【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。   作:サボテニウム

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第35話 第六小隊と鬼教官

 

 

 

 教室の扉が開いた。

 

 廊下から近づいていた足音が止まる。

 

 入ってきた男を見て。

 

「…………」

 

 オレは固まった。

 

 黒い制服。

 

 無造作な黒髪。

 

 眠そうな目。

 

 八年間、嫌というほど見てきた顔だった。

 

 男は教卓まで歩いてくると、手にしていた書類を適当に置いた。

 

「今日からお前ら第六小隊を担当する、鬼龍院月夜だ」

 

「…………」

 

「質問は?」

 

「なんでいるの?」

 

「第一声がそれか」

 

「だって昨日、普通に家から送り出してたじゃん!」

 

 思わず立ち上がる。

 

「仕事の話まで逐一お前に報告する義務はねえよ」

 

「あると思うなあ! かなり重要な情報だよ!」

 

「俺も聞いてねえぞ」

 

 隣でアギトまで立った。

 

「僕も」

 

 カイは座ったままである。

 

「聞かれてねえからな」

 

「そういう問題かな?」

 

「そういう問題だ」

 

「違うと思う」

 

 八年間暮らしてきて分かったことがある。

 

 この男は秘密主義というより、説明するのが面倒なだけである。

 

「……あの」

 

 澪が遠慮がちに手を上げた。

 

 月夜さんがそちらを見る。

 

「何だ、久世」

 

「皆さんは、鬼龍院教官とお知り合いなのですか?」

 

「知り合いというか……」

 

 どう説明したものか。

 

「育ての親みたいなものかな?」

 

「誰が親だ」

 

 即座に否定された。

 

「八年一緒に住んでる」

 

 アギトが補足する。

 

「説明が雑なんだよ」

 

「事実だろ」

 

「そういう話じゃねえ」

 

 澪がオレたち三人と月夜さんを順番に見る。

 

「……八年間?」

 

「うん」

 

「同じ家で?」

 

「うん」

 

「鬼龍院教官と?」

 

「そうだよ」

 

「…………」

 

 何だろう。

 

 すごく不思議なものを見る目をされている。

 

「気づいたら三人まとめて面倒見ることになってただけだ」

 

 月夜さんが言った。

 

「言い方が雑じゃない?」

 

「飯食わせて、寝床用意して、八年面倒見た。十分だろ」

 

「もうちょっと温かい表現があると思うなあ」

 

「元気に育ったんだから成功だ」

 

「飼育記録みたいになってるよ?」

 

「次」

 

「また逃げた!」

 

 澪が口元を押さえた。

 

 笑った。

 

 たぶん。

 

 ほんの少しだったけれど。

 

 アギトも気づいたらしい。

 

「何だよ、久世」

 

「いえ」

 

「今笑っただろ」

 

「笑っていません」

 

「笑ってた」

 

「気のせいです」

 

「お前――」

 

「そこ、初日から喧嘩すんな」

 

 月夜さんが面倒そうに言った。

 

「お前らが騒ぐと俺の仕事が増える」

 

「教官なんだから仕事してよ」

 

「仕事は少ない方がいいだろ」

 

「生徒の前で言う?」

 

「今さら俺に立派な教師像を求めんな」

 

 それはそう。

 

 ――いや。

 

 そうではなく。

 

(ちょっと待て)

 

 かなり重要なことを忘れていた。

 

 そもそも。

 

 原作でアギトたちを担当していた教官は、鬼龍院月夜ではない。

 

 別の男だ。

 

 名前は――。

 

(……何だっけ)

 

 思い出せない。

 

 メインキャラクターではなかった。

 

 立ち絵はあった気がする。

 

 なかった気もする。

 

 アギトたちの実戦訓練を担当し、たまに説明役として登場する程度。

 

 そのくらいの教官だった。

 

 ただし、現役の討魔師を兼任していたはずだ。

 

 だから。

 

 現役の討魔師がアカデミーで実戦指導をすること自体は、おかしくない。

 

 原作と同じ制度だ。

 

 そして。

 

 原作でも、アギトとカイとリーシャは討伐隊を組む。

 

 澪だって、アギトと同じ小隊で戦うヒロインだ。

 

 第六小隊という番号はともかく、ここに並んでいる顔ぶれそのものは、原作から大きく外れているわけではない。

 

 違うのは。

 

(……教官だ)

 

 原作主人公たちの前に立っていた男が。

 

 鬼龍院月夜へ変わっている。

 

 昨日まで同じ食卓で朝飯を食べていた男に。

 

 これは、ちゃんと原作との差異である。

 

 しかも。

 

 ゲーム本編へ入った今になって、目に見える形で発生した差異だ。

 

(……まあ)

 

 原因について考え始めれば、候補はいくらでもある。

 

 オレたちの八年間は、ゲーム画面の外側で原作とまったく同じだったわけではない。

 

 歴史そのものだって、すでに細かくずれている。

 

 担当教官が一人変わった。

 

 今のところは、それだけだ。

 

 ただ。

 

 覚えてはおこう。

 

「で」

 

 オレは手を上げた。

 

「いつから教官だったの?」

 

「今期から」

 

「初耳なんだけど?」

 

「言ってねえからな」

 

「それは初耳になるね!」

 

「そりゃよかった」

 

「よくないよ!」

 

 月夜さんが欠伸を噛み殺す。

 

「現役の討魔師を一定期間こっちへ回して、実戦訓練を担当させる。昔からある制度だ」

 

「じゃあ月夜さんも?」

 

「今期から俺の番」

 

「それで私たちの担当に?」

 

「俺が選んだわけじゃねえよ」

 

 月夜さんが机の上の書類を持ち上げる。

 

「担当表渡されて見たら、お前ら四人が並んでた」

 

「……それだけ?」

 

「それだけ」

 

「運命だね」

 

「事故だろ」

 

「ひどくない?」

 

「朝から三人まとめて面倒見なくて済むと思った翌日にこれだぞ。俺の気持ちも考えろ」

 

「私は寮生活楽しんでるよ?」

 

「まだ一日目だろ」

 

 確かに。

 

「つまり」

 

 澪が口を開いた。

 

「鬼龍院教官が、皆さんを担当することを希望されたわけではないのですね」

 

「してねえ」

 

「承知しました」

 

 澪が素直に頷く。

 

 なぜそこを確認したのだろう。

 

 オレが首を傾げると、月夜さんが澪の考えを先回りした。

 

「あと、言っとくが」

 

 書類でオレたち三人を指す。

 

「こいつらを贔屓する気はねえぞ」

 

「えっ」

 

「お前が一番驚くな」

 

「少しくらいしてくれてもよくない?」

 

「八年分、十分した」

 

「そうかなあ?」

 

「そうだ」

 

 アギトが腕を組む。

 

「俺は甘やかされた覚えねえけど」

 

「お前は放っとくと勝手に危ない方へ行くから止めてただけだ」

 

「行かねえよ」

 

「助ける奴がいたら行くだろ」

 

「……」

 

 黙った。

 

 行くらしい。

 

 月夜さんはカイを見る。

 

「氷室もな」

 

「何?」

 

「お前は止めてもリーシャについて行く」

 

「うん」

 

「肯定すんな」

 

「リーシャが行くなら行くよ」

 

「私は危ないところ行かないよ?」

 

 三人の視線が集まった。

 

「……できるだけ」

 

「お前ら全員面倒なんだよ」

 

 澪がまた少し笑っていた。

 

     ◇ ◇ ◇

 

「じゃ、面倒な四人の成績見るぞ」

 

 月夜さんが教卓の椅子へ座った。

 

 教師というより、急に増えた書類を処理させられている役所の人みたいな座り方だった。

 

「氷室」

 

「うん」

 

「筆記、実技、呪具適性。全部上位。総合一位」

 

「そう」

 

「もうちょっと嬉しそうにできねえのか」

 

「必要?」

 

「別に」

 

「じゃあいい」

 

「会話終わらせるの早くない?」

 

 カイは本当に興味がなさそうだった。

 

「久世」

 

「はい」

 

「全体的に上位。大きな穴なし。規律評価も高い」

 

「ありがとうございます」

 

「ただ真面目すぎる」

 

「……それは改善すべき点でしょうか」

 

「場合による」

 

 月夜さんが書類から目を上げる。

 

「教本守って死にそうなら破れ。破って死にそうなら守れ」

 

「判断基準は?」

 

「その場で考えろ」

 

「それを学ぶためにここへ来ました」

 

「なら問題ねえ」

 

「はい」

 

 短いやり取り。

 

 澪はそれで納得したらしい。

 

「綾辻」

 

「おう」

 

「馬鹿」

 

「成績見てから言え!」

 

「見たから言ってんだ」

 

「筆記四十三位だぞ!」

 

「受験者何人だ」

 

「六百人以上!」

 

「じゃあ頭は悪くねえな」

 

「最初からそう言えよ!」

 

「でも答案に『敵を倒して全員助ける』って書いた」

 

「……」

 

「赤字で『具体的な方法を記述すること』」

 

「もういいだろそれ!」

 

 耳が赤い。

 

 たぶん卒業まで擦られる。

 

「実技は悪くねえ」

 

 月夜さんは書類へ視線を戻した。

 

「武器の扱い覚えるのも早い。相手見てから動き変えるのもできてる」

 

「当然だろ」

 

「調子乗んな。まだ候補生だ」

 

「分かってる」

 

「あと、一人で先行する癖直せ」

 

「入学試験のことか?」

 

「それだけじゃねえよ」

 

「……昔の話まで入ってんのかよ」

 

「八年間見てるからな」

 

「それ卑怯だろ!」

 

 澪が真顔でアギトを見る。

 

「教官が生徒の癖を把握しているのは、むしろ適切では?」

 

「久世、お前どっちの味方だよ」

 

「どちらという話ではありません」

 

「昨日も聞いたぞそれ!」

 

 この二人。

 

 思っていたより相性がいい。

 

 恋愛的な意味で。

 

 ぜひそのまま仲良くしていただきたい。

 

「最後」

 

 月夜さんが紙を一枚めくる。

 

「リーシャ」

 

「はい」

 

「戦術評価、最高」

 

「ふふん」

 

「呪具適性、壊滅」

 

「言い方!」

 

「対吸血鬼戦闘適性、ほぼなし」

 

「もうちょっと優しく!」

 

「事実だろ」

 

「事実には優しさが必要なときもあるんだよ?」

 

「じゃあ優しく言うぞ」

 

 月夜さんが少し考えた。

 

「びっくりするほど向いてない」

 

「悪化してる!」

 

 アギトが横で笑った。

 

「笑わないでくれる?」

 

「いや、だってよ」

 

「アギトだって答案赤字だったじゃん」

 

「俺は戦える」

 

「私は頭がいい」

 

「俺だって悪くねえ!」

 

「四十三位」

 

「六百人以上いるっつってんだろ!」

 

「うるせえな」

 

 月夜さんが書類で机を軽く叩いた。

 

「お前ら、ここ教室だぞ」

 

「教官が始めたんだけど?」

 

「教師に責任押しつけるな」

 

「教師でしょう?」

 

「久世まで乗ってくんな」

 

「事実を申し上げただけです」

 

 澪。

 

 意外と強い。

 

 月夜さんが小さく息を吐いた。

 

「まあ、そんなわけで」

 

 四人を見る。

 

「能力だけなら妙な班だ」

 

 カイは何でもできる。

 

 澪は穴がない。

 

 アギトは実戦型。

 

 オレは。

 

「一人だけ前線でまともに呪具使えねえし」

 

「そこ強調する?」

 

「そのくせ戦術じゃ一番だった」

 

「……」

 

 少しだけ教室が静かになる。

 

「だから今の時点で、役割は固定しねえ」

 

 澪が手を上げた。

 

「小隊長も、でしょうか」

 

「まだ決めねえ」

 

「ですが、指揮系統が曖昧では実戦時に問題が生じます」

 

「だから全員やれ」

 

 月夜さんが言った。

 

「綾辻も、氷室も、久世も、リーシャも。一回ずつ指揮取れ」

 

「私も?」

 

「お前は特にな」

 

「戦えないんだけど」

 

「頭は動くだろ」

 

「朝はあんまり」

 

「そこは起こせ」

 

「寮だよ?」

 

「自力でな」

 

 アギトが口を開きかける。

 

「女子寮入ったら通報するからな、綾辻」

 

「まだ何も言ってねえだろ!」

 

「顔に書いてある」

 

「何が!」

 

「起こしに行けばいいって」

 

「……」

 

「当たってたね」

 

「うるせえ!」

 

 分かりやすい男だった。

 

 月夜さんは椅子の背へ身体を預ける。

 

「戦闘なら綾辻が前に出る。氷室は大抵どこでもやれる。久世は救護も指揮も安定してる。リーシャは後ろから状況見てるのが一番マシだ」

 

「一番マシって」

 

「褒めてる」

 

「褒め方下手だね?」

 

「今に始まったことじゃねえ」

 

 それはそう。

 

「ただ」

 

 月夜さんが続ける。

 

「毎回それで済むと思うな」

 

 少しだけ。

 

 声から眠気が消えた。

 

「前にいる奴が最初に潰れることもある。指揮してる奴がいなくなることもある。通信が切れることもある」

 

 澪が真っ直ぐ月夜さんを見る。

 

「そいつがいなくなったから何もできません、じゃ困る」

 

「……はい」

 

「だから全員やっとけ。誰が欠けても最低限動けるようにな」

 

 それだけ言うと。

 

 月夜さんは欠伸をした。

 

「説明終わり」

 

 空気が戻る。

 

「……今の直後に欠伸する?」

 

「眠いんだよ」

 

「昨日遅かったの?」

 

「まあな」

 

「何してたの?」

 

「仕事」

 

「教官の?」

 

「討魔師の」

 

「……」

 

 そうだった。

 

 この男は、学校の先生になったわけではない。

 

 今までの仕事を辞めたわけでもない。

 

 現役の討魔師。

 

 吸血鬼を斬る側の人間。

 

 八年間。

 

 ずっとオレのすぐそばにいた。

 

「さて」

 

 月夜さんが立ち上がる。

 

「着替えろ」

 

「え?」

 

「十分後、第二演習場」

 

「もう授業?」

 

「学校だからな」

 

「初日くらい自己紹介とか親睦会とかないの?」

 

「さっき散々喋っただろ」

 

「自己紹介したの月夜さんだけだよ?」

 

「お前ら昨日一緒に試験受けてんだろ。十分だ」

 

「鬼龍院教官」

 

 澪が手を上げる。

 

「訓練内容を伺ってもよろしいでしょうか」

 

「行けば分かる」

 

「事前説明は?」

 

「向こうでする」

 

「必要な装備は?」

 

「なし」

 

「なし?」

 

「なし」

 

 アギトが立ち上がった。

 

「格闘か?」

 

「違う」

 

「じゃあ走るのか?」

 

「近い」

 

 月夜さんが扉へ向かう。

 

「遅れた奴は置いてくぞ」

 

 そして。

 

 教室を出る直前。

 

 こちらを見た。

 

「あとリーシャ」

 

「なあに?」

 

「寝癖」

 

「えっ」

 

 慌てて頭を触る。

 

 分からない。

 

「どこ?」

 

「左」

 

「カイ、見て」

 

 カイが近づいて髪へ触れた。

 

「ある」

 

「直して」

 

「うん」

 

「お前ら学校でもそれやんのか」

 

 月夜さんが呆れた顔をする。

 

「何?」

 

「別に」

 

 扉が閉まった。

 

 アギトがこちらを見ている。

 

「……何?」

 

「自分で直せよ」

 

「見えないもん」

 

「俺でもいいだろ」

 

「アギト雑だから嫌」

 

「やってねえのに決めつけんな!」

 

 今日も元気で何よりである。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 第二演習場。

 

 想像していたものとは少し違った。

 

 広い。

 

 ただし、何もないわけではない。

 

 コンクリートの壁。

 

 低い建物。

 

 鉄骨。

 

 狭い通路。

 

 階段。

 

 いくつもの障害物が配置され、小さな市街地を一つの敷地へ押し込んだような造りになっている。

 

 オレたちは訓練着へ着替え、入口に並んでいた。

 

 武器はない。

 

 呪具もない。

 

 月夜さんだけが普段の制服のままだ。

 

「で」

 

 アギトが言う。

 

「何すんだよ」

 

「逃げろ」

 

「は?」

 

「聞こえなかったか?」

 

 月夜さんが片手をポケットへ入れた。

 

「逃げろ」

 

「何から?」

 

「俺から」

 

「…………」

 

 全員が黙った。

 

 月夜さんだけが眠そうだった。

 

「制限時間十分」

 

 腕時計を指で叩く。

 

「開始地点はここ。出口は向こう側」

 

 指された先は、かなり遠い。

 

「四人全員、出口を通れば終了」

 

「月夜さんは?」

 

「捕まえる」

 

「何をもって捕まった判定とするのでしょうか」

 

 澪が聞く。

 

「肩か背中に触れたら終わり」

 

「攻撃は?」

 

「お前らは禁止」

 

「何でだよ!」

 

 アギトが即座に噛みついた。

 

「訓練だから」

 

「戦闘訓練じゃねえのか?」

 

「だから違うっつったろ」

 

「俺ら四人であんた一人だぞ。普通に戦った方が――」

 

「綾辻」

 

 月夜さんが呼んだ。

 

「何だよ」

 

「戦ったら死ぬ相手だったら?」

 

「……」

 

「真祖でも上級吸血鬼でも何でもいい。どうやっても勝てねえ奴が前に出た」

 

 月夜さんが四人を見る。

 

「そんときまで剣抜いて突っ込むのか?」

 

「それは……」

 

「逃げるのも仕事だ」

 

 言い方は軽い。

 

 でも、笑ってはいなかった。

 

「敵殺す訓練なんざ、この先嫌ってほどやる」

 

 そして。

 

「今日は、死なない判断を覚えろ」

 

 昨日。

 

 黒板にあった言葉を思い出す。

 

 死なない程度に。

 

「鬼龍院教官」

 

 澪が聞いた。

 

「誰か一人が捕まった場合は?」

 

「そいつだけ失格」

 

「残りの三名は継続?」

 

「そうだ」

 

「助けに戻ることは?」

 

「好きにしろ」

 

「救出は可能なのですか?」

 

「それも考えろ」

 

「承知しました」

 

 澪の目つきが変わった。

 

 もう訓練は始まっている。

 

 そんな顔だ。

 

「ちなみに」

 

 オレは手を上げる。

 

「捕まったら?」

 

「最初から」

 

「一人だけ?」

 

「全員」

 

「連帯責任?」

 

「小隊だからな」

 

「何回まで?」

 

「逃げ切るまで」

 

「帰りたいなあ」

 

「寮に帰るための訓練だ」

 

「上手いこと言ったみたいな顔しないで?」

 

「してねえよ」

 

 アギトが首を鳴らす。

 

「じゃあ捕まらなきゃいいんだろ」

 

「そうだな」

 

「簡単じゃねえか」

 

「その自信だけは八年間変わらねえな」

 

「実力も上がってる」

 

「知ってるよ」

 

 一瞬。

 

 アギトが黙った。

 

 月夜さんはもうこちらを見ていなかった。

 

「カイ」

 

 オレは小声で呼ぶ。

 

「何?」

 

「どうする?」

 

「出口まで行く」

 

「それは知ってる」

 

「月夜さんより速く」

 

「それができるなら苦労しないよ」

 

「できるかもしれない」

 

 相変わらず根拠があるのかないのか分からない。

 

「久世」

 

 アギトが澪を見る。

 

「お前は?」

 

「まず四人で行動すべきです」

 

「固まったらまとめて捕まるぞ」

 

「離れれば各個撃破されます」

 

「なら二手」

 

「位置を把握できなくなります」

 

「リーシャ」

 

「なあに?」

 

「どうする」

 

 急に振られた。

 

 オレは演習場を見る。

 

 出口。

 

 遮蔽物。

 

 建物。

 

 高低差。

 

 そして。

 

 月夜さん。

 

(……嫌だなあ)

 

 八年間一緒にいた。

 

 歩き方も。

 

 癖も。

 

 間の取り方も。

 

 何となく知っている。

 

 戦闘中にどう動くかだって、まったく知らないわけではない。

 

 でも。

 

 向こうも同じである。

 

 こっちが月夜さんを八年間見ていたなら。

 

 月夜さんだって、オレたちを八年間見ている。

 

 アギトがどういう時に前へ出るか。

 

 カイが誰を優先するか。

 

 オレが追い詰められた時にどう動くか。

 

 下手をすれば全部知られている。

 

(情報戦の時点で負けてない?)

 

 担当教官が元保護者。

 

 こうして考えると、かなり卑怯である。

 

「相談終わったか?」

 

 月夜さんが聞いた。

 

「まだ」

 

「じゃあ十秒やる」

 

「短くない?」

 

「実戦で敵が相談終わるまで待ってくれると思うか?」

 

「急に先生らしいこと言うね」

 

「教官だからな」

 

「さっき仕事したくないって言ってたのに」

 

「十」

 

「もう始まってる!」

 

「九」

 

 澪が演習場を見る。

 

「まず中央の建物まで移動します!」

 

「八」

 

「カイ!」

 

「うん」

 

「アギト!」

 

「分かってる!」

 

 四人で走り出す。

 

「七」

 

 背後から。

 

 気怠そうな声。

 

「六」

 

 初日。

 

 初授業。

 

 記念すべき、第六小隊最初の訓練。

 

「五」

 

 内容は。

 

「四」

 

 担当教官から。

 

「三」

 

 全力で逃げることだった。

 

「二」

 

「優しい先生がいいって言ったんだけどなあ!」

 

「一」

 

 月夜さんの足音が。

 

 消えた。

 

 

 

 

 

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