【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。   作:サボテニウム

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第4話 家族になろうよ

 

 

 

 午後八時。

 

 行水を終え、孤児院の皆が寝静まるころ。

 

 オレとアギトは一枚の敷布団へ並んで寝転がり、毎晩恒例の勉強会を始めていた。

 

「アギト、そこ間違ってるよ」

 

「え? そんなはず……」

 

 アギトは紙へ顔を近づけ、自分の書いた計算式を指で追う。

 

「あ、本当だ」

 

「ここ。繰り上がった数字を足すの忘れてる」

 

「くそっ。さっきはできたのに」

 

「次に間違えなければいいよ」

 

 オレたちのように、ヨコハマエリアから着の身着のままで逃げてきた孤児には、教科書など当然ない。

 

 手元にあるのは、シスターたちから分けてもらった数枚の紙と、短くなった鉛筆だけ。

 

 その限られた道具を使って、オレが簡単な算数や文字の読み書きを教えていた。

 

 問題を作るのもオレ。

 

 解き方を教えるのもオレ。

 

 採点するのもオレである。

 

 教師、生徒、教材作成者、試験監督。

 

 一人四役をこなしているのだから、そろそろ給料が発生してもいいころだと思う。

 

 もっとも、雇用主も七歳児なら、教師も七歳児なのだが。

 

 この身体は幼い少女でも、中身は前世で社会人をしていた大人である。

 

 前世でも勉強が得意だったわけではない。

 

 むしろ、学生時代の成績については積極的に記憶から消しておきたい側の人間だった。

 

 それでも、小学生程度の算数や漢字なら問題なく教えられる。

 

 さすがに八歳児へ勉強を教えられないほど、前世のオレも落ちぶれてはいなかった。

 

「……リーシャは、すごいな」

 

 アギトが鉛筆を止め、ぽつりと呟いた。

 

「何が?」

 

「俺とそんなに歳も変わらねえのに、何でも知ってる」

 

「何でもは知らないよ」

 

 知っているのは、前世で習ったことと、この世界の未来くらいだ。

 

 こうして言葉にすると、十分に何でも知っている側の人間に聞こえる。

 

 勉強を教えているときだけは、普段は生意気なアギトも素直だった。

 

 オレの説明を真剣に聞き、どこか尊敬するような目でこちらを見る。

 

 原作主人公から頼られるというのも、悪い気分ではない。

 

 それに――家族だけでなく、勉強する機会まで奪われたこいつを、少し不憫に思っていたのかもしれない。

 

「アギトも、勉強すればできるようになるよ」

 

「本当か?」

 

「うん。昨日より間違いも減ってるし」

 

 オレは紙の上に新しい問題を書く。

 

「ほら、続きをやろう」

 

「お、おう」

 

 古時計が、カチカチと秒を刻む。

 

 ほかの孤児たちを起こさないよう、オレたちは声を潜めて勉強を続けた。

 

 アギトは覚えが悪いわけではない。

 

 一度理解すれば、次からは同じ問題をほとんど間違えなかった。

 

 ただ、二時間近く続ければ、さすがに集中力も切れてくる。

 

 午後十時を過ぎたころには、簡単な計算でも何度か数字を書き間違えるようになっていた。

 

「アギト。もう寝ようか」

 

「まだやれる」

 

「眠いでしょ」

 

「眠くねえよ」

 

 言いながら、大きなあくびを一つ。

 

 口と身体の意見が一致していなかった。

 

「今日はここまで。続きは明日にしよう」

 

「……もう少しだけ勉強したい」

 

「眠いまま続けても、覚えられないよ」

 

「でも」

 

「明日、また続きを教えてあげるから」

 

 アギトは不満そうにオレを見る。

 

「……絶対だからな」

 

「うん。約束」

 

 紙と鉛筆を布団の下へ隠し、明かりを消す。

 

 アギトは横になると、オレの手を強く握った。

 

 眠くないと言い張っていたくせに、ものの数分で寝息を立て始める。

 

 しかし、穏やかに眠っていられたのは最初だけだった。

 

「父さん……母さん……」

 

 苦しそうに眉を寄せ、かすれた声で家族を呼ぶ。

 

 アギトは眠るたび、ヨコハマでの出来事を夢に見るらしい。

 

 炎。

 

 悲鳴。

 

 目の前で奪われた両親。

 

 夢の中のアギトが何を見ているのか、オレには想像することしかできない。

 

 ただ、その原因を作ったのが誰なのかだけは知っていた。

 

「大丈夫だよ」

 

 起こさないように小さく囁きながら、アギトの背中をゆっくりとさする。

 

「ここにいるから」

 

 オレが触れていると、アギトの呼吸は次第に落ち着いていった。

 

 握られていた手の力も、わずかに緩む。

 

 この時間だけは、オレがこいつへ文字を教え、眠るまで手を握り、悪夢から引き戻す役だった。

 

 姉なのか。

 

 母親なのか。

 

 それとも、ただ同じ孤児院で暮らす友達なのか。

 

 そんな肩書は、どうでもいい。

 

 両親を失った今のアギトにとって、オレは唯一そばにいる家族だった。

 

 もし前世のオレが事故に遭わず、そのまま社会人として生きていたら。

 

 いつか結婚して、息子ができていたら。

 

 こうして眠るまで背中をさすってやったのだろうか。

 

「…………」

 

 アギトの寝顔を見つめる。

 

 こいつからすれば、オレは家族の仇だ。

 

 故郷を焼き、両親を奪った張本人。

 

 その相手の手を握り、安心したように眠っている。

 

 まったく、ふざけた話だった。

 

 オレは小さく息を吐き、染みだらけの天井を見上げる。

 

 アギトは眠った。

 

 ほかの孤児たちも、とっくに夢の中だ。

 

 一方、本来は夜行性の吸血鬼であるオレには、まるで眠気が訪れない。

 

 アギトが寝静まると、話し相手もいなくなる。

 

 こうして今夜も、途方もなく長い夜が始まった。

 

(眠れねえ……)

 

     ◇ ◇ ◇

 

 数日後の朝。

 

 目を覚ますと、アギトが妙に落ち着かない様子でこちらを見ていた。

 

「なあ、リーシャ」

 

「何?」

 

「お、お前ってさ……」

 

 アギトは言いにくそうに視線を泳がせる。

 

「誕生日、まだだよな」

 

「うん」

 

「その……いつなんだ?」

 

「十二月二十四日だけど。どうして?」

 

 オレは即座に答えた。

 

 リーシャの誕生日は、キャラクター設定集にも記載されていた。

 

 クリスマス・イヴと同じ日だったので、特に意識しなくても覚えている。

 

「そ、そうか」

 

 アギトは何度も頷く。

 

「今が九月だから……まだ少し先だな」

 

 何やら一人で計算していた。

 

 ちなみに、アギトの誕生日は七月である。

 

 こいつの誕生日に何もないのは可哀想だと思い、オレはわざわざパンケーキを作ってやった。

 

 まさか、そのお返しでも考えているのだろうか。

 

 あのときのアギトは、パンケーキを前にして、ぐすぐす泣くほど喜んでいた。

 

 十分にあり得る。

 

 たかがパンケーキと思うかもしれない。

 

 だが、今は戦時中だ。

 

 砂糖。

 

 卵。

 

 牛乳。

 

 どれも簡単には手に入らない高級品である。

 

 材料を揃えるだけでも、かなり苦労した。

 

 確か、あの日は――。

 

(近くの金持ちの家に忍び込んで、材料をくすねたんだったか)

 

 誕生日を祝うという善行のために窃盗を働く。

 

 目的と手段が盛大に喧嘩しているが、アギトが喜んだのだから結果としては成功だろう。

 

「あれ?」

 

 オレはアギトの顔を覗き込んだ。

 

「もしかして、誕生日をお祝いしてくれるの?」

 

「ばっ……!」

 

 アギトの顔が一気に赤くなる。

 

「ばっかじゃねえの! 誰がお前の誕生日なんか祝うか!」

 

 では、なぜ聞いた。

 

 ぶっ殺すぞ。

 

 ――などと口には出さない。

 

 そんな物騒な台詞は内心へしまい込み、表面上はリーシャらしく可愛らしく返してみせる。

 

 我ながら、実によくできた幼女である。

 

「なーんだ、残念」

 

 少しだけ肩を落としてみせる。

 

「アギトにお祝いしてもらいたかったのにな」

 

「い、いやっ!」

 

 アギトが慌てて声を上げる。

 

「祝わないとも言ってねえ!」

 

 どっちなんだ。

 

 日本語は一つの文章で主張を統一するのが基本である。

 

「と、とにかくだ!」

 

 アギトはオレへ人差し指を突きつけた。

 

「十二月二十四日だな!」

 

「うん」

 

「覚悟しておけ!」

 

 それだけ言い残し、アギトはどすどすと足音を立てながら食堂へ向かっていった。

 

 誕生日を祝う話だったはずが、いつの間にか宣戦布告されている。

 

 あの調子では、当日に何をされるのか分かったものではない。

 

「待ってよ、アギト」

 

 オレは遠ざかる背中を追いかけた。

 

 最近、眠れない夜が続く中で、一人きりで考えていたことがある。

 

 オレには、果たさなければならない目標があった。

 

 いずれアギトは、第四真祖アラストルの力を継承する。

 

 ならば、その直後を狙って力を奪う。

 

 現在オレが持つ第六真祖ベルゼブブの力。

 

 そして、アギトが受け継ぐ第四真祖アラストルの力。

 

 二つの真祖の力を手に入れるのだ。

 

 この世界には、全部で七つの真祖の力が存在する。

 

 そのうち二つを独占できれば、ほかの真祖たちよりも一歩先へ出られる。

 

 生き残るためには、力が必要だ。

 

 オレの正体を知り、命を狙う者が現れたなら。

 

 歯向かう者は、すべて殺す。

 

 だから、それまでは。

 

 原作が始まり、アギトが第四真祖の力を手にするその日までは。

 

 オレはリーシャ・クーゲルシュタインとして、原作で与えられた役割を演じ続ける。

 

 優しい幼馴染として。

 

 たった一人の家族として。

 

 いつか、その力を奪う相手の隣で。

 

 

 

 

 

 

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