ウデマエXの俺はスプラの世界に転生してもウデマエXを目指す 作:木岡(もくおか)
今年のセリの日から2日後の朝、ユウキは自室を端から端へ何往復も歩き回っていた。じっと座って落ち着いてなんかいられない。頭は目まぐるしく働いているけれど、空回りしてしまっているようでどうにも考えが固まらなかった。早いとこ決めなければいけないのに……。
プロになるかどうかを――。
昨日は一日中テレビで頻繁に放送されていたセリに関連する番組。ニュースだったり、指名選手のインタビューや過去の成績のまとめ。そのどれもが場違いに指名されたA-の選手についても多かれ少なかれ触れていた。
気が気ではなかった。イカスツリーでも良いプレイをして目立つことはあったが今回はその比ではない。SNSでもどこから出たのか分からないユウキのバトル動画が拡散されて大騒ぎ、街を歩けば指を差されるかもしれない。
そして、驚くことに……憧れのシオカラーズにも自分の存在が認知されていた。
「ごきげんイカがですか?ハイカラニュースの時間だよ!」
「こんちゃ~。シオカラーズで~す」
「今日のトップニュースはもちろんセリ!」
「この後、たっぷり紹介しちゃいます……」
「……今年もたくさんのボーイガールがプロに指名されたけどアオリちゃんは気になる選手いる?」
「やっぱ初めてA-で指名されたユウキ君でしょ!」
「神の目を持ってるって言われとるね」
「そうそう!プロでまた神の目が輝くバトル見てみたい」
「シャイニング・ゴッド・アイやね」
ユウキはその時テレビ画面を鷲掴みにしてしまった。頭の中で「え?」と「ちょっと待って」を連呼して、もしかするともしかするという妄想もしてしまった。セリで指名された時と同じくらい興奮した。プロになればあのシオカラーズと直接会う機会もあるかもなんて考えれば……。
ユウキはパニックに近い状態になってしまっていた。1日中部屋の中で考えていても答えが出ない。悪い気分ではないのだけれど。
しかも、輪をかけるように今日はエンペリーエンペラーズの人が挨拶に来るのだ。約束の時間はもうすぐで、ユウキの部屋をウロウロする速度は上がっていく。
本当にどうしようか……昨日の夜も考えすぎて寝れなかったくらいなのにプロになるかならないか……どちらが正しい選択なのか分からない。
歩き続けたユウキが考えるのを諦めるようにベッドに飛び込むとチャイムは鳴った……。
「初めまして、ユウキ君。エンペリー・エンペラーズ監督補佐のジンドウです。電話で話した通り君と契約を結びに来ました」
「初めまして」
玄関で出迎えた男は高そうなスーツを着た大人タコボーイだった。頭のゲソ足がちょうど本物のタコを逆さにして頭に乗せているように生えていてドレッドヘアみたいに見える。眼鏡をかけた鋭い瞳とジャケットから除く真っ赤なポケットチーフはいかにもできる男という風だった。
てっきり事務員のような人が来ると思っていたが電話をかけてきた本人が来るとは。監督補佐というのはチームでもかなり権力を持つ立場ではないんだろうか……。
「会えて嬉しいよ。私はこの日を楽しみにしていたんだ。将来君は必ず我がエンペラーズのスター選手になる」
「はあ……ありがとうございます」
アユ子家の客間にジンドウを迎え入れて対面する形で座った。隣には保護者としてコイ吉お爺さんも座っている。指名を受けてからコイ吉お爺さんにも相談したが今プロになるかどうかはユウキの判断に委ねられていた。
「本当は君に一番に会いに来たかったんだけど、上位指名の選手との対応で忙しくてね。君のバトルを見たときは感動したよ。私は1位指名したかったくらいだ。あの類まれな状況判断能力はプロでもなかなか真似できることじゃない。それをA帯でできるなんて」
ジンドウにべた褒めされたユウキは素直に嬉しかった。何しろエンペラーズはXリーグで近年ずっと上位をキープしている名門チームだ。昨日、エンペラーズについてはじっくりと調べた。
「それでだね……。我々が調べた限りでは君もプロを目指していたみたいだけどその願いが叶ったわけだ。契約金1200万円、年俸は会議で800万円に決まった。入団後の君の起用法や育成の方針は追々話すとして、まずはサインしてくれるよね」
ジンドウは当たり前といった様子でユウキの前に契約書を差し出した。
「そのことなんですけど……実は僕、プロになるのはやめておこうかと……」
「何だって……」
「今年プロになるつもりは全くなかったですし、正直まだ自分には力不足かと……。来年でも遅くはないと思いますし……今はとにかく驚いていて頭が回ってないというのもあるんですけど」
「考え直してくれ。いや……そういう理由なら確実に君は間違っている。たしかにまだXのトップレベルで戦うには力不足かもしれんがS+なら君の力は十分に通用すると私は思う。それに力不足ならなおさらプロになってしまってそこで練習したほうが良い最新の練習環境も用意されるし元々君の育成には力を入れるつもりだよ」
笑って話していたジンドウは声を低くして真剣な面持ちで言った。
「君は新鮮で活きの良い金イクラだ。必ず我々エンペリー・エンペラーズが最高の選手に育てあげてみせる」
「はい……。でも」
「何か不満があるなら素直に話してみてくれ」
「不満があるわけではないんですが」
「お金か?私の力でどうにか掛け合ってみてもいい。住まいも高級マンションの一室を用意しよう。君は資料によると居候なんだろう?生活も自由になる。……そうだ。これはプレゼントだ。今度のエンペラーズのプレーオフ試合のチケット、それも特等席だ」
ユウキはあれこれ提案されて困った。困るくらいならばきっぱりと断ってしまえばいいのだが、それができるほどプロにならないほうの選択へ傾いてはいなかった。
「なんなら今からエンペラーズの練習場へ連れてってあげようか?おいしいものを奢ってもいい。どうだい?」
「そういうのはダメなんじゃないのかい?」
見かねたコイ吉お爺さんが口を挟む。
「何もダメじゃないですよ。そんな決まりはないです。保護者のあなたが断れば確かに連れ出しかねますが……。じゃあ、せめて少しだけ2人で話をさせてもらえませんか?」
ユウキはコイ吉お爺さんを見て頷いた。正直なところユウキも2人のほうが都合が良かった。
家を出て、アユ子家の塀の前でジンドウと2人きりになる。横には真っ黒でダッシュボードに金色のタコ彫刻が乗っている車があった。
「どんな厳しい条件を飲んででも私は君が欲しい。それに、プロはいいぞ。大観衆の中プレイするのはどれほど気持ちが良いか。飛び級してS+になれるからガチマッチともおさらばだ。プロになれずにくすぶっているような連中に足を引っ張られることもない」
「……実は僕、誓ってるんです。この家の人に恩を返すって。それは、なんというかお金で返せることじゃなくて……今、この家に住む僕の大切な人が苦しんでいて、僕には近くにいる義務がある。だから今はプロにはなれません。ごめんなさい」
今のところの答えだった。悩んでいたが声に出すとすっきりした。やっぱり今1人でプロになることは考えられない。
しかし、ジンドウにこの話をしたことをユウキはすぐに後悔することになる……。