【TS】主人公の両親を殺したラスボス吸血鬼ですが、彼の最後の家族をやってます。 作:サボテニウム
クリスマスまで、あと一週間。
「そちらの飾りは、赤を基調にお願いします。ええ、装飾をつけるのも忘れないでくださいね」
「ケーキの発注は済んでいますか? 数を間違えないよう、確認をお願いします」
「ああ、それからプレゼントも子供たち全員分を用意してください。選ぶ際は、決して不公平が出ないように。同じくらいの価値のものをお願いしますね」
シスタークロエの前には、指示を受けようとするシスターたちが長い列を作っていた。
ここ、セント・テレジア孤児院はカトリック系の施設である。
そのためか、院内は普段からは想像できないほど華やかな飾りつけに覆われていた。
さすがに前世で見たような、電飾がきらきらと輝くイルミネーションはない。
代わりに壁へ飾られているのは、色紙で作られたサンタクロースや星。
講堂の中央には、その辺りの森から切り出してきたらしい立派なモミの木が置かれ、孤児たちの手作りらしい飾りが所狭しと吊るされていた。
シスターたちがクリスマスへ懸ける意気込みは、院内を一目見ただけでも十分に伝わってくる。
この孤児院では、正月を盛大に祝う習慣がない。
どうやら一年分の贅沢を、クリスマスへ全投入するつもりらしい。
「うお……すげえな、これ」
隣に立っていたアギトが、口を半開きにして講堂を見回している。
実に八歳児らしい感想だった。
ただし、その内容自体にはオレも同意する。
これまでの極貧生活を考えれば、確かに「すげえ」としか言いようがない。
普段は正体不明の穀物スープと、石のように固いパンしか出さない孤児院が、ケーキやプレゼントまで用意しているのだ。
この落差は何なのだろう。
もしかして、余った一年分の予算を使い切ろうとしているのではないか。
そう疑いたくもなる。
「シスターたち、ずいぶん張り切ってるね」
オレは脚立の上で飾りつけをしているシスターを見上げた。
「クリスマスにここまで頑張れるなら、毎日の食事をもう少しまともにしてくれる方が、私はありがたいんだけどな」
「今年は、政庁のお偉いさんが見に来るらしいぞ」
「お偉いさん?」
「討魔師の」
「え?」
思わず声が裏返った。
「討魔師が来るの?」
「ああ。そう聞いたけど」
背中へ、冷たい汗が流れる。
(まさか……)
先日、厨房を借りるためにゲッシュを使ったことが知られたのだろうか。
あるいは、市場で食材を調達したときの魔力を探知されたのか。
討魔師がわざわざ孤児院へ来る理由など、それくらいしか思いつかない。
「何で討魔師が来るの?」
「さあ。そこまでは知らねえよ」
アギトは肩をすくめた。
「シスタークロエの関係じゃねえか?」
「ああ……」
そういうことか。
クロエは若くして、この孤児院の院長を務めている。
だが、その本来の肩書は人類最高峰の討魔師。
十三戦鬼の一人だ。
そもそも、この孤児院へ資金を出しているのも討魔師協会だった。
その関係者が視察や慰問へ訪れたとしても、何もおかしくはない。
(びっくりさせるなよ……)
一瞬、本気で正体が露見したのかと思った。
疑われている本人が勝手に勘違いしただけなので、誰にも文句は言えないのだが。
「もしかしたら、十三戦鬼も来るかもな」
アギトは期待に満ちた顔で言った。
「俺、サインもらおうかな」
「サイン……」
こちらとしては、十三戦鬼の来訪など御免被りたい。
いったい何が悲しくて、敵側の最高戦力と同じ食卓を囲まなければならないのだ。
しかも、万が一仲良くなって情でも湧けば、将来トウキョウを征服するときの障害になりかねない。
オレは他の真祖――特にベリアルよりも先に、トウキョウ政庁を自分の支配下へ置かなければならない。
その方法は、まだ何一つ思いついていないけれど。
考えついていない計画にすら、障害だけは着実に増えていく。
人生とは、実に不公平なものだ。
「誰が来るのかな」
アギトは、待ちきれない様子で講堂の入り口を見つめている。
「ちょっと楽しみになってきた」
目を輝かせるその姿は、テレビの英雄に憧れる、ごく普通の少年のようだった。
この世界には、前世で見ていたような戦隊番組は存在しない。
そもそもテレビ放送自体、各エリアの政庁が管理する公共放送くらいしかなかった。
その放送で繰り返し伝えられる討魔師たちの活躍が、この世界の子供たちにとってのヒーロー番組なのだろう。
怪物から人々を守り。
絶望的な戦場から生還し。
人類の未来を背負って戦う英雄たち。
実に格好いい。
――まあ、その理屈でいけばオレは怪人側なのだが。
悲しいことに。
「なあ、リーシャ」
「何?」
「十三戦鬼の中だと、誰が一番格好いいと思う?」
「急に言われても……」
「俺はやっぱり、百目鬼さんだな」
アギトは興奮した様子で拳を握る。
「あんな小さい身体なのに、刀二本だけで吸血鬼を圧倒するんだぜ。すげえよな!」
百目鬼玄武。
小柄な体格ながら、十三戦鬼の中でも上位の実力を持つ青年剣士だ。
得意とするのは、二本の刀を用いた二刀流。
原作後半では、アギトと共に蠅の王ベルゼブブへ挑み、激戦の末にその右腕を斬り落としている。
(そりゃ強いよな……)
百目鬼とアギト。
二人の連携によって、ベルゼブブの右腕は宙を舞った。
ゲームをプレイしていたころは、熱い共闘場面として見ていた。
だが、いま改めて考えてみる。
その斬り落とされる右腕。
オレの右腕ではないか。
「…………」
反射的に、自分の右腕を左手で押さえた。
十六歳になったリーシャの腕を斬り落とせるほどの剣士だ。
まだ八歳にもなっていない今の身体で戦えば、クロエとの連携次第では本当に負ける可能性がある。
いや。
可能性どころか、かなり危険なのではないだろうか。
「どうした、リーシャ?」
「何でもないよ」
オレは右腕を隠すように、背中へ回した。
頼む。
誰が来てもいい。
少なくとも、百目鬼玄武だけはクリスマスに来ないでほしい。