エロゲのヒロインに転生したんだが、もうオレは限界かもしれない。   作:サボテニウム

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第18話

 

 

 

「リーシャ、これを食堂まで運んでくれる?」

 

「はーい」

 

 シスターリリアから大皿を受け取り、オレは慎重に食堂へ向かった。

 

 皿の上で湯気を立てているのは、いつものゲロ不味い穀物ごちゃ混ぜスープ――ではない。

 

 今日のスープには肉が入っている。

 

 それも、たぶん鶏肉だ。

 

 たぶん、とつけたのは、肉片があまりにも小さく、本当に鶏なのか野ネズミなのか判別できなかったからである。

 

 まあ、どちらでも構わない。

 

 食えて腹を壊さないなら、この世界では十分にご馳走だ。

 

「おい、リーシャ!」

 

 長机の向こうから、椅子を並べていたアギトが声を張り上げた。

 

「なに?」

 

「その皿、こっちに置けよ」

 

「なんで?」

 

「なんでって、そこだと椅子が置けねえだろ」

 

 アギトは、さも当然という顔で床を指さした。

 

 見ると、確かにオレが置こうとしている場所のすぐそばには、まだ並べられていない椅子が積まれている。

 

 だからどうした。

 

「反対側から並べればいいじゃん」

 

「お前が皿をずらせば一秒で済むだろ!」

 

「アギトが反対側に回るのも一秒で済むけど」

 

「お前、今日なんかめんどくせえな!」

 

「アギトは毎日めんどくさいよ」

 

 近くでナイフとフォークを並べていたカイが、こちらを見もせずに言った。

 

「お前には聞いてねえ!」

 

「聞かれてなくても事実は変わらないから」

 

「なんだと、この野郎!」

 

「二人とも、口を動かす前に手を動かして」

 

「お前が言うな!」

 

 なんでだよ。

 

 オレはちゃんと働いているだろうが。

 

 大皿を運んで、アギトへの適切な指導まで行っている。むしろ一人で二人分の仕事をしていると言っても過言ではない。

 

「……リーシャ」

 

「なに?」

 

「今、自分は悪くないって思ってるでしょ」

 

 カイがフォークの向きを揃えながら言った。

 

「よく分かったね」

 

「顔に出てるから」

 

 失礼な。

 

 ポーカーフェイスには自信があったのだが。

 

 もっとも、原作で誰よりも先に蠅の王の正体へたどり着くカイが相手では、多少は仕方ないのかもしれない。

 

 できれば今だけは、もう少し子供らしく鈍くあってほしいものだ。

 

 今日は十二月二十四日。

 

 孤児院では昼過ぎからクリスマス会が開かれることになっていた。

 

 戦時中なので、豪勢なご馳走など用意できない。それでも普段より白いパン、肉入りのスープ、一人一枚のクッキーまで並ぶと聞き、孤児たちは朝から落ち着きをなくしていた。

 

 アギトも例外ではない。

 

 いや、浮かれているというより――明らかに挙動がおかしい。

 

「アギト」

 

「今度はなんだよ」

 

「さっきから何度も右のポケットを触ってるけど、何か盗んだ?」

 

「盗んでねえよ!」

 

 アギトは反射的に右ポケットを押さえた。

 

 疑惑が確信に変わった瞬間である。

 

「じゃあ見せて」

 

「嫌だ」

 

「盗んでないなら見せられるでしょ」

 

「なんでお前に見せなきゃいけねえんだよ!」

 

「やっぱり盗んだんだ」

 

「盗んでねえって言ってんだろ!」

 

「大声を出すと、余計に怪しく見えるよ」

 

 カイが淡々と追い打ちをかける。

 

「お前はどっちの味方なんだよ!」

 

「どっちでもない」

 

「じゃあ黙ってろ!」

 

「嫌だ」

 

「なんなんだよ、お前ら!」

 

 アギトは顔を真っ赤にすると、ポケットを手で守りながら食堂の反対側へ逃げていった。

 

 分かりやすいやつだ。

 

 絶対に何かを隠している。

 

 あとで寝静まった頃に確認するとしよう。

 

「リーシャ」

 

「なに?」

 

「最低なことを考えてそうな顔してる」

 

「失礼な。ちょっと寝込みを襲おうと思っただけだよ」

 

「十分最低だと思う」

 

 カイは顔色一つ変えず、一本だけわずかに曲がっていたフォークを取り替えた。

 

 細かいやつである。

 

     ◇ ◇ ◇

 

「みなさん、席に着いてください!」

 

 昼過ぎ。

 

 シスタークロエの声が響くと、孤児たちが一斉に長机を囲んだ。

 

 食器が触れ合う音。

 

 椅子を引きずる音。

 

 焼きたてとは言えないまでも、普段より柔らかなパンの匂い。

 

 いつもと同じ食堂なのに、今日は少しだけ空気が明るい。

 

「今日はクリスマスです。食事を用意してくださった方々に感謝して、みんなで仲よくいただきましょう」

 

「はーい!」

 

 子供たちの元気な声が重なる。

 

 オレも一拍遅れて口を動かした。

 

 壁際には、昨日から孤児院に滞在している十三戦鬼たちの姿がある。

 

 シスタークロエのそばには先程アギトがサインをねだっていた百目鬼玄武。

 

 窓際には鬼龍院月夜。

 

 そして月夜は、またオレを見ていた。

 

 朝からずっとである。

 

 視線が合うと、そらすどころか、こちらの顔をさらに凝視してくる。

 

 なんなの、あいつ。

 

 美少女を見るのが初めてなの?

 

 頬に食べかすでもついているのかと思い、指先で触れてみる。しかし何もない。

 

「リーシャ」

 

 隣に座ったアギトがパンをちぎりながら言った。

 

「なに?」

 

「お前、今日誕生日だよな」

 

 食堂のざわめきが、一瞬だけ止まった。

 

 待て。

 

 何を言っている、こいつ。

 

「えっ、リーシャちゃん、今日がお誕生日なの?」

 

 シスターリリアが食堂中に届く声を上げた。

 

 やめろ。

 

 その声量はやめてくれ。

 

「そうですけど、別に大したことでは――」

 

「まあ! それなら、クリスマスと一緒にお祝いしなくちゃ!」

 

 周囲の孤児たちが一斉にオレを見る。

 

 逃げ道がなくなった。

 

「リーシャ、お誕生日なの?」

 

「今日で八歳?」

 

「おめでとう!」

 

 次々に声をかけられ、拍手まで起こり始める。

 

 やめろ。

 

 オレは第六真祖だぞ。

 

 国へ帰れば、数万の吸血鬼が頭を垂れる存在なのである。

 

 それを孤児院の食堂で囲み、無邪気な笑顔を向けるんじゃない。

 

「では、みんなで歌いましょうか」

 

「どうしてそうなるんですか⁉」

 

 抵抗もむなしく歌が始まった。

 

 手拍子までついている。

 

 顔が熱い。

 

 耳も熱い。

 

 普段なら気にも留めない視線が、今日に限っては一本一本、針のように突き刺さってくる。

 

 戦場で数百人の討魔師に囲まれる方が、まだましだ。

 

 あちらは殺せば済むからな。

 

 しかし、この無邪気な善意に対して真祖の力を解放するわけにはいかない。

 

 オレは机に額を押しつけた。

 

 冷たい木の感触が、いまはありがたい。

 

「顔、赤いよ」

 

 隣からカイの声がする。

 

「うるさい」

 

「照れてる?」

 

「殺すよ」

 

「誕生日に物騒だね」

 

「元はといえば、アギトが余計なことを言うからでしょ!」

 

「なんで俺のせいなんだよ!」

 

「アギトが黙っていれば、こんなことにはならなかった!」

 

「誕生日を隠す意味が分かんねえよ!」

 

「こうなるから隠したかったんだよ!」

 

「祝ってもらってんだから喜べよ!」

 

「じゃあアギトも歌ってよ!」

 

「はあ⁉ 絶対嫌だ!」

 

「なんでよ!」

 

「恥ずかしいだろ!」

 

「私はその恥ずかしいことを、全員からされてるんだけど!」

 

「知らねえよ!」

 

「二人とも、仲いいね」

 

「「よくない!」」

 

 オレとアギトの声が、見事に重なった。

 

 一瞬の静寂。

 

 その後、食堂中から笑い声が上がった。

 

 最悪だ。

 

 なんでこいつとだけ、こんなときに息が合うんだ。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 クリスマス会が終わったあと。

 

 オレは食器を重ねて厨房まで運んでいた。

 

 結局、誕生日という理由でクッキーを一枚多くもらった。

 

 悪くない。

 

 あの辱めを受けた代償として十分かと言われると疑問だが、クッキーそのものに罪はないので、あとで大切にいただくとしよう。

 

「リーシャ」

 

 背後からアギトに呼び止められた。

 

「なに?」

 

「ちょっと来い」

 

「嫌」

 

「なんでだよ!」

 

「人気のないところへ連れ込まれそうだから」

 

「変な言い方すんな!」

 

「じゃあ、ここで話せばいいじゃん」

 

「ここじゃ駄目なんだよ!」

 

「やっぱり連れ込むつもりじゃん」

 

「いいから来い!」

 

 アギトに腕を引かれ、食堂裏の物置まで連れていかれる。

 

 朝は月夜、昼はアギト。

 

 今日はやたらと男に腕をつかまれる日である。

 

 美少女というのも、なかなか大変だな。

 

「それで?」

 

「…………」

 

 物置まで来たというのに、アギトは何も言わない。

 

 右ポケットへ手を入れかけては止め、オレの顔を見てはすぐに目をそらす。

 

 なんだこいつ。

 

 さっきまであれだけうるさかったのに、急に壊れたのか?

 

「用がないなら戻るけど」

 

「待て!」

 

「じゃあ早くして」

 

「いま出すから黙ってろ!」

 

「なんで怒ってるの?」

 

「怒ってねえ!」

 

 怒ってはいないらしい。

 

 どう見ても怒っているが。

 

 アギトは物置の入り口へ何度も目を向け、誰もいないことを確認すると、ようやく右ポケットへ手を入れた。

 

 取り出した小さな包みを、乱暴にオレへ突き出す。

 

「これ」

 

「なにこれ」

 

「見れば分かるだろ!」

 

「包まれてるから分からないんだけど」

 

「開ければ分かるだろ!」

 

「最初からそう言えばいいじゃん」

 

「お前、いちいちムカつくな!」

 

 文句を言いながら包みを開く。

 

 中に入っていたのは、赤い花をかたどった小さな髪飾りだった。

 

 金属部分は少し歪んでいるし、装飾も高級品には見えない。前世なら千円どころか、露店で数百円程度だったかもしれない。

 

 けれど、いまは物資不足の戦時中だ。

 

 それに、アギトがこれを買うため、あのクッキーを売ろうとしていたことをオレは知っている。

 

 一週間、あの不味いパンを我慢して。

 

 慣れない手つきで生地を作り。

 

 焼き上がったクッキーを宝物のように抱えていた理由。

 

 全部、このためだったのか。

 

 指先で髪飾りに触れる。

 

 冷たい金属が、少しずつ手の中で温まっていく。

 

「これ、もしかして……」

 

「いつも髪、邪魔そうにしてるだろ」

 

「別に邪魔じゃないけど」

 

「じゃあ返せ!」

 

「なんで⁉」

 

「いらねえんだろ!」

 

「いるよ!」

 

「どっちだよ!」

 

「髪は邪魔じゃないけど、これはいるの!」

 

「わけ分かんねえ!」

 

 アギトが取り返そうと手を伸ばす。

 

 オレは反射的に髪飾りを胸元へ抱え込み、一歩後ろへ逃げた。

 

「私にくれたんだから、もう私のだからね」

 

「じゃあ最初から文句言うなよ!」

 

「文句じゃないし」

 

「じゃあなんだよ!」

 

「……ありがとう」

 

 口にした瞬間、アギトの動きが止まった。

 

 耳が赤くなる。

 

 頬まで赤い。

 

 視線は意味もなく物置の天井と床を行き来している。

 

 こいつ、礼を言われることをまったく想定していなかったらしい。

 

「アギト?」

 

「う、うるせえ!」

 

「まだ何も言ってないけど」

 

「その顔やめろ!」

 

「どの顔?」

 

「ニヤニヤすんな!」

 

 ばれたか。

 

 しかし、これは仕方ない。

 

 普段あれだけ生意気なクソガキが、たった一言で真っ赤になっているのだ。

 

 笑うなという方が無理である。

 

「せっかくだから、つけてよ」

 

「俺が⁉」

 

「アギトが買ったんでしょ」

 

「自分でつけろよ!」

 

「つけ方が分からない」

 

「そんなわけあるか!」

 

「早く」

 

「命令すんな!」

 

 文句を言いながらも、アギトは髪飾りを受け取った。

 

 オレの後ろへ回り、長い髪を一つにまとめようとする。

 

 慣れない指が何本かの髪を巻き込み、容赦なく引っ張った。

 

「痛い!」

 

「動くなよ!」

 

「引っ張りすぎ!」

 

「髪多すぎんだよ!」

 

「私のせい⁉」

 

「じっとしてろって!」

 

「アギトが下手くそなんでしょ!」

 

「じゃあ自分でやれ!」

 

「途中で投げ出すな!」

 

「注文多いんだよ!」

 

 言い争いながら、ふと気づく。

 

 アギトの顔が、思っていたより近い。

 

 オレの髪を結ぼうと必死になっているせいで、吐息が耳元にかかるほどだ。

 

 さっき食堂中から歌を歌われたときとは、また違う恥ずかしさが込み上げてくる。

 

 妙に心臓がうるさい。

 

 別にこれは、アギトを男として意識したとか、そういう話ではない。

 

 中身はいい年をした元サラリーマンである。

 

 八歳のクソガキ相手に照れるはずがない。

 

 これは単に、人との距離が近すぎることによる生理現象だ。

 

 うん。

 

 そういうことにしておこう。

 

「できた」

 

 アギトが一歩下がった。

 

 数分かけた割には、髪は少し斜めにまとめられている。鏡を見なくても、あまり上手くないことは分かった。

 

 それでも、髪飾りが落ちる様子はない。

 

「どう?」

 

「……まあ、いいんじゃねえの」

 

「そこは似合ってるって言うところでしょ」

 

「自分で言うなよ!」

 

「アギトが言わないからでしょ!」

 

「似合ってねえ!」

 

「じゃあ返す」

 

「それは駄目だ!」

 

「どっちなの!」

 

 ほんとに面倒くさいやつだ。

 

 けれど、髪飾りへ触れた指は、自然と丁寧になっていた。

 

 少しくらい歪んでいてもいい。

 

 むしろ、これでいい。

 

「……似合ってる」

 

「え?」

 

「一回しか言わねえからな!」

 

 アギトはそう叫ぶと、耳まで真っ赤にして物置から逃げ出した。

 

 逃げ足だけは一流である。

 

「最初から素直に言えばいいのに」

 

「本当だね」

 

「うわっ⁉」

 

 振り返ると、物置の入り口にカイが立っていた。

 

 いつからそこにいた。

 

「いつからいたの?」

 

「アギトが『見れば分かるだろ』って言ったところから」

 

「ほぼ最初じゃん!」

 

「二人とも声が大きいから」

 

 カイはいつもの無表情で、オレの髪飾りを見る。

 

「似合ってるよ」

 

「……ありがとう」

 

「アギトより素直だね」

 

「アギトと比べないで」

 

「それはアギトに失礼じゃない?」

 

「なんでよ」

 

「どっちも同じくらい面倒だから」

 

「カイ、最近ちょっと生意気じゃない?」

 

「最初からだと思う」

 

 そこは否定しろよ。

 

 カイは一冊の古びた本を差し出した。

 

「これ」

 

「なに?」

 

「見れば分かるでしょ」

 

「お前ら兄弟なの?」

 

「違う」

 

 即答である。

 

 受け取った本の表紙には、見慣れない文字で題名が書かれていた。

 

「ゲルマニアの童話集。前に読みたいって言ってたから」

 

「これ、カイが大事にしてた本じゃなかった?」

 

「もう読んだ」

 

「くれるの?」

 

「いらないなら返して」

 

「もらう」

 

「そう」

 

 カイはそれだけ言うと、さっさと背を向けた。

 

「ありがとう、カイ」

 

「別に」

 

 歩き去るカイの耳が、ほんの少し赤くなっていた。

 

 こいつも大概、素直ではない。

 

     ◇ ◇ ◇

 

「似合っている」

 

 物置を出たところで、突然声をかけられた。

 

 廊下の壁際に、月夜が立っている。

 

「……何がですか?」

 

「髪飾りだ」

 

「そうですか」

 

「嬉しくないのか」

 

「朝から私を尋問していた人に急に褒められても、怖いだけです」

 

「尋問ではない」

 

「名前、年齢、誕生日、両親、出身地まで聞きましたよね」

 

「……では職務質問だ」

 

「悪化してますけど」

 

 月夜は髪飾りから目を離さなかった。

 

 やはり、オレではなく、オレを通して誰か別の人間を見ている。

 

 そんな目だ。

 

「それは、あの少年からか」

 

「そうです」

 

「大切にしろ」

 

「言われなくても大切にしますよ」

 

「そうか」

 

 月夜は、ほんの少しだけ笑った。

 

 原作でも滅多に見せなかった表情だった。

 

 この男にも笑顔という機能が搭載されていたらしい。

 

「リーシャ」

 

「はい?」

 

「誕生日、おめでとう」

 

 アギトから髪飾りをもらったときとは違う。

 

 けれど、また胸の奥に小さな熱が生まれた。

 

「……ありがとうございます」

 

 月夜はそれ以上何も言わず、廊下の向こうへ歩いていった。

 

 やっぱり変だ。

 

 あいつはオレを見るときだけ、十三戦鬼の顔をしない。

 

 敵を見る目でも、吸血鬼を見る目でもない。

 

 もっと近しい誰かを、遠い場所から探しているような目だった。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 夜。

 

 月夜は誰もいない客室へ入ると、静かに扉の鍵をかけた。

 

 胸元から取り出したのは、長い年月によって表面の傷んだロケットペンダント。

 

 親指で留め具を外す。

 

 中に収められているのは、十年以上前に撮られた一枚の写真だった。

 

 赤い花の髪飾りをつけた少女が、こちらへ向かって笑っている。

 

 まだ幼かった頃の、月夜の姉。

 

 その目元も、笑うとわずかに上がる口角も、今日のリーシャとあまりにもよく似ていた。

 

 髪飾りだけではない。

 

 緊張すると反対の手で親指を握る癖。

 

 素直に礼を言えないとき、少しだけ視線をそらす仕草。

 

 偶然で片づけるには、重なるものが多すぎる。

 

 姉が使節団の護衛としてゲルマニアへ渡ったのは、十年前。

 

 リーシャは八歳。

 

 時期は一致している。

 

「姉さん……」

 

 月夜は写真の中の少女を指先でなぞった。

 

 期待してはいけない。

 

 姉は死んだ。

 

 第六真祖の裏切りによって捕らえられ、ゲルマニアで処刑された。

 

 異母兄の旭からも、何度そう言われたか分からない。

 

 それでも遺体は帰ってこなかった。

 

 骨の一本すら、日本の土へ戻ってはいない。

 

 月夜は何度も自分へ言い聞かせてきた。

 

 姉の生存を信じているわけではない。

 

 ただ遺骨を見つけ、家族の墓へ入れてやりたいだけなのだと。

 

 けれど今日、姉の幼い頃と瓜二つの少女が現れた。

 

 年齢まで合っている。

 

「まさか、あの子は――」

 

 口にすれば、それが希望になってしまう。

 

 希望を持てば、失ったときにまた傷つく。

 

 月夜はロケットを閉じた。

 

 それでも、浮かんだ疑問を消すことはできなかった。

 

「……あなたの娘なのか、姉さん」

 

 静かな部屋に、答える者はいなかった。

 

 

 

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