【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。   作:サボテニウム

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第50話 七帝会談

 

 

 

 

 翌朝。

 

 ジーナではない宮廷使用人に髪を整えてもらいながら、オレは鏡の中の自分を眺めていた。

 

「もう少しだけ、こっちで」

 

「かしこまりました」

 

「うん。ありがとう」

 

 手際はいい。

 

 礼装にも髪にも、何の問題もない。

 

 机の端には、昨日買った胡桃と蜂蜜の焼き菓子が置かれている。

 

 一つは自分用。

 

 もう一つはジーナに渡すつもりだったもの。

 

(戻ってきたら渡せばいいか)

 

 今はそれより。

 

 七帝会談。

 

 昨日、街を歩いた時の服ではなく、ゲルマニア皇帝としての礼装。

 

 腰には魔剣ダインスレイヴ。

 

 鏡の中にいるのは、リーシャ・クーゲルシュタインではない。

 

 リリーシャ・フォン・ゲルマニア。

 

 第六真祖ベルゼブブ。

 

「…………」

 

 似合ってはいる。

 

 我ながら、かなり。

 

 でも。

 

(行きたくないなあ……)

 

 見た目と中身が一致していない。

 

 できることなら今日も川沿いを歩いて、適当にお菓子でも食べていたい。

 

 けど、そういうわけにはいかないのもわかっている。

 

「陛下。お時間にございます」

 

「はい。今行きます」

 

 返事をして立ち上がる。

 

 正午が近づいていた。

 

     ◇

 

 七帝会談が行われる一角へ近づくにつれ、人の姿が減っていった。

 

 派手な装飾も少ない。

 

 静かな廊下を、靴音だけが響く。

 

 オレの後ろにはヴァルターと、選抜された黒鷲の騎士たち。

 

 ……やがて。

 

 巨大な両開きの扉が見えてきた。

 

 その前で全員が止まる。

 

 ここから先へ入れるのは、真祖だけ。

 

 護衛も。

 

 補佐官も。

 

 侍従も。

 

 誰一人として入らない。

 

「陛下」

 

「うん」

 

 ヴァルターがオレを見る。

 

「…………」

 

「何?」

 

「御身を案じております」

 

「素直だね」

 

「隠す必要がございませんので」

 

 そう言われると困る。

 

「大丈夫だよ」

 

「存じております」

 

「じゃあ、その顔やめて」

 

「それとこれとは別にございます」

 

「別なんだ」

 

 腰のダインスレイヴへ触れる。

 

 ちゃんとある。

 

 当たり前だけど。

 

「では、行ってまいります」

 

 今度は少しだけ姿勢を正して言う。

 

 ヴァルターも背筋を伸ばした。

 

「御武運を、陛下」

 

「会議なんだけど」

 

「私には戦場と変わりませぬ」

 

「縁起でもないなあ……」

 

 小さく笑って。

 

 扉へ向き直る。

 

「ヤヴォール、マジェステート」

 

 背後から聞こえた。

 

 そして。

 

 扉が開いた。

 

     ◇

 

 最初に感じたのは、人の気配ではなかった。

 

「…………っ」

 

 濃い。

 

 空気そのものが濃い。

 

 呼吸はできる。

 

 苦しくもない。

 

 それなのに、吸い込んだ空気にまで何かが混ざっているような感覚がした。

 

 魔力だ。

 

 むせ返るほどの魔力が、部屋の中に満ちている。

 

 真祖が五人。

 

 ただそれだけで。

 

 普通の吸血鬼なら、この部屋に立っているだけでも相当きついんじゃないだろうか。

 

 オレ自身も真祖だから耐えられる。

 

 それでも身体は勝手に警戒した。

 

 無意識に、ダインスレイヴの柄へ指が触れる。

 

 一昨日見た闘技場でも、ここまで肌が緊張することはなかった。

 

 しかも。

 

 五つの巨大な魔力の中に、一つだけ明らかに威圧的なものがある。

 

 ぴり。

 

 肌が痺れた。

 

 敵意を向けられたわけではない。

 

 魔力を叩きつけられたわけでもない。

 

 ただそこに座っているだけ。

 

 それなのに、皮膚が警告している。

 

 第一の席。

 

 黄金の髪。

 

 赤い瞳。

 

 豪奢な衣装。

 

 椅子に腰掛けているだけなのに、そこだけが玉座に見えた。

 

 第一真祖ベリアル。

 

(……感じ悪い魔力だな)

 

 顔には出さない。

 

 第二の席には、褐色の肌を持つ男。

 

 黒い髪に、惜しげもなく使われた黄金の装飾。

 

 ベリアルとはまた違う方向で、全身から「王」と書いてあるような男だった。

 

 第二真祖アスタロス。

 

 第三の席にも、すでに真祖が座っている。

 

 第三真祖アスモデウス。

 

 こちらへ視線を向けても、何も言わない。

 

 第四の席だけが空いていた。

 

 第四真祖アラストル。

 

 明けの明星と八年間、戦争を続けている真祖。

 

 第五の席。

 

 銀の髪を持つ、美しい女。

 

 冷たい色合いの衣装に、隙のない姿勢。

 

 こちらを見ても、表情から何を考えているのかは読み取れない。

 

 第五真祖モロク。

 

 そして。

 

 第七。

 

「…………」

 

 金髪。

 

 見覚えしかない。

 

 昨日、一日中見ていた顔。

 

 市場を歩いて。

 

 検問から逃げて。

 

 一緒に音楽を聴いて。

 

 胡桃と蜂蜜のお菓子まで食べた。

 

 旅商人。

 

 リュシアン・フルーリー。

 

 その男が。

 

 何事もなかったみたいな顔で、第七の席に座って紅茶を飲んでいた。

 

「…………」

 

 目が合う。

 

 フルーリーさんが、いつも通りに笑った。

 

「おはよう、リーシャ」

 

「…………フルーリーさん?」

 

「うん」

 

 うん。

 

 ではない。

 

 第七の席。

 

 第七真祖。

 

 マモン。

 

(…………マモン!?)

 

 待て。

 

 昨日の。

 

 あの。

 

 怪しい旅商人が?

 

(怪しいとは思ってたよ!)

 

 ずっと思ってた。

 

 仕事を聞けば商人。

 

 何を売るのか聞けば色々。

 

 船まで扱う。

 

 国を行ったり来たりする。

 

 クレムリンに異様に詳しい。

 

 検問から逃げても全然焦らない。

 

 今日から仕事。

 

(全部本当じゃん……!)

 

 嘘をついていない。

 

 規模が違っただけだ。

 

「知己か、ベルゼブブ」

 

 ベリアルの声が飛んでくる。

 

「え」

 

 赤い瞳が、オレとフルーリーさんを交互に見た。

 

「昨日、少し一緒に街を歩いたんだ」

 

 答えたのはフルーリーさんだった。

 

「散歩だよ」

 

(検問突破もしたけどね!?)

 

 そこだけは黙っておこう。

 

 明けの明星の帝都で、第六真祖と第七真祖が揃って憲兵から逃げました。

 

 誰も得をしない情報だ。

 

「そうか」

 

 ベリアルはそれ以上興味を示さなかった。

 

「座れ、ベルゼブブ」

 

「はい」

 

 落ち着いて歩く。

 

 皇帝らしく。

 

 第六の席へ向かう。

 

 フルーリーさんの横を通る時、小声で言った。

 

「あとで話しましょうね」

 

「怒ってる?」

 

「怒ってません」

 

「それ、怒ってる時の言い方じゃない?」

 

「あとで」

 

「はい」

 

 妙に素直だった。

 

 席につく。

 

 ダインスレイヴを手の届くところへ置く。

 

 息を整える。

 

(フルーリーさんは後)

 

 今は。

 

 第六真祖として座る。

 

     ◇

 

「揃ったな」

 

 ベリアルが言った。

 

 第四の席だけが空いている。

 

「あれが来ぬことなど、最初から分かっていた」

 

 それだけ。

 

 誰も説明を求めない。

 

 円卓には、すでに資料が並べられていた。

 

 地図。

 

 戦線。

 

 物流。

 

 損耗。

 

 武器の一覧。

 

 ベリアルが、そのうち一枚へ指を置く。

 

「八年だ」

 

 短い。

 

「アルカディアは八年、我が前に立ち続けている」

 

 声を荒らげない。

 

 威圧もしない。

 

 でも、この場にいる全員が自分の話を聞くことを疑っていない声だった。

 

「よく耐えたものだね」

 

 フルーリーさんが言った。

 

「黙っていろ、マモン」

 

「褒めただけなのに」

 

「誰が貴様に感想を求めた」

 

「誰も」

 

「ならば口を閉じろ」

 

「はいはい」

 

 昨日と何も変わらない。

 

 ベリアルは相手にせず、資料をめくった。

 

「兵を削れば補充される。倉を焼けば、また物が入る。食料、弾薬、武器」

 

 次の紙。

 

「自前で賄っているものばかりではない」

 

「…………」

 

 装備の一覧へ目を落として。

 

 止まる。

 

 ゲルマニア製。

 

 一つではない。

 

 複数。

 

 しかも古い。

 

 今のゲルマニア軍が主力で使っている型ではない。

 

 型落ち。

 

 それでも間違いなく、うちの国で作られた武器だった。

 

「懐かしい刻印であろう、ベルゼブブ」

 

 ベリアルが言う。

 

「はい」

 

 誤魔化す意味はない。

 

「ゲルマニア製です」

 

「ほう」

 

「ただし旧式です。現在の正規軍で主力として運用しているものではありません」

 

 もう一度、資料を見る。

 

「私がアルカディアへの輸出を許可した事実もありません」

 

「そうであろうな」

 

 それだけ。

 

 責めるでもない。

 

 問い詰めるでもない。

 

 だからこそ。

 

(反応見られてるな、これ)

 

 たぶん。

 

「これだけの数がどうやって渡ったのかは、帰国後に調べます」

 

「よい」

 

「ただし」

 

 顔を上げる。

 

「ゲルマニア製の武器が使われていることと、現在のゲルマニアがアルカディアを支援していることは別です」

 

 堂々と。

 

 まっすぐ見つめて言う。

 

「その二つを同じものとして扱われるのであれば、私は同意できません」

 

 ベリアルの口元が僅かに上がる。

 

「安心せよ。我もそこまで愚かではない」

 

「でしたら結構です」

 

「口は回るようだな」

 

「必要なので」

 

「よい」

 

 何がいいのかは分からない。

 

 ……でも。

 

 たぶん、今の答えで問題はなかった。

 

「旧式であろうと、数が揃えば戦力にはなります」

 

 モロクが初めて口を開いた。

 

 資料を一枚めくる。

 

「問題は、その武器だけではないでしょう」

 

「続けよ」

 

「食料も。弾薬も。別系統の兵器も入っている。八年間、国が潰れない程度には」

 

 静かな声だった。

 

「アルカディアを落とすのであれば、まず外から入る物を絞る必要があります」

 

「その通りだ」

 

 ベリアルが頷く。

 

「公の交易。第三国を経た取引。迂回。密売。貴様らの領域を抜ける物まで、我一国で全て止められると思うほど、我は愚かではない」

 

 視線が円卓を巡る。

 

「故に、そこは貴様らにも働いてもらう」

 

「命令ですか?」

 

 モロクが聞く。

 

「取引だ」

 

 ベリアルは即答した。

 

「なら話は早いですね」

 

「見返りを求めるか」

 

「当然でしょう」

 

 モロクは淡々としている。

 

「あなたの八年戦争を、無償で支える理由はありません」

 

「よい。値を付けよ」

 

「後ほど」

 

「構わん」

 

 話が早い。

 

 この二人。

 

 たぶん昔からこういう話をしている。

 

「余は興味がない」

 

 第二の席から声がした。

 

 アスタロス。

 

 腕を組んだまま、当然のことを告げるように言う。

 

「物資の流れを洗いたいのであれば、貴様の国で好きにやれ」

 

「貴様の領域を抜ける荷まで我に追えと?」

 

「それこそ貴様の仕事であろう」

 

 ベリアルが笑った。

 

「そう言うと思っていたぞ、アスタロス」

 

「ならば、なぜ余を呼んだ」

 

「呼ばずとも来たであろう」

 

「ほう?」

 

「東方の話がしたいのであろう?」

 

「…………」

 

 アスタロスの目が少しだけ鋭くなった。

 

「よく分かっているではないか」

 

「貴様は分かりやすい」

 

「貴様にだけは言われたくないものだな」

 

 そこで初めて。

 

 アスタロス自身が口にした。

 

「極東での貴様の進み方は目に余る」

 

(中国か)

 

 なるほど。

 

 こいつら。

 

 あっちでも揉めてるらしい。

 

「ならば止めてみればよかろう」

 

 ベリアルは平然としている。

 

「余にそれを言うか」

 

「貴様ほどの男が誰に遠慮する」

 

「面白い」

 

 アスタロスの口元が上がる。

 

(仲悪いなあ)

 

 たぶん。

 

 ものすごく。

 

 でも、ただ喧嘩しているわけでもない。

 

「東方について話す席は設けよう」

 

 ベリアルが言った。

 

「その代わり、貴様の勢力圏を通る荷を洗え。アルカディアへ流れる物があるなら止めろ」

 

「余を使うか」

 

「貴様が欲している話に、値を付けただけだ」

 

「余がそれで動くと思うか?」

 

「動かぬなら、それでもよい。だが、それならば我も東方について譲る理由はない」

 

「ふは」

 

 アスタロスが声を上げて笑った。

 

「やはり気に入らぬな、ベリアル」

 

「奇遇だな。我もだ」

 

 ベリアルとアスタロス。

 

 二人の真祖が睨み合う。

 

 張り詰めた空気が室内に漂った。

 

「この紅茶、美味しいね」

 

「…………」

 

 一瞬。

 

 本当に一瞬。

 

 部屋が止まった。

 

(今!?)

 

 横を見る。

 

 フルーリーさんが普通に紅茶を飲んでいる。

 

 アスタロスがゆっくり顔を向けた。

 

「余の話を聞いていたか、マモン」

 

「聞いてるよ」

 

「ならば、なぜ今それを言う」

 

「美味しかったから」

 

「理由になっておらぬ」

 

「そうかな」

 

「痴れ者め」

 

 ベリアルが吐き捨てる。

 

「リーシャも飲んだ?」

 

「今、私に話しかけないでください」

 

「冷めるよ」

 

「後で飲みます」

 

「もったいないなあ」

 

「マモン」

 

 ベリアルの声が一段低くなる。

 

「黙れ」

 

「分かったよ」

 

 全然悪びれていない。

 

 第三真祖アスモデウスは、何も言わなかった。

 

 資料へ視線を落としたまま。

 

     ◇

 

「さて」

 

 ベリアルが指を組んだ。

 

「荷を絞るだけで戦が終わるなら、とうに終わっている」

 

 空気が少し変わる。

 

「次だ」

 

 地図の上。

 

「結論から言おう」

 

 アルカディアの戦線へ指が落ちた。

 

「我は、この戦を終わらせる」

 

 さっきまでより言葉が短い。

 

「そのために兵を動かす」

 

 赤い瞳が、円卓を見渡した。

 

「貴様らにも問うておこう」

 

 命令ではない。

 

 ……でも。

 

 軽い問いでもない。

 

「アルカディアへ兵を出す意思はあるか?」

 

 静かになった。

 

 ……なるほど。

 

 ここまでが前置きだったのか。

 

「条件次第です」

 

 最初に答えたのはモロクだった。

 

「ほう」

 

「戦後に何を得られるのか。その条件が明確なら、兵を出す余地はあります」

 

「よい」

 

 ベリアルは即答する。

 

「働いた分は取らせる」

 

「その言葉、覚えておきましょう」

 

「好きにせよ」

 

 モロクはそれ以上言わない。

 

 賛成。

 

 ……ただし。

 

 値段が合えば。

 

「アスタロス」

 

「余は出さん」

 

 即答だった。

 

「アルカディアは貴様の敵だ。余の敵ではない」

 

「向こうは貴様も敵と見ておろう」

 

「それがどうした」

 

 アスタロスは鼻で笑った。

 

「余が戦うと決めて初めて、余の敵となる」

 

 すごい理屈だ。

 

 でも。

 

 この男が言うと、本当にそういう気がしてくるから困る。

 

「東方の話をしてもか?」

 

「それとこれとは別だ」

 

「欲深いものだな」

 

「貴様に言われる筋合いはない」

 

 ベリアルは笑った。

 

 怒ってはいない。

 

 答えを確認した。

 

 そんな顔だった。

 

「ベルゼブブ」

 

 来た。

 

「はい」

 

「貴様は?」

 

 ヨコハマを出る前に決めてきた。

 

 戦争を増やさない。

 

 兵を簡単に貸さない。

 

 外地と海上航路を守る。

 

 ゲルマニアの民が食べられなくなる条件は飲まない。

 

「恐れながら、ゲルマニアから大規模な派兵はできません」

 

 柔らかく。

 

 でも、はっきり言う。

 

「理由は?」

 

「現在のゲルマニアは、本国と外地、それから海上航路の防衛を優先しています」

 

 台湾。

 

 マダガスカル。

 

 スリランカ。

 

 そこから続く輸送。

 

「あの航路を守る戦力を大きく動かせば、食料輸送へ影響が出ます」

 

「まだ出ておらぬ」

 

「出てからでは遅いので」

 

「慎重だな」

 

「はい」

 

 否定しない。

 

「私の民が食べられなくなる条件は、受けられません」

 

 そこは。

 

 譲れない。

 

「ただし、アルカディアで確認されたゲルマニア製装備については調査します。国内に流出経路が残っているなら止めます」

 

「兵は出さず、自らの穴は塞ぐか」

 

「はい」

 

「それが貴様の答えだな」

 

「はい」

 

 ベリアルがこちらを見る。

 

 赤い瞳。

 

 肌を刺すような魔力とは別に。

 

 見られているだけで、値踏みされている気がする。

 

 ……やがて。

 

「よい」

 

「ありがとうございます」

 

「礼を言うな。我が許したわけではない」

 

「では、言い直します」

 

「何だ」

 

「そうします」

 

「…………」

 

 ベリアルが一瞬だけ黙った。

 

「貴様、妙なところで先代に似ているな」

 

「そうですか?」

 

「褒めておらぬ」

 

「はい」

 

 よく分からない。

 

 でも。

 

 とりあえず派兵は断った。

 

「マモン」

 

「うん?」

 

「貴様は?」

 

 フルーリーさんがカップを置く。

 

 少し考えた。

 

「必要なら考えるよ」

 

「答えになっておらぬ」

 

「だから、考えるって答えだよ」

 

「今、兵を出す意思があるかと聞いている」

 

「今は決めないかな」

 

「ほう」

 

「輸送や物資なら協力できることもあると思う。でも兵まで出すかは、もう少し見たい」

 

「何をだ」

 

「色々」

 

「…………」

 

 怪しい。

 

 オレでも分かる。

 

 ベリアルも同じことを思ったらしい。

 

「貴様はいつもそれだな」

 

「便利なんだよ。色々って」

 

「我が最も嫌う答えだ」

 

「知ってる」

 

 フルーリーさんは笑った。

 

 ベリアルは笑わない。

 

 でも、追及もしなかった。

 

 ただ。

 

 ほんの少しだけ。

 

 他の時より長く、マモンを見ていた。

 

「アスモデウス」

 

 第三の席。

 

 しばらく沈黙が続く。

 

 やがて。

 

 アスモデウスが僅かに顔を上げた。

 

 それだけ。

 

 賛成なのか。

 

 反対なのか。

 

 何も分からない。

 

 ベリアルも追及しなかった。

 

「…………」

 

 モロクは条件付き。

 

 アスタロスは拒否。

 

 オレも拒否。

 

 フルーリーさんは逃げた。

 

 アスモデウスは何も見せない。

 

 それなのに。

 

 ベリアルは怒っていない。

 

「面白い」

 

 むしろ。

 

 少し楽しそうだった。

 

(……あ)

 

 なんとなく分かった。

 

 この人。

 

 全員が「はい」と言うなんて、最初から思ってなかったんだ。

 

 誰が乗るのか。

 

 誰が断るのか。

 

 誰が条件を出すのか。

 

 誰が曖昧に逃げるのか。

 

 誰が何も見せないのか。

 

 それを見ていた。

 

(……嫌な人だな)

 

 やっぱり。

 

 敵にはしたくない。

 

     ◇

 

 会談は、その後も続いた。

 

 一つの議題を話しているうちに、別の利害が出てくる。

 

 交易。

 

 国境。

 

 通行権。

 

 戦線。

 

 戦後。

 

 何か一つを動かそうとすると、別の何かも動く。

 

 全員、自分の国を持っている。

 

 全員、自分の都合がある。

 

 だから。

 

 簡単には決まらない。

 

「西方については?」

 

 モロクが聞いた。

 

「我が管理する」

 

 ベリアルが答える。

 

「パリも?」

 

「当然だ」

 

「そういえば、ベリアル」

 

 フルーリーさんが口を開いた。

 

 最初は。

 

 いつもと同じ声だと思った。

 

「パリの統治はどうだい?」

 

 でも。

 

 ベリアルが顔を上げる。

 

「……何が言いたい、マモン」

 

「いや」

 

 フルーリーさんが答えた。

 

「僕の故郷だからね」

 

「…………」

 

「単純に気になって」

 

 笑っていなかった。

 

(あれ)

 

 昨日一日、一緒にいたから。

 

 たぶん。

 

 それが分かった。

 

 声を荒げてもいない。

 

 魔力も出していない。

 

 それでも。

 

 さっきまで紅茶を褒めていた男とは、明らかに違う。

 

「問題なく治めている」

 

 ベリアルが言った。

 

「そう」

 

「まだ気にしているのか」

 

「約束は、約束だろう?」

 

「結果は変わらぬ」

 

「……そういう話じゃないよ」

 

 静かだった。

 

 アスタロスも。

 

 モロクも。

 

 口を挟まない。

 

 二人の間にだけある話なのだろう。

 

「我が必要と判断しなかった。それだけだ」

 

「そう」

 

「不満か」

 

「うん」

 

 即答だった。

 

 ベリアルの赤い瞳と。

 

 フルーリーさんの目が合う。

 

 どちらも逸らさない。

 

「僕はあの街が好きだからね」

 

「今は我が治めている」

 

「知ってるよ」

 

「ならばよい」

 

「ちゃんと治めてるなら、今はそれでいい」

 

「我に指図するな、マモン」

 

「してないよ」

 

「している」

 

「そう聞こえたなら、ごめん」

 

 全然反省していない。

 

 でも。

 

 ふざけてもいない。

 

 少しだけ沈黙が続いて。

 

 フルーリーさんがカップへ手を伸ばした。

 

「……まあ、問題ないならいいよ」

 

「最初からそう言っておる」

 

「うん」

 

 そこでようやく、いつもの顔に戻った。

 

「紅茶もまだ温かいし」

 

「貴様はそればかりだな」

 

「美味しいものは大事だよ」

 

「痴れ者め」

 

 オレは黙って二人を見る。

 

 昨日は。

 

 一緒に憲兵から逃げた。

 

 市場でくだらない話をして。

 

 音楽を聴いて。

 

 お菓子を食べた。

 

 でも今。

 

 第一真祖ベリアルを前にして。

 

 フルーリーさんは一歩も引かなかった。

 

(……そりゃ真祖だもんな)

 

 当たり前のことを。

 

 今さら思った。

 

     ◇

 

「今日はここまでとする」

 

 ベリアルがそう言った頃には、窓から入る光が少し傾いていた。

 

「異論は?」

 

 誰も口を開かない。

 

 だからといって。

 

 何もかも決まったわけじゃない。

 

 むしろ決まらなかったことの方が多い気さえする。

 

 それでも。

 

 来た時とは違う。

 

 誰が何を欲しがっているのか。

 

 誰が何なら動くのか。

 

 誰が何を嫌がるのか。

 

 少なくとも、それは見えた。

 

(これが七帝会談か……)

 

 誰か一人の命令で全部が決まる場所ではない。

 

 ここにいる全員が、自分の国を背負っている。

 

 だからこそ。

 

 ベリアルは命令するだけではなく、取引をする。

 

 相手が欲しがるものを見つける。

 

 条件を置く。

 

 反応を見る。

 

 そして少しずつ、自分の欲しい方へ動かしていく。

 

(……めちゃくちゃ面倒な相手だな)

 

 強いだけじゃない。

 

 ちゃんと皇帝だ。

 

「なお」

 

 ベリアルが続けた。

 

(まだあるの?)

 

「今宵、宴を用意してある」

 

 宴。

 

「我が帝都まで足を運んだのだ。食事くらいはして帰れ」

 

 アスタロスは特に反応しない。

 

 モロクも。

 

 アスモデウスも黙ったまま。

 

 フルーリーさんだけが、手元のカップを一度見た。

 

 何も言わない。

 

「以上だ」

 

 ベリアルが立ち上がる。

 

 それで。

 

 本当に会談は終わった。

 

「…………」

 

 肩から力が抜ける。

 

(疲れた……)

 

 ヴァルター。

 

 お前が正しかったよ。

 

 これ、普通に戦いだわ。

 

 ダインスレイヴを持って立ち上がる。

 

 今夜は晩餐。

 

 それまで少しだけ。

 

 頭を休ませたかった。

 

 

 

 

 

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主人公に全てを託して死ぬタイプのヒロインにTS転生したっぽいし、きっちり役割を果たすぞ!(作者:匿名退場予定)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

いい感じのところで主人公に未来を託して死ぬヒロインにTSしちゃった▼でも、原作再現とかできるなら楽しくね?▼だから死ぬまでの余生を楽しむぞ!▼……なんかいきなり主人公くんと仲がいい状態から物語がスタートしちゃったけど、まあいっか▼そんな話


総合評価:1103/評価:8.61/連載:12話/更新日時:2026年10月02日(金) 07:03 小説情報

居場所をなくしたTS聖女は魔法少女と出会う(作者:綺羅星瑠奈)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

世界統治の為、象徴として利用されたTS転生聖女のルナ。▼かつての仲間だった魔法使いによって前世の現代日本に転移する。▼しかしそこは魔法少女がいる世界だった。▼前世の妹にも信じてもらえず、死んだ方が楽なのではないか思っていたところで、死にかけの魔法少女に出会う。▼異世界でも現代でも居場所をなくしたサポート特化のTS聖女と困っている人を見捨てられない近接特化魔法…


総合評価:1597/評価:8.44/連載:32話/更新日時:2026年09月30日(水) 07:30 小説情報

人権ヒーラー(︎︎♀)に転生おじさん(作者:春に木漏れ日)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

超絶美麗グラフィックオープンRPG『冥魂』────。▼ ▼ リリース当初はそのゲームシステムや初期ストーリーのモッサリとした展開具合にユーザー離れも酷かったが、しかしVer6.4まで経てかなり評価を覆したこの作品。▼ ……の、周年限定的なガチャでしか手に入らない人権ヒーラー(♀)に転生したおっさんプレイヤー(♂)が原作を破壊したりしなかったり、厄ネタ(主人公…


総合評価:1949/評価:7.77/連載:34話/更新日時:2026年10月02日(金) 01:12 小説情報

ニチアサ系で禁断の『主人公勢洗脳闇堕ち全滅エンド』を目指したい(作者:匿名希望)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

ニチアサ系変身ヒロインアニメの世界に、主人公の双子の姉としてTS転生した朝霧夕陽(あさぎりゆうひ)。原作主人公勢の活躍を特等席で見ることができる! と喜んでいたのだが――悪の組織に勧誘(洗脳)されて、理性のブレーキがぶっ壊されてしまう(なお、洗脳自体はすぐに自力で解除した模様)。▼「見守りたい」という純粋な想いは歪んでいった。▼これは禁忌とされるバッドエンド…


総合評価:2614/評価:8.3/連載:18話/更新日時:2026年09月24日(木) 07:05 小説情報

TSした俺と交友関係NTRアンハッピーセットを食らって女性不信拗らせた親友(作者:北京院)(オリジナル:現代/恋愛)

幼馴染の親友に彼女ができたので最近はあまり遊んでいなかった。▼久々に顔を見た親友は死にそうな顔をしていたものだから、詳しく聞くと彼女と先輩と後輩を寝取られたんだという。▼もう女なんてこりごりだぜ、と強がるけれど死にそうな顔をしているので少々優しくしてやることにした。久々に泊まり込みでゲームをするのは楽しかったし少しは元気が出たようで安心した。▼――で、翌朝起…


総合評価:3365/評価:8.58/連載:24話/更新日時:2026年10月01日(木) 20:10 小説情報


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