いつものように甜花とのゲームを終え、俺は明日の弁当の準備をする事にした。
味見役は、いつものように妹。もうすぐ遊びから帰ってくる時間帯だし、それに合わせて調理を開始した。
まずは、豚肉を解凍する。レンジの中にぶち込んだ後、その間に卵を割って溶く。めちゃくちゃ混ぜまくっていると、レンジの中から解凍した肉を取り出し、包丁の皆で叩いて柔らかくする。
その後、溶いた卵の中に豚肉を入れて漬け込んでおく。その間に、もう一枚の豚肉を包丁で叩く。
終えると、鍋に油を敷いて火にかけつつ、近くの皿にパン粉をまぶし、卵につけておいた豚肉を乗せた。
衣をつけると、油の中に豚肉を投入。強火でジュワジュワと揚げている間に、叩いていた豚肉を卵に……あっ、胡椒かけるの忘れた。
慌てて胡椒をまぶしてから卵に漬け込み、最後の一枚を包丁で叩く。親父、すまないな……家にある豚肉が三枚しかなかったんだ。母親と半分こしてくれ。
さて、鍋の中の肉をひっくり返す。良い感じに狐色になって来ている。
「……弱めるか」
弱火にして、しばらく放置。その間に卵につけておいた奴を取り出し、衣をつけ、ラスト一枚を胡椒、卵の順で漬け込む。
で、衣をつけた肉を鍋にぶち込み、中火まで上げた。母ちゃんの帰宅は20時を回るだろうし、あとであげるとするか。
で、中に火が通るまでの間に、サラダの準備をする。白状すると、完全に忘れてた。
「……適当で良いか」
メインは今、使ってるやつだし。レタス、きゅうりを刻み、ミニトマトを添えておいた。
そんな時だった。
『……じゃあ……ま……日、学……ね!』
俺の耳が、エンジェルの神託を捕捉した。すぐに台所から飛び出し、壁を蹴って方向転換すると、玄関に向かって猛烈ダッシュしゃがみジャンプ、これはかなり愉快。
それとほぼ完璧なタイミングで、玄関が開かれた。
「ただいまー!」
「おかえり果穂おおおおおおお!」
「出たな、おかえり星人『ヒ=デユキ』! ジャスティスレッドが成敗して見せます!」
「かかって来いやああああああ!」
即ヒーローごっこが始まった。まずは果穂が俺のボディに一発、カマしにくるが、それを俺はひらりと躱すと共に背後をとり、後ろから果穂を抱き上げた。俺と身長1センチしか変わらない小学生の妹を抱っこすると、そのまま振り回し始める。
「こ、このっ……離せ、卑怯者!」
「あっはっはっはっ、ヒーローと言えど所詮は小娘よ! ロリロリしい良い香りがするわ! 故郷の妹を思い出す!」
「な、なにぃ⁉︎ あなたの方こそ、生き別れのお兄ちゃんの匂いが……ハッ、ま、まさか⁉︎」
「「生き別れの兄妹⁉︎」」
なんてバカなことをやりながら、果穂を一度下ろした。腰に来たわ。運動が苦手じゃないけど得意でもない平均的な男が、身長だけは俺とさほど変わらない妹を持ち上げるのは割と限界感ある。
すると、果穂が俺の上でクンクンと鼻を鳴らす。
「何か、良い香りするね! 今日のご飯も、お兄ちゃんの手作り?」
「あ、やべっ。揚げ物の最中だった。戻んないと」
「よし、私も手伝う!」
「その前に手洗いうがいな。終わったら、ご飯をよそってサラダと一緒に机に並べといて」
「了解です!」
ああ、良い子すぎる……可愛い……。これが、大崎甘奈と同じ誰かの妹……きっと、俺の教育が良かったんだなこれ。
改めて台所に戻って、調理の続きをする。
「わっ、トンカツ⁉︎」
「そう。トンカツ」
「美味しそう! ちょうど食べたかったんだー!」
そうだろうそうだろう。ホント、素直で可愛い奴だよ。勿論、果穂の反応次第で明日の弁当に採用するつもりだ。
……なんか最初の時以来、大崎ともシェアするようになったから、下手なものは作れねんだ。あいつも美味いもん作ってくるし、下手な品は出せない。
「また、クラスの子に分けてあげるの?」
「そうだよ」
「良いなぁ、お兄ちゃんのお弁当。あたしは遠足の時しか食べれないし……」
果穂はまだ小学生だから、給食というものが存在するからね。
「でも、今年から運動会の日も作ってあげられるよ」
「あ、そっか! 楽しみ!」
「うんうん」
頷きつつ、トンカツを上げる。完璧だな。あとは中に火を通ってるから確認するだけ。
そのため、まな板の上において、ナイフで中身を切り開く。うん、完璧。
中を確認した後、皿に乗せて運んだ。
「おお……美味しそう……」
「あ、ソース忘れた」
「良いよ、あたしが取ってくる!」
元気な奴だ。さて、早速、食事の時間。二人揃って手を合わせると、食べ始めた。
「んーっ……おいひいよ、お兄ちゃん!」
「口に物が入っている時は、手で覆ってから喋りなさい」
「あ、ごめんなさい……」
慌てて口を塞ぐ果穂。可愛い。
「でも、その……お友達? も大変だね」
「何が?」
「こんなに美味しいと、つい食べ過ぎちゃうと思うから」
「別に食べ過ぎても良くね?」
「良くないよ。女の子にとって、体重と美味しいものは死活問題だから」
「……」
……そういえば、甜花の奴……体重は平気なのか……?
「……今更だけど、揚げ物って太りやすい?」
「と思うよ? よく知らないけど」
「……」
明日、聞いてみるか……。
×××
翌日、早速、昼休み。いつものように隣の席に座っている甜花と飯にする。
「……今日は、トンカツ……?」
「そうだよ」
「にへへ……やった……!」
あなたがリクエストしてくれたんですけどね。そういや、今日は大崎は来ないのかな? いつもより遅いけど……。
まぁ、あいつもクラスメートに友達がいるみたいだし、いなくても不思議じゃないけど。
「甜花、弁当はあるか?」
「う、うん……今日は、なーちゃんが持たせてくれたから……!」
そいつは良かった。……と、言いたい所だが、気になる点が2〜3つほどある。ごめん、カッコつけた。気になる点は1つだけです。
「あー……甜花」
「? なに?」
「その……そういや、最近は毎日のように俺のオカズを摘んでるけど、大丈夫?」
「何が……?」
「あー……なんだ」
こういうのって、男が聞いても良いのかな……一応、体の事だし……。
「いや、ほら、揚げ物とかたくさん食べてるから……その、何? 胸焼け?」
「……甜花、全然平気……!」
「あー……いや、ごめん。胸焼けじゃなくて……」
「…………もしかして、体重のこと……?」
「ちゃいます!」
「……わ、分かりやすい……」
……すみませんね、分かりやすくて。
「心配してくれるのは、嬉しいけど……甜花、平気……! こう見えて、リングフィット、やってる……!」
「ああ、あれ」
なるほどね。あのSwit○hの身体を動かす奴か。如何にもゲーマーらしいけど、効果的なのだろう。いらない心配だったようだ。
「なら良かったよ」
「それより……その、早くトンカツ……」
「あ、そ、そうだな」
そんなわけで、弁当のシェアを始めた。弁当箱を開けると、甜花は「わぁ……!」と感嘆の息を漏らす。そういう反応してくれると嬉しいよね。作った甲斐しかない。
そんなことを思っていると、今度は甜花が聞いてきた。
「あの……むしろ、小宮くんこそ平気……?」
「え?」
「体重……。なーちゃんと、よく……おかず、シェアしてるから……」
……考えたこともなかった。確かに、うちの親父も30代までは痩せ型だったらしいが、気がつけばお腹が出てきている……。
俺も、こんな風に食うだけ食って運動してなかったら、いずれああなるのか……?
「……お、覚えておこう」
「にへへ……太っても、甜花をダイエットに誘わないでね……」
……う、うん。この子、前々から思ってたけど、しれっと辛辣だよね……。
×××
さて、放課後。大崎が一緒じゃないので、俺は甜花と一緒に帰れない。まぁ元々、家の方向が違うのだが。
そんなわけで、とりあえず早めに教室を出た。何にしても、帰れば甜花とゲームだし、早めに帰った方が良い。
昇降口に到着し、下駄箱を開けると……。
「……?」
なんか、紙入ってる……。え、ラブレター的な? ちょっ、マジか……え、俺なんてクラスでオタサーの姫に貢いでる痛々しいオタクだと思われていると思っていたが……意外にもモテていたのか? だとしたら、甜花以外に親しい友達が作れる可能性がある上に、何なら彼女にすることも……!
ウキウキしながら手紙を開くと、丸文字でこう書かれていた。
『今夜20:00に、校門前にて待つ。 大崎甘奈』
……何のつもりだ、あのバカ女……。マジで闇討ちでもするつもりか?
×××
「ダイエット、付き合って!」
「……」
……なんなんだ一体。こんな夜遅くに呼び出して……。
「殺すよ?」
「それはこっちのセリフ! 誰の所為で太ったと思ってんの⁉︎」
「人の所為かよ⁉︎」
「そうだよ!」
「言い切ったよ、スゲェなこいつ!」
この時間に人のことを呼び出しておいてその態度かよ!
現在、大崎が指定した20時5分前。一応、5分前にきておいたら、向こうも同じ時間についたようだ。呼び出した以上、遅れるわけにはいかないという自覚はあるようだ。
「何、自覚がないの⁉︎」
「あるわけねえだろ!」
「美味しいお弁当を毎日、シェアしてるからだよ!」
「え……今褒めた?」
「甘奈のおかずの方が甜花ちゃんには好評だけどね?」
「うるせーよ!」
この野郎はホントに一言多い。仕方ないでしょ。結局、弁当の料理対決だけは続いているし、絡め手に持っていっても甜花の好みを把握している分、負ける事が多い。ちなみに、勝敗は甜花のリアクションを見てお互い、勝手に決めているので、日によっては二人とも勝ちだったり二人とも負けだったりする。
「……てか、なんで俺なの? クラスに物好きな友達いんだろ?」
「どういう意味の物好きで言ってんの? てか、まだ出会って数日の友達に『ダイエット手伝って』なんて言えるはずなくない?」
「そういうもんか?」
「本当に友達いたことないんだね。可哀想……」
「可哀想とか言うなよ!」
正直、友達と遊んでるより、ゲームやってた方が楽しかったんだよ。でも、ある日の果穂の一言が効いた。
『お兄ちゃんって、ずっとひとりぼっちだから、果穂がずっとついてるよ!』
そんな風に笑って言われた直後、俺は決めた。友達を作り、果穂からのイメージを払拭すると。
まぁそんな話はどうでも良くて。
「じゃあ中学の時の友達は?」
「私と甜花ちゃんは富山県出身なの。今年の4月に越して来たばかりだから」
「ならもう甜花に頼めば良いだろ」
「甜花ちゃんに運動なんてさせられないよ!」
「もう単刀直入に聞くわ。なんで俺なの?」
「お父さんが、女の子が夜道を一人で走るのはダメだって言うから。あんたなら、何があっても見捨てられるじゃん?」
「ぶちのめすよ?」
手伝ってもらうっていう自覚ある?
にしても、ダイエットか……めんどくせえな。てか、冗談じゃねえよ。何が悲しくてお前とダイエットなんて……。
「ま、断っても良いけどね。痩せたら、甘奈だけ甜花ちゃんに褒めてもらえるし」
「……あ?」
……そういや、俺も甜花に心配されてから少し不安になってたな……。幸い、今の格好は寝巻きのパジャマ。何の問題もない。
「……ま、付き合うだけだからな」
「行こうか」
「何するか決まってんの?」
「ランニング」
なるほど。まぁ、オーソドックスだな
二人で並んで、適当に走り始めた。
「……」
「……」
しばらく、たったかたったかと走りながら、夜の街を走る。こうして走っていると、中々こういうのも悪くないと思える。
季節的に良い時期というのもあるが、涼しさと「深夜に外を走る」という感動が大きい。今まで夜に家から出ることなんてなかったからかな。正直、玄関を開けるのもドキドキした。
……まぁ、大崎と一緒、というのは少し不満ではあるが、それにしても良い感じだ。
そのまま前を走る大崎の後ろを続く。一応、付き添いだし、先導は任せた方が良いと思って。
すると、目の前の大崎は公園の中に入っていく。遊具が数多くある場所だ。
まさにそこ、と言わんばかりに、前で足を止めた。
「……よし、とうちゃーく!」
「え、ランニングなのに目的地があったの? あと、走った後、急に足止めるの悪いからやめた方が良いよ。少し歩いて」
「あ、そ、そうなんだ」
言われて、少し歩き始める大崎。身体が温まってきたからか、ジャージを脱いでTシャツ一枚になりながら、しばらく歩きながら、ベンチにそのジャージを置いた。これくらい普段から素直なら可愛いんだけどなぁ……。
「で、何すんの?」
「まず、二の腕のプニプニ感を落としたいと思います」
「じゃあ何、腕立てとか?」
「バカチン!」
「久々に聞いたわその悪口」
「泥だらけの地面に手をつけて腕立てなんてしないよ!」
それは道理だけど……。
「じゃあどうすんの?」
「これです!」
大崎が指さした先にあったのは、ウンテイだ。梯子が頭上にあって、ぶら下がって腕力だけで進んでいく奴。まぁ、たしかに腕力はつきそうだけど……いや、まぁ何も言うまい。
「頑張って」
「何他人事みたいに言ってんの? あんたもやるの」
「はぁ? 俺は別に二の腕とか気にしてねーんだけど」
「ふーん?」
「なんだよ」
「ウンテイ、一往復する自信ないんだ?」
「上等だよ、やってやんぞコラ」
まずは俺からだな。端っこから棒を握り、そのまま前に進む。結構腕に来るけど、何とか行って戻ってくることが出来た。まぁこのくらいは楽勝。
「はい、終わっ……何してんの?」
ウンテイから手を離して降りると、大崎がそのタイミングでスマホの画面をタップする。すると、ニンマリと微笑んだ。
「ふーん……36秒?」
「測ってたのかよ」
「じゃ、次は甘奈の番ね」
そう言いながら、大崎はウンテイに手をかける。腹立つから、こいつのも測るか。
「いっくよ〜! よっ、と」
そのタイミングで、大崎はウンテイを始めた。割とスイスイ進んでいき、向こう側に着いた時点で引き返してくる。
……なんだ。女の子が薄着でウンテイとかしてると、うん。その……胸が気になるな。大崎が大き過ぎず小さ過ぎずで助かった。……いや、にしても揺れてるな。悪くない……。
「はい、終わり!」
「っ、お、おう」
危な。つい見過ぎてたわ。慌ててスマホに視線を戻し、タイマーを止める。相手は大崎だぞ、俺。いくらえっちでも欲情すんな、あんなのに。
頭を軽く殴りつつ手元のタイマーに目を落とすと、28秒……10秒近く差が……。
「何秒だったー?」
「え? さ、38秒!」
「……」
やべぇ、思わずサバを読んじまった……。こんな嘘、すぐバレるだろうに……!
案の定、大崎は疑い深そうな目で睨んだ後、すぐに俺の手元からスマホを奪い取った。
で、画面を見た直後、にんまりと笑いながら俺を睨む。
「ふーん……? 38秒、ねえ?」
「う、うるせーな! 読み間違いだよ!」
「甜花ちゃんに言っちゃおーっと」
「ま、待てって! 俺にもっかいやらせろ!」
「どうぞ?」
ぜってー負けねえ。さっきのはのんびりやっただけだ。本気でやれば、楽勝なんだよ。
再び俺の番となり、ウンテイを開始した。なんか手のひらが少しヒリヒリするけど気にしない。
サクサクと進み、戻って来て声を掛けた。
「何秒⁉︎」
「……49」
「嘘こけお前!」
スマホを奪い取り、中を眺めると25秒だった。
「14秒もサバ読むのは無理だろ!」
「24秒だよ!」
「え? ……あ、そっか」
「え……大丈夫?」
「うるせーわ! どのスタンスで心配してやがんだお前は⁉︎」
腹立つ奴め……! こいつ本当なんかもうすごいや、この全体的にブーメラン投げて来る感じ、本当に訳がわからない。
「次、甘奈の番! 本気でやるから!」
「やってみそ? ま、お前には無理だろうがな」
「は? 楽勝だから」
「やってみろよ」
翌日、手のひらが揃ってズタズタになった。もう二度と大崎のダイエットには付き合わない。