【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。   作:サボテニウム

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第2話 被害者と加害者

 

 

 

 

 自分がエロゲのヒロインに転生した。

 

 しかも、よりにもよってリーシャ・クーゲルシュタインに。

 

 普通なら到底信じられない話だが、実際にこうして銀髪赤眼の幼女になっている以上、受け入れるしかない。

 

 身体だけでなく、頭までリーシャになった影響だろうか。

 

 このときのオレは、自分でも驚くほど冷静だった。

 

「バフォメット。ここの統治は、あなたに任せます」

 

 オレは目の前に立つ黒山羊――原作でもリーシャの側近として登場したバフォメットへ命じた。

 

 まずは主人公、綾辻阿鬼斗の行方を追わなければならない。

 

 将来、作中最強になり得る男を、このまま放置するわけにはいかなかった。

 

「かしこまりました。して、ベルゼブブ様はどちらへ?」

 

「オレ……ではなく、私は避難する人間たちに紛れ、トウキョウへ入ります」

 

「なるほど。そのまま敵の懐へ入り、一気に人類を攻め滅ぼすというわけですな」

 

 バフォメットは感心した様子で、何度もうなずいた。

 

 危うく、その場でずっこけそうになる。

 

 んなわけあるか。

 

 これからアギトを追いかけて、将来殺さないでくださいと命乞いしに行くんだよ。

 

 ――などと正直に伝えれば、威厳も忠誠心も一緒に消し飛びそうなので、口が裂けても言えない。

 

 代わりに、オレは原作知識を総動員して、それらしい理屈を並べることにした。

 

 もちろん、原作のリーシャらしい口調を意識しながら。

 

「いいえ。トウキョウには討魔師の本拠があります。人類側の総戦力が分からない以上、正面から攻め込むのは得策ではありません」

 

「なるほど」

 

「まずは内部へ入り、戦力や防衛体制を調べます」

 

「そのための潜入工作というわけですな」

 

「ええ。その通りです」

 

 バフォメットは、でまかせとは知らずに感心した声を漏らした。

 

 どうやら、うまく丸め込めたらしい。

 

「今後の指示は、使い魔を通じて伝えます」

 

「御意」

 

 嘘がばれる前に退散しよう。

 

 オレはバフォメットへ背を向けると、足早にその場を離れた。

 

 ある程度距離を取ったところで、吸血鬼としての変身を解く。

 

 身体を覆っていた蠅人間のような外殻が、どろどろと溶け落ちていく。

 

 その中から現れたのは、銀色の髪と赤い瞳を持つ幼い少女だった。

 

 こちらがリーシャ本来の姿。

 

 つまり、現在のオレである。

 

「さて、と」

 

 自分の身体を見下ろす。

 

 いかにも高価そうな、黒を基調としたゴスロリ服。

 

 この格好のまま、ヨコハマから逃げてきた難民の中へ入れば、間違いなく怪しまれる。

 

「無傷なのもまずいよな……」

 

 トウキョウへ逃げ込むには、襲撃から命からがら生き延びた子供に見えなければならない。

 

 綺麗な服を着て、傷一つない少女。

 

 どう考えても不自然だ。

 

「背に腹は代えられないか」

 

 オレはゴスロリ服を脱ぎ捨て、そのまま近くの炎へ放り込んだ。

 

 高級そうな生地が、あっという間に火へ包まれていく。

 

 少しもったいない気もしたが、いま優先すべきはファッションではなく命である。

 

 続いて、近くに倒れていた子供の遺体へ目を向けた。

 

「……借ります」

 

 返せる相手ではなかったが、一応そう断ってから衣服を脱がせる。

 

 血と泥にまみれた服へ袖を通した。

 

 人間だったころなら、強い抵抗を覚えたはずだ。

 

 だが、いまのオレは吸血鬼である。

 

 血の臭いを不快に感じるどころか、どこか甘く、食欲を刺激するものとして捉えてしまっていた。

 

(……美味しそうな臭いがする)

 

 そう思った自分に、少し遅れて寒気がした。

 

 どうやら身体だけでなく、味覚や本能まで完全に吸血鬼らしい。

 

 非常に困る。

 

 これから人間社会へ潜り込もうとしているのに、空腹になった拍子に隣人を食べましたでは、潜入以前の問題である。

 

 オレは考えるのをやめ、トウキョウ方面へ走り出した。

 

 幼女の身体からは想像もできない速度で、燃えるヨコハマの街を駆け抜ける。

 

 ものの数分で、多摩川付近に作られた難民収容区域が見えてきた。

 

 あの川を越えれば、トウキョウエリアだ。

 

「皆さん、押さないでください!」

 

「ここまで来れば、もう大丈夫です! 順番にご案内します!」

 

「必ず全員をトウキョウへ運びます! どうか落ち着いて!」

 

 トウキョウから派遣されたらしい討魔師たちが、数百人規模で避難民を誘導していた。

 

 我先にと船へ乗り込もうとする人々。

 

 家族の名前を叫ぶ声。

 

 泣き続ける子供。

 

 負傷者を運ぶ討魔師たち。

 

 あちこちから響く怒号と悲鳴の中へ、オレも何食わぬ顔で紛れ込んだ。

 

 子供は優先して川を渡らせてもらえるらしい。

 

 列へ並び、小さな舟へ乗せられる。

 

 そして、その船内で。

 

 オレは主人公を見つけた。

 

 綾辻阿鬼斗。

 

 船の隅で膝を抱え、茫然と座り込んでいる。

 

 目の前で故郷を焼かれ、両親を殺されたばかりなのだ。

 

 無理もない。

 

 あまりにも可哀想なので、声をかけようとして――思いとどまる。

 

(いや、待て)

 

 こいつの故郷を滅ぼしたのはオレだ。

 

 両親を殺したのも、おそらくオレの配下である。

 

 被害者へ声をかける加害者。

 

 どう考えても地獄のような構図だった。

 

(何て話しかければいいんだ……?)

 

『ご愁傷さまです』では他人行儀すぎる。

 

『元気出して』は、火をつけた側が言っていい台詞ではない。

 

 また冗談でも『オレが第六真祖でこいつが超大型吸血鬼ってやつだ』などと正直に告白すれば、その場で駆逐されても文句は言えない。

 

 しばらく考えた末、オレは思考を放棄した。

 

 すでに壊してしまった聖域も、殺された人々も元には戻らない。

 

 そもそも、あれをやったのはリーシャであってオレではない。

 

 いや、いまのオレもリーシャなので、オレではあるのだが。

 

 細かいことを気にしてはいけない。

 

 不可抗力。

 

 仕方がなかった。

 

 そういうことにしておこう。

 

 オレは即興で、

 

『吸血鬼に家族を殺された、可哀想な少女』

 

 という設定を作り上げた。

 

 大嘘である。

 

 だが、事情を知らないアギトへ近づくには、これが最も自然だった。

 

「ね、ねえ……」

 

 できるだけ怯えた少女らしい声を出す。

 

 アギトがゆっくりと顔を上げた。

 

「……なんだよ、お前」

 

「ここに一人でいるってことは……あなたも、家族を殺されたの?」

 

 アギトの表情がわずかに強張る。

 

「私も同じだから……」

 

「同じ……?」

 

「お父さんも、お母さんも……吸血鬼に」

 

 自分で言っていて、なかなか最低な台詞だった。

 

 少なくとも、オレの両親が吸血鬼に殺されたという事実はない。

 

 むしろ吸血鬼側の最高権力者である。

 

「……お前も、家族を殺されたのか」

 

「……うん」

 

 目に涙を浮かべ、小さくうなずく。

 

 もちろん演技だ。

 

 我ながら、子供を騙すことに一切のためらいがない。

 

 ラスボス適性だけは、転生初日から十分らしい。

 

 だが、アギトはオレの嘘を疑わなかった。

 

 同じものを失ったと思ったのだろう。

 

 少しだけ警戒を解き、オレの顔を見つめた。

 

「……泣くなよ」

 

「え……?」

 

「泣いたって、何も変わらねえから」

 

 アギトはポケットへ手を入れ、血で汚れたハンカチを差し出した。

 

「これ、使えよ」

 

「……ありがとう」

 

 受け取ったハンカチで、嘘の涙を拭う。

 

 さすがはエロゲの主人公。

 

 八歳にして、すでに女の扱いを心得ているらしい。

 

 将来、複数のヒロインから好意を寄せられるだけのことはある。

 

 もっとも、このハンカチが誰の血で汚れているのかを考えると、恋愛イベントとしてはだいぶ重いが。

 

「俺、十六歳になったら討魔師になる」

 

 アギトが俯いたまま言った。

 

「討魔師に?」

 

「ああ」

 

 拳を強く握る。

 

「吸血鬼を殺す」

 

 幼い声だった。

 

 だが、そこに込められた憎悪は、子供のものとは思えないほど深かった。

 

「この世から、一匹残らず」

 

「そ、そんなこと……できるわけないよ」

 

「できる」

 

 アギトが顔を上げる。

 

 涙で濡れた目の奥に、消えない炎が宿っていた。

 

「俺なら、やれる」

 

(知ってるよ)

 

 だから、やめてほしい。

 

 お前が本当にそれを実現できる男だと、オレだけは知っている。

 

 この世界の人間が聞けば、子供の戯言だと笑うだろう。

 

 人類は第三次吸血鬼大戦に敗れ、生存圏の大半を奪われている。

 

 吸血鬼を一匹残らず殺すなど、現状では夢物語だ。

 

 だが、原作を知るオレには笑えなかった。

 

 いずれアギトは、第四真祖アラストルの憤怒の力を継承する。

 

 そして、人類最強の討魔師となる。

 

 こいつなら、本当に吸血鬼を滅ぼしかねない。

 

 当然、その中にはオレも含まれる。

 

(やめてくれよ。オレ、死んじゃうじゃん)

 

 死亡フラグが、会って数分でさらに強固になっていた。

 

「お前の分も」

 

 アギトが呟く。

 

「え?」

 

「お前の家族の仇も、俺が取ってやる」

 

 家族を殺した側へ、仇討ちを約束してくれるらしい。

 

 気持ちはありがたいが、できれば実行しないでいただきたい。

 

「お前、名前は?」

 

「リーシャ」

 

 一瞬だけ迷ったあと、原作どおりの名前を口にする。

 

「リーシャ・クーゲルシュタイン」

 

「リーシャか」

 

 アギトはオレの名前を小さく繰り返した。

 

 それから、こちらへ右手を差し出す。

 

「俺は阿鬼斗。綾辻阿鬼斗だ」

 

(知ってるよ)

 

 何度も画面越しに見た主人公。

 

 いずれオレの正体を知り、殺すかどうかを選ぶ男。

 

 その小さな手を、オレは握り返した。

 

「よろしくね、アギト」

 

 偽りの涙を流し。

 

 偽りの境遇を語り。

 

 偽りの笑顔を浮かべながら。

 

 こうして加害者であるオレは、被害者であるアギトの隣へ潜り込むことに成功した。

 

 

 

 

 

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