めた。
そんな時だった。ガチャっと、扉が開く音。
「あーすんません。まだ掃除中で床掃除もしてないんで、少し待って……」
振り返りながらそう言うと、後ろにいたのは甘奈だった。
「? 甘奈?」
「ひ、ヒデちゃん……今、暇?」
「暇に見えるのかよ」
「……」
少し冷たい返事をしてしまったが、付き合う前の自分達はこんな感じだった。誰が見ているか分からないので、油断なく……と、思っている時だった。後ろから、キュッと抱き締められる。
「……何してんだよ。誰か来たら……」
「まだ、甘奈と甜花ちゃんしかいないから、平気……」
「はづきさんとか社長はいんだろが」
「……いないの」
「え?」
「今は、甘奈とヒデちゃんしか、いないの……」
「……」
ゴリ押しである。つまり、恋人らしくしたい、ということだろう。甜花が邪魔、なんてことはないが、甜花がいる前で恋人らしく振る舞うのは憚られる。こういう機会は、作るしかないということだ。
仕方ないので秀辛も振り返り、正面から甘奈と視線を合わせる。
「そうだな、二人きりだ。……で、二人きりの密室で、ナニして欲しいわけ?」
「……キス」
「……昨日の続きか?」
「っ……」
聞くと、顔を真っ赤にしたまま頷く。何この彼女、クッソ可愛い。
「昨日から……唇の感触、忘れられなくて……一回、一回だけで良いから……その、シたいなって……」
おそらく、事故で唇が重なった時の話だろう。確かに、あれは新感触だった。キスシーンなんて、アニメでもドラマでもゲームでもあるのに、今更になってから「キスってこんな感じなんだ」と実感させられた。
正直、もう一度は恥ずかしい。勇気がいる。でも、甘奈がこうまでしてくれているのだ。
ならば、男として……少しはカッコ良くあるべきだ。
「……そんなに変だった? 俺の唇」
「ば、バカ……そういう意味じゃ、ないもん」
「冗談だよ」
「意地悪……それで、してくれないの……?」
「お前次第だ」
「……」
言うと、甘奈は目を閉ざして、唇を尖らせて背伸びをする。カッコつけた事を言ったは良いが、これで逃げ道は無くなった。そんなもの必要なかったので構わないが。
秀辛も覚悟を決めて、唇を重ね……ようとした所でドアノブが下がったのが、秀辛の目に入った。
「!」
「きゃっ……ちょっ、ヒデちゃん⁉︎」
思わずしゃがみ込んで甘奈の足を払って浮かせつつ、甘奈の両肩を両手で持ち上げ、お腹に両足の裏をつけて自身の上で持ち上げた。
直後、扉が開かれる。
「よーし、今日もレッスン頑張……」
「あんたは頑張らなくて良いわよ。思いつきで変なこ……」
「? 二人とも急に黙ってどし……」
「飛行機ぶんぶんぶん〜♪」
「ひ、ヒデちゃんっ……危なっ……あ、い、いぇ〜い。ぶんぶん☆」
ストレイライトの皆様が現れた事により、二人でノリノリで飛行機ごっこをはじめた。昔、果穂によくしてあげていたスキルが役に立った。
勿論、黛冬優子も芹沢あさひも和泉愛依も唖然である。この人達、事務所で何してんの? と言わんばかりだ。
「……何してるのかな?」
聞いてきたのは冬優子。笑顔を絶やしてはいないが、明らかにドン引きしている。
「いやー妹にこの遊びよくしてたって言ったら『甘奈も妹なのにしてもらったことない』ってせがまれてしまいましてね!」
「う、うん! ちょっとやってもらって欲しくなっちゃってね……!」
そう返事をしつつ「どういうキャラ付けしてるの」「恋人認定されるよりマシだろうが」と視線でやり取りする。
「そ、そうなんだぁ……」
「ふ、二人ともチョー仲良しじゃん!」
「良いなぁ、私もやってほしいっす!」
「「ダメ」」
「え……なんで冬優子ちゃんと愛依ちゃんが答えるっすか?」
何気ないあさひの言葉を聞いて、二人ともあさひを庇うように両サイドから抱き締めつつ、秀辛と甘奈から一歩離れる。
めっちゃ敬遠され、思わず秀辛は目を逸らした。ちょっと我ながら強引すぎた……ていうか、普通に離れれば良かったのでは? なんて当たり前のことを思っている間に、三人は扉の奥に引っ込んだ。
「じゃあ……ふゆ達、外で待ってるから、掃除とご用事が終わったら呼んでくれる?」
「あー私も一回だけで良いっすから〜!」
「あ、あさひちゃん。行くよ」
思いっきり気を使われながら、出ていかれた。なので、とりあえず下ろさないと……と、思う。プルプルと両足と両腕が震えてきたところだ。
「おろすよ」
「う、うん……」
少しずつ、地上に近づけさせて行った時だ。当然のことながら、それをすればするほど甘奈の顔は秀辛に近づいてくるわけで。
そこで、さっきまでキスしようとしていたことを思い出した。このままキスをしてしまおうか……と、頭の中に浮かばせながらもゆっくり着陸していたところで……両腕に、限界が来た。
「ごめっ……もう無理」
「え……きゃっ!」
思わず力が抜けてしまい、照準をずらして甘奈を落としてしまった。甘奈の顔は床へ……そして、秀辛の顔は、甘奈の胸に直撃する。
「むぎゅっ……⁉︎」
「いっ、たた……も〜、何してんの……」
柔らかさが、直で来た。事務所についてから、上着を脱いでベストとブラウス姿の甘奈の胸が顔にダイレクトアタック。思わず羞恥で顔が赤くなる。
柔らかいとか、そんな次元ではない。目測ではそんなに大きく……いや決して小さいわけでもないが、
いや、それ故だろうか? 秀辛の顔面が綺麗に胸の谷間にフィットしている。まるで元からそこに当てはめるためのパーツであったかのように、包まれ、癒され、そして愛されるような聖母の感覚……それが、女性の胸の谷間には入っている。
「ほわっ……」
「ヒデちゃん! ちゃんと支えててくれないと……!」
「……」
「ヒデちゃん?」
「……」
まるで、割れ物の損傷を防ぐために入れてある空気袋……その気分を堪能するあまり、視覚、聴覚、味覚をシャットアウトし、他二つに全てを回す。本当は味覚も使いたかったが、生肌じゃないだけに無駄だ。
「あれ……うそ。もしかしてやばいとこ入っちゃった⁉︎」
上になっていた甘奈は、慌てた様子で秀辛の身体を抱きかかえたまま起こした。
それにより、胸に顔が埋まったまま、秀辛の膝の上で甘奈が座るというレベルアップを果たした。
「ひ、ヒデちゃん、ヒデちゃんってば!」
さらに、揺する。胸がゼロ距離で揺らされ、さらに感触が秀辛を支配する。ヤバい、ここが……天国か!
幸福感のあまり、思わず口走ってしまった。
「おれ……ここに住む……」
「…………は?」
そこで、甘奈はハッとする。自分の胸の谷間で、この男の顔を抱き抱えている事に。
人が本気で心配をしている時に、この男は人の胸を引くほど堪能してやがった。そもそも、いきなり飛行機ごっこを始めたのも、その上で自分を落としたのも、全部この男の仕業なのに。
カァ〜ッと、恥ずかしいやらムカつくやらで顔が真っ赤に染まり、未だに堪能しているその男の耳元で叫んでしまった。
「最ッッッ低ッッッ‼︎」
「ッ⁉︎」
ビーン、と耳にきて顔を上げたのも束の間、すぐに続いた甘奈の声で、一気に天国から地上を通過して地獄に到着した。
「別れる‼︎」
「……え」
そのまま甘奈にのっしのっしとダンスレッスンルームを出て行かれ、秀辛はその場で、少なくとも千雪に報告するはずだったことが消滅したことを思い知った。
×××
レッスンルームから出てきた甘奈は、そのままの足で甜花の元に戻った。
甜花は驚いた。「ヒデちゃんに会いに行ってくるね☆」とウキウキして出ていった妹が、ひっくり返した分度器のような目になって戻って来たのだから。
「な、なーちゃん……? ヒデくんは……」
「別れてきた!」
「え……は、早っ……ハルヒ?」
「もう知らない、あんな男!」
「お、落ち着いて……甘奈ちゃん」
声を掛けたのは、甜花を膝枕してあげている千雪。何があったのか知らないが、別れてきた、と宣言した以上は、昨日はうまくいったのだろう。昨日は。
ズカズカと歩いて千雪の隣に腰を下ろした甘奈は、甜花と同じように片膝ずつ借りて頭を置いた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「……」
不思議な包容力を持つ千雪に、膝枕+なでなでをいただく。秒で落ち着いた甘奈は、すぐにじわっと涙腺を弛ませた。
「うえっ……うえええん……別れちゃったああぁぁぁぁ……やっとの思いで彼女になったのにぃぃぃ……」
「う、うん……よしよし」
号泣である。もうホントにやっとの思いであったことは千雪も承知しているので、思わず同情してしまう。
「何があったの?」
「……ヒデちゃんと飛行機ごっこして、胸に顔当たったら堪能されて別れた」
「う、うん……どういう状況?」
何一つ分からない。飛行機ごっこってなんだろうか? まさか……親が幼稚園児くらいの子にやる、両手と両足で体を支えるあれ? いやまさか高校生にもなってそんな幼稚な真似……。
いや、とにかく今はそこじゃない。コホン、と咳払いだけして、おそらく直接的な原因である面に注目した。
「よく分からないけど……顔に、その……胸が?」
「……うん。当たっちゃって……声かけたのに返事がなくて……人が心配して『大丈夫?』って聞いたのに、無視してずっと胸の感触を楽しんで……思い出したらやっぱり頭に来る。あのすけべ男」
「う、うん……でも、わざとじゃないんでしょ?」
「堪能したのはわざと!」
「いや、胸に顔が来たのは」
「それは……! ……わざとかも。ヒデちゃん、急に飛行機ごっこで力抜いたし」
意外とコスい所あるのだ。あの男は。
「でも、ヒデちゃんってそんな人? 泊まっても襲われなかったんでしょ?」
「……それは。まぁ」
「堪能したのも……もしかしたら、不可抗力だったのかも。男の子って女の子の体に興味あると思うし……ゼロ距離、なんてことなら尚更かな」
「……」
「まぁでも、確かにヒデちゃんが悪くもあるから、わざわざ甘奈ちゃんから謝ることないかもしれないけどね」
それを言われながら、甘奈は黙り込む。男の子なら仕方ない……のかな? 自分も、もし逆の立場だったら、もしかしたら秀辛の大胸筋に甘え……いや、あの男に大胸筋なんてないしそれはないかも。
けど……自分がこの部屋に来てとった行動を思い出す。冷静になってすぐ、別れた事に後悔していた。
つまり……秀辛がすけべであっても、決して別れたいというわけではないということなのかもしれない。
ちょうどそのタイミングで、秀辛が戻ってきた。一応、掃除を終えたあとなのか、手には掃除用具一式が握られている。
「あ……甘奈……」
「……ヒデちゃん」
「あ、あー……その、なんだ……」
歯切れが悪い。謝る気なのかもしれない。まぁ、謝罪は聞いた方が良いかも、と思い、甘奈は黙って身体を起こし、秀辛の言葉を待つ。
「ごめん。さっきはその……甘奈のおっぱいに夢中になっちゃって」
その時点で千雪と甜花は席を立って部屋を後にしたが、秀辛は何にも気付かずに続けた。
「でも、正直言って甘奈の身体には興味津々で……けど、それを表にはなるべく出さないで……で、まぁその……今後はなるべくそういうことになっても離れられるようにするから。だから、その……別れないでくれると嬉しいんですが……!」
「……出直してきて」
「えっ、な、なんで⁉︎」
「出直してきて」
結局、仲直りまで二時間かかった。