【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。 作:サボテニウム
オレとアギトは、転入してきたばかりのカイを連れ、孤児院の中を案内することになった。
まずは食堂。
「ここが食堂だよ。朝は九時、昼は十二時、夜は六時に食事が出るから、遅れないようにね」
オレが説明すると、カイは食堂内を見回した。
傷だらけの長机。
脚の長さが微妙に違う椅子。
何度拭いても消えない床の染み。
改めて眺めると、あまり胸を張れる内装ではない。
「ずいぶん汚れてるね」
「あ、あはは……」
「衛生面は大丈夫なの?」
「たぶん」
「たぶんなんだ」
仕方がないだろう。
孤児院の衛生管理責任者はオレではない。
もっとも、その辺の床へ落としたパンでも三秒以内なら食べ物として認められる環境なので、あまり深く考えない方が幸せではある。
「次に行こう」
「うん……」
続いて中庭。
「ここが中庭。仕事が終わった子は、いつもここで遊んでるよ」
広場では年少の子供たちが、ぼろ布を丸めて作った球を蹴っていた。
「サッカーとか、縄跳びとか。向こうには鉄棒もあるよ。カイは運動、好き?」
「別に」
カイは遊んでいる子供たちへ一度だけ目を向けた。
「早く次に行こう」
「……分かった」
お次は洗濯場。
「ここが洗濯場ね。朝の班分けで洗濯係になった子は、ここで皆の服を洗うの」
井戸の横には、大きな桶がいくつも並んでいる。
「水を汲み上げるところから始めるから、結構大変なんだよ」
「使用人はいないの?」
「…………」
アギトの眉がぴくりと動いた。
「いないよ」
「そう」
カイは、さも当然の疑問を尋ねただけという顔をしている。
「何でも自分たちでやるんだね。大変そうだ」
「カイも今日からやるんだけどね」
「僕も?」
「どうして自分だけ対象外だと思ったの?」
いいところの坊ちゃんという第一印象は、どうやら正しかったらしい。
悪気があるのか、単に世間知らずなのか。
現時点では判断が難しい。
最後は寝室だった。
オレたちがこれまで使っていた部屋の戸を開ける。
「ここが寝室。いつもは六人くらいで布団を敷いて寝てるよ」
カイは部屋の中を無言で眺めた。
畳の擦り切れた床。
壁際へ積まれた布団。
ひびの入った窓。
「寝室?」
「そうだよ」
「物置かと思った」
「…………」
「なあ、リーシャ」
それまで黙っていたアギトが、低い声で話しかけてきた。
「そろそろ、こいつをぶっ飛ばしていいか?」
「駄目」
「でもよ」
「気持ちは分かるけど駄目」
正直に言えば、オレも先ほどから同じことを考えていた。
シスターの目がなければ、頭へ一発くらい拳骨を落としていたかもしれない。
慈愛の心にも、在庫には限りがあるのだ。
◇ ◇ ◇
「シスターリリア。案内が終わりました」
「あら、もう?」
報告すると、リリアは少し驚いた顔をした。
「ありがとう、リーシャ。ちょうどお部屋の準備も終わったところよ」
「部屋?」
「ええ。こちらへ来てください」
案内されたのは、これまで使っていた大部屋とは別の、畳三畳ほどの小さな部屋だった。
壁際には、二組の布団が畳まれている。
「今日から、カイくんとアギトにはこの部屋を使ってもらいます」
「は?」
アギトが露骨に嫌そうな声を上げた。
「なんで俺が、こいつと同じ部屋なんだよ」
「同じくらいの年齢ですし、男の子同士ですから」
リリアは有無を言わせない笑顔で答えた。
「リーシャには、隣の小部屋を使ってもらいます。そろそろ男の子と女の子で、寝室を分けた方がいいですからね」
「私は一人ですか?」
「ええ。狭いお部屋ですけれど」
「俺も一人がいい」
カイが淡々と口を挟む。
「わがままを言ってはいけません」
「そうですか」
カイはあっさり引き下がった。
アギトは引き下がらなかった。
「リーシャだけ一人部屋ってずるくねえか?」
「だったら、アギトが一人でカイと交渉してよ」
「嫌だよ。こいつ、話通じねえもん」
「君よりは通じると思う」
「何だと、ロボット野郎!」
「はいはい。喧嘩しないで」
オレは二人の間へ入った。
これから毎晩、同じ部屋で寝るらしい。
相性は最悪に見えるが、案外それくらいの方がうまくいくのかもしれない。
毒と毒を混ぜれば薬になるという話もある。
猛毒が完成する場合もあるが。
「じゃあ、アギト。カイのことよろしくね」
「何で俺が面倒見なきゃならねえんだよ」
「同室の先輩でしょ」
「俺だって今日からこの部屋なんだけど」
「細かいことは気にしないで」
部屋へ入ったカイは、荷物を床へ置くと、ひどく疲れた様子で息を吐いた。
「案内は終わったんだよね」
「うん」
「だったら、もういいかな。少し休みたい」
「あ、うん」
「お、おう」
カイはオレとアギトを廊下へ押し出した。
そのまま戸を閉める。
ガチャリ、と内側から鍵のかかる音がした。
「…………」
「…………」
オレとアギトは、並んで閉じられた戸を見つめた。
「夜になったら、アギトは戻ってきていいよ」
戸の向こうから、カイの声が聞こえる。
「それまで静かにしていて」
「おい!」
アギトが戸を叩く。
「ここ、俺の部屋でもあるんだけど!」
返事はない。
「開けろ、ロボット野郎!」
「…………」
へんじがない。
ただの無視のようだ。
「カイー」
オレも軽く戸を叩いてみる。
「うるさくしたことは謝るから、開けてくれない?」
「リーシャの部屋は隣だろ」
「荷物を運ぶのを手伝おうかと思って」
「必要ない」
取りつく島もない。
オレとアギトはしばらく顔を見合わせた。
「……食堂でも行こっか」
「そうだな……」
転入初日に部屋を占拠されたアギトは、すっかり勢いを失っていた。
◇ ◇ ◇
食堂へ着くと、ちょうど昼食の時間だった。
いつもの固いパンと、正体不明の穀物を煮込んだスープを受け取り、二人で席へ着く。
スープを一口飲む。
「…………」
まずい。
毎日食べているのに、まったく慣れない。
むしろ日を追うごとに味が悪化している気すらする。
前世なら、囚人でももう少しましな食事を出されていただろう。
『臭い飯を食わされる』という言葉があるが、この孤児院の場合、比喩ではなく本当に飯が臭う。
この豆、いつ収穫されたものなのだろう。
考古学者を呼んだ方がいいのではないか。
(久しぶりに、甘いものが食べたいな)
甘いもの。
そこで、以前アギトへ渡したクッキーのことを思い出した。
「ねえ、アギト」
「ん?」
「前に作ったクッキー、ちゃんと売れた?」
スープを飲んでいたアギトの手が止まった。
「ああ。全部売れたぞ」
「いくらになったの?」
「四万円くらい」
「すごいじゃん」
クッキーもどきを売った金額としては上出来だ。
前世の感覚なら四千円ほどだが、八歳児が稼いだ金と考えれば十分すごい。
「まあ、売れたのはよかったんだけどさ」
アギトはどこか不満そうにスープをかき混ぜた。
「指輪って、結構高いんだな」
「指輪?」
「あっ」
アギトの肩が跳ねる。
「どうして指輪が欲しいの?」
「い、いや! 何でもねえ!」
「でも、今――」
「こっちの話だ!」
明らかに動揺したアギトは、手にしていた匙を床へ落とした。
乾いた音が食堂へ響く。
「洗ってくる!」
アギトは匙を拾い上げると、オレから逃げるように洗い場へ向かっていった。
「…………」
指輪。
もしかすると、最近トウキョウで流行している吸血鬼避けの銀の指輪だろうか。
吸血鬼避けと聞けば、前世でいう幸運を呼ぶ壺や、怪しげな魔除けの数珠を想像するかもしれない。
だが、この世界では純度の高い銀が、本当に吸血鬼への効力を持っている。
身につけているだけで、弱い吸血鬼なら近づきにくくなる。
まったく効果のない迷信というわけではない。
(アギトも、あれが欲しいのかな)
しかし、銀は非常に高価だ。
人類と吸血鬼の戦争が続くこの世界では、金やプラチナよりも需要がある。
クッキーを売って得た四万円程度では、まともな指輪は買えないだろう。
国境へ行けば銀の十字架がいくらでも並んでいるが、今のアギトにあれを壊すのは不可能だ。
第四真祖の力を継承したあとなら、話は別だろうが。
(まあ、頑張りたまえ)
オレは他人事のようにアギトの健闘を祈り、固いパンを口へ放り込んだ。
「…………」
うん。
今日もまずい。