【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。 作:サボテニウム
禁止区域をしばらく走っていると、闇の中に巨大な建物の輪郭が浮かび上がった。
壁面は黒ずみ、あちこちの窓が割れている。
かつては大勢の人間で賑わっていたのだろうが、今では見る影もない。
かなり老朽化の進んだ、廃ショッピングモールだった。
(あれかな?)
速度を落とし、建物の周囲を一周する。
裏口らしき扉は錆びつき、搬入口は瓦礫で塞がれていた。
中へ入れそうなのは、ガラス扉が粉々に割れた正面入口くらいしかない。
「仕方ないか」
散乱した破片を踏まないよう注意しながら、慎重に足を踏み入れる。
かつて吹き抜けだったらしい広い空間には、倒れた案内板や腐食した長椅子が放置されていた。
天井の一部は崩落し、そこから差し込む月明かりが、薄暗い館内をわずかに照らしている。
人の気配はない。
だが、視線は感じた。
(誰かいるな)
そう思った直後。
二階のバルコニーから、何者かが飛び降りてきた。
「――っ!」
月明かりを反射する刃。
身体を激しく回転させながら、日本刀を振り下ろしてくる。
(危なっ!)
反射的に横へ跳んだ。
刃が、オレのいた場所を通り過ぎる。
直後。
背後にあった太い柱が、まるで絹豆腐のように斜めへずれ、そのまま音を立てて崩れ落ちた。
「…………」
今のをまともに受けていたら、オレの身体も上下に分かれていたかもしれない。
再生はできるだろうが、痛いものは痛い。
(これが俗にいう、エクシア斬りってやつか?)
実物を見たのは初めてだった。
できれば二度と、自分に向けて使われるところは見たくない。
正面へ視線を戻す。
月明かりの下。
日本刀を構えた、一人の少女が立っていた。
年齢は十歳前後だろうか。
短く切り揃えられた灰色の髪。
鋭く、獣のような瞳。
小柄な身体に似合わない刀を両手で構え、こちらの動きを静かに観察している。
出会い頭に斬りかかってきたところを見るに、オレは歓迎されていないらしい。
こうなる可能性は、もちろん考えていた。
野良吸血鬼たちが集まる場所へ、何の連絡もなく入ってきたのだ。
警戒されるのは当然である。
ただ、相手が年端もいかない少女だというのは予想外だった。
「ちっ……」
一瞬だけ迷う。
オレに子供を殺して喜ぶ趣味はない。
だが、相手は明確な殺意を持って攻撃してきた。
こちらが反撃をためらい、そのまま斬られてやる義理もない。
殺すしかないか。
そう判断し、体内の魔力を解放する。
膨大な力が、身体の奥から一気に溢れ出した。
右手を掲げる。
指先へ集まった魔力が、バチバチと音を立てながら、妖しく輝く紫色の雷へ変わっていく。
(消し飛べ――)
狙いを少女へ定めた、その瞬間。
「ああ、ごめん」
少女はあっさりと刀を下ろした。
「同族だったんだ」
「…………」
こちらの魔力を感じ、オレが吸血鬼だと気づいたらしい。
少女は敵意がないことを示すように、刀を鞘へ納めた。
いまにも放とうとしていた雷撃を止める。
危うく、話を聞く前に消し炭へするところだった。
「入ってきたとき、あなたからほとんど魔力を感じなかった」
少女は、オレの全身を興味深そうに眺める。
「だから、人間が迷い込んだのかと思った」
「人間なら、問答無用で斬るの?」
「ここは人間が来ていい場所じゃないから」
「なるほど」
実に分かりやすい理屈だった。
禁止区域へ入り込んだ人間を、その場で処分する。
ここでは珍しくもない対応なのだろう。
「でも、今は違う」
少女が、わずかに目を細める。
「あなたから、むせ返るくらい濃い魔力を感じる」
「そう?」
「高位の吸血鬼ほど、自分の魔力を隠すのがうまいって聞いたことがある」
少女はそう言うと、オレの右手へ視線を落とした。
先ほどまで紫色の雷をまとっていた手だ。
「あなた、相当強いね」
「あはは……そりゃどうも」
相当どころではない。
これでも一応、七人しかいない真祖の一人である。
だが、それを自分から教える必要はない。
人間だと誤解して襲ってきただけで、吸血鬼同士で争うつもりはないらしい。
少なくとも、会話は成立する相手のようだ。
オレは本来の目的を話すことにした。
「あのさ」
「何?」
「今日、ここでディアボロスの集会が開かれるって聞いたんだけど」
少女の目が、わずかに鋭くなる。
「私も参加していいかな? 飛び入りで悪いんだけど」
「へえ」
少女が首を傾けた。
「私たちの集会があるって、誰から聞いたの?」
「知り合いの吸血鬼から」
つい先ほど、頭を吹き飛ばした吸血鬼から聞いた。
知り合ってから殺すまで、およそ一分。
短い付き合いではあったが、知り合いには違いない。
「駄目……かな?」
「ううん」
少女は小さく首を横へ振った。
「私たちディアボロスは、来る者を拒まない」
「本当?」
「特に、強いやつは歓迎する」
そこで初めて、少女は白い歯を見せた。
つい先ほどまでオレを両断しようとしていたとは思えないほど、友好的な笑顔である。
(力に従順すぎないか?)
弱そうなら斬る。
強いと分かれば歓迎する。
あまりにも吸血鬼らしい判断基準だった。
そんな調子では、悪い真祖に利用され、必要がなくなった途端に捨てられてしまうのではないだろうか。
もう少し相手の人柄を見るべきだと思う。
――まあ、その悪い真祖というのはオレなのだが。
「こっち」
少女は顎で館内の奥を示した。
「案内する」
「ありがとう」
少女のあとを追い、廃モールの中を歩き始める。
割れたショーウインドー。
中身をすべて奪われた店舗。
壁に残された、色褪せた広告。
人類がこの土地を捨ててから、かなり長い時間が過ぎているのだろう。
誰も口を開かないまま、しばらく進む。
沈黙が気まずくなったのか。
それとも、単純にこちらの名前が気になったのか。
前を歩いていた少女が、不意に振り返った。
「私、ロウカ」
「ロウカ?」
「狼に花って書いて、狼花」
そう名乗った少女の顔を、思わず二度見した。
ロウカ。
その名前を、オレはよく知っていた。
『憤怒の吸血鬼』第一章に登場する、小ボスの一人だ。
トウキョウエリアに暮らす人類は、深刻な食料不足に悩まされていた。
その問題を解決するため、生存圏の拡大を目的として実施されたのが、西トウキョウ掃討作戦。
討魔師となったアギトが、初めて本格的な戦場へ送られる任務でもある。
そこでアギトが、自分の手で初めて討ち取る吸血鬼。
それが、目の前にいるロウカだった。
原作登場時の階級はC級。
吸血鬼としての異名は、ルプス・レクス。
ラテン語で、狼の王を意味する。
野良吸血鬼としては、かなり強い部類だったと記憶している。
初陣の新人がC級吸血鬼を討ち取る。
それだけなら、アギトの才能を示す分かりやすい活躍場面だ。
だが、ロウカのエピソードは、そんな単純なものではなかった。
ロウカは、幼い妹たちを逃がすため。
たった一人で討魔師の部隊を相手にし、最後まで戦い続けていた。
追い詰められ、敗北したあと。
ロウカは処刑を命じられたアギトへ、泣きながら懇願する。
『妹たちだけは、殺さないでください』
そこでプレイヤーへ、二つの選択肢が提示される。
――処刑する。
――処刑しない。
アギトが人類への忠誠を優先し、ロウカを処刑するのか。
命令へ背き、吸血鬼である彼女を助けようとするのか。
その選択によって、物語は修羅ルートと通常ルートへ分岐する。
もっとも。
どちらを選んだところで、ロウカは死ぬ。
処刑を選んだ場合。
アギトはせめてもの情けとして、
『お前の妹たちは、俺が何とかする』
そう約束する。
ロウカは、アギトへ感謝を伝えたあと。
自ら首を差し出し、その命を終える。
だが、その直後。
アギトは上官から、ロウカの妹たちも全員処刑するよう命じられる。
『人類への忠誠を示せ、アギト』
何が忠誠だ。
ふざけるな。
プレイしていた当時は、本気で画面へ向かって悪態をついたものだ。
妹たちを助けると約束したばかりのアギトへ、その手で彼女たちを殺させる。
しかも拒否すれば、今度はアギト自身が反逆者として処分される。
どう転んでも救いがない。
いかにも『憤怒の吸血鬼』らしい、悪趣味な展開だった。
ロウカとその妹たちは、登場する期間こそ短い。
それでも、アギトとプレイヤーの心へ深い傷を残す、重要なキャラクターたちである。
(面倒なのと知り合っちゃったな……)
よくも悪くも、忘れられない相手だ。
しかも、その結末をオレは知っている。
目の前で普通に話している少女が、数年後にはアギトの手で首を刎ねられる。
そう考えると、どう接すればいいのか分からなくなった。
「あなたは?」
「え?」
「名前」
「ああ……」
返事が遅れたことをごまかすように、笑顔を作る。
「オレ――じゃなくて、私はリーシャ」
「リーシャ」
「リーシャ・クーゲルシュタイン。よろしくね」
「うん。よろしく、リーシャ」
ロウカが手を差し出してくる。
オレも、その小さな手を軽く握り返した。
温かい。
ゲーム画面の向こうにいた小ボスではない。
今、目の前で生きている一人の少女の手だった。
(できれば、あまり関わりたくないんだけどな)
原作で死ぬと分かっている相手だ。
親しくなったところで、最後には悲しい思いをするだけかもしれない。
下手に情が湧けば。
その結末を、黙って見ていられなくなるかもしれない。
だから、深くは関わらない方がいい。
このときのオレは、まだ本気でそう思っていた。