エロゲのヒロインに転生したんだが、もうオレは限界かもしれない。 作:サボテニウム
午後8時。
行水を終えて皆が寝静まる頃になるとオレとアギトの二人だけの勉強会は密かに行われた。
「アギト、そこ計算間違ってる」
「え? そんなはず……あ、ほんとだ」
オレたちヨコハマエリアからその身一つで逃げだしてきた孤児たちには教科書なんてものは勿論ないので、オレはシスターたちから貰った紙とペンだけで授業をした。
内容は簡単な算数と小学生レベルの漢字の書き取り。
問題を作るのもオレ。
採点をするのもオレである。
オレの身体は7歳のガキだが、中身は転生者の元サラリーマンだ。勉強自体は前世でもあまり得意ではなかったが、さすがに8歳のガキに勉強を教えられないほど馬鹿ではなかった。
「……リーシャはすごいな。オレと同い年なのに」
勉強を教えてる時だけは、あの生意気クソガキのアギトも、どこか尊敬した眼差しでオレを見ていた。主人公に頼られるのは悪い気はしないな、などと思いながらオレはアギトに優しく勉強を教えた。もしかしたら家族を亡くし勉強する機会さえ奪われたこいつに同情していたのかもしれない。
「勉強すればアギトもできるようになるよ。さ? 続けよ?」
「お、おう」
カチカチと古時計が秒針を刻む中、オレたちは他の孤児を起こさないように小声で勉強会を続ける。10時ごろになるとさすがのアギトも眠くなってきたのか、ミスをする問題も増えてくるのでだいたいここでお開きになった。
「アギト、もうそろそろ寝ようか。眠くなってきたでしょ」
「いや、まだやれるよ。……もう少しだけ勉強したい」
「明日また続きしてあげるから」
「……絶対だからな」
アギトはぎゅっと力強くオレの手を握り、薄い敷き布団の上で二人で横になる。時折悪夢を見ているのか苦しそうにうなされるアギトの背中を優しくさすり一晩中彼の面倒を見ていた。夜の帳の降りるこの時間だけは、アギトにとってオレは師であり姉であり、父であり母であり、唯一の家族なのである。
もしサラリーマンだった自分があのまま生きていたとして、自分に息子ができていたらこんな感覚だったのだろうか。赤子をあやすようにアギトの背中をさすっていると、ふとそんなことを考えた。こいつからしたら親の仇だってのに……ふざけた話だ。
オレはふ、と自嘲気味に笑うと染みで汚れた天井を見た。
本来夜行性の吸血鬼であるオレは、少しも眠くない。
アギトが寝静まると話し相手もいなくなり、オレにとって途方もなく長い夜が始まった。
(眠れねえ……)
◇ ◇ ◇
ある朝目を覚ますとアギトに突然誕生日をきかれた。
「リーシャ。お、お前ってさ……誕生日とかまだだよな。その……いつだ?」
「12月24日だけど。なんで?」
オレはリーシャのキャラクター設定集に描かれていた誕生日をすかさず答える。
確かクリスマス・イヴだったので忘れずに覚えていた。
アギトはオレの言葉に大きく頷くと、
「そ、そうか。いまが9月だから……もう少し先か」
と小さく呟いた。
ちなみにアギトの誕生日は7月だ。こいつの誕生日になにもないのは可哀想だと思ったオレは、このクソガキのためにわざわざパンケーキを作ってやったが……そのお返しだろうか?
ぐすぐす泣くほど喜んでいたため、十分ありえる。
たかがパンケーキと思うかもしれないが、いまは戦時。
砂糖も卵も牛乳もほとんど手に入らない高級品のため作るのに苦労したっけな。
確かあの日は……金持ちの家に押し入って材料をくすねたんだったか。
「あれ。もしかしてお祝いしてくれるの?」
オレがそう言うとアギトは顔を真っ赤にしてあたふたと取り乱す。
「ば、ばっかじゃねーの。誰がお前の誕生日のお祝いなんか!」
じゃあ聞くなよ。
ぶっ殺すぞ。
……なんて言わずにリーシャらしく可愛く返すオレ、マジ天使。
「なーんだ、残念。アギトにお祝いしてもらいたかったなー」
「い、いやっ! 祝わない、とも言ってない!」
どっちやねん。
「と、とりあえずじゃあ12月24日! 覚悟しておけ!」
アギトはビシっと人差し指をさしながらそう言うと、食堂のほうまでどすどすと一人で行ってしまった。なんの宣戦布告かはわからないが、まあいいだろう。
「アギト~待ってよ~」
最近眠れない夜に一人で考えた。
オレにはある目標がある。
アギトが第四真祖の力を継承するその直後にやつの力を奪い、このオレが第六真祖、そして第四真祖の二つの真祖の力を手に入れるという大きな目標が。
この世界には7つの真祖の力があるので、そのうちの2つだけでも手に入れることができたら、他の真祖たちよりも一歩先に出ることができる。
歯向かうものは全て殺すまでだ。
それまではオレは、リーシャ=クーゲルシュタインとしての役割を演じるだけである。