【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。   作:サボテニウム

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第7話 氷の王子

 

 

 

 季節は巡り、十二月になった。

 

 その日の朝。

 

 珍しく孤児院へ新しい子供が来るということで、オレたちは講堂へ集められていた。

 

 別に聞きたいと頼んだ覚えもない新人の自己紹介を聞くため、眠い目をこすりながら列へ並ぶ。

 

「ふぁ……」

 

 大きなあくびが漏れた。

 

 最近のオレは、夜になると孤児院を抜け出し、あれこれと工作活動に勤しんでいる。

 

 本来、吸血鬼は人間ほど長い睡眠を必要としない。

 

 とはいえ、まったく眠らなくていいわけでもなかった。一日に二、三時間程度は眠らなければ、さすがに身体も頭も鈍くなる。

 

 連日の徹夜は、真祖の身体にもそれなりに厳しいらしい。

 

 具体的に、夜な夜な何をしているのかって?

 

 それは秘密だよ☆

 

「初めまして」

 

 講堂の前方に立った少年が、淡々と口を開いた。

 

「僕は氷室隗。今日からしばらく、ここで暮らすことになった。よろしく」

 

 それだけ言うと、少年は口を閉じた。

 

 銀灰色の髪。

 

 透き通るような白い肌。

 

 整いすぎて、どこか人形めいて見える顔立ち。

 

 身につけている服も、オレたちへ支給された古着とは明らかに質が違う。

 

 見るからに、いいところの坊ちゃんだった。

 

 ぶっきらぼうな自己紹介を聞いた瞬間、眠気が吹き飛ぶ。

 

 氷室隗。

 

 オレは、この少年を知っている。

 

『憤怒の吸血鬼』の学園編で、アギトの仲間として登場する主要人物の一人だ。

 

 異名は、氷の王子。

 

 優れた氷結魔術の使い手で、他人と必要以上に関わろうとしない、無口で気難しい美少年。

 

 そんな設定だったはずだ。

 

 学園編では、リーシャとアギトを含めた三人で討伐隊を組むことになる。

 

 そして物語の中盤。

 

 カイは誰よりも早く、リーシャが蠅の王であることへ辿り着く。

 

 だが、その事実をアギトへ伝える前に、何者かの手によって殺されてしまう。

 

 犯人が誰なのか、原作では最後まで明言されていなかった。

 

 とはいえ、正体を知られた側の人間を一人挙げろと言われれば、候補はかなり限られる。

 

(やっぱり、リーシャが殺したのかな……)

 

 立場を考えれば、その可能性は高い。

 

 つまり、目の前のこいつは、将来オレに殺されるかもしれない少年ということになる。

 

 少しだけ罪悪感が湧いた。

 

 まだ何もしていない相手に罪悪感を覚えるのもおかしな話だが、未来の殺人容疑者がオレなのだから仕方がない。

 

 しかし、それより気になることがある。

 

(こいつが孤児院へ来るの、早くないか?)

 

 設定資料集では、アギトとリーシャがカイと知り合うのは、十歳のころだったはずだ。

 

 今月の二十四日で、オレはようやく八歳になる。

 

 本来より二年以上も早い。

 

「カイくん」

 

 カイのあまりに簡素な自己紹介を聞き、シスターリリアが困ったように微笑んだ。

 

「好きなことや、皆さんと一緒にやってみたいことはありませんか?」

 

 カイは小さく息を吐いた。

 

「ありません」

 

「そうですか?」

 

「父さんは生きています」

 

 静かな声だった。

 

 それでも、その言葉だけは、先ほどよりわずかに強い。

 

「僕がここにいるのは、父さんが帰ってくるまでの間だけです。皆と仲良くなる必要はありません」

 

 カイはそう言うと、自分の袖を強くつかんだ。

 

「ああ……」

 

 その仕草を見て、原作の設定を思い出す。

 

 カイの父親は、人類側の最高戦力である十三戦鬼の一人だ。

 

 母親はもともとおらず、父親と二人で暮らしていた。

 

 だが、その父親はフランスへ援軍として派遣され、パリの陥落後に消息を絶つ。

 

 身寄りをなくしたカイは、一時的にこの孤児院へ預けられることになった。

 

 そういう過去だったはずだ。

 

(なるほど)

 

 パリが原作より二年早く陥落した。

 

 その結果、カイの父親が行方不明になる時期も早まり、こいつが孤児院へ来る時期まで前倒しになったわけか。

 

 歴史がずれれば、当然、その出来事に巻き込まれる人間の人生もずれる。

 

 理解はできた。

 

 納得したくはないが。

 

「なあ、リーシャ」

 

 隣に並んでいたアギトが、声を潜めて話しかけてきた。

 

「あいつ、生意気じゃねえか?」

 

「そう?」

 

 オレは前に立つカイを見る。

 

「アギトほどじゃないと思うけど」

 

「なんだよ。あいつの味方すんのかよ」

 

「別に、そういうわけじゃないよ」

 

「あー、はいはい。女は顔のいい男が好きだもんな」

 

 アギトが不満そうにそっぽを向いた。

 

「何それ」

 

「別に」

 

「拗ねないでよ。面倒くさい」

 

「ば、ばっか! 拗ねてねえよ!」

 

 アギトが耳元で声を上げる。

 

 ただでさえ寝不足なのだ。

 

 大声は頭に響く。

 

「耳元で叫ばないで」

 

「アギト。リーシャ」

 

 柔らかい声で名前を呼ばれた。

 

 二人そろって前を向く。

 

 シスターリリアと目が合った。

 

 笑顔ではある。

 

 ただし、眉がわずかに引きつっている。

 

 普段は温厚な彼女も、自己紹介の最中にひそひそ話を続ける子供へ、慈愛だけを向けるほど聖人ではなかったらしい。

 

「随分と楽しそうですね」

 

「すみません」

 

 オレは素直に頭を下げた。

 

 アギトも何か言おうとしたが、リリアはそれより先に言葉を続ける。

 

「それほどカイくんのことが気になるのなら、この子のお世話は二人にお願いしましょうか」

 

「え?」

 

「ちょうど三人とも同じくらいの年齢ですものね」

 

 リリアは名案を思いついたとばかりに、何度も頷いた。

 

「孤児院の中を案内してあげてください」

 

「「は?」」

 

 オレとアギトの声が重なる。

 

 こちらの都合を確認する工程は、最初から用意されていなかったらしい。

 

 カイの自己紹介が終わると、ほかの孤児たちは今日の仕事へ向かい、次々と講堂から出ていった。

 

 その場へ残されたのは、オレとアギト。

 

 そしてカイの三人だけ。

 

 どうやら本当に、孤児院の案内役を任されたらしい。

 

(だるい……)

 

 本日最大級のため息を、心の中だけで吐いた。

 

「うわ、このロボット野郎を案内すんのかよ」

 

 アギトが露骨に嫌そうな顔をする。

 

「ついてねえな」

 

「こら、アギト」

 

 オレはその頭を軽く小突いた。

 

「いてっ。何すんだよ」

 

「失礼でしょ」

 

 ロボットという表現自体は、わりと言い得て妙だった。

 

 表情はほとんど動かない。

 

 声にも抑揚がない。

 

 話しかけられれば答えるが、それ以上の会話は拒絶する。

 

 人間よりも、必要最低限の応答だけを行う機械に近い。

 

 とはいえ、本人を前にして口にすることではない。

 

 確かに、アギトとは別方向で腹の立つ子供ではある。

 

 だが、父親が消息を絶ち、慣れない孤児院へ預けられたばかりなのだ。

 

 少しくらい態度が悪くても、大目に見てやるべきだろう。

 

 ここは慈愛の心を持って接してやるとしよう。

 

 顔だけ見れば、女の子と間違えそうなほど可愛いし。

 

 話してみれば、意外といいやつかもしれない。

 

 相手のことをよく知りもしないうちから嫌うのは、よくないことだ。

 

「よろしくね、カイ」

 

 オレは気を取り直し、笑顔で手を差し出した。

 

「私はリーシャ。さっき聞いたと思うけど、私たち同い年なの」

 

 カイは差し出した手を見下ろす。

 

「分からないことや、困ったことがあったら――」

 

「興味ない」

 

「え?」

 

「君たちのことなんか、どうでもいい」

 

 カイはオレの手を取らなかった。

 

「父さんが戻ってきたら、僕はここを出ていく。それまでの短い間しか一緒にいない相手の名前を覚えても、意味がない」

 

「そ、そう……」

 

「お互いに、その方が楽だろ」

 

 前言撤回。

 

 やっぱり、こいつ嫌いだ。

 

 

 

 

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