【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。 作:サボテニウム
「この辺りの吸血鬼って、普段は何を食べてるの?」
廃モールの出口へ向かいながら、オレは何気なく尋ねた。
ロウカがこちらを見る。
「どうしてると思う?」
「えっと……二十三区へ忍び込んで、人間を襲うとか?」
「私たちくらいの吸血鬼が二十三区に入ったら、すぐ討魔師に見つかって殺されるよ」
「やっぱり?」
「そんな危険なことをする吸血鬼は、ここにはほとんどいない」
ロウカは少しだけ肩をすくめた。
「みんな臆病だから」
「でも、それならどうやって食べ物を手に入れてるの?」
「気になる?」
「そりゃもう」
「ん。ついてきて」
ディアボロスの集会へ参加させてもらえなかった以上、そのまま孤児院へ帰るつもりだった。
だが、話の流れでロウカが禁止区域に暮らす吸血鬼たちの食事事情を教えてくれることになり、オレたちは廃ショッピングモールの裏手へ向かった。
(別に、お腹は空いてないんだけどな)
真祖が特別なのか。
それとも、リーシャの身体に何か秘密があるのか。
この一年間、まともに人間の血肉を口にしていないにもかかわらず、オレは一度も強い飢餓感を覚えていなかった。
だから、生きるために食事方法を学ぶ必要があるわけではない。
単純に、ロウカたちがどのようにして食料を確保しているのか気になったのだ。
気分としては、小学生の社会科見学に近い。
見学先が吸血鬼の食料調達現場という時点で、だいぶ教育に悪そうではあるが。
「何だか、じめじめしてるね」
「そう?」
前を歩くロウカが周囲を見回す。
「裏に沼があるからかも」
しばらく進むと、錆びついた看板が月明かりの下に現れた。
――西トウキョウ霊園。
高く生い茂る杉の木々に囲まれた、暗く薄気味の悪い墓地だった。
大戦中に命を落とした人々が、大勢埋葬されているらしい。
しかも、そのほとんどが土葬だという。
戦争末期の人類には、亡くなった者を一人ずつ火葬するだけの余裕がなかった。
そのため、この一帯では少し地面を掘るだけで、人間の遺体が見つかることも珍しくないらしい。
「…………」
どうしてロウカが、そんな説明を始めたのだろう。
疑問に思いながらあとを追っていたが、霊園の看板を見た時点で、うっすらと嫌な予感はしていた。
(まさか……)
死体を掘り返して食べる。
そんなわけはない。
いくら吸血鬼とはいえ、そこまで原始的な食生活では――。
「リーシャ」
ロウカが墓の脇を指差した。
「そこにあるスコップ、取って」
「…………」
「聞こえなかった?」
「聞こえたけど」
オレは地面へ突き刺さったスコップを見る。
「それ、何に使うの?」
「言わなくても分かるでしょ」
ロウカは当然のように答えた。
「人間の死体を掘り当てる」
「掘り当てて、どうするの?」
「食べる」
「えっ」
そのまさかだった。
「し、死体なら、私は遠慮しておこうかな……」
「贅沢は駄目」
ロウカは真顔で首を横へ振った。
「私だって、できれば生きた人間の血を飲みたい」
「それもそれで怖い発言だね」
「でも、このエリアで人間を襲ったら、すぐ討伐隊が来る」
人間を一人襲えば、討魔師が血眼になって犯人を捜す。
居場所を突き止められれば、ここに暮らす吸血鬼たちでは抵抗することもできないだろう。
「だから、仕方ない」
「うぅ……」
「リーシャも、お父さんが怪我をして大変なんでしょ」
「あ、うん。まあ……」
「なら、我慢しないと」
存在しない父親のために、墓を荒らすよう説得されてしまった。
「早くして」
ロウカが空を見上げる。
「朝になっちゃう」
「……分かったよ」
オレは渋々、墓の横に置かれていたスコップを手に取った。
こうしてオレたちは、二人仲良く墓荒らしを始めることになった。
ザクッ。
ザクッ。
ザクッ。
湿った土を掘り返す音だけが、静かな霊園に響いている。
(何て惨めなんだ……)
第一真祖ベリアルは、今ごろパリを陥落させ、人類を恐怖の底へ叩き落としている。
一方、第六真祖ベルゼブブであるオレは、夜中の墓地でスコップを振っていた。
同じ真祖とは思えないほどの格差である。
世界は広いが、墓荒らしをさせられている真祖など、オレ以外には存在しないだろう。
(これでも一応、世界で七番目くらいに偉い存在だよな?)
土を掘るたびに、地面だけでなく自尊心まで削れていく。
どう考えても、真祖が担当する仕事ではない。
「リーシャ」
「何?」
「手が止まってる」
「あ、はい」
ロウカに注意され、再びスコップを地面へ突き立てる。
なぜオレは、部下でもない少女に監督されながら墓を掘っているのだろう。
真祖の威厳とは、いったい何なのか。
◇ ◇ ◇
黙々と作業を続けること、数十分。
ゴツン。
スコップの先に、土とは異なる固い感触が伝わった。
「うわ……」
慎重に周囲の土を払う。
やがて、地中に埋まっていた人間の頭部が、暗闇の中へ姿を現した。
「お」
ロウカが隣から穴を覗き込む。
「リーシャ、お手柄」
「全然うれしくない……」
オレが動けずにいると、ロウカは穴へ降りた。
慣れた手つきで遺体の周囲を掘り進め、その腕をつかむ。
「よいしょ」
ずるずると地面から引き出されたのは、成人男性と思われる遺体だった。
埋葬されてから、かなり時間が経っているのだろう。
皮膚の一部は腐敗し、別の部分は死蝋化して白く変色している。
「…………」
ひどい臭いがした。
腐った肉と湿った土が混ざったような、鼻を突く腐敗臭。
それなのに。
(納豆くらいにしか感じないな……)
吸血鬼の身体へ慣れすぎたせいか、人間だったころほど強い嫌悪感を覚えない。
それがまた悲しかった。
少しずつ。
本当に少しずつではあるが、前世の人間としての感覚が薄れている気がする。
「これだけ大きければ」
ロウカは遺体を見下ろしながら言った。
「みんなで分けても、一か月くらいは持つと思う」
「これを食べるの?」
「当たり前」
「うげぇ……」
「吸血鬼は、人間の血肉から魔力を取り込まないと生きられないから」
ロウカにとっては、墓から掘り出した遺体も立派な食料なのだろう。
むしろ、人間を襲わずに済むだけ、ましな方法なのかもしれない。
理屈は理解できる。
理解はできるが、食欲が湧くかどうかは別問題だった。
「触るのも嫌なんだけど……」
「そのうち慣れるよ」
「慣れたくないなあ」
「廃モールの地下に私たちの寝床がある」
ロウカは大きな布を地面へ広げた。
「そこまで運べば、お母さんが料理してくれると思う」
「料理……」
この状態から、いったい何を作るのだろう。
知りたいような。
永遠に知らない方が幸せなような。
迷っているうちに、ロウカは遺体を布で包み、自分の背中へ担いだ。
「じゃあ、戻ろう」
少女が成人男性の遺体を背負い、とてとてと歩き出す。
見た目のかわいらしさと、背負っているものの落差が凄まじい。
(本当に持って帰るんだ……)
オレはスコップを元の場所へ突き立てると、重い足取りでロウカのあとを追った。
◇ ◇ ◇
「ただいま、お母さん」
廃ショッピングモールの地下二階。
ロウカが薄暗い空間へ声をかけた。
「いつものを持ってきたから、何か作ってほしい」
地上部分とは違い、地下にはいくつもの携帯用ランタンや蝋燭が置かれていた。
倒した棚や板を組み合わせて仕切りが作られ、床には毛布や生活用品が並べられている。
荒れ果てた廃墟には違いない。
それでも、人が――いや、吸血鬼が暮らしている気配が感じられた。
「あら、ロウカ」
大きな棚を倒して作った仕切りの向こうから、一人の女性が姿を現した。
灰色の髪。
柔らかな目元。
顔立ちはロウカによく似ている。
「ナオトたちの話し合いは、もう終わったの?」
「知らない」
ロウカは少し不満そうに答えた。
「追い出されたから」
「あらあら」
「ナオト、私の話なんて聞く気がないみたい」
「たった二人の兄妹なんだから、もう少し仲良くしないと駄目よ」
「それはナオトに言って」
女性は困ったように微笑むと、幼い子供をあやすような手つきでロウカの頭を撫でた。
会話の内容から考えて、彼女がロウカとナオトの母親なのだろう。
「もう。子供扱いしないで」
ロウカは少し恥ずかしそうに母親の手を払った。
「それより、これ」
背負っていた布包みを床へ下ろし、中身を見せる。
「あら」
母親は遺体を目にしても、特に驚かなかった。
「今日のは、ずいぶん大きいわね」
「うん。リーシャが見つけてくれた」
「リーシャ?」
「初めてなのに、すごく上手だった」
墓荒らしの才能を褒められても困る。
ロウカは背後にいたオレの腕をつかむと、母親の前へ引っ張り出した。
「あらあら」
オレを見るなり、女性の表情が柔らかくなる。
「随分かわいらしいお嬢さんね」
「は、初めまして」
「ロウカのお友達?」
「うん」
ロウカが頷く。
「今日のディアボロスの集会に参加したいって来てくれたんだけど、ナオトに追い出された」
「まあ」
「だから仕方なく、二人で墓地へご飯を探しに行ってきた」
遊びに行ってきたような口調で、墓荒らしの報告をしている。
吸血鬼の生活とは、なかなか奥が深い。
「ナオトったら」
母親は頬へ手を添えた。
「どうして、そんな意地悪をしたのかしら」
「それは……リーシャが、その……」
ロウカが言いにくそうに言葉を濁し、こちらへ視線を向けた。
オレは小さく頷く。
「裏切りの血だからって」
「…………」
母親の目が、わずかに見開かれた。
「そうなの」
一瞬だけ驚いた様子を見せる。
だが、嫌悪や警戒は浮かばなかった。
すぐに申し訳なさそうな表情になると、オレへ向かって深く頭を下げた。
「ごめんなさいね、リーシャちゃん」
「え?」
「ナオトが酷いことを言ったでしょう」
「い、いえ」
慌てて首を横へ振る。
「大丈夫です。気にしてませんから」
これは、本心だった。
第六真祖が何をしたのか。
この世界の歴史を知っていれば、ナオトの反応も理解できる。
多少腹は立ったが、恨むほどではない。
ましてや、その母親にまで頭を下げられると、こちらの方が申し訳なくなってしまう。
「本当に、気にしてないので。頭を上げてください」
「優しいのね」
母親は顔を上げ、穏やかに微笑んだ。
「それなら、ナオトのお詫びも兼ねて、腕によりをかけてスープを作るわね」
「スープ……」
視線が、床に置かれた遺体へ吸い寄せられる。
やはり、それを使うらしい。
「リーシャちゃんは、そちらのソファーへ座っていてちょうだい。すぐにできるから」
「あ、ありがとうございます……」
「お母さん。私も手伝う」
ロウカが袖をまくる。
「ロウカも休んでいていいのよ。疲れたでしょう?」
「これくらい、どうってことない」
「あら」
母親は嬉しそうに笑った。
「もうすぐお姉ちゃんになる自覚が出てきたのかしら」
「それもある」
ロウカは少しだけ胸を張った。
「ふふっ。それなら、お願いしようかしら」
母娘は並んで、食事の支度を始めた。
オレは勧められたソファーへ腰を下ろし、その様子を眺める。
母親がロウカへ指示を出す。
ロウカは短く返事をしながら、慣れた手つきで道具を運ぶ。
時折、母親が何かを言って笑い。
ロウカが少しだけ恥ずかしそうに顔を背ける。
どこにでもいそうな、仲のいい母娘だった。
食材が人間の遺体である点を除けば。
(この二人も、吸血鬼なんだよな)
原作では、物語のほとんどがアギトの視点で進む。
人間を襲う吸血鬼。
人類の生存圏を奪う敵。
討ち滅ぼさなければならない怪物。
ゲームをプレイしていたころのオレも、吸血鬼は悪で、人間は善だという前提で物語を見ていた。
だが、こうして彼らの暮らしを見ていると、その考え方が少しずつ揺らいでくる。
家族を心配する。
子供の成長を喜ぶ。
仲間と喧嘩をする。
安全な場所で暮らしたいと願う。
吸血鬼も、人間とほとんど変わらない。
違いがあるとすれば。
魔力を持つこと。
そして、生きるために人間の血肉を必要とすること。
その二つくらいなのかもしれない。
「…………」
ロウカが、母親の隣で小さく笑っている。
オレは、この先の未来を知っていた。
ロウカは、アギトに殺される。
彼女が守ろうとした家族も、討魔師たちの手によって命を奪われる。
ゲームの中では、胸糞の悪いイベントの登場人物でしかなかった。
だが今は違う。
目の前で生きている。
話して。
笑って。
家族と同じ食卓を囲もうとしている。
だからだろう。
その未来を思い出したオレは、ほんの少しだけ悲しくなった。