【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。   作:サボテニウム

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第41話 誰だ貴様!

 

 

 

 

 

「止まれ!」

 

 ヨコハマへ帰ってきて。

 

 最初に向けられたのは、槍だった。

 

「…………」

 

 鋭い穂先が喉元で止まっている。

 

 あと十センチ。

 

 近い。

 

「両手を上げろ」

 

「はい」

 

 素直に上げる。

 

 その方が話は早そうだった。

 

 男は槍を向けたまま、こちらを睨んでいる。

 

 黒を基調とした軍服。

 

 胸元には青い盾を象った徽章。

 

 ゲルマニア兵だ。

 

 つまり。

 

 味方である。

 

 ……味方のはずである。

 

「所属は」

 

「えっと」

 

 少し考える。

 

「ゲルマニア?」

 

「部隊を聞いている」

 

「ああ」

 

 そういう意味か。

 

「ないです」

 

「階級」

 

「ないです」

 

「身分証は」

 

「持ってません」

 

「通行許可証」

 

「それもないです」

 

「…………」

 

「…………」

 

 槍の穂先が少し近づいた。

 

 なぜだ。

 

「貴様」

 

「はい」

 

「何者だ」

 

 難しい質問だった。

 

 正直に答えるべきか。

 

 いや。

 

 ここはもうヨコハマだ。

 

 隠す必要はない。

 

「第六真祖ベルゼブブです」

 

「拘束しろ」

 

「なんで!?」

 

 即決だった。

 

 二人の兵士が左右から近づいてくる。

 

「待って待って。本当だから」

 

「黙れ」

 

「いや、本当に」

 

「大人しくしろ」

 

「だから――」

 

 そこで。

 

 自分の格好を見る。

 

 トウキョウの討魔師育成学院の制服。

 

 淡い桃色を帯びた金髪。

 

 葡萄色の瞳。

 

 地下道を通ってきたせいで、袖と膝には土までついている。

 

「…………」

 

 なるほど。

 

 これは信じない。

 

 オレでも信じない。

 

 むしろ、これで、

 

『おお、ベルゼブブ様!』

 

 などと言われた方が怖い。

 

「分かった」

 

 抵抗をやめる。

 

「拘束するならしていいよ」

 

「…………」

 

「その代わり、バフォメットを呼んで」

 

 兵士の眉が動いた。

 

「大将軍閣下を呼び捨てにするな」

 

「本人の前でも呼び捨てにしてるから大丈夫」

 

「貴様……!」

 

「あ、違う。そういう関係じゃなくて」

 

 何が違うんだ。

 

 自分でも分からない。

 

 兵士が完全に不審者を見る目になった。

 

 まずい。

 

「とにかく、連絡だけして。私が来たって」

 

「誰が来たと伝える」

 

「ベルゼブブ」

 

「…………」

 

「だから、その顔やめてよ」

 

 信じていない。

 

 当たり前だが。

 

 兵士の一人がこちらへ近づき、両手首へ拘束具をかける。

 

 金属の冷たい感触。

 

「抵抗するな」

 

「しないよ」

 

 本気で抵抗したら。

 

 たぶん。

 

 この人たちが死ぬ。

 

 そんなことで自国の兵士を殺す皇帝にはなりたくない。

 

「ただ」

 

「何だ」

 

「それ、銀じゃないよね?」

 

「…………」

 

「確認しただけ」

 

「余計な口を開くな」

 

「はい」

 

 怖い。

 

 この人。

 

 仕事熱心すぎる。

 

 でも。

 

 悪くない。

 

 知らない人間が敵地の制服を着て現れて。

 

 身分証もなく。

 

 通行証もなく。

 

 突然、

 

『私が皇帝です』

 

 などと言い出したのである。

 

 通したら駄目だ。

 

 絶対に。

 

 むしろ。

 

 よくやっている。

 

「隊長」

 

 後ろにいた兵士が声を潜める。

 

「本当に連絡しますか」

 

「念のためだ」

 

「しかし、大将軍閣下へ直接――」

 

「この女がどうやってここまで来たか分からん」

 

 その言葉に。

 

 少しだけ感心した。

 

 そう。

 

 そこだ。

 

 オレが出てきた場所は、一般人が偶然入り込める区域ではない。

 

 八年前には瓦礫で完全に塞がっていた、旧ヨコハマ方面へ続く川底の連絡路。

 

 ヨコハマ側から何年もかけて復旧させ。

 

 今では、ごく一部の者しか存在を知らない道だ。

 

 その近くから。

 

 トウキョウの制服を着た人間が現れた。

 

 そりゃ怪しい。

 

 男は疑っている。

 

 オレがベルゼブブだからではなく。

 

 どうやってここへ入ったのか分からないから。

 

「…………」

 

 ちゃんと仕事してるなあ。

 

「何を笑っている」

 

「何でもないです」

 

「動くな」

 

「はい」

 

 拘束されたまま。

 

 待つ。

 

 一分。

 

 二分。

 

 静かだった。

 

 夜の空気が少し冷たい。

 

 遠くから風の音がする。

 

 それから。

 

 地面が揺れた。

 

 いや。

 

 違う。

 

 足音だ。

 

 一歩。

 

 また一歩。

 

 重い。

 

 兵士たちの表情が変わる。

 

「……来られたぞ」

 

 誰かが呟いた。

 

 通路の奥。

 

 大きな影が現れる。

 

 二メートルを優に超える巨体。

 

 全身を覆う黒い毛。

 

 山羊の頭。

 

 二本の角。

 

 丸太のように太い腕。

 

 八年前と。

 

 ほとんど変わっていない。

 

「バフォメット」

 

 思わず名前を呼んだ。

 

 黒山羊の顔がこちらを向く。

 

 足が止まった。

 

「…………」

 

「久しぶり」

 

 手を振ろうとする。

 

 拘束されていた。

 

 がちゃ。

 

「…………」

 

 何とも締まらない音がした。

 

 バフォメットの視線が。

 

 オレ。

 

 拘束具。

 

 オレの喉元へ向けられている槍。

 

 その順番に動いた。

 

「…………」

 

 あ。

 

 これ。

 

 怒るやつだ。

 

 周囲の空気が一気に重くなった。

 

「大将軍閣下!」

 

 槍を持った兵士が敬礼する。

 

「不審者を一名確保しております! 本人は――」

 

 言葉が止まった。

 

 バフォメットが。

 

 膝をついたからだ。

 

 巨体が沈む。

 

 頭を垂れる。

 

 誰よりも深く。

 

「お帰りなさいませ」

 

 低い声が響いた。

 

「ベルゼブブ様」

 

「…………」

 

 静かになった。

 

 すごい。

 

 本当に。

 

 音が消えたみたいだった。

 

 槍を持った兵士を見る。

 

 顔から血の気が引いている。

 

 その隣。

 

 さらにその隣。

 

 全員。

 

 固まっていた。

 

「ただいま、バフォメット」

 

「は」

 

「その前に」

 

 両手を少し持ち上げる。

 

 がちゃ。

 

「これ、外してもらっていい?」

 

「――貴様ら!」

 

「待って」

 

 バフォメットの怒声が響くより先に止める。

 

「この人たち悪くないから」

 

「しかし!」

 

「だって私だって分からなかったんでしょ」

 

 兵士を見る。

 

 目が合った。

 

 すぐに逸らされた。

 

「ね?」

 

「…………」

 

「ね?」

 

「も、申し訳……ございません……!」

 

 声が震えていた。

 

「謝らなくていいよ」

 

「陛下へ槍を――!」

 

「知らない人間をそのまま通す方が怒る」

 

「…………」

 

 兵士が顔を上げる。

 

「私、身分証なかったし」

 

「はい……」

 

「通行証もなかったし」

 

「はい……」

 

「所属も階級も答えられなかったし」

 

「はい……」

 

「敵の学校の制服着てるし」

 

「……はい」

 

「しかも自分から皇帝だって名乗ったし」

 

「…………はい」

 

 並べれば並べるほど。

 

 自分でも拘束するべきだと思えてきた。

 

「うん」

 

 頷く。

 

「正しいね」

 

「…………」

 

「ちゃんと仕事してくれてありがとう」

 

 男の口が少し開いた。

 

「顔、上げて」

 

「は……」

 

「名前は?」

 

「エ、エーリヒ・ハルトマン一等兵であります!」

 

「ハルトマン」

 

「はっ!」

 

「次も怪しい人が来たら、ちゃんと止めてね」

 

「……はっ!」

 

「私でも」

 

「…………」

 

 困らせた。

 

「あ」

 

 さすがにそれは駄目か。

 

「でも次に私が来たときは、覚えててくれると助かるかな」

 

「はっ!」

 

 今度は。

 

 ものすごく大きな返事だった。

 

 周囲にいた兵士たちがようやく動き出す。

 

 拘束具が外された。

 

「ありがとう」

 

「も、申し訳ございませんでした!」

 

「だから大丈夫だって」

 

 手首を軽く振る。

 

 痕もない。

 

「ベルゼブブ様」

 

「何?」

 

「今後は必ず迎えを寄越します」

 

「いらないって言ったじゃん」

 

「今、必要性が証明されました」

 

「…………」

 

 反論できない。

 

 悔しい。

 

「せめて出口までは」

 

「…………」

 

「護衛を」

 

「…………はい」

 

 負けた。

 

     ◇

 

 バフォメットと並んで歩く。

 

 正確には。

 

 並べていない。

 

 歩幅が違いすぎる。

 

 向こうが合わせてくれている。

 

「お変わりなく」

 

「そう?」

 

「はい」

 

「十六歳になったよ」

 

「存じております」

 

「学院にも入った」

 

「そちらも」

 

「深淵の令嬢になった」

 

「…………」

 

 バフォメットがこちらを見る。

 

「何それって顔してる」

 

「申し訳ございません。私の知識にない称号でございましたので」

 

「知らなくていいよ」

 

「新たに獲得された尊称でしょうか」

 

「違う」

 

「では、いずれの勢力から?」

 

「学院生」

 

「人類側より?」

 

「うん」

 

「なるほど」

 

「納得しないで」

 

 何をどう解釈した。

 

「それより」

 

 声を少し落とす。

 

「本国への連絡は?」

 

「すでに」

 

 バフォメットの空気が変わった。

 

 ここからは。

 

 臣下ではなく、大将軍の顔だった。

 

「アイゼンラート卿へは勅命を伝達済みにございます」

 

「返事は?」

 

「即時受諾」

 

「やっぱり」

 

「魔剣ダインスレイヴの移送準備も開始しております」

 

 歩きながら聞く。

 

「到着は?」

 

「最短で四日後」

 

「四日」

 

「はい」

 

 頭の中で日程を組み直す。

 

 七帝会談まではまだ時間がある。

 

 ヴァルターが着くまで四日。

 

 その間に。

 

 ヨコハマの現状を確認する。

 

 会議もする。

 

 報告書にも目を通す。

 

 やることは多い。

 

「黒鷲は?」

 

「本国にて選抜中です。アイゼンラート卿が到着後、そのまま護衛隊の指揮を執る予定にございます」

 

「分かった」

 

「ベルゼブブ様」

 

「うん?」

 

「一つだけ、確認を」

 

 バフォメットがこちらを見る。

 

「ダインスレイヴを、真に七帝会談へお持ちになるおつもりで?」

 

「うん」

 

「…………」

 

「護身用」

 

「…………」

 

「昨日も言ったよね?」

 

「は」

 

「だから護身用」

 

「承知しております」

 

「全然納得してない顔してる」

 

「私には山羊の顔しかございません」

 

「そういう逃げ方あるんだ」

 

 ずるい。

 

「まあ」

 

 前を見る。

 

「使わないのが一番だよ」

 

 これは本心だ。

 

「何事もなく終わるなら、それでいい」

 

「…………」

 

「会談して。話して。帰ってくる」

 

「第一真祖がおられます」

 

「だから持っていくんだよ」

 

 バフォメットが黙った。

 

 オレも。

 

 少しだけ黙る。

 

「怖いから」

 

 正直に言う。

 

「ベリアルが?」

 

「うん」

 

「…………」

 

「何?」

 

「いえ」

 

「私だって怖いものくらいあるよ」

 

「存じております」

 

「本当に?」

 

「以前よりは」

 

「何それ」

 

「八年前は、何も恐れておられないように見えました」

 

 足が。

 

 少しだけ止まりかける。

 

 八年前。

 

 ヨコハマ。

 

 炎。

 

 人の死体。

 

 あの日のオレ。

 

 ……いや。

 

 あの日までのリーシャ。

 

「今は違う?」

 

「はい」

 

「弱くなったかな」

 

「逆かと」

 

 即答だった。

 

「そう?」

 

「守るものがある者は、恐れを知ります」

 

「…………」

 

「それでも前へ出る者を、弱いとは申しません」

 

 少しだけ。

 

 困った。

 

 こういうとき。

 

 何と返せばいいのか分からない。

 

「……バフォメット」

 

「は」

 

「八年で口が上手くなったね」

 

「お褒めにあずかり光栄にございます」

 

「褒めたことにしておこう」

 

 また歩く。

 

 今度は。

 

 少しだけ気持ちが軽かった。

 

     ◇

 

 重い扉が開く。

 

 その向こうから。

 

 夜の光が差し込んだ。

 

「…………」

 

 足を止める。

 

 ヨコハマ。

 

 オレが滅ぼした街。

 

 そして。

 

 今は。

 

 オレの国の一部。

 

 八年前。

 

 ここには炎しかなかった。

 

 建物は崩れ。

 

 道路には死体が転がり。

 

 生き残った人間たちはトウキョウへ逃げていった。

 

 今は違う。

 

 灯りがある。

 

 一つではない。

 

 遠くまで。

 

 街路に沿って並んでいる。

 

 建物がある。

 

 煙突から煙が上がっている。

 

 夜なのに。

 

 まだ人が歩いていた。

 

「…………」

 

 人。

 

 吸血鬼。

 

 遠目では。

 

 どちらか分からない者もいる。

 

 荷車が通る。

 

 店の灯り。

 

 警備兵。

 

 遠くで鐘が鳴った。

 

「こんなに……」

 

 声が漏れる。

 

「増えたんだ」

 

「はい」

 

 バフォメットが隣へ立つ。

 

「ベルゼブブ様がお戻りにならぬ間にも、人は生きます」

 

「人だけ?」

 

「失礼いたしました」

 

「冗談」

 

 小さく笑う。

 

 でも。

 

 目は街から離せなかった。

 

 ヨコハマへ戻ること自体は初めてではない。

 

 それでも。

 

 今回は少し違う。

 

 学院。

 

 人類側。

 

 あちらの生活を知ったあとで。

 

 改めて。

 

 こちらを見る。

 

「バフォメット」

 

「は」

 

「明日」

 

「何なりと」

 

「街を歩きたい」

 

「…………」

 

「普通に」

 

「普通に、とは」

 

「そのままの意味」

 

「護衛は」

 

「少なくていい」

 

「必要でございます」

 

「…………」

 

 さっきの件がある。

 

 強く言えない。

 

「分かった」

 

「御意」

 

「でも、案内して」

 

 バフォメットが少しだけ首を傾ける。

 

「私が、でございますか」

 

「うん」

 

「ベルゼブブ様が治める街にございます」

 

「だから見たいの」

 

 知っているつもりになるのは簡単だ。

 

 報告書なら読める。

 

 税収。

 

 人口。

 

 食料。

 

 兵力。

 

 数字はいくらでも並べられる。

 

 けれど、そこに誰が住み。

 

 どうやって生きているのか。

 

 それは紙の上だけでは分からない。

 

「八年で」

 

 オレは街を見渡した。

 

「何を作ったのか」

 

 そこで少しだけ言い直す。

 

「私たちが」

 

 バフォメットは何も答えず、ただ深く頭を下げた。

 

「御意」

 

 風が吹く。

 

 学院とは違う匂いがした。

 

 海。

 

 煙。

 

 食べ物。

 

 そして。

 

 ……ほんの少し。

 

 血。

 

「…………」

 

 ヨコハマ。

 

 八年前。

 

 オレがすべてを壊した場所。

 

 そこで今。

 

 誰かが暮らしている。

 

 明日。

 

 それを見に行く。

 

 

 

 

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