【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。   作:サボテニウム

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第14話 きみのそばにいるよ

 

 

 

 結局。

 

 ディアボロスの首領であるナオトから、今日は帰れと言い渡されてしまった。

 

 仕方なく、オレはロウカと二人で廃モールの入り口へ引き返していた。

 

「……ごめん、リーシャ」

 

 隣を歩くロウカが、申し訳なさそうに俯く。

 

「本当は、リーシャにもディアボロスへ入ってほしかったんだけど」

 

「気にしなくていいよ」

 

「でも、ナオトがあんな調子じゃ、今日は無理そう」

 

「あはは……そうだね」

 

 オレは苦笑しながら答えた。

 

 もとはといえば、自分が第六真祖の眷属だと誤解されるような経歴を話したのが原因だ。

 

 ナオトだけを責めるつもりはない。

 

 それに、原作知識として、第六真祖とその眷属が嫌われていることは知っていた。

 

 ただ。

 

 実際に面と向かって、あれほど露骨な嫌悪をぶつけられるとは思っていなかっただけだ。

 

(想像していたより、ずっと嫌われてるんだな……)

 

 ゲームの設定資料に書かれた『裏切りの血』という一文と。

 

 目の前にいる相手から、汚物でも見るような目を向けられるのとでは、まるで重みが違う。

 

 前世では、血筋を理由にここまで露骨な差別を受けた経験はなかった。

 

 不快ではある。

 

 だが同時に、どこか現実味のない奇妙な感覚もあった。

 

 それだけ先代第六真祖カイゼンの裏切りは、吸血鬼たちにとって許しがたいものだったのだろう。

 

「悔しい」

 

 ロウカが、床に転がっていた空き缶を蹴飛ばした。

 

 乾いた音を立てて、空き缶が廃モールの床を転がっていく。

 

「せっかく、気の合いそうな子が仲間になってくれると思ったのに」

 

「ロウカのほかに、女の子の吸血鬼はいないの?」

 

「ほとんどいない」

 

「そうなんだ」

 

「昔は、もう少しいたけど」

 

 ロウカは転がっていく空き缶を目で追いながら、淡々と続ける。

 

「みんな死んだ」

 

「…………」

 

 思っていたよりも重い答えが返ってきた。

 

「ごめん。嫌なこと聞いた」

 

「別に」

 

 ロウカは小さく首を振った。

 

「ここでは、珍しいことじゃないから」

 

「……そう」

 

 そこで会話が途切れた。

 

 割れた窓から、冷たい風が吹き込んでくる。

 

 穴の開いた二階の壁を通り抜け、廃モールの中で低く唸るような音を立てた。

 

 月明かりが差し込み、ロウカの灰色の髪を淡く照らしている。

 

「リーシャは、その……」

 

 ロウカが、少しだけ言葉を選ぶように口を開いた。

 

「第六真祖の眷属だったんだね」

 

「う、うん」

 

 オレはわずかに視線を逸らす。

 

「今は違うけど」

 

 正確には、眷属どころか第六真祖本人である。

 

 だが、もちろん口には出せない。

 

「ロウカも、第六真祖のことが嫌い?」

 

「私は、ナオトたちほどじゃないかな」

 

「そうなの?」

 

「うん」

 

 ロウカは少し考えてから答えた。

 

「第六真祖の裏切りでアラストル様が負けて、それから人間と吸血鬼の戦争が始まった。そう教えられてきた」

 

「…………」

 

「でも、大戦前の私はすごく小さかったから」

 

 ロウカは月明かりの差す窓を見上げた。

 

「人間と吸血鬼が仲良く暮らしていたころのことなんて、ほとんど覚えてない」

 

「そっか」

 

「知識としては知ってる。でも、実際にその時代を生きていたナオトたちとは、感じ方が違うんだと思う」

 

 確かに。

 

 失った平和を知っている者と。

 

 生まれたときから戦争しか知らない者では、同じ歴史を聞いても受け止め方は違う。

 

「だから、他人事みたいに感じるときがある」

 

 ロウカはオレへ視線を戻した。

 

「リーシャも、同じじゃない?」

 

「……そうかもね」

 

 少なくとも、オレ自身は第三次吸血鬼大戦を経験していない。

 

 ゲームの画面と設定資料を通じて知っているだけだ。

 

 そういう意味では、確かにロウカと似た立場だった。

 

「それに」

 

 ロウカが続ける。

 

「大戦のときの第六真祖と、今の第六真祖は、別人なんじゃないかと思ってる」

 

「えっ?」

 

 思いがけない言葉に、声が裏返った。

 

 背中に冷たい汗が浮かぶ。

 

「ど、どうしてそう思うの?」

 

「今の第六真祖は、ヨコハマにいるんでしょ?」

 

「そうらしいね」

 

「これは、私の勝手な想像だけど」

 

 ロウカは顎へ手を当てる。

 

「前の第六真祖なら、ずっとゲルマニアに籠もって、日本になんて来なかった気がするから」

 

「…………」

 

 鋭い。

 

 先代第六真祖カイゼンは、アジアへの進出にほとんど興味を示さなかった。

 

 第六真祖が日本へ渡り、ヨコハマを支配したのは、リーシャが真祖の座を継いでからだ。

 

 つまり、ロウカの推測はほとんど正解だった。

 

「ナオトたちの前では、あまり大きな声で言えないけど」

 

 ロウカが少しだけ声を潜める。

 

「今の第六真祖様は、私たちみたいな弱い吸血鬼を助けるために、日本へ来たんじゃないかって思ってる」

 

「第六真祖……様?」

 

「うん」

 

「どうして?」

 

「あくまで噂だけど」

 

 ロウカの表情が、わずかに明るくなる。

 

「ヨコハマでは、吸血鬼たちが安心して暮らせるように、いろいろなことをしてくれてるらしいから」

 

「へえ……」

 

 初耳だった。

 

 いや。

 

 統治についてバフォメットへ適当に指示を出した記憶ならある。

 

 しかし、それが現地でどのように評価されているのかまでは知らなかった。

 

「学校も作ったんでしょ?」

 

「学校?」

 

「吸血鬼なら、誰でも無償で通える学校」

 

「あ、ああ……」

 

 それか。

 

 確かに数か月前、バフォメットへ学校を作るよう命じた。

 

 孤児院でアギトに勉強を教えていたとき、ふと思いついたのだ。

 

 人間の子供に学校があるのなら、吸血鬼にもあっていいのではないか。

 

 その程度の、かなり軽い発想だった。

 

 深い政治的理念があったわけではない。

 

 ましてや、野良吸血鬼たちを救済しようと考えたわけでもなかった。

 

「私たちみたいな野良吸血鬼は、大戦前だって学校には通えなかったらしいから」

 

 ロウカは少し羨ましそうに言った。

 

「読み書きができない吸血鬼も多いし。誰でも勉強できるようにするのは、すごくいいことだと思う」

 

「そ、そうかな?」

 

「うん」

 

 思いつきで命じただけの政策を、目の前で真剣に褒められている。

 

 なんだか、むず痒い。

 

(そんな立派なことを考えて始めたわけじゃないんだけどな……)

 

 人間に学校があるなら、吸血鬼にも作ったら面白いかもしれない。

 

 ほとんどその程度の気持ちだった。

 

 それが、ロウカのような吸血鬼にとっては、未来へ希望を持つ理由になっているらしい。

 

「ロウカは」

 

 オレは少しだけ迷ってから尋ねた。

 

「ヨコハマに移り住みたいと思う?」

 

「もちろん」

 

 答えは即座に返ってきた。

 

「ヨコハマなら、ここみたいに討魔師に怯えなくていい」

 

「うん」

 

「食べ物を奪い合わなくてもいいし、眠っている間に襲われる心配もないって聞く」

 

 ロウカは廃モールの荒れた床へ視線を落とした。

 

「学校にも行けるかもしれない」

 

「…………」

 

「ここにいるより、ずっといい」

 

 その声には、隠しきれない憧れがにじんでいた。

 

 安全な寝床。

 

 毎日の食事。

 

 勉強できる場所。

 

 人間の子供にとっても当たり前とは言えなくなった時代だ。

 

 野良吸血鬼のロウカにとっては、夢のような暮らしなのだろう。

 

「はぁ……」

 

 ロウカが大きく息を吐く。

 

「第六真祖様、トウキョウまで来てくれないかな」

 

「…………」

 

 目の前にいる。

 

 今、あなたのすぐ目の前にいます。

 

 そう大声で叫びたくなる気持ちを、オレは必死に飲み込んだ。

 

「来てくれるといいね」

 

「うん」

 

 ロウカは、わずかに笑った。

 

 自分が待ち望んでいる第六真祖本人と話しているとは、少しも気づかないまま。

 

 

 

 

 

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