神戦のオリュンポス β   作:田芥子慧悟

3 / 11
第三節 炎海の森

 ヘラクレスは疾走する。行く先の木々を素手で歪めて飛び越え、襲い掛かる怪物を棍棒で吹き飛ばし、心眼に見る正面、精霊(ニュンペ)を襲う大型の怪物目掛けて飛び上がった。

 (あの大型、鎧を纏っているな……。それに魔力で強度が上げている。ならば……!)

棍棒を両手で強く握りしめ、その太い先の部分へ聖魔力を流し込む。聖魔力は白く輝き、棍棒を振り上げると、後ろに尾を引いた。

 そのままの体勢でヘラクレスは大型に突っ込み、

「アダマスローパロン!」

と叫び、棍棒を降り下ろす。打撃本来の衝撃に白光する聖魔力が載り、怪物の頭は冑ごと真っ二つとなった。

 「えっ…あの…あ、ありがとうごさいま…」

「あぁ、礼はよい。俺が助けたくて助けたのだからな」

その死体を蹴り退けながら、ヘラクレスは礼を言う精霊(ニュンペ)を制し、右肩に乗せる。

 「さぁ、お嬢さん。力を抜いて。今から他の皆も助けにいくから。」

ヘラクレスは優しい顔で、精霊(ニュンペ)を宥めた。

 ヘラクレスには多くの子がおり、その分、子守には慣れている。その恩恵は初対面の精霊(ニュンペ)をも安楽を享受させた。

 

 ヘラクレスは彼女を乗せたまま再び駆け出した。

 見事な体幹で精霊(ニュンペ)は決して傾けず、木々の間を飛び越え、腕の力のみで襲い来る怪物たちを打ち払い、また1人また1人と精霊(ニュンペ)を助け出し肩へ乗せていく。

 その巨躯はもちろん、肩の許容量も並みのものではなく一肩に4人は横並びに乗せることができた。

 されど、限界はある。その幅広い肩が両側埋まると、右の脇で挟み、右手で服を掴んで最終的には十数人の精霊(ニュンペ)を積載した。

 それでも、ヘラクレスの脅威は著しく収まることなく、怪物たちたちを無類の怪力で圧倒した。そればかりか、その十数人全員を一度たりとも負担を感じさせることもなかった。

 「そろそろ限界だな、流石に……。」

ヘラクレスは積載する精霊(ニュンペ)らを見て呟く。そんな彼を彼女たちも上目で見つめ返した。

「しっかり掴まれよ、お嬢さん方。飛ばすぞ!」

「え……」

そこをヘラクレスは言葉で返し、戸惑いながらも精霊(ニュンペ)はそれぞれ彼の肌を掴んだ。

 すると、ヘラクレスはすぐさま聖魔力を足先へ。溜め込むとともにこれを圧縮し、

「エクスアケレラ!」

と唱えるともに足裏から一挙に放出。その勢いは音速を超え、その衝撃は辺りの炎を盛る木々ごと吹き消した。

 直線距離でも数十キロはある学園の間を1分近くで走り抜け怪我人は医務室、そうでない者は応接室へ。

 そして、再び先程と同じようにして超速で学園を飛び出し森へ戻っていく。その衝撃は窓を砕き、庭木を吹き飛ばすが、しばらくすると一人手に元へ戻り出した。

 生徒たちもそれを知っているからか、気を逸らすこともなく講義に耳を傾けていた。

 その頃には既にメディアも森へ戻ってきていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 「アッハッハッハッ……!皆殺しよ、皆殺し!ウフフ…全く、蹂躙ってのは気持ちが良いわねぇっ!最ッ高!」

一方、強襲者の頭エキドナは精霊殺しに異常な程の愉悦を示し、屍を喰らいつつ森を進んでいる。

 喰らうことで屍は魔力に還元し、今のエキドナは魔力量が無尽蔵であるも同然である。

 「アステル!」

「ポタ厶ヴェロス!」

「エネルスフェラ!」

一部の精霊(ニュンペ)は逃げながら砲撃魔術で応戦。エキドナは下の蛇に聖魔力を込めて全て打ち消すと、そのまま蛇で突き刺し等しく葬り去った。

 「くたばれ!」

「あらあら、くたばるのはそっちよ?」

後ろから斬りかかった1人の精霊(ニュンペ)も、聖魔力を纏った拳で腹から上を吹き飛ばされ死す。足の遅い精霊(ニュンペ)も容赦なく剣で背中から斬り裂かれ死す。

 異界宝器(イグノランティア)の1つ、アロンダイト。3人斬り捨て魔剣に堕ちた騎士ランスロットの愛剣である。

 その切れ味は凄まじく一撃で肉を絶ち、骨を割り、斬られた者は1人残さず両断の屍となってエキドナの体内へへ入っていった。

 

 アロンダイトを含めあらゆる異界宝器(イグノランティア)は本来女帝派の所有。

 女帝派は叡知の女神メティスから知恵を得、異伝の知恵を得、聖魔法「デュミナス」により異界宝器(イグノランティア)を召喚するのだ。

 かつてゼウスの体に囚われていたメティスは、数年前ヘラの一行に救いだされて以来、女帝派に忠誠を誓っている。

 

 エキドナは次から次へ精霊(ニュンペ)を斬り捨て、今1人の森精に斬り掛かろうとしていた。

 長い黒髪の彼女はグリシナと言って、精霊の森(ニュンペ・ヒューレ)を統べる十二の森精の長である。護衛を十数人連れていたが既に皆殺られていた。

 「ダソスアスピダ」

グリシナは唱えて振り向き、アロンダイトを弾き返す。

「フォススフェラ」

怯んだところへさらに光弾を散らし、エキドナはこれを蛇で一つ一つ払って落とす。グリシナは撃ち続けながら走っていく。

 「待ちなさいっ…よっ!!!」

光は弾が切れると、エキドナは蛇を伸ばしてグリシナの足を狙う。グリシナは咄嗟に横へ飛ぶ。遅れて迫る別の蛇を感知し、彼女は宙で体を捻り、

神令聖術(エトスマギア)っ!」

と手を翳す。すると、蛇の先端を包むように木の球が生まれる。

 グリシナはその球を回し蹴りし、蛇の軌道を逸らすと再び森の外へ走り出した。

 

 世界、さらに言えば地母神ガイアから神や神霊に与えられる天与神命(てんよしんめい)は彼らの聖魔力を一属性に制限し、役儀を定める。

 この天与神命(てんよしんめい)はゼウスすら逃れられぬ絶対の掟である。彼の者が全知全能であるのは世界の支配者故に世界の全てを知り、世界にある全ての力を宿し、それを世界に住まう者は全知全能と呼ぶ、という一種の錯覚である。

 世界の外側、"天"を含めば全知全能の神は一柱も存在しない。

 神令聖術(エトスマギア)はその天与神命(てんよしんめい)そのものが与える神や神霊の種により変わる、聖魔法である。ただし、それは聖魔法の極致であり、用いるにはその域への到達を要する。

 森を司るアルセイスの神令聖術(エトスマギア)は自身を中心とする一定領域内の任意の場所に任意の形状で木を生み出す樹造聖術(じゅぞうせいじゅつ)であった。

 

 「神令聖術(エトスマギア)……。あなた、その域に達しているのね。何者かし…ら?」

エキドナは球の付いた蛇を切り落としていると左方から魔力魂が迫るの感じる。そちらを向いた頃には既に遅く、光条が懐に入り込んでいた。エキドナは直ぐ様体を聖魔力で覆うが、それすらも貫き光は貫通した。彼女は

「な…にが……?」

と困惑の声を漏らし、穴から血を吹き出して地に倒れ伏す。

 そして、グリシナはすぐ見えなくなった。

 

 「なるほど……。やっぱり、『ダクテアクティス』は重ね掛けすると有効射程、弾速、そして威力も上がるんだね…。女王を逃がせてよかったよ」

それを遠目に見ながらオレイアスのペトラは銃形の手を下ろし、背を向ける。短い髪が炎光に照らされ金色に輝いている。

 と、その刹那。オレイアスの後方一帯の燃える木々が斬られて宙に舞う。

 「なっ?」

ペトラが振り向くと斬り飛ばされた木々は全て上端で自らを睨んでいた。

「っ……!」

その木々は間もなく、聖魔力に包まれたかと思えば全て断面に噴き出して推進力となり、一斉に降り掛かかってくる。

 「ペトロアスピダっ!」

ペトラは地に手を触れ、防護の岩盤を半球状に構えて、自身を包み込む。木々は次々この岩盤に激突し、枝葉を散らし、炎が裂ける。木の地に転がる音を合図に彼女は魔術を解除し、岩盤を崩す。

 ふと下を見るとそこには二本の蛇首、続いて正面を見るとエキドナが凄まじい速度で迫っていた。

 「クシフォス」

斬撃の聖魔法で蛇を纏めて斬るも、慣性が働き勢いはなくならない。そればかりか、断面から滴る毒性の液のせいで、ペトラは後退るしかなかった。

 

 それから十秒も待たず、エキドナは目と鼻の先。

 「ディプロ!」

ペトラが唱えると先をエキドナに向けて岩の針が現れる。

「嘗めないで!」

エキドナは言うと胴を聖魔力纏う蛇で包み込み刺突を凌いでみせた。いや、凌いだというより針の方が自ら避けたように思われた。

 エキドナは困惑こそあったが、目の前の邪魔者に剣を振る。

 だが、剣が首を斬り落とす前に腕を縛られ剣筋が三日月の剣筋が半ばで途絶える。

 「ディプロ!」

そこへさらにペトラが唱えると岩の針が数十も突き出て、エキドナの身体中を縛りつけた。

 その針は岩とは思えない弾性を持ち、身体を上手く動かせない。

 人々に娼婦の象徴ともされるエキドナには、一定の神性がある。

 大抵の物にその動きを封じられる程の強度はない。明らかに、先日盗み出された異界宝器(イグノランティア)が関わっている。  

 

 「あなた、もしかしてグレイプニルを持っているの?」

エキドナが問うと、ペトラは

「流石は女帝派の連中だね。そうだよ、学園から受け取ったグレイプニルを私の『ペトロアカンタ』に『インクルディト』したんだ」

と答えてグレイプニルを差し出す。

 だが、エキドナは納得がいかなかった。

 

 添加魔術「インクルディト」とは本来時間がかかるものである。しかも、組み込む物体物質が希少であれば希少である程、所要時間はより長くなる。

 神を縛るグレイプニルは異界宝器(イグノランティア)である前に、類品がない。

 ペトラの唱えた「ディプロ」がいかなる魔術であれ、その詠唱一つで短期間に針へ組み込めるとは考えがたい。

 

 「この魔術、二重魔術を一詠唱で済ます私の固有魔術なんだ」

ペトラは言いつつ、エキドナに右手を翳す。

 「へぇ、面白い固有術じゃない。それに、二重魔術なら二つの魔術とそれを結合させる魔力も必要なはずよね。グレイプニルの『インクルディト』には相応の魔力を要するわ。それでも、立っていられるなんて相当な魔力量ね。誉めてあげるわ。」

「ありがとね」

エキドナの称賛をペトラは素直に受け取り、翳した手の先に魔力を集わす。

(多量の魔力が右手に……!)

エキドナも感じ取って身構える。

 「私はね、等級ζ(ゼータ)の学園生なんだ。自慢だけど、学園の備品では魔力量を測定できなかったんだよ。あと1回はこのさっきのを放てるね。ディプロ!」

ペトラが言うと破壊力を圧縮した球体が現れる。

 

 学園生は年に二度ある「魔体測定(メトロン)」での測定値と課外活動である「任務(エルゴン)」での実戦成果から総合評価され、一年ごとに神霊等級が与えられる。

 等級は高い順にζ(ゼータ)ε(イプシロン)δ(デルタ)γ(ガンマ)β(ベータ)α(アルファ)。生徒の約6割はβで、等級が離れる程、数は減る。ζともなれば学園に3人のみである。

 また、等級ごとに学服が変わり、等級が高ければ高い程待遇も良く、一部ではカーストも生まれていたりする。

 ペトラは今最高学年の4年だが、その膨大の魔力容量から1年の頃からゼータの座を守り続けていた。

 

 

 「ねぇ、あなた。『ディストルクティオ』と『グラヴィタス』を合わたらどうなると思うかな?」

ペトラに問われ、

「さ、さぁ、どうなるかしら?」

その力を悟ったエキドナは少々、答えることを放棄した。

 「仕方ない人だね」

そう言うとともに球をエキドナの腹にぶつける。

「……?」

それを見下ろすエキドナは固まったしまった。

 最後にペトラは、

「衝撃を受けたその瞬間、重力と爆裂、二重の威力があなたを襲う、だよ」

と飛びすさる。

 

ギュガァァァァァァァァッ! 

 

 瞬間、エキドナの腹元で大爆破が生じる。響き渡った轟音が炎の森を揺らした。

 弾ける重力の圧と、遅れてやってくる爆裂の衝撃。

 その跡には深い窪みができて、エキドナの持っていた剣は粉々になって落ちていた。

「灰すら残らなかったね……。」

ペトラは言い捨てる。

 だがその時、確かに聞こえてきた。まるで自惚れた自分を嘲笑うかのように、まともに食らわせたはずの女の声が頭に直接響いてきた。

「やっぱり、あなた学園の生徒さんなのね…それもゼータ。流石ね、さっきの合成のは見事だったわ」

と。

 「でもね……。どんな攻撃も当たらなければ意味がない。そうでしょ?」

今度は後方から耳に声が響く。その主の黒影がペトラを包む。突如現れた気配、そちらを見るとエキドナが立っていた。

 「テオスグロスィヤ!」

ペトラは右拳を後ろに回す。だが、蛇に弾かれた。

「テオスグロスィヤ!」

続いて、左拳も後ろへ。それも弾かれた。

「ディプロ」

二重の「ダクテアクティス」を左の指五本からそれぞれ繰り出すも、手首を弾かれ悉く空へ逸れる。

「テオスグロスィヤ!」

聖魔力を纏って腕を落としてもやはり、弾かれた。

 「諦めなさい、ゼータの生徒さん?年の功ってヤツよ。でも、安心して。あなたの強さに免じて楽に殺してあげるわ」

いつの間にかペトラの手にグレイプニルはなく、その魔帯は体を縛っていた。

 「う、嘘……!」

「嘘じゃないわよ。じゃあね?あなたとの戦い、楽しませてもらったわ」

エキドナの拳を膨大な聖魔力が包み込む。グレイプニルのせいで体は全く動かず、背中に受ける以外の選択肢は与えられていなかった。

 

 「テオス…グロッ…!?」

「ウオアァァァァァッ!アダマスローパロォッン!」

エキドナの聖拳を轟く怒号が遮る。エキドナは白光を纏う棍棒に横腹を打たれ、勢いよく吹っ飛んだ。

 「ペトロアカンタ!」

ペトラは何とか爪先を地に当て針状の岩をその先に現した。

「メラノソーマ」

ェキドナはすぐに唱えて自身の身体を暗翳に変換し、この針をすり抜ける。しばらくして元に戻ったが勢いは消えずそのまま少し転がった。

(さっき私の合成術を食らわなかったのはあの魔術のおかげだね。聞いたことない術名だけど、固有魔術かな?)

と思いながらそれを見、次に横を見る。

 「クレス先生!」

そこにはヘラクレスが立ち、ペトラは叫んだ。ヘラクレスは縛られているのを見ると自前の怪力で何とグレイプニルを緩めてしまい、ペトラは魔帯の縛りを解くことができた。

 「ありがとうございます」

「教師が生徒を守るのは当然だ。ペトラ、エキドナ相手に今まで一人でよく戦ったな。これからは俺と共闘するぞ。」

「はいっ!」

ヘラクレスは生徒に「クレス先生」と慕われる学園の武術教官であり、指導は手厳しいながらも生徒ができるまで必ず付き合う良き男である。おまけに戦闘技術も類を見ず、ゼウスも認める力強き男である。そんなヘラクレスとの共闘はゼータであるペトラからしても、戦力的にはもちろん、精神的にも心強いことである。

 「その子の気配が強くて、あなたの気配を感じることができなかったわ……。ヘラクレス。」

「言い訳だな。麒麟も老いては駑馬に劣る、とも言うだろう」

「かつての女を容赦なく殴った上に、その言い草……。私たちには子供もいるのに、随分と酷いわね」

「あれはお前が鬱陶しいぐらい誘惑したせいだろう。自らの子を殺めた俺と身を重ねようなんて正気の沙汰ではないと思っていたが、応じなければあれが一生続くのだろうと危惧しただけだ」

「嘘ね。あなたにはゼウスの血が流れている。本能に抗えなかっただけでしょ?」

「それも…ある。」

「いいえ、それしかないわ」

「いや、あくまでそれもある、だ」

「それしかない、よ」

「それもある」

「だからねぇっ……!」

「だから、何だ!」

 

  「何仲良く夫婦漫才してるんだよ」

それが傍らで見るペトラの率直な感想だった。

 と、エキドナを偶然近くに刺さるアロンダイトを抜いて切っ先を2人に向け、ヘラクレスはそちらを睨んで棍棒を強く握る。夫婦漫才から戦闘体勢に移行するあまりの唐突さにペトラは困惑と爽快感とがない混ぜになった感覚を覚え、自身も戦闘体勢に還った。

 炎海の中、ペトラは新たにヘラクレスを交え、エキドナとの攻戦を続行する。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。