エロゲのヒロインに転生したんだが、もうオレは限界かもしれない。   作:サボテニウム

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第6話

 

 

 

「焼けたかな?」

 

 パンを細かく砕いた粉に砂糖と牛乳、卵とバターを混ぜてクッキーの生地をつくった。それを1時間ほど冷蔵庫で寝かせたあとに薪火を燃やしたピザ窯に入れて10分ほど。甘くてどこか香ばしい匂いが厨房に広がると、オレは窯の扉を開いて中のクッキーを取り出した。

 

 熱々の鉄プレートの上には、アギトが頑張って型をとった星型やハート形のクッキーが所せましと並べられており、見たところは焦げもほとんどなく本物のクッキーのようだった。

 

 あのクソまずいパンで作った割には上出来な見栄えだ。

 

「アギト食べてみる?」

「いいのか?」

「もちろん」

「じゃ、じゃあ遠慮なく……」

 

 熱々のクッキーをおそるおそる口元に運ぶアギト。

 

 サクッとした快音とともにアギトの表情が明るくなる。

 

「う、うまいなこれ!」

 

 アギトの反応から察するに、どうやらクッキーづくりは無事に成功したようだった。

 オレも一番見栄えの悪いクッキーをひょいと手に取ると口の中に放り込む。

 

 もぐもぐと味を確かめてみると、前世で買った専門店のクッキーなどには遠く及ばないが、素人が作った割にはそこそこの味だった。これなら及第点。バザーで売る分にはこれでも十分だろう。

 

 焼きあがったクッキーを数えると98枚。

 

 5枚入りのクッキーを適正価格の1袋2000円ほどで売るとして、19袋×2000円より、約38000円ほどのお金に換算できる計算だ。この数値だけみると前世の感覚からしたらそこそこの大金に感じるかもしれないが、この世界は物資不足による超インフレが進んでいるため、もとの世界の10円が100円ほどのレートである。

 

 つまり前世基準だと、10分の1の3800円がこのクッキーを売った総額になりそうだ。

 

 ちょっとしたものなら買えるが高いものは買えないという微妙な金額。

 

 アギトの欲しいもの次第だが、もしかしたらこれだけじゃお金足りないかもな。

 

「ねえアギト。アギトはなにが欲しいの?」

「そ、そんなのリーシャに関係ないだろ」

「ここまで手伝ってあげたんだから教えてくれてもいいじゃん」

「だめだ。絶対ダメ。特にお前だけには絶対教えない」

「ちぇ、けちだなあ」

 

 こいつ……第6真祖のオレ様にここまで手伝わせておいて教えないときたか。

 

 なんちゅうクソガキだ。

 

 こいついつかぜってーボコしたる。

 

 ちなみに。

 原作通りに進めばボコられるのはお前だとかいう野暮な突っ込みはなしだぜ☆

 

「そんなことよりこのままじゃ売れないからさ」

「あーはいはい。ラッピングね」

 

 オレがクッキーを割れないように5枚づつ丁寧に入れて、綺麗にラッピングした袋を手渡すと、アギトはそれらをまるで宝物でも受け取ったかのように大切に抱きしめた。

 

「リーシャ。えっと、その、……ありがとな」

「どういたしまして」

 

 オレがそう言うとアギトはどこか照れくさそうにへへっと鼻をさする。

 

 バザーは手伝わなくても大丈夫だとアギトが言っていたので、この件に関してもはやオレがアギトに何かしてやれるようなことは何もない。あとはこいつが、今日焼いたクッキーを上手く売りきることを祈るとしようか。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 アギトとのクッキー作りから2か月が過ぎて11月上旬。

 

 その日、孤児院での仕事をいつもより早く終えたオレは、一人でトウキョウエリアの最南端である多摩川の付近に足を運んでいた。周囲には数10キロメートルにも及ぶ銀の十字架の列が並べられており、吸血鬼の進入を拒む結界が張られている。

 

 この結界を越えて川を渡れば旧ヨコハマエリアだ。

 

 オレが第6真祖の力を解放すればこの結界を壊して向こうに渡ることも可能だが、特にその必要もないので結界の横をひょいと素通りする。

 

 川沿いに立てられた十字架のひとつに触れてみると、その瞬間バチバチとした電撃が体内に走り、わずかながらの痛みを感じた。焼け焦げた指先が、しゅわしゅわと白い煙を立てながら修復されていく様子を見て小さくため息をついた。

 

 ……なるほど。

 

 さすがに国境付近ということもあってか、討魔師どもも良い銀を使っているらしい。

 

 絶対に外敵を寄せ付けないという強い意志が、結界に込められた魔力からありありと読み取れた。

 

 この数日間、どうやってこのトウキョウエリアを征服するか考えていたオレであったが、いっこうに答えが出なかったため、こうして国境付近までわざわざやってきたのだが……。

 

 ……うん。力業(ちからわざ)以外に何も思いつかん。

 

「はぁ……」

 

 二度目のため息はさっきより大きかった。

 

 先日、バフォメットの寄こしてきた使い魔からの情報で「第一真祖の軍によってパリが落ちた」ということを知らされたオレは、内心少し焦っていた。

 

 この世界は、それぞれの真祖が支配する領域──七つの帝国(セブンスエンパイア)によって領土が分割されている。

 

 そして、その中の帝国の一つである第一真祖ベリアルの率いる「明けの明星」が、人類側の最大防衛拠点の一つであるパリを陥落させたというのだ。

 

 これは原作でもあった展開ではあるのだが、確かアギトが10歳になってから起きていた出来事のはず。たかが2年ほどのズレだが、歴史の針が原作から少しずつずれてきているような気がしてどうしても気になっていた。

 

 オレことリーシャ=クーゲルシュタイン(吸血鬼名ベルゼブブ)は、目的を達成するためには人間の殺害という行為自体は躊躇わないものの、己の快楽のために人を殺すことはなかったという設定だった。しかし同じ真祖でもベリアルは違う。やつは人間を嬲り、痛めつけ、殺すこと自体に楽しみを見出している完全な異常者である。

 

 もしベリアルのやつにこのトウキョウエリアが征服されたら、アギトを含めてすべての人間がなぶり殺しにあうのは間違いない。オレが第四真祖の力を奪うまではアギトには生きていてもらわねば困るので、ベリアルによるトウキョウ征服だけはなんとしても避けたかった。

 

 可能性こそ低いだろうが、原作とは異なった行動を取ったベリアルが、このトウキョウに進軍してくる可能性もなくはないため、オレはやつよりも早くここを征服して自分の帝国内に組み入れることも視野に入れていた。

 

 しかし、上手くここを征服する方法が全く浮かばず困っているのである。

 

 もちろんヨコハマのときのようにオレが直接この聖域を壊して配下の吸血鬼の大軍勢を引き入れるという方法はあるのだが、それではお互い犠牲が多すぎるしな……。両軍が弱ったところを仲良く一緒にベリアルに滅ぼされるという展開も十分ありうるため迂闊なことはできなかった。

 

 悔しいが、おそらく今のオレは個としても国としても真祖の中では最弱だ。

 

 もしベリアルと戦争になったら、絶対に勝てない。

 

 つまり、ベリアルにトウキョウを先に征服されたら最後。

 

 もう取り返すことはできないのだ。

 

 その事実を前にして途方もない無力感がわいてくる。

 

「あー……、くそったれ」

 

 オレはその辺にあった石を拾って川に投げた。

 

 ぽちゃんと大きな音をたてて川底に石が沈んでいく。

 

 一度沈んだ石は、二度と水面にあがってるくことはなかった。

 

 

 

 

 

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