【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。 作:サボテニウム
「くっそー。どこも雇ってくれねえ」
今日は日曜日。
安息日なので、オレたち孤児も院内の仕事から解放されていた。
掃除もない。
洗濯もない。
建物の修繕もない。
自由である。
もっとも、自由になったところで遊び道具も金もないため、結局は食堂で時間を潰すしかないのだが。
いつものように、正体不明の穀物を煮込んだスープを食べていると、向かいに座っていたアギトが大きなため息をついた。
「やっぱり、俺たちくらいのガキじゃ雇ってくれねえな」
「そりゃそうでしょ」
八歳児を積極的に雇いたがる職場があったら、それはそれで心配である。
「お金が必要なの? アギト」
「……まあな」
アギトはどこか気まずそうに目を逸らし、小さく頷いた。
何か欲しいものでもあるのだろうか。
孤児院では衣食住が保障されている。
食事の味と住環境の質については議論の余地があるものの、少なくとも飢え死にしたり、路上で眠ったりする必要はない。
その代わり、孤児たちに小遣いは与えられなかった。
何か必要なものがあればシスターへ相談する。
それ以外のものが欲しければ、孤児院の外で働いて、自分で金を稼ぐしかない。
「シスタークロエに頼んでみたら?」
「嫌だ」
「お金は無理でも、本当に必要なものなら買ってくれるかもしれないよ」
「それじゃ意味ねえんだよ」
「どうして?」
「自分で手に入れねえと駄目なんだ」
「何それ。よく分かんない」
アギトは何も答えなかった。
頑固な顔でスープを飲んでいる。
欲しいものがあるなら、買ってもらえばいい。
結果だけを見れば同じだと思うのだが、本人にとっては違うらしい。
八歳児のこだわりは、元社会人のオレにも理解できないことがある。
オレは考えるのをやめ、皿の横に置かれたパンを口へ放り込んだ。
「…………」
固い。
ぼそぼそしている。
味もほとんどない。
水分を奪われすぎて、食べ物というより建築資材に近づいていた。
相変わらず、すげえまずい。
戦時中なので仕方がない。
それは分かっている。
だが、たまには甘くて美味しいものが食べたい。
(美味しいもの、か)
オレは手元のパンを見下ろした。
次に、金が必要だというアギトを見る。
そして、近々孤児院で開かれるバザーのことを思い出した。
「アギト」
「何だよ」
「お金が欲しいなら、今度のバザーでクッキーを売ってみたら?」
「クッキー?」
アギトが目を丸くした。
すぐに、疑わしそうな表情へ変わる。
「無理だろ。俺たちが作ったクッキーなんて、誰が買うんだよ」
「美味しかったら買うでしょ」
「その材料がねえじゃん。小麦粉とか、砂糖とか……」
「あるじゃない」
オレは手にしていたパンを、アギトの前へ差し出した。
「ここに」
「は?」
アギトがパンを見る。
次に、オレの顔を見る。
「それ、パンじゃん」
「はい。ここで、おバカなアギトくんに問題です」
「誰が馬鹿だ」
「パンは何からできているでしょうか?」
「……小麦粉」
「正解。では、クッキーは何からできているでしょうか?」
「えっと……」
アギトが眉間にしわを寄せる。
しばらく考えたあと、何かに気づいたように顔を上げた。
「小麦粉か」
「大正解」
オレはパンを軽く振ってみせる。
「同じ小麦粉からできてるんだから、このパンを細かく砕けば、クッキーの材料にできると思わない?」
「……本当に?」
「たぶん」
「たぶんなのかよ」
仕方がない。
この世界へ転生する前も、オレは菓子職人ではなく、ただの会社員だったのだ。
ただし、似たようなものを作った経験ならある。
前世で大学生だったころ。
財布の中身が限界を迎えたオレは、賞味期限の切れた食パンを細かく砕き、砂糖を混ぜて焼いたことがあった。
クッキーと呼んでいいのかは怪しかったが、少なくとも飢えをしのぐことには成功した。
あのときの経験を応用すれば、本物のクッキーは無理でも、クッキーに近い何かくらいは作れるはずだ。
そして今のトウキョウには、甘いものへ飢えている人間が大勢いる。
オレたちだけではない。
砂糖どころか、まともな食事すら満足に得られない時代だ。
少しくらい形が悪くても、甘い焼き菓子なら十分に売れる。
「というわけで」
オレはアギトの皿から、まだ手をつけていないパンを取り上げた。
「今日からしばらく、パンを食べるのは禁止ね」
「はあ!?」
「クッキーを作るには、たくさん必要だから」
「だからって、なんで俺のパンまで!」
「お金、欲しくないの?」
「ぐっ……」
アギトが言葉に詰まる。
パンと金を天秤にかけ、しばらく苦悩する。
やがて腹をくくったように、低い声で答えた。
「……分かったよ」
「よろしい」
「でも、ちゃんと売れるものを作れよ」
「任せなさい」
こうしてオレたちは、食事に出されたパンを食べず、少しずつ手元へ残す生活を始めた。
◇ ◇ ◇
パン禁止令を出してから、一週間が過ぎた。
途中で空腹に耐えられなくなり、アギトが挫折するのではないかと思っていた。
しかし、よほど金が必要らしい。
不平を漏らしながらも、アギトは一度もパンへ手をつけなかった。
一日三個。
それを七日分。
さらにオレとアギトの二人分。
七日掛ける三個、掛ける二人。
合計四十二個。
古くなったパンが、布袋の中へぎっしりと詰まっている。
これだけあれば、クッキーもどきの材料としては十分だろう。
なお、賞味期限という細かい話は考えないことにする。
いまは戦時中。
口へ入れて死なないものは、だいたい食べ物である。
その日の深夜。
ほかの孤児たちが寝静まったころを見計らい、オレとアギトは布団の中で作業を始めた。
食堂から借りてきた鉄皿の上へ、乾燥したパンを載せる。
借りた。
誰の許可も得てはいないが、明日には返すので借りたことにしておく。
「細かくして」
「どのくらい?」
「できるだけ細かく」
オレたちは音を立てないように注意しながら、パンを小さくちぎっていった。
指先で潰し、さらに細かく砕く。
長いあいだ乾燥していたおかげで、パンは面白いほど簡単に崩れた。
やがて鉄皿の上に、薄茶色の粉が山のように積み上がった。
小麦粉ではない。
正確には、ただのパン粉である。
だが、細かい名称にこだわっている余裕はない。
粉なら大体同じだ。
たぶん。
「これで本当にクッキーが作れるのか?」
アギトが不安そうに尋ねる。
「もちろん」
オレは胸を張った。
「リーシャお姉ちゃんに任せなさい」
「俺の方が年上なんだけど」
「細かいことは気にしないで」
「自分で言ったくせに……」
アギトは納得していない様子だったが、それ以上は何も言わず、残りのパンを砕き始めた。
◇ ◇ ◇
翌日。
孤児院での仕事を終えたあと、オレは厨房へ向かった。
「あら、リーシャ。どうしたの?」
厨房の前にいたシスターリリアが、穏やかに尋ねる。
「あの、厨房をお借りしたいのですが」
「厨房を?」
「はい。少し、お菓子を作りたくて」
「まあ」
リリアは微笑んだが、すぐに困ったような顔になった。
「でも、ごめんなさい。厨房を使えるのは十二歳以上の子だけなの」
当然の規則だった。
火も刃物もある場所へ、七歳児と八歳児だけで入れてくれるはずがない。
普通に頼んだだけでは、まず許可は下りないだろう。
「そこを、何とか……」
オレはリリアの目を見つめる。
人間相の身体の奥で、第六真祖の力をほんのわずかに動かした。
「今回だけ、お願いできませんか?」
「…………」
リリアの瞳から、ふっと焦点が消える。
強制催眠の術式――ゲッシュ。
相手の意思へ干渉し、簡単な命令を受け入れさせる第六真祖の力である。
もちろん、大きな魔力は使っていない。
厨房を貸してもらうだけだ。
人生を左右するような命令でもなければ、後遺症も残らない。
だから問題ない。
たぶん。
「……そうね」
リリアは、夢でも見ているような表情で頷いた。
「今回だけなら、いいわ」
「ありがとうございます」
こうして、厨房の使用許可を得ることに成功した。
規則を守らせる立場の人間へ催眠をかけ、規則を曲げさせているので、厳密には許可と呼んでいいのか怪しい。
だが、承諾は承諾である。
この日はシスタークロエが孤児院を離れていたのも幸運だった。
多少の魔力を使ったところで、クロエ以外の人間がオレの正体へ気づく可能性は低い。
逆に言えば、あの人がいるところでは迂闊に力を使えない。
穏やかな笑顔でモーニングスターを振り回す相手に、正体を疑われたくはなかった。
「すげえな」
隠れて様子を見ていたアギトが、驚いた顔で近づいてきた。
「本当に貸してくれた。どんな魔法を使ったんだ?」
「さあ?」
オレは首を傾げる。
「私が可愛いからじゃない?」
「うわ。自分で言うかよ」
うるさい。
可愛いのは事実だろう。
水面で確認済みである。
「シスターリリア」
「なあに?」
「誰かが来たら、教えていただけますか? すぐに片づけますから」
「ええ。分かったわ」
催眠状態のリリアへ見張りを頼み、オレとアギトは厨房へ入った。
大きな作業台の上へ、持ち込んだ材料を並べる。
一週間かけて作った大量のパン粉。
少量のバター。
牛乳。
卵。
砂糖。
どれも、現在のトウキョウでは貴重な品だった。
「こんなに集めたのか?」
アギトが目を見開く。
「これ、全部リーシャが?」
「うん」
「どうやって?」
「市場で、余っているものはありませんかって聞いたら、分けてくれたの」
「へえ。親切な人もいるんだな」
「そうだね。大切に使わないと」
もちろん、これも大嘘だった。
正確には市場の商人へゲッシュを使い、少しずつ譲ってもらったのである。
物は言いようだ。
相手が自分の手で渡してくれた以上、強盗ではない。
同意が催眠によって作られたものだという点を除けば、実に平和的な取引だった。
催眠を使えば、小麦粉も簡単に調達できた。
だが、それでは一週間パンを我慢したアギトの努力が無駄になる。
今回の主役は、金を稼ぎたいアギトだ。
オレ一人の力で材料をすべて揃えてしまっては、こいつの仕事がなくなってしまう。
少しくらい花を持たせてやるとしよう。
「さて」
オレは袖をまくり、材料の前へ立った。
「時間もないし、始めようか」
「おう」
こうしてオレたちは、パンからクッキーを作るという、少々無謀な菓子作りを開始した。