【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。 作:サボテニウム
入学してまだ、それほど日が経ったわけではない。
それでも、目立つ人間というのはいる。
「ほら。あの子」
廊下を歩いていた女子生徒の一人が、友人の袖を軽く引いた。
視線の先。
窓から差し込む朝の光の中を、淡い髪の少女が歩いている。
リーシャ・クーゲルシュタイン。
名前くらいなら、もう知っている生徒は多かった。
「ああ……リーシャさん」
「やっぱり綺麗だよね」
「ね」
遠くからでも妙に目を引いた。
淡い桃色を帯びた金髪。
深い葡萄色の瞳。
整った顔立ちだけではない。
すらりと伸びた手足に、制服越しでも分かる女性らしい体つき。
日本人離れした容姿も相まって、同じ制服を着ているはずなのに、どこか一人だけ雰囲気が違って見える。
そして、姿勢が綺麗なのだ。
誰かに見られているから背筋を伸ばしている、という感じではない。
昔からそうやって歩いてきたのだろうと思わせる。
「でも、実技はそんなに得意じゃないんでしょ?」
「らしいよ。呪具の適性も低いって」
「意外」
「でも筆記はすごいらしい」
「戦術の?」
「うん。教官が出した問題、ほとんど一人だけ違う答え書いたのに正解だったって」
「何それ」
噂というものは、だいたい本人の知らないところで勝手に育つ。
もちろん、正しいとは限らない。
「あ、氷室君」
リーシャの横に、一人の少年が並んだ。
氷室隗。
こちらも入学早々、女子の間ではかなり有名だった。
理由は単純である。
顔がいい。
ものすごく。
その氷室が、何の躊躇もなくリーシャの隣を歩いている。
リーシャが何か言った。
氷室が短く返す。
するとリーシャが笑った。
「……仲いいよね、あの二人」
「幼馴染らしいよ」
「え」
「それだけじゃないって」
もう一人。
後ろから追いついてきた男子生徒が、リーシャの頭を軽く小突いた。
綾辻アギト。
何か言い返したらしいリーシャと、そのまま口論を始める。
「綾辻君も幼馴染なんだって」
「二人とも?」
「八年くらい一緒にいるらしいよ」
「……何それ」
先ほどとは意味の違う言葉が漏れた。
さらに。
「おい、お前ら」
三人の前に男が立った。
鬼龍院月夜。
第六小隊担当教官。
候補生の間では、既に鬼教官として恐れられ始めている男である。
もっとも、その評判とは別に、女子候補生の間では密かに人気もあった。
口の悪さと近寄りがたささえ無視すれば、顔立ちはかなり整っている。
教官でなければ、と惜しむ声もあるらしい。
女子生徒たちは反射的に口を閉じた。
だが。
リーシャは止まっただけだった。
月夜が何か言う。
リーシャが答える。
月夜が眉間に皺を寄せる。
リーシャが笑う。
「……鬼龍院教官とも知り合いなの?」
「そうらしい」
「なんで?」
「知らない」
分からない。
綺麗で。
戦えないらしくて。
なのに戦術だけ妙にできて。
学院でも目立つ男子二人と昔から一緒で。
怖い教官とも妙に距離が近い。
本人は誰に対しても柔らかく笑う。
けれど。
「なんか……話しかけにくいよね」
「あー……分かる」
「嫌な感じは全然しないんだけど」
「うん」
だからこそなのだろう。
近寄りがたいというより。
自分とは住んでいる場所が違うように見える。
一人が小さく呟いた。
「高嶺の花って感じ」
友人が頷いた。
「分かる」
二人がそんな話をしている間にも、リーシャは何も知らずに廊下の向こうへ消えていった。
◇
最近。
視線を感じる。
いや。
別に殺気ではない。
そういう物騒な話ではなく、本当にただ見られているのだ。
右。
ちら。
左。
ちら。
振り返る。
さっと逸らされた。
……何だ?
オレは歩きながら自分の制服を確認した。
ボタン。
よし。
襟。
よし。
スカート。
よし。
靴。
左右とも履いている。
完璧だ。
「澪ちゃん」
「はい」
「私、何かついてる?」
隣を歩いていた澪がこちらを見る。
じっと顔を見られた。
「いえ」
「顔とか」
「顔はついています」
「そういう確認じゃないよ」
「では、何でしょうか」
「私が聞いてるんだけど」
駄目だ。
質問を質問で返される以前に、質問がそのまま返ってきた。
オレは自分の髪を摘まんでみる。
寝癖?
鏡は見た。
大丈夫だったはずだ。
「リーシャ」
「ん?」
「何やってんだ、お前」
後ろからアギトが来た。
その隣にはカイ。
「最近、なんか見られてるんだよね」
「今さら?」
「……え?」
何だ、その反応。
「今さらって何」
「いや」
アギトが露骨に目を逸らした。
「別に」
「気になるんだけど」
「いいだろ」
「よくないよ。何。私、変?」
「そういう意味じゃねえよ」
じゃあどういう意味だ。
カイを見る。
こういう時はカイだ。
「カイ」
「うん」
「私、変?」
「いつも通り」
よし。
安心した。
「じゃあ大丈夫だ」
「そこで納得すんのかよ」
「カイは嘘つかないし」
「お前、質問の仕方が悪いだろ」
何がだ。
いつも通りなら問題ないではないか。
「リーシャは昔から見られてる」
カイが言った。
「え?」
「結構」
「何を?」
カイがこちらを見る。
数秒。
「顔」
「顔?」
「うん」
それはまあ。
オレは窓ガラスへちらっと目を向けた。
反射した自分の顔が映っている。
うん。
今日もかわいい。
そこについて謙遜する気はない。
事実は事実として受け止めるべきだ。
客観性は大事である。
「私の顔がいいのは知ってるけど」
「自分で言うのかよ」
「悪い?」
「いや……そこまで堂々と言われると何も言えねえけど」
アギトが頭を掻いた。
「でも、今までだってこんなに見られてた?」
「見られてた」
カイ即答。
「そうなの?」
「うん」
知らなかった。
人間、自分が見られているかどうかなんて意外と分からないものである。
「じゃあ何で今気づいたんだろ」
「学院だからではないでしょうか」
澪が答えた。
「同年代の候補生が多数生活しています。以前より、リーシャさんを知らない方と接する機会が増えていますので」
「ああ」
なるほど。
孤児院にいた頃は、だいたい顔見知りだった。
今は知らない人間が大量にいる。
視線の母数が違うのか。
「解決した」
「それでいいのか?」
「他に何かある?」
「……ねえけど」
アギトが妙な顔をする。
何なんだ。
言いたいことがあるなら言えばいいのに。
「早く行こ。遅れるよ」
オレは歩き出した。
三人もついてくる。
その途中。
また視線。
ちら。
今度は正体が分かっているので気にならない。
顔か。
なら仕方ない。
持って生まれたものなので。
◇
午前の授業が終わった。
昼休み。
食堂へ入ると、既にかなり混んでいた。
「席取っとく」
カイが言った。
「お願い」
カイが先に行く。
オレたちは昼食を受け取った。
今日のメニューはシチューとパン。
悪くない。
というか、学院の食事は普通に美味しい。
国が人材育成へ金をかけているということなのだろう。
素晴らしい。
兵士を育てるにはまず胃袋からだ。
たぶん。
「リーシャさん」
「ん?」
声をかけられた。
同じ制服の女の子が二人。
顔は見覚えがある。
クラスも同じだったはずだ。
「あの……隣、いいですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます!」
何でそんなに嬉しそうなんだ。
四人用の席では足りないので、隣の机を繋げる。
アギトが椅子を動かし、澪も手伝った。
「これでいい?」
「はい」
二人が座る。
何となく緊張している。
……何だろう。
面接?
「リーシャさんって、氷室君とは昔から一緒なんですよね?」
「うん」
「綾辻君も?」
「そうだよ」
「三人とも?」
「三人とも」
二人が顔を見合わせた。
「すごい……」
何が?
「八年くらいかな」
「八年!?」
声が大きい。
周りの何人かがこちらを見た。
「長いですね」
澪が静かに言う。
「まあね」
八年。
言葉にすると長い。
実際長い。
アギトの身長もずいぶん伸びた。
カイも。
オレは――。
そこまでではない。
人生とは不公平である。
「じゃあ、氷室君のことも何でも知ってるんですか?」
「何でもってほどじゃないけど」
オレはカイを見る。
パンを食べている。
今日も顔がいい。
「カイ、昔から顔いいよ」
「そこなんですか?」
「重要じゃない?」
「いや、まあ……重要ですけど」
何だ。
分かっているではないか。
オレはシチューへパンを浸した。
その横でアギトが露骨に溜息をつく。
「またそれかよ」
「何」
「お前、カイの顔の話好きだよな」
「いいものはいいって言った方がいいよ」
「俺には言わねえくせに」
「アギトも普通に格好いいと思うよ?」
「っ」
止まった。
なぜ。
「何その顔」
「何でもねえ!」
「聞いたのそっちじゃん」
意味が分からない。
向かいを見る。
女子二人がこちらを凝視していた。
「……どうしたの?」
「い、いえ!」
まただ。
何なんだ今日は。
そのとき。
「リーシャ」
カイ。
「ん?」
「口」
「口?」
指で自分の口元を触る。
何も分からない。
カイが紙ナプキンを一枚取った。
「シチューついてる」
「あ」
渡される。
「ありがと」
拭く。
向かいの二人が、さらに黙った。
……本当に何だ?
「お前ら、午後の予定忘れてねえだろうな」
後ろから声。
振り向かなくても分かる。
「月夜さん」
「教官って呼べ」
「今は昼休みですよ」
「学院の中だ」
「細かいなあ」
「誰のせいで細かくなったと思ってやがる」
「アギト?」
「お前だよ」
月夜がオレの頭を軽く小突く。
「午後は第二演習場。十分前集合だ。遅れんな」
「はーい」
「返事は伸ばすな」
「はい」
月夜はそれだけ言って去っていった。
向かいを見る。
二人が固まっている。
「……どうしたの?」
「鬼龍院教官と、仲いいんですね」
「仲……」
どうなんだろう。
オレは少し考える。
八年一緒にいる。
家にもいた。
飯も食った。
怒られた回数は数え切れない。
殴られてはいないが、頭を小突かれた回数ならかなりある。
「普通?」
「普通……」
なぜ復唱する。
「怖くないんですか?」
「月夜さんが?」
二人が頷く。
「口は悪いけど、そんなに怖くないよ」
アギトが鼻で笑った。
「お前にだけだろ」
「アギトにも同じじゃん」
「俺は普通に殴られる」
「それはアギトが余計なことするから」
「お前に言われたくねえ!」
失礼だな。
オレはちゃんと節度ある学院生活を送っている。
たぶん。
少なくとも今のところは。
◇
午後。
教室へ戻る途中だった。
「く、クーゲルシュタインさん!」
呼び止められる。
「はい?」
今度は知らない男子生徒だった。
同学年だと思う。
緊張した顔で、手に紙を持っている。
「あの、これ」
「?」
「この前の戦術講義のノート、見せてもらえませんか」
「ああ、いいよ」
「本当ですか!?」
「うん。明日でいい?」
「はい!」
何だ。
ノートか。
オレが鞄から出そうとしたところで、明日でいいと言っているのを思い出した。
「じゃあ明日持ってくるね」
「ありがとうございます!」
ものすごい勢いで頭を下げて去っていった。
オレはその背中を見る。
「礼儀正しい子だね」
「……リーシャ」
アギト。
「何?」
「お前、あれ本当にノート借りたいだけだと思ってんの?」
「違うの?」
「いや……」
アギトが頭を抱えた。
「もういい」
「何なの」
「リーシャさん」
澪が口を開く。
「おそらく、話しかけるきっかけが欲しかったのではないでしょうか」
「私に?」
「はい」
「何で?」
沈黙。
三人とも黙った。
何なんだ。
今日これ多くない?
「顔」
カイが言った。
「また?」
「うん」
「顔って便利だね」
「そうだね」
「カイが言うと説得力あるなあ」
カイは頷いた。
アギトが何か言いたそうだったが、もう無視した。
そろそろ第二演習場へ向かわないといけない。
その前に水でも買おう。
「リーシャさん」
「ん?」
歩き出したところで澪が呼び止めた。
「一つ、聞いてもよろしいですか?」
「いいよ」
「ご自身が学院内でどう思われているか、本当にご存じないのですか?」
「……どう?」
嫌われている?
いや。
それならノートを借りには来ないだろう。
変な奴?
少なくともまだ、そんなことをするほど親しい相手は増えていない。
「何て言われてるの?」
澪は少しだけ言いにくそうにした。
「高嶺の花、と」
「…………」
誰が?
「私?」
「はい」
思わず周りを見る。
他にリーシャはいない。
「高嶺の花」
「そう伺いました」
「私が?」
「はい」
二回確認しても変わらなかった。
オレは自分を指さす。
「これが?」
「これ、と言われましても」
澪が困っている。
カイは普通。
アギトは何故か笑いを堪えている。
「何がおかしいの」
「いや」
「笑ってるじゃん」
「別に」
絶対笑ってる。
「高嶺の花……」
もう一度呟く。
顔はいい。
そこは認める。
しかし高嶺。
高い峰。
花。
オレに山岳要素あったっけ。
「……そんなに話しかけにくい?」
澪を見る。
少し考えて。
「最初は」
答えた。
「え」
「現在は違います」
「最初は?」
「はい」
地味に傷つく。
「何で?」
「綺麗ですし」
「うん」
「そこは否定されないのですね」
「事実だからね」
澪が一瞬黙った。
「それと、氷室さんと綾辻さんが常に近くにいます」
「いるね」
「鬼龍院教官とも親しい」
「長い付き合いだから」
「何を考えているのか分からないところもあります」
「え?」
待って。
最後だけ方向違わない?
「私、結構分かりやすくない?」
「……そうでしょうか」
「澪ちゃん?」
「そろそろ演習場へ向かいましょう」
「今の間は何?」
澪が歩き出す。
逃げた。
「ねえ」
「遅刻します」
「まだ時間あるよ?」
「十分前集合です」
「月夜さんみたいなこと言い始めたね」
返事はない。
アギトたちも後ろからついてくる。
廊下を歩く。
また視線を感じた。
今度は何となく意味が分かる。
オレは小さく息を吐いた。
高嶺の花。
なるほど。
まあ。
悪い呼ばれ方ではない。
少なくとも変なあだ名よりは百倍いい。
そう思いながら第二演習場へ向かった。
このときのオレは知らなかった。
学院生という生き物が、暇と若さを持て余した結果、他人へ妙な呼び名をつけることに関しては恐ろしく優秀だということを。
そして。
高嶺の花程度で済んでいるうちが、まだ一番まともだった。