大崎さんには負けられない。   作:バナハロ

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衝突編
恒例行事になると思う。


 文理選択は高二の冬に選び、高三から始まる。それに備え、ほとんどのうちの高校の生徒は、自分の強みと弱みを把握するため、一生懸命勉強を……するほど殊勝なやつはいない。

 どいつもこいつも、一々勉強なんかしない。そんな将来がどうだのなんだの言われてもピンと来ないし、なんならだらだら生きてる奴が多い事だろう。

 俺も、ハッキリ言って今は勉強よりも大事なものがたくさんあるのだ。アイドルの世話、果穂の世話、甜花甘奈とのゲーム、甘奈とのデート……などなど。そもそも文系も理系もできない文科系男子なのだから、勉強をする事自体意味を感じないのだ。

 

「あの、だから中間試験がこの点数だったのは俺の所為ではなくてですね……」

「そ、そう……! 甜花も、悪くない……!」

「……で、話は終わりか?」

「「……」」

 

 プロデューサーの前で正座している俺に、同じく正座している甜花が耳元で囁いた。

 

「ひ、ヒデくん……全然通じてないよ……弁論……!」

「だ、大丈夫だ。このおっさんも絶対、勉強出来ない方だったから。熱血男の癖に勉強してたらバランス悪いだろ」

「聞こえてんだよバカ」

 

 げっ、き、聞こえてた……? 思わず俺も甜花もビクッと肩を震わせる。

 

「とにかく、二人とも赤点が五つは流石に看過できないな。このままじゃ、甜花はしばらく事務所で勉強、小宮くんはシフト減らすしかないな」

「「「えっ⁉︎」」」

「え、甘奈までどうした?」

 

 そ、そうだ! 甘奈! 

 

「甘奈、助けて! 言ってやって! この事務所の女の子の胃袋を喜ばせてあげられるのは俺だけだって!」

「やっぱり出禁で良いかな」

「甘奈ぁ⁉︎」

「今のは、ヒデくんが悪い……」

 

 なんでだよ! 俺はただ、甘奈に美味しいものを食べて欲しかっただけなのに……と、思っていると、甘奈は俺に食い掛かる。

 

「ヒデちゃんはそうやって女の子にホイホイ料理食べさせてあげたい人だったんだ!」

「な、なんだその言い方! 人をチャラチャラ料理人みたいな言い方しやがって!」

「そうでしょ! そう言ったじゃん今!」

「違うっつーの! 俺は単純に仕事でこう言ってるわけで……!」

「あーそうですか分かりましたよー。甘奈だって、仕事だからヒデちゃん以外の男の人にもガンガン愛想振り撒いちゃいまーす!」

「そ、それとこれとは話違うだろうが! そっちの方がビッチみたいな言い方してんだろ!」

「だ、誰がビッチ⁉︎ 言うにことかいて、彼女にビッチって言った⁉︎」

「お前だってチャラ男とか言ってたろうが!」

「ヒデちゃんはそうだけど、甘奈は違うもん!」

「そんな一方通行な理屈が通るか!」

「あーそうですか分かりましたよー! そう言うこと言うなら、甘奈は今日から恋鐘ちゃんのおやつしか食べないもん!」

「あーそうですか分かりましたよー! 俺だってお前にだけお菓子作ってやんねーから!」

「良いですよーだ! 恋鐘ちゃん以外にもチョコちゃんとか料理上手な人いるしー!」

 

 ゼー、ハーと二人揃って肩で息をしたあと、これまた揃った動きでそっぽを向く。この女、アホほど可愛くない。

 上等だ、俺の特技をよりにもよって好きな人に味わってもらえないのなら、もういい。

 

「そう言うこと言うなら、こっちにも考えがあるからな!」

「どうぞー!」

「別れる!」

「んなっ……い、良いですよーだ! 元々、甜花ちゃんをめぐるライバルだったんだし!」

「「ふんっ!」」

 

 そのままツカツカと部屋から出ていった。

 

 ×××

 

「で、泣いちゃったんだ……」

「はい……」

 

 とりあえず適当な枚数のクッキーを作り、机の上に置いといたらアイドル達が摘み始めた。

 さらに人数が増えたこの事務所では、新人のノクチルの皆様とシーズ……って読むのかなあれ。その方々がクッキーを摘んでいる。この人達、割と失礼でノクチルの浅倉透さんと樋口円香さんは何故か一緒に連れてきた男が背負い投げをプロデューサーにかましてたし、シーズの方々は人がせっかく作ったお菓子を摘んで「75点」とか勝手にレビューして来た。良かったな、それをやったのが今日の俺じゃなくて。

 で、今愚痴を聞いてくれてるのは、なんか料理終わってから隣に座ってきた浅倉透だった。

 

「……ていうか、なんで俺あんたに愚痴ってんの?」

「え、泣いてたからどうしたのって聞いたら愚痴りだしたんじゃん。勝手に」

「どうしたのって聞かれて愚痴っちゃいけないことある⁉︎」

「で、どうしたいの?」

「っ……聞いてくれるの?」

「聞くだけなら」

 

 もしかして、良い人なのか? いや、良い人なのかもしれない。少なくとも顔は超綺麗だし……。

 何にしても、ここまで話したら、あとは言うだけだ。少し恥ずかしいけど……思い切って言ってしまえ。

 

「甘奈と……まぁ、仲直りしたいです。別れる、は言い過ぎたな、と……」

「ふーん」

「また、俺の作ったお菓子、食べてほしいかなって」

 

 今、甘奈はこの部屋の中にいない。本当に俺のクッキーを食べるつもりはないらしく、おそらく甜花と一緒に外でお菓子を摘んでいることだろう。

 

「……」

「……」

「……あ、樋口来た。樋口ー」

「えっ、いやちょっと」

「? 何?」

 

 なんで普通に立ち去ろうとしてんの? 

 

「な、何か言ってくれないの?」

「言ったじゃん。聞くだけだって」

「本当に聞くだけ⁉︎」

「や、てか言ってたじゃん。仲直りしたいって」

「……や、まぁ……」

「樋口、このクッキー美味い」

「何か話してたの?」

「なんでもなーい」

 

 そのまま立ち去る浅倉さん……何なのあの人。いや、シンプル極まりない答えはくれたわけだが。

 ……まぁ、そうね。俺もなんかうじうじしてたけど……むしろ浅倉さんみたいな性格の人には少しウザいとか思われてたかもだけど……でも、分かったわ。

 そう……仲直りするには、謝るしかない。

 

「……でも、事務所の子達に手料理を食べてもらうのはやめるつもりないからなぁ」

 

 それは仕事だし、最近「美味しい」って言ってもらえることが嬉しくなってきた。自分の料理の腕の上達をすごく実感出来るから。

 だから、この謝罪は果たして甘奈には受け入れてもらえるのか。

 

「……いや、とにかくやるしかないんだから」

 

 ……そう決めると、俺は一度、キッチンに戻った。

 

 ×××

 

 その日の就業時間。果穂に少しだけ待ってもらって、俺は女性用の更衣室の前で待機。覗きをしに来たわけではない。してみたいけど。甘奈が着替えているのを待っているのだ。

 謝るなら早い方が良い、とも思ったけど、その前に甘奈のための特別スイーツを作ってから来た。何せ「甘奈にデザートなんて作ってやらん!」なんて言ってしまったから。

 あとは……まぁ、素直に謝れるか、だな。大丈夫……なんだかんだ、あいつ優しいし……と、思っている時だ。

 

「あれ、果穂ちゃんのおにーにゃん。それ何持ってるっすか?」

「えっ」

 

 やべぇ、厄介なのに見つかった。芹沢あさひ……好奇心旺盛過ぎて知識と口の曲がり方を落とした千空みたいになってる少女……! 

 やばい、甘奈のために用意した特別お菓子なんて……絶対に興味持つ……! 危険物ってことにしてなんとか回避する! 

 

「これは〜……まぁ、何? 爆弾的な?」

「面白そうっす!」

「なんでだよ! 爆弾だぞ? 触ったら吹っ飛ぶんだぞ⁉︎」

「? そんなもん、果穂ちゃんのおにーちゃんは女子更衣室に仕掛けないっすよね? 嘘ついてまで隠したいものってなんすか?」

 

 こいつー! バカっぽく見えて実は賢い! 末恐ろしいにも程があるわ! 

 なんて思ってるのも束の間、芹沢さんは俺の手元の袋に飛び掛かってきた。

 

「見せてっす!」

「やーめーろーやー! これ甘奈のだからー! お前にはやらねーよ!」

「甘奈ちゃんに爆弾渡すんすか⁉︎」

「お前自分で爆弾否定してだろうが!」

 

 なんてドタバタ始めたのが、まさに運の尽きだった。バランスを崩し、そしてなんの因果かお尻がドアノブの上に乗り、そして後ろの扉を開けた。

 

「ちょっ、バカ……!」

「あ」

 

 どんがらがっしゃーん、とはならなかったものの、倒れ込んだことに変わりはない。……後ろの、女子更衣室に。

 

「えっ」

「あっ」

 

 視界に映っているのは、甘奈だけでなく甜花、そして桑山さんの下着姿。桑山さんはまだ良かった。下にはもうスカートを履いていたし、シャツのボタンこそ止めていなかったものの、こちらに背中を向けている。

 甜花も、スカートは履いていないが、上にきているパーカーの裾が長くて、パンツは見えていない。

 しかし……甘奈は。両方とも下が丸出しな上に、パンツに至っては太ももの隙間から毛がはみ出ている。

 

「あ……甘奈」

「ひ……ヒデちゃん……?」

「私、冬優子ちゃんに遊んでもらってくるっす」

 

 こ、このガキャア〜……! と、涙目になっている時だった。甘奈は少し顔を赤くしつつも、冷静に近くにある服を羽織る。

 

「も、もう……何してるの?」

「えっ?」

「面倒見が良いのは結構だけど、弁明の前にまず目を閉じて」

「……怒ってないの?」

 

 それは、今の件でもあって今ではなくさっき喧嘩した件でもあって。正直、このままフリーキック大会が始まることも覚悟していた俺としてさ拍子抜けだ。

 

「怒ってるよ」

「ひえっ……⁉︎」

 

 や、やっぱり⁉︎ やばい、蹴られる……! 

 

「でも……」

 

 と、甘奈が言いかけた時だ。

 

「え……何してるの、お兄ちゃん」

「「えっ?」」

 

 なんか、今一番聞きたくない声が……と、顔を向けると、果穂がガッツリこっちを見ていた。その眼光は、普段の天真爛漫で明るい果穂からあまりにもかけ離れていて。……ていうか、初めて見た。光はどうしたの? 

 

「いや……これは、違」

「お兄ちゃん……そういうことがしたくて、この事務所に来たの……?」

「や、あの……それやるならもう少し慎重にや」

「最低! あ、あたし先に帰るから! 今日はお兄ちゃんを家に入れないようにお父さんにも言う!」

「えっ……ちょまっ……果穂……!」

 

 慌てて後を追おうとしたが、本当にそのまま帰られてしまった。一体何なの今日は……。

 

 ×××

 

「そんなわけで、今日は事務所に泊めてください」

「……一時間ごとに楽しそうだな君……」

 

 プロデューサーさんに頭を下げていた。俺って本当、何してるんだか……。

 

「お願いします! うちの親父、果穂を溺愛してるんです! 果穂も甘奈もダメなら、あとは桑山さんに泊めてもらうしかありませんが、甘奈に謝らなきゃいけない手前、出来ません! ちょうど明日、土曜日なので!」

「いや気持ちはわかるけど……ていうか、甘奈とは別れたままなの?」

「いや、着替えが終わるまでに寝床を確保しておかないとって思ったので、まだ謝れてもないです」

「う、うん……うーん……」

 

 どうしたものか悩んでいる時だった。後ろの扉が開く音がする。

 

「その前にやることあるでしょ、ヒデちゃん」

「あ、甘奈……!」

 

 来ちゃった? じゃあ先にそっちに謝らないと。

 

「ごめん、甘奈。別れるは言い過ぎた」

「う、うん……それは、甘奈も……」

「これ、甘奈のお菓子」

「わ……あ、開けても良い?」

「どうぞ。一応、お詫びの品って事で、気合い入れた」

 

 言いながら、甘奈は袋を開ける。中に入っているのは、フルーツタルトである。さっき転んで形は崩れたが、味は保証できる。

 

「き、気合い入れすぎ……こんなの夜中に食べたら太っちゃうよ……」

「そうなったら、甜花がダイエットに付き合ってくれるさ」

「ひぃん……⁉︎」

「そこはヒデちゃんが付き合ってよ」

「俺は疲れた二人に甘いもの提供する係だから」

「いたちごっこじゃん、それ……」

 

 そ、それはそうか……でも、俺運動苦手だから足引っ張るだけだと思うんだけど……。

 なんて思ってると、甘奈が「じゃあ……」と、頬を赤らめて呟いた。

 

「ヒデちゃんも、一緒に食べようよ」

「えっ?」

「うちで、これから」

「……良いのか?」

「嫌なの?」

「い、嫌じゃない! 超嬉しい!」

「じゃあ、決まり。ついでに、泊まっていったら?」

 

 ま、まじでか! 

 

「い、良いのそんな……」

「うん。果穂ちゃん、すごく怒ってたし」

「……じ、じゃあ……」

 

 そ、それはつまり……エッチなことをして良いと言う事……い、いかんいかん。追い出されるようなことはダメだ! 

 

「ごめんな、甘奈。もっかい謝るけど……その、悪かった。色々」

「ううん。気にしないで。そもそも、原因は甘奈だし……ヒデちゃんのそれは、仕事だもんね」

「あ、いや……うん。俺も、なるべく言わないようにするから」

「うん。それはお願い」

 

 良かった……寝床は確保できた。あとは、明日果穂と仲直りだな。

 

「じゃあ、プロデューサーさん。お騒がせしました」

「うん。ほんとに」

「帰ろ、ヒデちゃん。甜花ちゃん」

「う、うん……あ、あの……ヒデくん、甜花も……ケーキ」

「ああ、みんなで食べよう」

「や、やった……!」

 

 そんな話をしながら、事務所を出た。

 大崎家に向かう途中、俺と甜花の間にいる甘奈が腕を絡めてくる。別れる、なんて言ってしまったから、少し不安になってしまったのだろうか? 

 うん、悪かったよ。俺ももうあんなこと言わないから。そう思って、こっちも握り返した時だ。

 

「二人とも、帰ってケーキ食べたら、勉強会も頑張ろうね」

「「えっ?」」

「赤点五個は見逃せません」

「「……」」

 

 よく見たら、甜花とも腕を組んでる。せっかく少し力を入れた俺の手も、すぐに力が抜けた。でも離してくれなかった。

 

 

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