【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。 作:サボテニウム
季節は巡り、十二月になった。
その日の朝。
珍しく孤児院へ新しい子供が来るということで、オレたちは講堂へ集められていた。
別に聞きたいと頼んだ覚えもない新人の自己紹介を聞くため、眠い目をこすりながら列へ並ぶ。
「ふぁ……」
大きなあくびが漏れた。
最近のオレは、夜になると孤児院を抜け出し、あれこれと工作活動に勤しんでいる。
本来、吸血鬼は人間ほど長い睡眠を必要としない。
とはいえ、まったく眠らなくていいわけでもなかった。一日に二、三時間程度は眠らなければ、さすがに身体も頭も鈍くなる。
連日の徹夜は、真祖の身体にもそれなりに厳しいらしい。
具体的に、夜な夜な何をしているのかって?
それは秘密だよ☆
「初めまして」
講堂の前方に立った少年が、淡々と口を開いた。
「僕は氷室隗。今日からしばらく、ここで暮らすことになった。よろしく」
それだけ言うと、少年は口を閉じた。
銀灰色の髪。
透き通るような白い肌。
整いすぎて、どこか人形めいて見える顔立ち。
身につけている服も、オレたちへ支給された古着とは明らかに質が違う。
見るからに、いいところの坊ちゃんだった。
ぶっきらぼうな自己紹介を聞いた瞬間、眠気が吹き飛ぶ。
氷室隗。
オレは、この少年を知っている。
『憤怒の吸血鬼』の学園編で、アギトの仲間として登場する主要人物の一人だ。
異名は、氷の王子。
優れた氷結魔術の使い手で、他人と必要以上に関わろうとしない、無口で気難しい美少年。
そんな設定だったはずだ。
学園編では、リーシャとアギトを含めた三人で討伐隊を組むことになる。
そして物語の中盤。
カイは誰よりも早く、リーシャが蠅の王であることへ辿り着く。
だが、その事実をアギトへ伝える前に、何者かの手によって殺されてしまう。
犯人が誰なのか、原作では最後まで明言されていなかった。
とはいえ、正体を知られた側の人間を一人挙げろと言われれば、候補はかなり限られる。
(やっぱり、リーシャが殺したのかな……)
立場を考えれば、その可能性は高い。
つまり、目の前のこいつは、将来オレに殺されるかもしれない少年ということになる。
少しだけ罪悪感が湧いた。
まだ何もしていない相手に罪悪感を覚えるのもおかしな話だが、未来の殺人容疑者がオレなのだから仕方がない。
しかし、それより気になることがある。
(こいつが孤児院へ来るの、早くないか?)
設定資料集では、アギトとリーシャがカイと知り合うのは、十歳のころだったはずだ。
今月の二十四日で、オレはようやく八歳になる。
本来より二年以上も早い。
「カイくん」
カイのあまりに簡素な自己紹介を聞き、シスターリリアが困ったように微笑んだ。
「好きなことや、皆さんと一緒にやってみたいことはありませんか?」
カイは小さく息を吐いた。
「ありません」
「そうですか?」
「父さんは生きています」
静かな声だった。
それでも、その言葉だけは、先ほどよりわずかに強い。
「僕がここにいるのは、父さんが帰ってくるまでの間だけです。皆と仲良くなる必要はありません」
カイはそう言うと、自分の袖を強くつかんだ。
「ああ……」
その仕草を見て、原作の設定を思い出す。
カイの父親は、人類側の最高戦力である十三戦鬼の一人だ。
母親はもともとおらず、父親と二人で暮らしていた。
だが、その父親はフランスへ援軍として派遣され、パリの陥落後に消息を絶つ。
身寄りをなくしたカイは、一時的にこの孤児院へ預けられることになった。
そういう過去だったはずだ。
(なるほど)
パリが原作より二年早く陥落した。
その結果、カイの父親が行方不明になる時期も早まり、こいつが孤児院へ来る時期まで前倒しになったわけか。
歴史がずれれば、当然、その出来事に巻き込まれる人間の人生もずれる。
理解はできた。
納得したくはないが。
「なあ、リーシャ」
隣に並んでいたアギトが、声を潜めて話しかけてきた。
「あいつ、生意気じゃねえか?」
「そう?」
オレは前に立つカイを見る。
「アギトほどじゃないと思うけど」
「なんだよ。あいつの味方すんのかよ」
「別に、そういうわけじゃないよ」
「あー、はいはい。女は顔のいい男が好きだもんな」
アギトが不満そうにそっぽを向いた。
「何それ」
「別に」
「拗ねないでよ。面倒くさい」
「ば、ばっか! 拗ねてねえよ!」
アギトが耳元で声を上げる。
ただでさえ寝不足なのだ。
大声は頭に響く。
「耳元で叫ばないで」
「アギト。リーシャ」
柔らかい声で名前を呼ばれた。
二人そろって前を向く。
シスターリリアと目が合った。
笑顔ではある。
ただし、眉がわずかに引きつっている。
普段は温厚な彼女も、自己紹介の最中にひそひそ話を続ける子供へ、慈愛だけを向けるほど聖人ではなかったらしい。
「随分と楽しそうですね」
「すみません」
オレは素直に頭を下げた。
アギトも何か言おうとしたが、リリアはそれより先に言葉を続ける。
「それほどカイくんのことが気になるのなら、この子のお世話は二人にお願いしましょうか」
「え?」
「ちょうど三人とも同じくらいの年齢ですものね」
リリアは名案を思いついたとばかりに、何度も頷いた。
「孤児院の中を案内してあげてください」
「「は?」」
オレとアギトの声が重なる。
こちらの都合を確認する工程は、最初から用意されていなかったらしい。
カイの自己紹介が終わると、ほかの孤児たちは今日の仕事へ向かい、次々と講堂から出ていった。
その場へ残されたのは、オレとアギト。
そしてカイの三人だけ。
どうやら本当に、孤児院の案内役を任されたらしい。
(だるい……)
本日最大級のため息を、心の中だけで吐いた。
「うわ、このロボット野郎を案内すんのかよ」
アギトが露骨に嫌そうな顔をする。
「ついてねえな」
「こら、アギト」
オレはその頭を軽く小突いた。
「いてっ。何すんだよ」
「失礼でしょ」
ロボットという表現自体は、わりと言い得て妙だった。
表情はほとんど動かない。
声にも抑揚がない。
話しかけられれば答えるが、それ以上の会話は拒絶する。
人間よりも、必要最低限の応答だけを行う機械に近い。
とはいえ、本人を前にして口にすることではない。
確かに、アギトとは別方向で腹の立つ子供ではある。
だが、父親が消息を絶ち、慣れない孤児院へ預けられたばかりなのだ。
少しくらい態度が悪くても、大目に見てやるべきだろう。
ここは慈愛の心を持って接してやるとしよう。
顔だけ見れば、女の子と間違えそうなほど可愛いし。
話してみれば、意外といいやつかもしれない。
相手のことをよく知りもしないうちから嫌うのは、よくないことだ。
「よろしくね、カイ」
オレは気を取り直し、笑顔で手を差し出した。
「私はリーシャ。さっき聞いたと思うけど、私たち同い年なの」
カイは差し出した手を見下ろす。
「分からないことや、困ったことがあったら――」
「興味ない」
「え?」
「君たちのことなんか、どうでもいい」
カイはオレの手を取らなかった。
「父さんが戻ってきたら、僕はここを出ていく。それまでの短い間しか一緒にいない相手の名前を覚えても、意味がない」
「そ、そう……」
「お互いに、その方が楽だろ」
前言撤回。
やっぱり、こいつ嫌いだ。