【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。   作:サボテニウム

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第5話 クッキー⭐︎

 

 

 

「くっそー。どこも雇ってくれねえ」

 

 今日は日曜日。

 

 安息日なので、オレたち孤児も院内の仕事から解放されていた。

 

 掃除もない。

 

 洗濯もない。

 

 建物の修繕もない。

 

 自由である。

 

 もっとも、自由になったところで遊び道具も金もないため、結局は食堂で時間を潰すしかないのだが。

 

 いつものように、正体不明の穀物を煮込んだスープを食べていると、向かいに座っていたアギトが大きなため息をついた。

 

「やっぱり、俺たちくらいのガキじゃ雇ってくれねえな」

 

「そりゃそうでしょ」

 

 八歳児を積極的に雇いたがる職場があったら、それはそれで心配である。

 

「お金が必要なの? アギト」

 

「……まあな」

 

 アギトはどこか気まずそうに目を逸らし、小さく頷いた。

 

 何か欲しいものでもあるのだろうか。

 

 孤児院では衣食住が保障されている。

 

 食事の味と住環境の質については議論の余地があるものの、少なくとも飢え死にしたり、路上で眠ったりする必要はない。

 

 その代わり、孤児たちに小遣いは与えられなかった。

 

 何か必要なものがあればシスターへ相談する。

 

 それ以外のものが欲しければ、孤児院の外で働いて、自分で金を稼ぐしかない。

 

「シスタークロエに頼んでみたら?」

 

「嫌だ」

 

「お金は無理でも、本当に必要なものなら買ってくれるかもしれないよ」

 

「それじゃ意味ねえんだよ」

 

「どうして?」

 

「自分で手に入れねえと駄目なんだ」

 

「何それ。よく分かんない」

 

 アギトは何も答えなかった。

 

 頑固な顔でスープを飲んでいる。

 

 欲しいものがあるなら、買ってもらえばいい。

 

 結果だけを見れば同じだと思うのだが、本人にとっては違うらしい。

 

 八歳児のこだわりは、元社会人のオレにも理解できないことがある。

 

 オレは考えるのをやめ、皿の横に置かれたパンを口へ放り込んだ。

 

「…………」

 

 固い。

 

 ぼそぼそしている。

 

 味もほとんどない。

 

 水分を奪われすぎて、食べ物というより建築資材に近づいていた。

 

 相変わらず、すげえまずい。

 

 戦時中なので仕方がない。

 

 それは分かっている。

 

 だが、たまには甘くて美味しいものが食べたい。

 

(美味しいもの、か)

 

 オレは手元のパンを見下ろした。

 

 次に、金が必要だというアギトを見る。

 

 そして、近々孤児院で開かれるバザーのことを思い出した。

 

「アギト」

 

「何だよ」

 

「お金が欲しいなら、今度のバザーでクッキーを売ってみたら?」

 

「クッキー?」

 

 アギトが目を丸くした。

 

 すぐに、疑わしそうな表情へ変わる。

 

「無理だろ。俺たちが作ったクッキーなんて、誰が買うんだよ」

 

「美味しかったら買うでしょ」

 

「その材料がねえじゃん。小麦粉とか、砂糖とか……」

 

「あるじゃない」

 

 オレは手にしていたパンを、アギトの前へ差し出した。

 

「ここに」

 

「は?」

 

 アギトがパンを見る。

 

 次に、オレの顔を見る。

 

「それ、パンじゃん」

 

「はい。ここで、おバカなアギトくんに問題です」

 

「誰が馬鹿だ」

 

「パンは何からできているでしょうか?」

 

「……小麦粉」

 

「正解。では、クッキーは何からできているでしょうか?」

 

「えっと……」

 

 アギトが眉間にしわを寄せる。

 

 しばらく考えたあと、何かに気づいたように顔を上げた。

 

「小麦粉か」

 

「大正解」

 

 オレはパンを軽く振ってみせる。

 

「同じ小麦粉からできてるんだから、このパンを細かく砕けば、クッキーの材料にできると思わない?」

 

「……本当に?」

 

「たぶん」

 

「たぶんなのかよ」

 

 仕方がない。

 

 この世界へ転生する前も、オレは菓子職人ではなく、ただの会社員だったのだ。

 

 ただし、似たようなものを作った経験ならある。

 

 前世で大学生だったころ。

 

 財布の中身が限界を迎えたオレは、賞味期限の切れた食パンを細かく砕き、砂糖を混ぜて焼いたことがあった。

 

 クッキーと呼んでいいのかは怪しかったが、少なくとも飢えをしのぐことには成功した。

 

 あのときの経験を応用すれば、本物のクッキーは無理でも、クッキーに近い何かくらいは作れるはずだ。

 

 そして今のトウキョウには、甘いものへ飢えている人間が大勢いる。

 

 オレたちだけではない。

 

 砂糖どころか、まともな食事すら満足に得られない時代だ。

 

 少しくらい形が悪くても、甘い焼き菓子なら十分に売れる。

 

「というわけで」

 

 オレはアギトの皿から、まだ手をつけていないパンを取り上げた。

 

「今日からしばらく、パンを食べるのは禁止ね」

 

「はあ!?」

 

「クッキーを作るには、たくさん必要だから」

 

「だからって、なんで俺のパンまで!」

 

「お金、欲しくないの?」

 

「ぐっ……」

 

 アギトが言葉に詰まる。

 

 パンと金を天秤にかけ、しばらく苦悩する。

 

 やがて腹をくくったように、低い声で答えた。

 

「……分かったよ」

 

「よろしい」

 

「でも、ちゃんと売れるものを作れよ」

 

「任せなさい」

 

 こうしてオレたちは、食事に出されたパンを食べず、少しずつ手元へ残す生活を始めた。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 パン禁止令を出してから、一週間が過ぎた。

 

 途中で空腹に耐えられなくなり、アギトが挫折するのではないかと思っていた。

 

 しかし、よほど金が必要らしい。

 

 不平を漏らしながらも、アギトは一度もパンへ手をつけなかった。

 

 一日三個。

 

 それを七日分。

 

 さらにオレとアギトの二人分。

 

 七日掛ける三個、掛ける二人。

 

 合計四十二個。

 

 古くなったパンが、布袋の中へぎっしりと詰まっている。

 

 これだけあれば、クッキーもどきの材料としては十分だろう。

 

 なお、賞味期限という細かい話は考えないことにする。

 

 いまは戦時中。

 

 口へ入れて死なないものは、だいたい食べ物である。

 

 その日の深夜。

 

 ほかの孤児たちが寝静まったころを見計らい、オレとアギトは布団の中で作業を始めた。

 

 食堂から借りてきた鉄皿の上へ、乾燥したパンを載せる。

 

 借りた。

 

 誰の許可も得てはいないが、明日には返すので借りたことにしておく。

 

「細かくして」

 

「どのくらい?」

 

「できるだけ細かく」

 

 オレたちは音を立てないように注意しながら、パンを小さくちぎっていった。

 

 指先で潰し、さらに細かく砕く。

 

 長いあいだ乾燥していたおかげで、パンは面白いほど簡単に崩れた。

 

 やがて鉄皿の上に、薄茶色の粉が山のように積み上がった。

 

 小麦粉ではない。

 

 正確には、ただのパン粉である。

 

 だが、細かい名称にこだわっている余裕はない。

 

 粉なら大体同じだ。

 

 たぶん。

 

「これで本当にクッキーが作れるのか?」

 

 アギトが不安そうに尋ねる。

 

「もちろん」

 

 オレは胸を張った。

 

「リーシャお姉ちゃんに任せなさい」

 

「俺の方が年上なんだけど」

 

「細かいことは気にしないで」

 

「自分で言ったくせに……」

 

 アギトは納得していない様子だったが、それ以上は何も言わず、残りのパンを砕き始めた。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 翌日。

 

 孤児院での仕事を終えたあと、オレは厨房へ向かった。

 

「あら、リーシャ。どうしたの?」

 

 厨房の前にいたシスターリリアが、穏やかに尋ねる。

 

「あの、厨房をお借りしたいのですが」

 

「厨房を?」

 

「はい。少し、お菓子を作りたくて」

 

「まあ」

 

 リリアは微笑んだが、すぐに困ったような顔になった。

 

「でも、ごめんなさい。厨房を使えるのは十二歳以上の子だけなの」

 

 当然の規則だった。

 

 火も刃物もある場所へ、七歳児と八歳児だけで入れてくれるはずがない。

 

 普通に頼んだだけでは、まず許可は下りないだろう。

 

「そこを、何とか……」

 

 オレはリリアの目を見つめる。

 

 人間相の身体の奥で、第六真祖の力をほんのわずかに動かした。

 

「今回だけ、お願いできませんか?」

 

「…………」

 

 リリアの瞳から、ふっと焦点が消える。

 

 強制催眠の術式――ゲッシュ。

 

 相手の意思へ干渉し、簡単な命令を受け入れさせる第六真祖の力である。

 

 もちろん、大きな魔力は使っていない。

 

 厨房を貸してもらうだけだ。

 

 人生を左右するような命令でもなければ、後遺症も残らない。

 

 だから問題ない。

 

 たぶん。

 

「……そうね」

 

 リリアは、夢でも見ているような表情で頷いた。

 

「今回だけなら、いいわ」

 

「ありがとうございます」

 

 こうして、厨房の使用許可を得ることに成功した。

 

 規則を守らせる立場の人間へ催眠をかけ、規則を曲げさせているので、厳密には許可と呼んでいいのか怪しい。

 

 だが、承諾は承諾である。

 

 この日はシスタークロエが孤児院を離れていたのも幸運だった。

 

 多少の魔力を使ったところで、クロエ以外の人間がオレの正体へ気づく可能性は低い。

 

 逆に言えば、あの人がいるところでは迂闊に力を使えない。

 

 穏やかな笑顔でモーニングスターを振り回す相手に、正体を疑われたくはなかった。

 

「すげえな」

 

 隠れて様子を見ていたアギトが、驚いた顔で近づいてきた。

 

「本当に貸してくれた。どんな魔法を使ったんだ?」

 

「さあ?」

 

 オレは首を傾げる。

 

「私が可愛いからじゃない?」

 

「うわ。自分で言うかよ」

 

 うるさい。

 

 可愛いのは事実だろう。

 

 水面で確認済みである。

 

「シスターリリア」

 

「なあに?」

 

「誰かが来たら、教えていただけますか? すぐに片づけますから」

 

「ええ。分かったわ」

 

 催眠状態のリリアへ見張りを頼み、オレとアギトは厨房へ入った。

 

 大きな作業台の上へ、持ち込んだ材料を並べる。

 

 一週間かけて作った大量のパン粉。

 

 少量のバター。

 

 牛乳。

 

 卵。

 

 砂糖。

 

 どれも、現在のトウキョウでは貴重な品だった。

 

「こんなに集めたのか?」

 

 アギトが目を見開く。

 

「これ、全部リーシャが?」

 

「うん」

 

「どうやって?」

 

「市場で、余っているものはありませんかって聞いたら、分けてくれたの」

 

「へえ。親切な人もいるんだな」

 

「そうだね。大切に使わないと」

 

 もちろん、これも大嘘だった。

 

 正確には市場の商人へゲッシュを使い、少しずつ譲ってもらったのである。

 

 物は言いようだ。

 

 相手が自分の手で渡してくれた以上、強盗ではない。

 

 同意が催眠によって作られたものだという点を除けば、実に平和的な取引だった。

 

 催眠を使えば、小麦粉も簡単に調達できた。

 

 だが、それでは一週間パンを我慢したアギトの努力が無駄になる。

 

 今回の主役は、金を稼ぎたいアギトだ。

 

 オレ一人の力で材料をすべて揃えてしまっては、こいつの仕事がなくなってしまう。

 

 少しくらい花を持たせてやるとしよう。

 

「さて」

 

 オレは袖をまくり、材料の前へ立った。

 

「時間もないし、始めようか」

 

「おう」

 

 こうしてオレたちは、パンからクッキーを作るという、少々無謀な菓子作りを開始した。

 

 

 

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