うちの高校の選択科目に「芸術」というものがある。大まかに分けられて、三つに分かれる。音楽か、美術か、書道か。その中から好きなものを選び、三年間学ぶことになる。
俺が選んだのは美術。今日は、えんぴつとパンの耳で描くアレだった。あ、デッサンか。
さて、俺の相手は勿論、甜花。二人で向かい合いながら、鉛筆を動かし、一心不乱に絵を描いていた。仮にも甜花を描くわけだし、下手なものは描けない。
そう思って、毎時間毎時間、心頭滅却して真剣に鉛筆を動かした結果……。
「……」
「……」
俺と甜花は、並んで美術室の前に立っていた。
目の前には、俺が描いた甜花の絵。そして、その右下には、銀メダルの形と色をした紙が貼られ「銀賞」という文字が綴られている。
「……は、恥ずかしいんだけど……」
「ごめん……」
本気で描き過ぎた結果、なんかこうなった。授業で描いたもんコンクールに出すなよ……。
……しかし、愛が溢れ過ぎたか……。甜花と帰れなかった日とかも、美術室から盗んで教室で描いてたりしたからな……。
これでも、髪型を少し妥協したんだよ。何せ、美術の授業の前は数学。甜花が嫌いな科目なだけあって爆睡しているわけですが、そのお陰で毎日、違う寝癖がつくもんだから、日によって髪型が変わりやがる。
つまり……この妥協とも呼べる作品を甘奈に見られるわけにはいかない。
「甜花、もうお嫁に行けない……」
「いやいや、胸の谷間とか描いてるわけじゃないし、別に良いでしょ」
「というか……小宮くん、絵上手なんだ……?」
「中学の時は美術2だったんだけどね」
正直、甜花じゃなかったらここまで丁寧に描かなかった。甘奈とかだったら棒人間で終わらせるね。
「……とにかく、次からは甜花、小宮くんとは組まない……」
「ええっ⁉︎ な、なんで⁉︎」
「……またこうなったら、恥ずかしいから……」
グッ……確かに少し気合入れ過ぎた気がしないでもないけどよ……。
まぁ、何にしても、移動した方が良い。昼休み中に覗きに来たとはいえ、次英語だし。
「甜花、そろそろ戻ろう」
「う、うん……」
それだけ話して、二人で廊下の方へ歩こうとした時だ。
「あっ」
「えっ」
「……」
いつの間にか、大崎が隣で絵を眺めていた。真剣な表情で、甜花の似顔絵を仏像のように固まって眺めている。
……はい、死んだ。死にましたよ、俺。少しとはいえ妥協した甜花の絵を見られたばかりか、銀賞なんて半端な賞を貰った暁には、確実に……。
「……」
「?」
うおっ、こ、こっち見た……。え、何。ここで俺のこと殺る気? 甜花の前で? 頼むから勘弁して欲しいんだけど……。
と、思っていると、大崎はキッと鋭い目つきになった。
「もうっ、甜花ちゃんの可愛い顔を全国に見せつけるなんて、どういうつもり⁉︎」
「や、やっぱり怒ったか……! てか、これ市内コンクールだから全国ではねえよ!」
「こういうの、ネットにあげられるし、結局は全国に見られるから!」
「う、うるせーな! 俺の許可も得ずに、勝手に美術教師がやったことなんどよ!」
「大体、髪型これ少し妥協してるでしょ⁉︎ そんな半端な絵で賞は取らないで!」
「いや俺が選んだわけじゃねえし!」
「ホンッッットにもう、ああ言えばこう言う人だな〜……!」
「いだだだだ! 耳とれる、とれやすいんだ俺のは!」
「な、なーちゃん……! ……え、とれやすい耳ってなに?」
グタグタと文句を言いながら、大崎は俺の耳たぶを引っ張った。な、なんでここまでされなきゃいけねんだ……と、思っていると、大崎が俺の耳元で囁いた。
「……放課後、屋上で待ってるね……?」
「は?」
「まったく、次はもっと上手に描いてよね!」
聞き返した俺の事など無視して、大崎は続けて誤魔化すように文句を言って耳から手を離し、そのままスマホで絵の写真だけ撮って引き返して行った。
結局、撮るのかよ、と頭の中でツッコミを入れながら、ヒリヒリする耳たぶを撫でる。
「だ……大丈夫……?」
「あ、ああ……平気」
優しい優しい甜花ちゃんが、俺を気にかけてくれる。本当に真逆だよな、この姉妹は……。
……しかし、放課後に屋上、か……。大丈夫かな、俺殺されないかな……。なんか、嫌な予感しかしないんだが……。
×××
嫌な時間がある時ほど、時間の流れは早く感じるようで。気がつけば、放課後になっていた。
本当は逃げ出したかったのだが、大崎は甜花に、既に「今日、そっちの教室行くの遅れるねー☆」と送っていたそうで、待機させている。
つまり、甜花がそれを俺に伝えてしまったことは、後になって大崎にも伝わるわけで。
それならば、俺も腹を括るしかない。やる気なら、こっちもやってやんぞ……!
「……あ、遅い!」
屋上の扉を開けると、すぐに気づいた甘奈が文句をぶちまける。
「うるせーな、お前の教室がある校舎の屋上で待ち合わせたからだろが」
「は? 言い訳?」
「ブッ殺すぞお前。てか、そんな遅くねーだろ」
「甘奈が来てから2分過ぎてる!」
「2分も待てねえのかよ。カップ麺も食えねーじゃん、お前」
「は? 食べれるし。あんたを待つ時間が2分も耐えられないって言ってんの」
「あ?」
一々、言うことにめくじら立てやがって……。話が全然進まないんだけど。
「てか、何。なんか用?」
「ああ、そうだった」
コホン、と大崎は咳払いをすると、改めて偉そうにふんぞり返りながら言った。
「甘奈は、あなたの絵心に大変、興味を抱きました」
「は?」
「多分、髪型の妥協は毎回、甜花ちゃんの寝癖が変わるからでしょ?」
ご名答。よくお分かりで。
「それでさ、それでさ。絵、上手いじゃん?」
「まぁ、甜花限定だと思うけど」
「だから、こうしよう。甘奈が甜花ちゃんの写真をあげるから、その甜花ちゃんに色んな服を着せた絵を描いてくれない?」
「お前何言ってんの?」
狂った? それとも元々?
「だから、実際には甜花ちゃんにも着てもらえないような服を、絵によって着させたいの!」
「いやホント意味分かんない」
「例えば、メイド服姿の甜花ちゃんとか、逆に学ラン姿の甜花ちゃんとか見たくない⁉︎」
「見たい(即答)」
それはアリだな。もしかして、大崎って天才なのか? よし、絵の勉強をしよう。
「勿論、タダでとは言わない。……まぁ、描いてもらうたびに甜花ちゃんの写真をあげるわけだし、それで納得してもらえるのが一番なんだけど……」
「それで良いよ」
「よし、決まりね! じゃあ、はい。早速これ!」
本当に早速だな……。てか、紙袋の中身、これ全部甜花の写真なわけ?
「あ、スマホから印刷して来た奴だから、汚しても良いよ。汚したら殺すけど」
「お前疲れてんの?」
「でも気持ちわかるでしょ?」
「わかる」
分かっちゃうんだよなぁ……。要するに、返してくれなくて良いものだし、気を遣わなくて良いけど、でも甜花の顔を汚したらブチギレるって事だよね。
「大丈夫。帰りにホルダー買って帰るから」
「うん。良い心がけ」
だろ? じゃ、早速、鞄の中に……と、思ったのだが、大崎が俺の手を止めた。
「あー待って待って。まだ説明してない」
「説明? なんの?」
「中の写真見て」
言われて、とりあえず適当に一枚、取り出した。甜花がサイドポニーに髪をまとめ上げてある写真と一緒に、クリップで剣道着の写真がセットに束ねられていた。
「何これ?」
「その甜花ちゃんは、剣道着を着させてあげてってこと。サイドポニーの侍で甜花ちゃんとか、超似合いそうじゃん☆」
……なるほど。そういう感じか……。それを、この紙袋いっぱい分……。
「……時間がかかるな」
「え?」
「妥協は可能な限りしたくない。最初のうちは慣れないから、一枚で一週間くらいかかるかも」
「それでも良いよ。甘奈は、量や速さより質を求めています」
「OKだ」
契約成立だな。早速、今日から取り掛かるとしよう。
大崎と握手をして、甜花と合流して三人で家に帰宅した。
×××
さて、それから1週間ほど経過した日。ようやく一枚、完成した。言われた通り、まずはサイドポニー侍甜花から。
いや、ホント勉強したわ。髪型を参考にする為、果穂がこっそり買ってコソコソ研究しているおしゃれの雑誌を無断で借りて、髪型の研究をして、剣道着についても色々と動画や写真を見て調べ、書き上げた。
しかし……お絵描きも楽しいわ。なんかハマりそう。
さて、朝のうちに大崎の下駄箱に入れておいた手紙に書いてある時間まで、あと少しだ。
現在、俺がもたれかかっている屋上の扉に、コンコンとノックの音がした。
「……」
「合言葉は?」
「この世に存在するありとあらゆる天使が出て来る神話は、甜花ちゃん生誕の伏線」
正解だったので、扉を開けた。
「ねぇ、この合言葉やめない?」
「ダメでしょ。誰も思い付かない真実だよ」
「……や、でも……」
「じゃあお前、間違えて俺が描いた甜花が本人に見られても良いのか?」
「ダメだね。よし、合言葉はこのままで」
あっさりと流すと、続けて俺は例のブツを紙袋から取り出した。手の中にあるのは、黒いファイル。
「ほれ、約束のモンだ」
「おお……ありがとう! 見て良い?」
「どうぞ?」
ファイルの中をながめる大崎。顎に手を当て、真剣な表情で中の絵を眺める。
……なんか、審査されてる気分なんだが、これ実際、審査されてるんだろうなぁ……。
「ど、どう……?」
「……」
聞いても、大崎はしばらく無言のままだった。真剣な表情で甜花の絵を眺める。まるで、贋作の鑑定士のように。
それは勿論、贋作なのだから厳しくなるのは仕方ない。何せ、本物はあくまで甜花。俺はそれを、俺の頭の中による補正とモデル代わりの写真を元に写生したに過ぎない。
しかし、それでもベストは尽くしたと言える。……ただ一点を除いて。おそらく、大崎もそこにひっかかっているのだろう。
しばらく黙り込んだ後、大崎は結論を出した。
「……うん。良いと思う。『自分に剣道なんて似合わない』と自覚した上での恥じらいの表情、剣道の素人を再現したような素振り、完璧な甜花ちゃんだよ」
「さんきゅ」
「でも、一箇所だけ」
やはりか。
「この胸、甜花ちゃんこんな大きくないよ」
「モデルの写真の甜花からじゃ、胸の大きさまで分かんなくてさぁ」
「うーん……なるほどね……あ、それならさ、他の写真も見てみなよ。浴衣の甜花ちゃんの写真があるはずだよ」
「え、あいつお祭りとか行くの?」
「いや、甘奈が着て欲しかったから強引に着てもらったやつ」
なるほど。それなら確かにあり得そう。あの子多分引きこもるタイプだしね。
「浴衣と剣道着なら、似てるし胸の強調のされ方とか似てるでしょ? そんな感じで、他の写真と見比べながら描けば良いんじゃない?」
「あー、そういう感じか。良いね。じゃあ、これ描き直す?」
「ううん、これはこれでもらっておく。……相変わらず上手だし」
そっか……もらってくれるのか。なんだかんだ、大崎も良い子なのかな、なんて思ってしまった。
「じゃ、引き続きよろしくね」
「おう。任せとけ」
「でも、下手くそな甜花ちゃんを描いたらやり直しだからね」
「わーってる」
一先ず、俺と大崎の間に、休戦に近い何かが結ばれた。