大崎さんには負けられない。   作:バナハロ

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シュガーソングとシュガーステップ。

 運動も勉強も出来ない分、文化系に強い……それは良くもあり悪くもある。普通の会社員になれず、なんかちょっと尖った職についた方が良いかも……なんて少し思ってしまう。

 いや、まぁ実際俺にやりたいことは今のところないんだけどね。甘奈や甜花、果穂がアイドルをやっているのが少し羨ましい。

 まぁ、その辺はのんびりと後で考えれば良いだろう。とりあえず、今日も仕事をする……はずだった。

 

「と……というわけで、ここのxは2になるわけです……」

「先生、簡単ではありません! アルファベットを数字で表す意味を教えて下さい!」

「ぴえっ⁉︎ そ、そこは英語で代用しているからで……!」

 

 283事務所には割とバカが多いみたいで、こうして頭が良くてオフのアイドルによる補習が行われていた。勿論、プロデューサーがいない時に限るが。

 で、今授業を受けているのは、俺と甜花。高校2年生の授業を受けている。

 

「代役なら、xを代わりに果穂にしても良いって事ですかー?」

「じ、じゃあ……甜花は、なーちゃんが良いです……」

「えっ……あ、じ、じゃあ……どうぞ、お好きに……」

「じゃないでしょ!」

 

 後ろから頭を掴まれ、ゴスっと机におでこをダンクされた。その後で、甜花に声をかける甘奈。

 

「甜花ちゃん、嬉しいけど甘奈の名前を数学の公式に入れられるのは少し恥ずかしいよ〜」

「だ、だよね……2なーちゃんって、言いにくいし書くのも長い……」

「おい待てや……なんで俺と甜花でそんな扱いが違ぇんだコラ⁉︎」

「当たり前でしょー。甜花ちゃんには優しくしないといけないもん」

「俺には顔面をダンクシュートして良いってのか⁉︎」

「そもそも小糸ちゃんが色々教えてくれてるのに、何を意味わかんない茶々入れてるの⁉︎」

「xより果穂のが分かりやすいからだよ!」

「甘奈にしてよそこは!」

「お前だって俺より甜花だろうが!」

「もういい別れる!」

「上等だコラ!」

「ぴえっ⁉︎」

「……」

 

 その日はそのまま別れた。

 

 ×××

 

 数日後。ダンスレッスン場で俺は掃除をしていた。甘奈とは仲直り出来たし、今日は普通に仕事を……と、思っていると、ちょうど良いタイミングでレッスンルームにイルミネのメンバーが入って来た。

 

「あ、ヒデくんだー!」

「ほわっ……お、お疲れ様です」

「いつも掃除、ありがとうございます」

「お疲れ様です。まぁ、仕事なんで」

「でも……ちゃんと休めてる? 疲れてない?」

 

 八宮さんが心配そうに声を掛けてくれる。まぁ、正直少し疲れはある。勉強に仕事が大変だから。

 でも、その分、果穂にマッサージしてもらっているし、そこそこ体力は回復している。

 だから大丈夫、と言おうとしたのだが、その前に櫻木さんが口を開いた。

 

「……あ、じゃあ……私達がマッサージしてあげるねっ」

「マジすか⁉︎ いや、ダメですから!」

 

 なんでこう、この事務所のアイドルは距離が近いのか。いや、というより、たかだか掃除をしたりお菓子を作ったりするだけの人間をそこまで信用出来るのか。ちょっと恥ずかしくなってくる。

 

「い、いや……甘奈がいるから、本当に勘弁して……」

「あー……そうですね」

 

 風野さんが理解してくれたので、とりあえずホッとする。良かった、常識人が一人でもいてくれて……なんて思っていると、また扉が開かれた。入って来たのは果穂だった。

 

「……あ、お兄ちゃんー!」

「果穂ー……!」

「肩凝ってる顔してるね? マッサージしよっか?」

「よろしく!」

「「「……」」」

 

 あれ、なんか冷ややかな視線をいくつか感じるな……ま、果穂のマッサージの前では全てが些事……知らねーや! 

 

「じゃあ、寝転がってー?」

「うーっす、よろしく!」

 

 そのまま寝転がった。その俺の背中を果穂が踏んでくれる。あー、そこそこ。果穂はマッサージが得意だ。

 

「お〜……気持ちが良い……」

「でしょー?」

 

 ……あれ? なんか、踏んでる足が増えたような? 一本から二本に……まぁ、両足でやってくれているのかもしれない。思ったより重くないな……俺と身長変わらないのに。

 あれ? ていうか、三本目の足が増えた? ……あ、もしかして手も使って踏んでくれてる……あれ、四本目? ……ていうか。

 

「おい、イルミネ三匹! お前らまで踏んでんじゃねーよ!」

「聞いた? 真乃、灯織。三匹、だって」

「ほわっ……酷いです……」

「もっと強く踏んじゃおう」

「お兄ちゃん、他の人達にも優しくしてくれないとダメ」

「いだだだだ! 腰が潰れる! 玉も潰れる!」

「セクハラ」

「最低」

「通報」

「ぉごおおおおおお!」

 

 なんでこの子たち、普段は良い子なのに俺にだけ当たり強いの⁉︎ この子たちというか……この事務所の女性陣はみんなそうだ。優しいのは果穂と西城さんとプロデューサーさんと社長さんくらいのものだよこれ! 

 なんてやってるときだった。またレッスンルームの扉が開かれた。飛び込んできた声は、俺が今、一番聞いちゃいけない声。

 

「ヒデちゃーん! プロデューサーさんにお願いして、掃除のお手伝い、に……!」

「Oh……Moh……」

 

 思わずネイティブに声を漏らしてしまった。言った言葉自体は「おぉう、もう……」と日本語だが。

 

「ヒデちゃん……何してるの?」

「「「「マッサージ」」」」

「ふーん……甘奈以外の女の子に?」

「俺何も言ってねーよ……てかどう見ても虐められてんだろうが……」

 

 嫌な予感がする……が、ここでまた余計なことを言うのだ。何も分かっていないアホな妹は。

 

「あ、甘奈さん、違います! お兄ちゃんは、あたしのマッサージを受けたら、イルミネの皆さんも手伝ってくれたんです!」

「つまり、仕事中にも関わらず果穂ちゃんからのマッサージは進んで受けたってことね。ギルティ」

「ああ⁉︎ お前だって甜花にマッサージしてもらうだろうが!」

「してもらうよ! 甜花ちゃんは可愛いもん!」

「果穂の方が可愛いだろうがあああああ!」

「はああああ⁉︎ もういい、甜花ちゃんの可愛さが分からない人だと思わなかった!」

「こっちのセリフだボケ! この愛しい天使の愛しさと切なさと心強さが分かんねーとか頭沸いてんのか⁉︎」

「お、お兄ちゃん……恥ずかしいよ……!」

「別れるぞコラ⁉︎」

「んなっ……じ、上等だもん! バーカ!」

「お前がバカ!」

 

 そのままその日は別れた。

 

 ×××

 

「最近のカップルはー……アレかな? 別れて復縁が流行ってるのかな?」

「「……」」

 

 正面で腕を組んでいるのは千雪さん。そして、その前で正座しているのは俺と甘奈だ。

 

「違うもん、千雪さん。このバカが……!」

「違います、千雪さん。このアホンダラが……!」

「どっちもバカとアホでしょ?」

 

 すんごい激烈な辛口が帰って来た……俺と甘奈両方に。

 いや、でもまぁ分かる。別れたいわけではないけど……でも、つい別れる、なんて言ってしまうのは何故だろうか? 

 

「そうですね、俺はともかく、甘奈はアホです」

「は? ヒデちゃんが毎回デリカシーないんでしょ? いい加減にしてくれる?」

「こっちのセリフだっつんだよ! お前のシスコンっぷりにはうんざりだ!」

「こ、こっちこそヒデちゃんにはもううんざり!」

「「別れる!」」

「じゃないから、落ち着いて」

 

 千雪さんの冷ややかな声で、俺も甘奈も黙らされた。しばらく千雪は俺達元カップルをジロリと眺める……ふっ、も、元カップルか……そういえば、今別れたのか……甘奈と……。

 なんか……死にたくなって来たな……。

 

「二人とも……要するに素直になれないのね?」

「「ち、違います!」」

「うんうん。じゃあ……こうしてみよっか」

 

 え……な、なんだ? なんかあるのか……? 

 

「明日明後日の土日のお仕事中、二人とも会話する時、語尾に『甘奈愛してる』か『ヒデちゃん愛してる』ってつけること」

「「……はぁっ⁉︎」」

 

 な、何その別解釈の愛してるよゲーム⁉︎ 意味あんのそれ⁉︎

 

「な、なんでですか⁉︎」

「そ、そうだよ千雪さん! そんな人前で……恥ずかしいよ……!」

「人前で口喧嘩→別れ話のコンボを繰り出すのは恥ずかしくないんだ?」

「うぐっ……!」

「そ、それは……」

 

 て、的確に痛いとこを突いてきやがった……と、俯いてしまう。

 答えはまとまった、と言うように頷いた千雪は、改まった様子で笑顔で言った。

 

「そもそも、二人に拒否権はありません。この話を飲まなかったら、果穂ちゃんと甜花ちゃんを事務所の寮で一週間、預かる予定でした」

「なんでそんなことするの⁉︎」

「水から魚を奪うようなこと……!」

「ぷっ……逆でしょヒデちゃん。バカのくせに難しい言葉使おうとするから」

「うるせーよクソビッチ!」

「はーあー⁉︎ 言うことにかいてビッチ⁉︎ ホント最低!」

「「もういい、別……!」」

「二人とも?」

「「ごめんなさい」」

 

 今の声音はヤバかった。続けてたら殺されていたかもしれない。

 

「とにかく、決まりです。一回、つけ忘れる毎に甜花ちゃんと果穂ちゃんは結局、寮で一泊ずつしてもらいます」

「えっとー……それは、俺が忘れたら、果穂が一泊って事ですよね……?」

 

 上手くやれば、甘奈から甜花を没収させることもできるかも……ハッハッハー! 

 

「いや? 連帯責任だから、片方が忘れる毎に2人が一泊するよ?」

「「はっ⁉︎ じゃあこのバカがバカする度にってこと⁉︎」」

「今からにする?」

「「っ……!」」

 

 慌てて二人揃って口を塞いだ。まずい……これ以上、甘奈に何か言えばどうなるか分かったものではない。

 

「とにかく、よろしくね?」

 

 それだけ言って、千雪さんはその場を後にした……が、困った。なんてことになってしまったのか。そ、そんな小っ恥ずかしい語尾をつけて、二日間も生活……。

 ジロリ、と隣を見ると、甘奈と目があった。……なんで息が合うんだよ、こっち見んなっつーの。……いや、実際愛しちゃいるわけだが……こ、こうして見るとやっぱクッソ可愛いしこいつ……。

 で、でも……やっぱ普通に恥ずかしいんだけど……あーもうっ、どうしてくれんだよ、マジで……。

 

「チッ」

「べー」

 

 舌打ちとあっかんべーで、そのままお互いに事務所を後にした。明日、なんなら仕事休もうかな……いや、許されないんだろうな、多分……。

 

 ×××

 

 翌日、目を覚ましたのは俺にしては珍しく、ゆっくりした時間。おかげで、出発も時間的にぎりぎりになってしまった。多分、それだけ行きたくなかったのだろう。

 果穂を自転車の後ろに乗せて、大慌てで自転車を漕ぐ。

 

「お兄ちゃん、急いでー」

「分かってるよ」

 

 そのまま事務所に到着。自転車を停めている間に、果穂には先に事務所に入っててもらい、遅れて俺も事務所の中へ……と、思った直後だ。

 階段の前で、大崎姉妹と目があった。

 

「「……げっ」」

「あ、ひ、ヒデくん……おはよう、にへへ……」

「……」

 

 俺には分かる。あの千雪さんの約束……おそらく、甜花も果穂もグルだ。ならば……ここで語尾をつけなければ密告されるのは間違いない。

 

「おはよう、甜花。…………あ、甘奈愛してる」

「……」

「ぷふっ……!」

 

 し、し……死ぬほど恥ずかすぃ〜〜〜! あの文脈で急に愛の告白……彼女相手とは言え、もうホント起爆しそうなくらい恥ずか死ぬ! 

 それは甘奈も同じのようで、全身全霊で顔を真っ赤にしている。それでも、俺と甜花だけで挨拶したのが気に入らなかったのか、甘奈も恐る恐る口を開いた。

 

「ぁ……ぉ、おおっ……おはよ、ヒデたゃん……あいしてる……」

「……」

 

 あ、ほ、ホントに言われる側もキツいわ〜〜〜! 死ぬ、恥ずかしくて死ぬ! お陰で変な噛み方した甘奈にツッコミを入れる気力も湧かなかった! 

 

「……」

「……」

「にへへ……二人とも、朝からお熱い……」

「て、甜花……!」

「甜花ちゃん〜!」

「ひぃん……い、いひゃひゃ……!」

 

 頬をつねってやった。誰のせいでこんな小っ恥ずかしい事ほざかされてると思ってんだ! 

 そんな中でも、甜花はブレない。制裁を受けながらも、頬を摘まれたまま涙目で俺たちに聞いて来た。

 

「ふ、ふふぁひほほ……語尾は?」

「…………あ、甘奈愛してる」

「……ヒデちゃん愛してる」

「「……ーっ!」」

 

 ダメだ、死んじゃう! 大体、ここ外なんですけど⁉︎ いや事務所の中なら良いってわけでもないけど! 

 

「い、良いから早く行くぞ!」

「そ、そうだよ! 遅刻しちゃう!」

「語尾は?」

「……あ、甘奈愛してる」

「ひ……ヒデちゃん愛してる」

 

 ダメだ……今日は誰にも勝てる気がしない……。甘奈と俺は顔を真っ赤にしたまま、珍しいことに先頭の甜花の後に続いた。

 さて、事務所の居間の扉の前……頼むから今日のアイドルは少なめで頼むぞ……こんな語尾、誰かに聞かれるだけでも死にたくなるのに、今後も顔を合わせる人達となってはもはや終わりだ。

 

「お、おはようございましゅ……!」

「おはようございます。……甘奈愛してる」

「おはようございます……ヒデちゃん愛してる」

『えっ、何今の挨拶』

 

 全員いるよ! 綺麗にハモんなよ畜生どもが! 

 

「ふふ、おはようございます」

 

 ラスボス系お姉さんの千雪さんが、最後に声をかけて来た。俺も甘奈も顔を真っ赤にしたまま目を逸らすしかない。

 

「……俺もう仕事するから。……甘奈愛してる」

「あ、甘奈も着替えてくる……ヒデちゃん愛してる」

「え、行って来ますのチュー的な?」

「チューすれば良くないすか?」

「ここの所、喧嘩してるとこしか見てないのに何があったのかな」

 

 うるせええええええ! と、頭の中で叫びながら、俺はとりあえず掃除からこなすことにした。

 

 ×××

 

 家事とは、心を落ち着ける仕事である。みんなが生活……或いはする拠点を、万に一つの不備も起きないように手入れする……つまり、そこに心身の乱れがあってはならない。

 掃除にしても、料理にしても、洗濯にしても、すべてにおいて気を抜いてやるなどあり得ないの……だが。

 

「甘奈ちゃんの彼氏さーん、面白い話してー」

「ありません。……甘奈愛してる」

「あは〜♡ 彼氏さん〜、雛菜にお菓子作って〜」

「何食べたいですか? ……甘奈愛してる」

「小宮くん、別に個別に作らなくて良い」

「あ、そうですか? ……甘奈愛してる」

「ふふ、マジで語尾にしてんじゃん。面白」

 

 ……こいつら〜……! 人で遊びやがって……! マジぶっ飛ばしたいが……勝てないと思うのでやめておかないと……! 

 ぐぬぬっ……と、唸っていると、大きな声が聞こえて来た。

 

「甘奈ちゃん甘奈ちゃん、さっきの語尾なんて言ったんすか?」

「ねぇ甘奈ちゃん、ヒデくんと仲良いの? なんかめっちゃ恥ずいこと普通に言ってなかった?」

「ふ、二人ともうるさーい! ……あっ、ひ、ヒデちゃん愛してる……」

「「今なんて?」」

「ハモらなくて良いからー! ていうか、ふゆちゃんこの二人、止めてよー! ……ヒデちゃん、愛してる……」

「ふふ、ふゆももう少し聞きたいかな」

「悪趣味ー! ……ひ、ひでちゃん、あいしてるぅ……」

 

 ……俺なんかよりよっぽど悪どい目に遭っている奴がいた。一々反応するからだろあれ。

 放っておいても良いのだが……ちょっと、うん。聞こえてくるだけあってクッソ恥ずかしい。ノクチルどもはこっちをニヤニヤしながら見てるし。

 致し方ないので、助け舟を出すことにした。ちょっとなんか……甘奈涙目だし……。

 

「っ……」

 

 サクサクと出て行って扉の方へ歩くと、甘奈の前に立つ。

 

「あ、甘奈ちゃんの彼氏さん!」

「良いとこに来たねヒデくん」

「な、なんできたのヒデちゃ……むぎゅっ!」

 

 甘奈の口を片手で塞いでから、そのまま無言で強引に部屋から抜け出した。会話が発生する以上、もういじられるのは不可避だ。

 とりあえず……物置に入り、そのまま甘奈から手を離した。

 

「く、苦しいんだけど……!」

「ごめん……その、喋ったらまた言わされるから……」

「まぁ……良いけど……」

 

 ……ていうか、甘奈の口押さえちゃったな……ここに、唇がついてたのか……。

 

「……ぺろ」

「ちょっ、な、何してるの!」

「甘奈の味がする」

「へ、変態!」

 

 うん、今のはちょっと自分でもどうかと思いました。

 とりあえず、ようやく標準語に戻れて、少し口が楽だ。仮に照れてなかったとしても、単純にこの語尾長くて疲れる……こんなバカップルみたいな真似、しばらくはごめん被りたい所ある……なんて思っている時だった。

 甘奈が、自分の唇に人差し指を当てて、上目遣いで告げた。

 

「……そんなに欲しかったら、直接舐めてあげるよ……?」

「え……」

 

 ……舐めるって……何、手を? わざわざ……? 

 

「そ、そんなプレイ……果穂ともしたことない……」

 

 なんて思わず口走ってしまった時だ。ギンッと俺を睨んだ甘奈が、両手を伸ばして頬をつねり回してきた。

 

「いだだだ! 取れる、ダルンダルンになる!」

「そういう果穂ちゃんをいちいち、引き合いに出すところがムカつくんだってばああああ!」

「お、お前だって甜花を出すだろうが!」

 

 お互い様……と、言おうとすると、甘奈はハッとしたように手を離す。俺も少しハッとした。だって……そりゃ、俺にも気持ちは分かる。……なんか、普通に恥ずかしいからだ。

 

「っ……だ、だって……」

「ご、ごめん……俺も、気持ちは分かる」

「……」

「……」

 

 ……少し、気まずいな……。

 微妙な空気が流れ、俺も甘奈も、頬を赤くしたままそっぽを向く。……はぁ、なんか……付き合う前の方が……まだ素直になれた気もするな……。自分で自分が情けない。好きな女の子と普通に恋人でいることもできないのか、俺は。

 こんな奴じゃ……ほんとは、甘奈も愛想を尽かしているのかもしれない……。

 

「……甘奈、もし……」

「やめて」

「っ……」

「ヒデちゃんは情けないから、距離置くとか言い出すかもだけど……甘奈は、絶対に置かないから」

「……」

 

 ……少し泣きそう。こんな俺が相手でも、近くにいたいと思ってくれるのか……。

 

「甘奈……」

「よし、決めたっ」

「は?」

「今から……甘奈の次のレッスンまで、ここでお互いを褒め合うこと」

「お互いを、って……何言ってんの?」

「ヒデちゃん、なんだかんだ言って甘奈のワガママ聞いてくれるとか、好きだよ」

「っ……え、もう始まって……!」

「はい、次」

 

 っ……ま、マジかよ……。問答無用……しかも、それを最初に持ってくるあたり、必ず逃がさんという意志を感じる……。

 ……いや、バカヤロウ。甘奈がここまでガッツ振り絞ってんのに、頭の中でまで言い訳して逃げようとすんな。

 軽く深呼吸してから、俺は改めて声をかける。

 

「甘奈の……眩しいくらい明るいとこが……その、好きだったり……なんか、インキャの俺まで、照らされる感じが……」

「っ、そ、そっか……えへへっ」

 

 あ、可愛い。禿げる……いや、喜んでる場合じゃねえ。次に備えないと。

 

「甘奈はね、仕事とは言え……アイドルのみんなのこともちゃんと見てるヒデちゃん。好きだよ。……彼女としてはちょっと複雑だけど……でも、それだけ真剣ってことだもんね」

「……甘奈より胸大きい人もいるし」

「……照れ隠し?」

 

 っ、や、やばっ……バレっ……! 

 

「ち、違う!」

「えへへっ……そっか。そうみれば……なんか過去のヒデちゃん、全部可愛い気がしてきたな……」

「そ、そりゃお互い様って奴だろうが……お前だって、甜花にいつも逃げてんの、可愛い」

「っ……ば、バレちゃってたか……」

「……次お前だぞ」

「じゃあ……子供っぽい所。すぐムキになって、ある意味素直に感情が出るとこ。あんまり裏表ない人なんだなって思うな。……だから、信用して甘えられる」

「っ……ほ、褒めてんのかよそれ……」

「分かってるくせに」

 

 ……こ、こいつめ……! 次はー……俺か。

 

「……面倒見が良いとこ。甜花のことだけじゃなくて……俺の勉強の面倒も見てくれるし、逃げようとしたら……その、ちゃんと止めてくれる」

「それは……ヒデちゃんが心配だからだよ」

「分かってるっつーの……そういうとこが好きだってんだから」

「……えへ、えへへ……心を鬼にしてた甲斐があったなぁ……」

「あと構ってもらえるし」

「それは余計」

 

 ごめんなさい。

 次は、甘奈の番……というか、いい加減恥ずかしくなってきたんだけど……何がって、言うのも言われるのも恥ずかしい……。

 そんな思いが通じたのか、甘奈は「あっ」と時計を見た。

 

「そろそろだから……次、最後ね」

「お、おう……」

「甘奈はね……別れた後も、すぐによりを戻してくれるところも好き。……正直、今言うことじゃないかもだけど……ヒデちゃんとの喧嘩、ちょっぴり楽しい」

「っ……」

「だから……こんな大喧嘩を何度も繰り返してるけど、遠慮して言いたいことを言わなくなるのは、やめてね」

 

 ……こいつ、何処まで俺なんかの為に……。幸せもんだよ俺は。アイドルと付き合っているから、ではなく、甘奈と付き合えていることが。

 そんなことが恥ずかしくて、照れ臭くて……やはり、素直じゃない憎まれ口が漏れてしまう。

 

「……太った、とかも言って良いのか?」

「それは駄……え、太った?」

「嘘」

「も、も〜……あ、でもほんとに太ったら言ってね」

「言ったな?」

「十中八九、おいしいお菓子作るヒデちゃんの所為だから。……責任とってもらう」

「お、おう……」

 

 ま、まぁあんまりきついダイエットじゃなきゃ良いけど……でも、藪蛇にならんよう気をつけよう。

 なんて思っていると、甘奈が腕を引いた。

 

「ほら、次」

「え?」

「ヒデちゃんでラスト」

「あ、そういうラスト?」

「ほら、時間ないよー?」

「いや別に全然それはそれで……」

「……甘奈、そんなに魅力ない?」

「嘘嘘。今、泣き真似はやめて。喧嘩より辛い」

 

 これでラスト……どうしよう、何を言おうか……まぁ、とっておきを言うか。ラストだし。

 

「俺は……こんな俺に愛想を尽かさないでくれる甘奈の全部が、大好きだよ」

「っ……どういうこと?」

「なんで伝わらねえんだよ!」

「だって……愛想を尽かす理由がないから」

「っ……!」

 

 まさかのカウンター……! あ、やばい……死んじゃいそう。

 

「……ば、バカヤロウ……」

「えへへ……だって、ヒデちゃんが相手だもん……文句なんて、言うところないよ……?」

「っ……も、もう分かったから……」

 

 ダメだ、今日はもう完敗だ。とりあえず……長いごとサボってたし、そろそろ行かないと。

 ……でも、やられっぱなしは腹が立つので、最後にもう一発、言っておいた。

 

「甘奈」

「?」

「愛してる」

「っ……も、も〜……今日は勝てたと思ったのに……」

「うるせ」

 

 話しながら、物置を出た時だった。千雪さん、ストレイ、ノクチルが口からおそらく砂糖水を吐き出して倒れていた。唯一、倒れていなかった甜花が、ニコニコしたまま声を掛けてくる。

 

「にへへ……ふ、二人とも……仲直り、した?」

「もち☆」

「ああ、ありがとな。甜花」

「じ、じゃあ……なーちゃん、レッスン行こ……?」

「うん」

「千雪さんは俺が運ぶよ。盗み聞きしてレッスン無理です、なんて言い訳になんねーから」

「待って、千雪さんをどう運ぶの?」

「あー……じゃあ、甘奈は足持って。俺が腕持つから」

「なるほど」

 

 たまには良い薬だ、そう思いながら、そのまま担架を運ぶように千雪さんを運んだ。

 

 

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