【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。 作:サボテニウム
第1話 転生したらラスボスだった件
あと七日だった。
五年間待ち続けたエロゲの続編が発売されるまで、たったの七日。
――その七日を待ちきれずに、オレは死んだ。
◇ ◇ ◇
エロゲを嗜む者なら、『憤怒の吸血鬼――ヴァンパイア・オブ・ジ・アラストル』の名を知らない者はいないだろう。
荒廃した世界。
救いのない展開。
そして、それでも目を離せなくなる魅力的なキャラクターたち。
発売された2035年には年間エロゲ売上ランキングの首位を記録し、翌年には累計売上10万本を突破。ソーシャルゲーム化だけでなく、まさかの地上波アニメ化まで果たした。
エロゲとしては異例どころか、もはや意味不明なほどの大ヒット作である。
かくいうオレも、大学時代に初めてプレイして以来、発売から五年が過ぎた今でも週に一度は起動する程度にはハマっていた。
どれくらい面白いのか。
そう聞かれても困る。
面白いから五年間も同じエロゲを周回しているのであって、冷静かつ客観的な説明を求められても、こちらはすでに正気ではない。
物語の舞台は、第三次吸血鬼大戦後の世界だ。
2050年。
吸血鬼との戦争に敗れた人類は、生存圏の大半を喪失した。
国土のほとんどは吸血鬼に奪われ、人類が生き残っているのは、いくつかの主要都市だけ。
残された人々は、吸血鬼が唯一苦手とする銀を用いて聖域を築き、その内側に作られた特区で暮らしていた。
そして五年後の2055年。
日本に残された数少ない特区の一つ、ヨコハマエリアが、たった一匹の吸血鬼によって壊滅する。
多くの人間が殺され、生存者はトウキョウエリアへの避難を余儀なくされた。
主人公の綾辻阿鬼斗も、その難民の一人だ。
故郷と両親を吸血鬼に奪われた阿鬼斗は、数年後、十六歳の誕生日を迎えると同時に、人類側の対吸血鬼部隊である討魔師へ志願する。
すべての吸血鬼を駆逐し、人類の自由を取り戻すために。
――と、ここまでなら、まあ、よくあるダークファンタジーだ。
吸血鬼に家族を殺された少年が、復讐のために剣を取る。
設定だけを並べれば、珍しい話ではない。
だが、この作品には一つ、とんでもない仕掛けがあった。
阿鬼斗には、幼いころから共に育ち、将来の結婚まで誓い合った少女がいる。
リーシャ・クーゲルシュタイン。
銀髪に赤い瞳を持つ、本作のメインヒロイン。
阿鬼斗にとって、家族を失ったあとも唯一そばにいてくれた、たった一人の幼馴染。
そして彼女こそが――ヨコハマエリアを滅ぼし、阿鬼斗の両親を虐殺した吸血鬼。
第六真祖。
蠅の王ベルゼブブの正体だった。
『――なーぁんだ。アギト、気づいてたんだ』
『信じたくは……なかったよ』
『それで、どうする? 殺しちゃう?』
『…………』
『たった一人の家族の――この私を?』
『っ……!』
『あはは。そしたらアギト、今度こそ本当に一人ぼっちになっちゃうねー♡』
――『憤怒の吸血鬼 最終章:蠅の王』より。
本作の最終章で、阿鬼斗はついに真実へ辿り着く。
憎み続けてきた両親の仇が、世界で最も愛している幼馴染だった。
復讐を果たすのか。
それとも、最後に残された家族を守るのか。
阿鬼斗が答えを出せないまま、物語は幕を閉じる。
これがもう、当時のプレイヤーにとっては大興奮の展開だった。
エロゲにもかかわらず、ネット上には考察スレッドが乱立。
リーシャが阿鬼斗だけを生かした理由。
最終章で見せた笑顔の真意。
リーシャ救済ルートの有無。
発売から一年ほどは、界隈全体が半ば祭りのような状態だった。
もちろん、オレもその祭りに参加していた。
そして今春。
ついに、待ち望んでいた続編の発売が発表された。
『憤怒の吸血鬼Ⅱ――ヴァンパイア・オブ・ジ・アラストルⅡ』
社会人になってから数年。
就職したブラック企業に心身を削られながらも、オレはこの日のために生きていた。
大げさではない。
少なくとも当時のオレは、本気でそう思っていた。
また、あの世界を旅できる。
あの最終章の続きが読める。
阿鬼斗はリーシャを殺すのか。
それとも、すべてを知ったうえで彼女の手を取るのか。
発売前に公開された情報には、リーシャが惨殺されているらしきイベントCGまで含まれていた。
血まみれで倒れるリーシャ。
その傍らに立つ阿鬼斗。
どう見ても、死亡フラグである。
ビジュアル面では作中で一番好きなキャラクターだっただけに、少し悲しくはあった。
とはいえ、リーシャがやらかしたことは、ヨコハマエリアの壊滅と住民の大量虐殺だ。
かわいいから許される、で済む規模ではない。
報いを受けるのも仕方がないだろう。
推しの死を悲しむ気持ちと、こいつは死んでも文句を言えないという気持ちは両立する。
オタクの感情は、意外と複雑なのだ。
ともかく。
オレは誰よりも、この続編の発売を楽しみにしていた。
誰よりも長く待った。
誰よりも考察した。
誰よりも楽しみにしていたのだから、誰よりも楽しむ権利がある。
そう思っていた。
――オレがトラックに轢かれるまでは。
「く……そっ……」
けたたましいサイレンの音が、遠くから聞こえていた。
横断歩道の上。
冷たいアスファルトへ倒れたまま、指一本動かすことができない。
「こんなことって……あるのかよ……」
薄れゆく意識の中で思い出したのは、家族でもなければ、会社の同僚でもなかった。
一週間後に発売されるはずだった『憤怒の吸血鬼Ⅱ』のことだった。
死の間際に思い出すものがエロゲとは、我ながら救いようがない。
だが、仕方がないだろう。
あと七日だったのだ。
(あぁ……最悪だ……)
せめて、あと七日。
いや、発売日が七日早ければ。
そうすれば、死ぬ前に続編をプレイできたのに。
「大丈夫ですか!」
誰かがオレのそばへ駆け寄ってくる。
「いま救急車が来ますから! しっかりしてください!」
無理を言わないでほしい。
しっかりできるなら、道路の真ん中で血を流して倒れてはいない。
「意識を保って! 目を閉じないでください!」
通行人の必死な声を聞きながら、オレの意識は闇へ沈んでいった。
せめて続編の結末だけでも知りたかった。
そんな、あまりにもくだらない未練を残したまま。
◇ ◇ ◇
――オレが再び目を覚ますと、そこには地獄が広がっていた。
「いやだぁぁああああああああああ!」
「助けてくれええええええええええ!」
(……は?)
逃げ惑う人々。
泣き叫ぶ子供。
燃え盛る建物。
赤黒く染まった道路。
そして。
「吸血……鬼?」
人ならざる怪物たちが、人々を襲っていた。
逃げ遅れた男の胸を、背後から伸びた黒い腕が貫く。
女が地面へ押し倒される。
腹を裂かれ、体内をかき回され、肉を食いちぎられる。
ムシャムシャと。
湿った、ひどく生々しい音を立てながら。
周囲には、血と煙の臭いが満ちていた。
知らない場所だった。
だが、知らない光景ではなかった。
「……『憤怒の吸血鬼』の世界だ」
オレは、この場面を知っている。
ゲーム冒頭。
ヨコハマエリアが第六真祖ベルゼブブによって壊滅させられる場面。
『プロローグ:地獄』
物語の始まりであり、主人公がすべてを失った日。
つまり、序盤も序盤である。
そう気づいて周囲を見回す。
燃えている街並み。
崩れた聖堂。
見覚えのある大通り。
ここは、間違いなくヨコハマの市街地だった。
そして数メートル先。
一人の少年が、大人の男に抱えられたまま、炎の向こうへ運ばれていく。
泣き叫び、必死に後ろへ手を伸ばしている。
その顔にも、見覚えがあった。
綾辻阿鬼斗。
この物語の主人公、その人である。
本編よりもずっと幼い。
だが、面影からすぐに分かった。
「ははっ……いや、まさかな」
自嘲気味に笑い、遠ざかっていく阿鬼斗少年から目を逸らす。
夢だ。
きっと、死の間際に見ている白昼夢。
そうでなければ説明がつかない。
それにしても神様よ。
死にゆく人間へ最後に見せる光景として、もう少しまともな場面は選べなかったのだろうか。
リーシャとのデートイベントとか。
温泉回とか。
せめて全年齢版で放送可能な場面が、ほかにいくらでもあったはずだ。
なぜ、よりにもよって住民が内臓を引きずり出されるプロローグを選んだ。
『鬱ゲー』や『討つゲー』と呼ばれていた作品とはいえ、もう少し平和な場面もあっただろう。
……あったよね?
たぶん。
あまりにも死亡シーンが多すぎて、自信がなくなってきた。
(いや、そんなことより)
本当に夢なのか。
炎の熱気が肌を焼いている。
人々の悲鳴が耳を刺す。
試しに頬をつねってみると、普通に痛かった。
「痛え……」
夢の中でも痛みを感じることはあるらしい。
だが、この臭いはどうだ。
煙。
血。
焼けた肉。
夢の中で、ここまで生々しい臭いを再現できるものなのだろうか。
オレは鼻から小さく息を吸った。
「…………」
もう一度。
「げほっ、ゲホッ!」
くさい。
冷静に嗅いでみたら、想像していた数倍はくさかった。
死体の焼ける臭いというのは、こんなにもひどいものなのか。
当分、焼き肉屋には入れそうにない。
もっとも、オレはさっき死んだはずなので、当分どころか永遠に行けない可能性もあるのだが。
(これ、もしかして……)
いま流行りの、異世界転生というやつではないだろうか。
俄かには信じがたい。
だが、死んだ直後にゲーム世界で目覚めたとなれば、白昼夢よりはそちらの方が筋が通る。
筋が通っているだけで、納得できるとは言っていない。
「ベルゼブブ様」
突然、背後から低い声が聞こえた。
「エリア内の討魔師の殲滅が完了いたしました」
慌てて振り返る。
そこに立っていたのは、二メートルを優に超える大男だった。
顔は黒山羊。
二本の角。
全身を黒い毛に覆われ、丸太のような腕には、常識外れの筋肉が詰まっている。
黒山羊の頭を持つ、二足歩行の筋肉だるま。
どこからどう見ても人間ではない。
(なんだこいつ……顔こわっ)
一目で吸血鬼だと分かった。
というより、こんなものを人間と言い張られても困る。
だが、それ以上に気になることがあった。
いま、こいつは何と言った。
ベルゼブブ様?
「あの……」
恐る恐る、自分を指差す。
「ベルゼブブって、オレのこと?」
「いかにも」
黒山羊の男は、当然のように頭を下げた。
「当代の第六真祖たる貴方様のほかに、いったい誰がございましょう」
「えぇ……」
嫌な予感がした。
しかも、かなり具体的な種類の嫌な予感だ。
オレは足元へ視線を落とす。
破裂した水道管から水が噴き出し、道路の窪みに大きな水たまりができていた。
恐る恐る、その水面を覗き込む。
そこに映っていたのは、見知らぬ顔ではなかった。
美しい銀色の長髪。
血のように赤い瞳。
人形のように整った、幼い少女の顔。
「リーシャじゃねえか……」
何度も見た。
ゲーム本編で。
イベントCGで。
設定資料集で。
ただし、普段の人間としての姿ではない。
赤い瞳と牙を露わにした、吸血鬼としての姿。
第六真祖ベルゼブブ。
リーシャ・クーゲルシュタイン。
このゲームのメインヒロインにして、主人公の故郷を滅ぼしたラスボス。
間違いない。
紛うことなき、リーシャ本人だった。
(いや、待て待て)
冷静に考えよう。
さっき逃げていった少年は、主人公の阿鬼斗。
ここは、ヨコハマエリアが滅ぼされた直後。
そしてオレは、そのヨコハマを滅ぼした第六真祖ベルゼブブ。
つまり。
オレはすでに、主人公の故郷を焼き払ったあとで。
おそらく、あいつの両親も殺したあとで。
このまま原作どおりに進めば、数年後。
阿鬼斗は第四真祖アラストルの憤怒の力を継承する。
そして両親の仇であるオレの正体を知り――。
「おいおい……」
喉から、乾いた声が漏れた。
「マジかよ……」
続編でリーシャが惨殺されるらしいイベントCGが、頭に浮かぶ。
推しだから少し悲しい。
だが、やらかしたことを考えれば、同情の余地はない。
つい先ほどまで、確かにそう思っていた。
他人事だったときは。
ーー悲報。
転生したら、すでに死亡フラグが立っていた件。