【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。 作:サボテニウム
自分がエロゲのヒロインに転生した。
しかも、よりにもよってリーシャ・クーゲルシュタインに。
普通なら到底信じられない話だが、実際にこうして銀髪赤眼の幼女になっている以上、受け入れるしかない。
身体だけでなく、頭までリーシャになった影響だろうか。
このときのオレは、自分でも驚くほど冷静だった。
「バフォメット。ここの統治は、あなたに任せます」
オレは目の前に立つ黒山羊――原作でもリーシャの側近として登場したバフォメットへ命じた。
まずは主人公、綾辻阿鬼斗の行方を追わなければならない。
将来、作中最強になり得る男を、このまま放置するわけにはいかなかった。
「かしこまりました。して、ベルゼブブ様はどちらへ?」
「オレ……ではなく、私は避難する人間たちに紛れ、トウキョウへ入ります」
「なるほど。そのまま敵の懐へ入り、一気に人類を攻め滅ぼすというわけですな」
バフォメットは感心した様子で、何度もうなずいた。
危うく、その場でずっこけそうになる。
んなわけあるか。
これからアギトを追いかけて、将来殺さないでくださいと命乞いしに行くんだよ。
――などと正直に伝えれば、威厳も忠誠心も一緒に消し飛びそうなので、口が裂けても言えない。
代わりに、オレは原作知識を総動員して、それらしい理屈を並べることにした。
もちろん、原作のリーシャらしい口調を意識しながら。
「いいえ。トウキョウには討魔師の本拠があります。人類側の総戦力が分からない以上、正面から攻め込むのは得策ではありません」
「なるほど」
「まずは内部へ入り、戦力や防衛体制を調べます」
「そのための潜入工作というわけですな」
「ええ。その通りです」
バフォメットは、でまかせとは知らずに感心した声を漏らした。
どうやら、うまく丸め込めたらしい。
「今後の指示は、使い魔を通じて伝えます」
「御意」
嘘がばれる前に退散しよう。
オレはバフォメットへ背を向けると、足早にその場を離れた。
ある程度距離を取ったところで、吸血鬼としての変身を解く。
身体を覆っていた蠅人間のような外殻が、どろどろと溶け落ちていく。
その中から現れたのは、銀色の髪と赤い瞳を持つ幼い少女だった。
こちらがリーシャ本来の姿。
つまり、現在のオレである。
「さて、と」
自分の身体を見下ろす。
いかにも高価そうな、黒を基調としたゴスロリ服。
この格好のまま、ヨコハマから逃げてきた難民の中へ入れば、間違いなく怪しまれる。
「無傷なのもまずいよな……」
トウキョウへ逃げ込むには、襲撃から命からがら生き延びた子供に見えなければならない。
綺麗な服を着て、傷一つない少女。
どう考えても不自然だ。
「背に腹は代えられないか」
オレはゴスロリ服を脱ぎ捨て、そのまま近くの炎へ放り込んだ。
高級そうな生地が、あっという間に火へ包まれていく。
少しもったいない気もしたが、いま優先すべきはファッションではなく命である。
続いて、近くに倒れていた子供の遺体へ目を向けた。
「……借ります」
返せる相手ではなかったが、一応そう断ってから衣服を脱がせる。
血と泥にまみれた服へ袖を通した。
人間だったころなら、強い抵抗を覚えたはずだ。
だが、いまのオレは吸血鬼である。
血の臭いを不快に感じるどころか、どこか甘く、食欲を刺激するものとして捉えてしまっていた。
(……美味しそうな臭いがする)
そう思った自分に、少し遅れて寒気がした。
どうやら身体だけでなく、味覚や本能まで完全に吸血鬼らしい。
非常に困る。
これから人間社会へ潜り込もうとしているのに、空腹になった拍子に隣人を食べましたでは、潜入以前の問題である。
オレは考えるのをやめ、トウキョウ方面へ走り出した。
幼女の身体からは想像もできない速度で、燃えるヨコハマの街を駆け抜ける。
ものの数分で、多摩川付近に作られた難民収容区域が見えてきた。
あの川を越えれば、トウキョウエリアだ。
「皆さん、押さないでください!」
「ここまで来れば、もう大丈夫です! 順番にご案内します!」
「必ず全員をトウキョウへ運びます! どうか落ち着いて!」
トウキョウから派遣されたらしい討魔師たちが、数百人規模で避難民を誘導していた。
我先にと船へ乗り込もうとする人々。
家族の名前を叫ぶ声。
泣き続ける子供。
負傷者を運ぶ討魔師たち。
あちこちから響く怒号と悲鳴の中へ、オレも何食わぬ顔で紛れ込んだ。
子供は優先して川を渡らせてもらえるらしい。
列へ並び、小さな舟へ乗せられる。
そして、その船内で。
オレは主人公を見つけた。
綾辻阿鬼斗。
船の隅で膝を抱え、茫然と座り込んでいる。
目の前で故郷を焼かれ、両親を殺されたばかりなのだ。
無理もない。
あまりにも可哀想なので、声をかけようとして――思いとどまる。
(いや、待て)
こいつの故郷を滅ぼしたのはオレだ。
両親を殺したのも、おそらくオレの配下である。
被害者へ声をかける加害者。
どう考えても地獄のような構図だった。
(何て話しかければいいんだ……?)
『ご愁傷さまです』では他人行儀すぎる。
『元気出して』は、火をつけた側が言っていい台詞ではない。
また冗談でも『オレが第六真祖でこいつが超大型吸血鬼ってやつだ』などと正直に告白すれば、その場で駆逐されても文句は言えない。
しばらく考えた末、オレは思考を放棄した。
すでに壊してしまった聖域も、殺された人々も元には戻らない。
そもそも、あれをやったのはリーシャであってオレではない。
いや、いまのオレもリーシャなので、オレではあるのだが。
細かいことを気にしてはいけない。
不可抗力。
仕方がなかった。
そういうことにしておこう。
オレは即興で、
『吸血鬼に家族を殺された、可哀想な少女』
という設定を作り上げた。
大嘘である。
だが、事情を知らないアギトへ近づくには、これが最も自然だった。
「ね、ねえ……」
できるだけ怯えた少女らしい声を出す。
アギトがゆっくりと顔を上げた。
「……なんだよ、お前」
「ここに一人でいるってことは……あなたも、家族を殺されたの?」
アギトの表情がわずかに強張る。
「私も同じだから……」
「同じ……?」
「お父さんも、お母さんも……吸血鬼に」
自分で言っていて、なかなか最低な台詞だった。
少なくとも、オレの両親が吸血鬼に殺されたという事実はない。
むしろ吸血鬼側の最高権力者である。
「……お前も、家族を殺されたのか」
「……うん」
目に涙を浮かべ、小さくうなずく。
もちろん演技だ。
我ながら、子供を騙すことに一切のためらいがない。
ラスボス適性だけは、転生初日から十分らしい。
だが、アギトはオレの嘘を疑わなかった。
同じものを失ったと思ったのだろう。
少しだけ警戒を解き、オレの顔を見つめた。
「……泣くなよ」
「え……?」
「泣いたって、何も変わらねえから」
アギトはポケットへ手を入れ、血で汚れたハンカチを差し出した。
「これ、使えよ」
「……ありがとう」
受け取ったハンカチで、嘘の涙を拭う。
さすがはエロゲの主人公。
八歳にして、すでに女の扱いを心得ているらしい。
将来、複数のヒロインから好意を寄せられるだけのことはある。
もっとも、このハンカチが誰の血で汚れているのかを考えると、恋愛イベントとしてはだいぶ重いが。
「俺、十六歳になったら討魔師になる」
アギトが俯いたまま言った。
「討魔師に?」
「ああ」
拳を強く握る。
「吸血鬼を殺す」
幼い声だった。
だが、そこに込められた憎悪は、子供のものとは思えないほど深かった。
「この世から、一匹残らず」
「そ、そんなこと……できるわけないよ」
「できる」
アギトが顔を上げる。
涙で濡れた目の奥に、消えない炎が宿っていた。
「俺なら、やれる」
(知ってるよ)
だから、やめてほしい。
お前が本当にそれを実現できる男だと、オレだけは知っている。
この世界の人間が聞けば、子供の戯言だと笑うだろう。
人類は第三次吸血鬼大戦に敗れ、生存圏の大半を奪われている。
吸血鬼を一匹残らず殺すなど、現状では夢物語だ。
だが、原作を知るオレには笑えなかった。
いずれアギトは、第四真祖アラストルの憤怒の力を継承する。
そして、人類最強の討魔師となる。
こいつなら、本当に吸血鬼を滅ぼしかねない。
当然、その中にはオレも含まれる。
(やめてくれよ。オレ、死んじゃうじゃん)
死亡フラグが、会って数分でさらに強固になっていた。
「お前の分も」
アギトが呟く。
「え?」
「お前の家族の仇も、俺が取ってやる」
家族を殺した側へ、仇討ちを約束してくれるらしい。
気持ちはありがたいが、できれば実行しないでいただきたい。
「お前、名前は?」
「リーシャ」
一瞬だけ迷ったあと、原作どおりの名前を口にする。
「リーシャ・クーゲルシュタイン」
「リーシャか」
アギトはオレの名前を小さく繰り返した。
それから、こちらへ右手を差し出す。
「俺は阿鬼斗。綾辻阿鬼斗だ」
(知ってるよ)
何度も画面越しに見た主人公。
いずれオレの正体を知り、殺すかどうかを選ぶ男。
その小さな手を、オレは握り返した。
「よろしくね、アギト」
偽りの涙を流し。
偽りの境遇を語り。
偽りの笑顔を浮かべながら。
こうして加害者であるオレは、被害者であるアギトの隣へ潜り込むことに成功した。