【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。 作:サボテニウム
ロウカのあとについて廃モールの中を歩くこと、数分。
辿り着いたのは、かつて休憩スペースとして使われていたらしい広場だった。
色褪せたソファー。
倒れた観葉植物。
カラースプレーによる落書きで埋め尽くされた壁。
そこに、いかにも柄の悪そうな吸血鬼たちが数人たむろしていた。
その中でも特に目立つのは、オールバックにした金髪と、夜の屋内だというのに黒いサングラスをかけた男だ。
どう見てもチンピラだった。
男は仲間たちと何やら言い争っていたが、オレたちの足音に気づくと、そろってこちらを振り向いた。
「おい、ロウカ」
サングラスの男が、不機嫌そうに眉を寄せる。
「てめえ、見張りをしてろっつっただろ。何で戻ってきてんだよ」
「見学希望の子を連れてきた」
ロウカが淡々と答える。
「今日の集会に参加したいって」
「あのなあ」
男は大きくため息をついた。
「俺たちはガキのおままごとをしてるんじゃねえんだぞ。新入りを連れてくるなら、せめてもう少しまともなやつをだな――」
「たぶん、この子は私より強い」
「あ?」
男の表情が変わった。
ロウカはオレを見たあと、わずかに考えるような間を置く。
「もしかしたら、ナオトより強いかもしれない」
「はあ?」
ナオトと呼ばれた男が、ソファーからゆっくりと立ち上がった。
「こんな小せえガキが、俺より強いって?」
訝しげな顔でこちらへ近づいてくる。
そして、オレの頭のてっぺんから足の先まで、品定めでもするようにじろじろと眺め始めた。
金髪に黒いサングラスをかけた怪しい男の顔が、至近距離まで迫ってくる。
思わず顔面へ拳を叩き込みそうになったが、何とか我慢した。
「お前、名前は?」
「……リーシャ」
少しだけ警戒した声を作る。
「リーシャ・クーゲルシュタイン」
「その格好と顔立ちを見る限り、この辺りの生まれじゃねえな」
ナオトが鼻を鳴らす。
「どこから来た?」
「お父さんと一緒に、ゲルマニアから来たの」
「ゲルマニア?」
「大戦が始まる前に、日本へ移り住んだんだけど……」
オレは不安そうに目を伏せた。
「お父さんが討魔師との戦いで大怪我をして、動けなくなっちゃったから。代わりに私が来たの」
胸元で両手を握り、不安げな少女を演じる。
「その……ディアボロスの仲間に、入れてもらえないかと思って」
もちろん、すべて嘘である。
リーシャの実の父親。
先代第六真祖、カイゼン・フォン・ゲルマニアは、すでに死亡している。
真祖の座を次代へ譲るためには、継承者へ最も濃い真祖の血を飲ませなければならない。
先代の真祖が自らの心臓を抉り出し、それを握り潰す。
そして心臓から溢れた血を、次の真祖となる者へ直接飲ませる。
それが、真祖継承の儀式だ。
つまり、現在のオレが第六真祖である以上、先代のカイゼンは死んでいなければおかしい。
父親が怪我をして寝込んでいるという設定は、オレが事前に用意していた偽りの経歴だった。
しかし、その経歴を聞いた瞬間。
「なんだ、てめえ」
ナオトの口元が、大きく歪んだ。
「裏切りの血かよ」
周囲にいた吸血鬼たちも、顔を見合わせる。
「どうりで臭えと思ったぜ」
「ドブみてえな臭いだ」
「第六の眷属が、よくここへ顔を出せたな」
男たちは突然、耳障りな笑い声を上げた。
「ギャハハハハ!」
(ああ……やっぱり、こうなるか)
この反応は、ある程度予想していた。
だから、驚きはしない。
ただし。
自分より遥かに弱い雑魚吸血鬼たちから、面と向かって馬鹿にされるのは、あまり気分のいいものではなかった。
(むかつくな)
いっそのこと、ここにいる全員をまとめて処分してしまおうか。
そんな考えが、自然と頭をよぎる。
指先へ少し魔力を集めるだけで、この場にいる吸血鬼など一人残らず消し飛ばせる。
その方が手っ取り早いかもしれない。
――そう考えていたとき。
「ナオト」
後ろにいたロウカが、大股で兄の前へ詰め寄った。
「ディアボロスのモットーは、来る者を拒まず」
「あ?」
「助けを求めてきた吸血鬼には手を差し伸べる。それが父さんの意志だったはず」
ロウカはナオトを真っ直ぐに見上げる。
「それに、今はこの子もトウキョウエリアで暮らしている。どこで生まれたかなんて関係ない」
「大ありだ、馬鹿妹!」
ナオトが怒鳴り声を上げた。
「俺はな、第一真祖の眷属だろうが、第二真祖だろうが、第三真祖だろうが構いやしねえ!」
拳を握り、オレを指差す。
「だが、第六真祖の眷属だけは御免だ!」
「リーシャは第六真祖じゃない」
「裏切りの血を引いてる時点で同じだ!」
「同じじゃない!」
「今の俺たちが、こんな惨めな生活を送ってるのは誰のせいだと思ってやがる!」
「それは先代の第六真祖がしたことでしょ!」
ロウカも負けじと声を張り上げる。
「この子には関係ない!」
「馬鹿が! 第六の血を引いてるってだけで同罪なんだよ!」
「あわわ……」
オレのせいで、とんでもなく険悪な空気になってしまった。
ディアボロスのリーダーらしきナオトと、その妹であるロウカが、今にも殴り合いを始めそうな勢いで睨み合っている。
争いの原因は、オレが第六真祖の眷属だと思われているからだろう。
もっとも、庇ってくれているロウカには悪いが、ナオトが怒るのも無理はなかった。
『憤怒の吸血鬼』の世界において、第六真祖とその眷属は、人類からも吸血鬼からも忌み嫌われている。
理由は、第三次吸血鬼大戦で先代第六真祖カイゼン・フォン・ゲルマニアが起こした、ある裏切りだった。
少し長い歴史の話になる。
だが、この際だから整理しておこう。
◇ ◇ ◇
西暦二〇五〇年。
第三次吸血鬼大戦が終結し、七帝会談主席の座が第一真祖ベリアルへ移る以前。
吸血鬼の世界で最も大きな発言力を持っていたのは、第四真祖アラストルだった。
七帝会談主席。
簡単に言えば、七人の真祖をまとめる代表者のような地位である。
アラストルは、人類との平和的な共存を目指していた。
主席としての権限を用い、吸血鬼による人類への宣戦布告や、無意味な殺害行為を厳しく取り締まっていたのだ。
これが、第三次吸血鬼大戦が始まる前の世界地図である。
地図の桃色に塗られた部分。
それが、第四真祖アラストルの率いる神聖守護領域アルカディアだ。
当時は世界の三分の一近くを支配する、圧倒的な超大国だった。
そのアラストルが築いた秩序へ挑戦したのが、第一真祖ベリアルである。
ベリアルは第五真祖モロク、第七真祖マモンと同盟を締結。
二〇四九年。
人類と第四真祖アラストルの双方へ宣戦を布告した。
ほかの真祖たちが静観を決める中、先代第六真祖カイゼン・フォン・ゲルマニアは、アラストルと人類の側についた。
カイゼンは、アラストルにとって最も信頼する盟友だったからだ。
開戦当初。
戦況はアラストル側の圧倒的優勢だった。
アラスカ方面から出撃したアラストルと人類の連合軍は、コリマ川の戦いに勝利。
続くツングースカの戦い。
イジェフスクの戦いでも、ベリアル軍を打ち破った。
連合軍は勢いのまま進撃を続け、第一真祖が率いる明けの明星の首都、クレムリンへ迫った。
前世でいうモスクワだ。
クレムリンの陥落は目前。
誰もが、アラストルと人類の勝利を確信していた。
そのはずだった。
大戦末期。
先代第六真祖カイゼンが、突如として翻意を表明した。
それまで第一、第五、第七真祖の軍勢を一兵たりとも通さなかったジブラルタル海峡を開放。
モロクとマモンの軍を自らの支配領域へ招き入れたのである。
そして三つの帝国は、アラストルの本拠地へ向けて一斉に進軍した。
狙われたのは、神聖守護領域アルカディアの首都。
前世でいうワシントンDCに位置する都市、アルカディアだった。
一方、そのころのアラストルは、主力軍とともにクレムリン攻略戦の真っただ中にいた。
盟友だったはずのカイゼンによる、あまりにも突然の裏切り。
遠く離れた首都へ、すぐに援軍を戻すことなどできない。
第一、第五、第六、第七真祖による攻撃を受け、首都アルカディアは陥落した。
それをもって、第三次吸血鬼大戦は終結。
勝者は、第一真祖ベリアルを中心とする同盟軍だった。
そして戦後。
新しい世界秩序のもとで作られたのが、現在の世界地図である。
終戦時に締結されたアラスカ条約によって、敗戦国となったアラストルは、神聖守護領域アルカディアの大部分を放棄させられた。
奪われた領土は、戦勝国である第一、第五、第六、第七真祖へ、それぞれ割譲された。
その中でも先代第六真祖カイゼンへ与えられたのは、首都アルカディアを含む北米東海岸一帯だった。
一見すれば、裏切りへの褒美として広大な領土を与えられたようにも見える。
だが、ベリアルの狙いは別にあったのだろう。
第六真祖と第四真祖が、再び手を結ぶことを防ぐためだ。
かつてアラストルが支配していた中心地域を、裏切ったカイゼンへ与える。
当然、第四真祖側は納得しない。
第六真祖側も、条約によって得た土地を簡単には手放せない。
両者の間には、否応なく領土問題が生まれる。
実際、現在でもアルカディア地方の国境では、第四真祖と第六真祖の眷属による小競り合いが絶えない。
かつての盟友同士を永久に争わせる。
実にベリアルらしい、意地の悪い領土分配だった。
一方。
もともと第六真祖が支配していたアフリカ全土では、人類による大規模な武装蜂起が発生した。
原因は、言うまでもなくカイゼンの裏切りである。
人類はカイゼンの軍と共にベリアルへ立ち向かい、勝利寸前まで進んでいた。
それにもかかわらず、そのカイゼンによって戦争に敗れたのだ。
裏切った第六真祖の支配を、以前と同じように受け入れられるはずがない。
もともとカイゼンのアフリカ統治は、人類との共存を前提とした緩やかなものだった。
人類が一斉に反乱を起こしたことで、統治体制は完全に崩壊。
カイゼンはアフリカ全土からの撤退を決断した。
こうして第六真祖の帝国は、戦勝国でありながら大きく弱体化したのである。
さらに終戦直後。
七帝会談主席となったベリアルは、その権限を用いて改めて人類へ宣戦を布告した。
今度は、単独の真祖による戦争ではない。
七帝会談主席の名のもとに発せられた命令だったため、ほかの真祖たちもこれに同調せざるを得なかった。
人類と吸血鬼は、終わりの見えない戦争の時代へ足を踏み入れることになる。
そして。
先代第六真祖カイゼンは、自らの行いを深く後悔した。
アフリカ全土からの撤退を命じたあと。
一人娘であるリリーシャ・フォン・ゲルマニア――つまり、リーシャの本当の名前を持つ少女へ、真祖の座を譲った。
その後、カイゼンは失意のまま、この世を去った。
これが、第三次吸血鬼大戦の大まかな経緯である。
以上。
◇ ◇ ◇
こうした歴史があるため、第六真祖とその眷属は、ある蔑称で呼ばれている。
――裏切りの血。
それどころか、この世界には、
『第六真祖と同盟を組む』
という慣用句まで存在する。
意味は、
『勝てるはずの戦いで、味方の裏切りによって敗北する』
である。
(どれだけ嫌われてるんだよ、パッパ……)
実の父親ではない。
だが、現在の身体にとっては父親なので、複雑な気分だった。
特に、どの真祖にも属さない野良吸血鬼たちは、かつて平和路線を掲げていた第四真祖アラストルを支持していることが多い。
当然、彼らの第六真祖嫌いは、ほかの吸血鬼たちよりも根深い。
どうやらディアボロスも、アラストル支持の集団らしい。
「第六真祖が何をしたかは知ってる」
ロウカは、それでもナオトの前から退かなかった。
「でも、その罪をリーシャに押しつけるのは間違ってる」
「お前は黙ってろ」
「黙らない」
二人は、今も睨み合っている。
その原因となったオレは、少し離れた場所で小さく息を吐いた。
(はぁ……)
自己紹介のとき。
ゲルマニアから来たなどと言わなければよかった。
そんな後悔をしても、すでに遅かった。