「ペトラ。『メラノソーマ』は数秒間、自身を影に変換するエキドナの固有魔術だ。その間、打撃は効かないし、魔術魔法もっ…」
教えるヘラクレス。そこへ蛇がアロンダイトが突く。
「メタッレイア!」
ヘラクレスは腕を硬化して剣を弾き、撓んだ蛇を聖魔力を纏って右手で掴む。そのまま強く引き、左手にも聖魔力をこめ拳を握った。
「魔法魔術も光系統しか効かない。そして、このように聖魔力で触れれば影化は防げる」
続けるヘラレスにエキドナは成す術なく引き寄せられ、
「テオスグロスィヤ!」
と聖なる拳が腹を狙う。
「メラノソーマ」
だが直前、固有術の詠唱。拳は空を殴る。影は彼を透過し、後ろへ回る。
エキドナは術を解くとともに蛇をペトラに突き出した。
「ペトロアスピダ!」
ペトラは気配で察する。振り替えり際、地の盾を展開。だが、盾は砕かれ、飛び散る欠片を浴び体が怯む。その隙へ、再び蛇が突き出た。
「ぐっ…!?」
ヘラクレスは咄嗟に左手首で受け、左手を翻して掴み、右手でも掴み、回して投げ飛ばす。宙に放り出されたエキドナは落下して倒れる。
「なぜ、『メラノソーマ』を使えるのだ?確かに聖魔力で触れていたぞ」
立ち上がる彼女にヘラクレスは問う。同時にペトラは態勢を戻し、ヘラクレスは手首を治癒した。
「あなたが触れていたのは空気を固めた膜よ。直接、触れなければ意味がない。私を知るあなたに何の用心もしないと思う?」
エキドナは言う。膜は常に張られ、今唱えなかったのは「メラノソーマ」の再使用不可の中にあったからに過ぎない。
「ついに、弱点も克服か…。まぁ、そんなわけで影状態ではほぼ無敵に近い。それに光系統全般が効くと言っても、そこらの光魔術ではエキドナが同時展開する防護魔法に弾かれる。魔法を当てるのが確実だ」
ヘラクレスが言うと、エキドナは、
「それよりどういうつもりよ、ヘラクレス。人の固有術をペラペラ話してくれちゃって!」
「いや、敵を負かすならまずは敵を知ることからだろう」
「あの……でも、私の天与は"土属性"です。光魔法は使えません」
それを聞いたペトラは申し訳なさそうに囁いた。
そもそも、魔術と魔法は似て非なるものだ。
魔術は導魔力、あるいは単に魔力と呼ばれる力を起源とする。
魔力は神や神霊のみならず、人にも備わっている。天与に縛られることはなく、神も神霊も印象体得によってあるゆる魔術が扱える。
一方、魔法とは聖魔法であり、聖魔力、あるいは聖力と呼ばれる力を起源とする。
ふつう神や神霊のみが備える力で、
聖力は天与に縛られ、ある種が扱えるのは対応した属性の魔法に限られる。
稀に人が聖力を持って生まれることもある。
その影響力は神々のそれには劣るが、人にとって魔術を超越した脅威の力である。
「あぁ、そうであったな…。では、こうするとしよう。互いの攻撃で隙を生み、そこに互いの攻撃を畳み掛ける。エキドナに影化の暇を与えない」
「はい!」
そんなわけでヘラクレスは連撃怒涛の別策を提唱、ペトラはこれに同意。
「ペトロ⚫パノプリア」
と現れた岩々をその身に纏い、防護を強化する。
そして、ヘラクレスとペトラは互いに見合い同時に飛び出した。
岩打つ波のごとく、迫っては引き、迫っては引きする二本の蛇。
ペトラが横にかわし、ヘラクレスが棍棒で弾き、たまに腹を掠めてもペトラは岩の鎧に守られ、ヘラクレスは強靭な肉体に守られる。鎧も体もその度に軽く傷がつくのみである。
と、突然迫るのが止む。蛇に辺りの木々は伐られ、放られ、やがて火の雨となり次々降る。
「ペトラ!俺を信じて突っ込め!」
「はい。アケレラ!」
見あげながら叫ぶヘラクレスにペトラは返し、加速魔術で突っ込んだ。ヘラクレスは飛び上がり、木々を掴んでは投げ、掴んでは投げる。狙いをエキドナに集め、その動きを封じた。
ペトラは難なくエキドナの懐に入り、地を強く踏みつける。足下から全方へ亀裂が走り、岩の欠片が浮き上がる。その欠片に聖魔力が宿った。
エキドナは離れようとするが、降り注ぐ木々がこれを許さない。木は体に刺さって、一瞬、怯む。すかさず、
「メラノソーマ!」
と影化する。
数秒。世界の自浄に押し戻され術の解けるその一瞬。
「行けっ!」
ペトラは決して逃さなかった。聖魔力宿る数十の石片が一斉に撃ち出され、エキドナの腹に深紅の斑点を刻み込む。
アロンダイトが振り下ろされるのをペトラはかわし、ヘラクレスはそこへ木を飛ばして怯ませた。
しかし、蛇だけは脇の木を掴み、不意に槌のごとく振られる。
「お返しよ、ヘラクレス!あんたの大事な生徒さんにね!」
とエキドナが言う頃には、既に何も間に合わぬと思わへる距離であった。
「メタッレイアァッ!」
叫びつつヘラクレスは何とか間に入る。木は折れ、エキドナの蛇も撓み、間髪入れず彼はエキドナの頭へ、
「テオスグロスィヤ!」
硬化の拳に聖魔力を纏う二重の強撃をぶつける。
「テオスグロスィヤ!」
ペトラも拳で顎を狙い、
「メラッ…!?」
「アダマスローパロン!」
影化の前にヘラクレスは頭頂を叩く。「メラノソーマ」を防ぐとともに打撃で顔を挟む。怯んだところへさらに、ヘラクレスは腹へ蹴りを入れ吹っ飛ばす。
「ペトロアカンタ」
ペトラはその先に岩棘を現す。
「メ、がっ…!?」
影化も間に合わず棘は背から貫き、エキドナは赤血を吐いた。風穴からも滴り、よろける。
そこへ、ペトラとヘラクレスは打撃を畳み掛ける。
前後、上下、左右。次々2人の位置は変わり、かつ絶え間なくエキドナの身体を叩く。
目で追い、斬撃を合わせるも一方に防がれ、その隙に他方に打たれ、続くもう一方からも強打を食らう。
さらば、ここから抜け出るには1つの策しかあり得ない。
エキドナは打たれながらも蛇を伸ばすと両極の木々を引き抜き、槌二つでそれぞれ狙う。
2人は飛びすさってかわし、続く蛇の刺突を「スクトルクス」で弾き返す。ともに影化でエキドナは後ろへ周り、ペトラとヘラクレスは解ける数瞬へ合わせて体を捻る。
二つの輝く聖魔力か三日月形の尾を引いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さて、クレトラが森の惨事を知ったのは丁度、その頃である。
「クレトラ様ぁぁぁーーーっ!」
廊下を歩いていると、奥の方から中性的な声が聞こえてくる。見ると、短髪のドリュアスが物凄い勢いで迫ってきていた。
「フォリア!?」
クレトラは目を見開く。
フォリアはクレトラの侍女を務めるドリュアスである。十二の森霊それぞれにドリュアスの侍女が数人ずつおり、彼女はクレトラ唯一の侍女であった。
呼ばれたフォリアは止まろうとするが、固有魔術「ディアトン・アステラス」はその勢いを急に殺せない。
術を解くとともに、思い切り慣性を左へ曲げる。その先には学長室がある。その扉が開き、彼女の体は結界に反され、壁に背をぶつけた。
「フォリア!?」
それを見、クレトラは叫んで彼女に寄った。
「つぅっ…。」
フォリアは背中をさすり、クレトラは手を差し述べた。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。ありがとうございます...。」
フォリアはその手を借りて立ち上がり、
「それよりですっ…!クレトラ様っ!」
と青天霹靂のごとく顔色を変える。
「一体、どうしましたのっ!?」
クレトラが聞くと、フォリアは
「精霊の森が女帝派の襲撃にあったのです!我々の仲間は魑魅魍魎に蹂躙され、森は火に包まれ、泉も干上がったようです。少なくとも数百の精が逃げのび、森精から一切の犠牲が出なかったのが不幸中の幸いでしょうか。しかし……犠牲者と生存者を比べたとき、多いのは後者になるかと思われます…。」
と森の惨状を伝える。
クレトラの血の気が一気に引いた。
「フォリア、行きますわよ!まだ生存者がいるかもしれません!貴方の固有術であれば10分もかかりませんわ!」
「いいえ、どうかお気を鎮めてください!例え、民のためという道義があれど、森の要であるあなたにわざわざ危険を冒させる訳にはいきません!必ず生き残り、犠牲者を弔い、そして、全森精揃って森を再生。楽園の復活に努めるのです!」
「ですが…!」
フォリアとクレトラが言い合っていると、学長室の扉が開き、ゼウスとヘルメスが間に入った。
「勝手ながら、話は聞かせてもらった。ここ
「任せてもらおう。」
「勝手な真似はするなよ、ヘルメス」
「はい、ゼウス様っ!」
ゼウスはヘルメスをにらみ潰すと、
「主神ゼウスが天に告ぐ。かの霊森に鎮めの驟雨を」
と言う。
その言霊に伴い、森の上に黒雲が渦巻くのが遥か遠くでも見てとれた。
その下は間も無く、仄白く靄がかかる。
「霊森に我が加護を。我を深く崇むる者に神秘の守護を賜ぶ」
ゼウスは続け、主神派の者は一瞬にして聖なる障壁に包まれた。
「ヘルメス。」
「はっ!」
目配せを受け取り、ヘルメスはケリュケイオンを床に立てる。コツン、と淡い音が響き聖魔力の波紋が広がる。
「ヘカトンケイルよ聞け!これは我らが君ゼウス様のお告げである!目標は精霊の森、一斉の投石を命ず!」
伝令は波紋とともに全地に広がる。
三兄弟は冥界の奥地、奈落の脇より伝令を受け取った。
百の剛腕、五十の獅子首。眼は蒼く輝き、鋭牙は鈍く光る。
異形巨人ヘカントンケイル。名をコットス、ブリアレオス、ギュゲスという。かつてゼウスに奈落より解放され、義を以て共にクロノス軍を討ち倒した。
クロノス軍が奈落に幽閉された以降は、その牢番を務めている。ゼウスには忠誠を誓い、命が下れば必ず従うようにしていた。
冥界の主ハデスも彼らの力を恐れ、不可侵の掟を結んでいる。
三兄弟は計三百の腕を前に出し、そこへ巨大な魔の円窓を開ける。 窓は上空に繋がり、彼らはその窓から精霊の森を見据えた。
魔窓魔法「キュクロス」。奈落の番をしつつ、地上への命に従えるよう、三兄弟が編み出した独自魔法である。
魔窓は同じ縦横の座標に二枠展開でき、一方を冥界、一方を天空に置き、岩を投擲する「夥岩の計」は脅威の破壊力を持つ。
「「「ペトロデスポテス」」」
150の詠唱が重なる。三百の腕に念の球が生成され、
そこへ辺りから石片が集う。
石片はやがて夥しい数の岩となる。 百の腕それぞれに百、岩は一人一万に迫る。すなわち、三兄弟全員で総計約三万。
三兄弟はコットス、ブリアレオス、ギュゲスの順に森を狙って魔窓から無数の岩を投げる。
ヘカトンケイルの聖魔力、並みの者の数十倍。
強大な聖魔力を借りた無数の岩は超速で天空を駆け抜ける。
岩々はなだらかな放物線を描き、数分足らずで硬質の雨と化して森に降った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ドドドドドォォォォォォ……!
森中に轟音が響く。岩を食らい魑魅魍魎は血を吹き出して、次々と倒れ伏していく。だが、
一方、エキドナは轟音を右耳に聞いていた。
横腹はペトラとヘラクレスの打撃を受け、血を垂らしている。
蛇は弾かれ、剣も弾かれ、魔法魔術の類も一切効かない。「メラノソーマ」で影化した体も反された。
「何なのよ、その術は!さっきの雨であの子の残痕も綺麗さっぱり消えてしまったじゃない!!!」
とエキドナはいい加減、憤る。
「あの驟雨もこの半球も我が祖父の御業だ」
「そう…あの女たらしの……。どうりで敵わないわけね。本当に忌まわしい男ね」
「俺の前で祖父を侮辱するか!」
「だって、そうでしょう?奴は我が君を捨て、女を次々食い物にしたんだから!そのくせ、全く悪びれないんだから忌まわしいったらありゃしないわ。ヘラクレス、あなたが生まれたのもその結果なのよ。」
「エキドナめが……」
睨み合う怪女と勇男。それを脇から見る山精ペトラも怪女に怒りを覚えた。
ガガガガガァァァァァ……!
そこへ、ヘカトンケイルの第二撃。岩の雨が降り注ぐ。
「メラノソーマ」
咄嗟の判断で影化するエキドナ。岩はその身体をすり抜け地に埋もれ込む。
この砲撃で魑魅魍魎はさらに多く死して倒れ伏す。
「これはヘカトンケイルの仕業ね。でも、残念だったわね。私には『メラノソーマ』があるのよ。クレトラはもうここにはいないみたいだし、そろそろお暇するとするわ」
戻るとエキドナは言う。
「クレトラ……。
とヘラクレスが返したその瞬間。
ガガガガガァァァァァ……!
再び、岩の雨。「メラノソーマ」は未だ再使用不可の中にあり、蛇も剣も捌ききれない。
雨をまともに食らったエキドナは全身に岩を埋め、そこから血をドクドクと吹く。
ヘラクレスが密かにヘカントケイルへ再撃要請の念を送っていたのである。
そして、なんとヘラクレスは障壁を怪力で抉じ開け、小さく裂く。
そこから、聖魔力を宿した棍棒をエキドナの脳天へ凄まじく投げる。
だが、直前で再使用不可が解け、エキドナは
「メラノソーマ」
と唱えた。さらに、影はその元に出現した闇に吸い込まれて消えた。
それから夥岩の計も続いてしばらくし、ゼウスの施した障壁が消える。
ゼウスの「王」としての神威、
「随分としてやられたものだな…。これがかつての楽園か……。エキドナはラドンの残痕が消えたと言ったが、この惨状こそ残痕だろう」
「そうですね。大火によって犠牲になったドリュアスは多いことでしょう」
ヘラクレスの言葉にペトラも哀しい目で言う。
横たう死体に転げる木々。灰に帰す森、立つ木はわずか。岩は散らばり、悲風が吹く。
女帝派の求めた開闢体は手に入らず、傀儡ラドンも失った。
しかし、その急撃が残した爪痕は女帝派の犠牲と比べるべくもなく、酷く大きなものである。
外へしばらく進んで見たのは、岩を埋め血まみれのメディア。そして、黄ばむ眼五対の巨人の死骸。
巨人の躯は痩けたかのようで、細く伸びるのは三本のみだが、腕も五対あったようだ。頭頂には湾曲した刃のような角も生えている。
「メディアさん!」
「先生!」
ヘラクレスとペトラの声が重なる。2人は仰向けに倒れた彼女に寄る。その肉体に既に魂はなく、手の果実にのみ魂が宿っている。
「独自魔術『ディス・アニムス』による分魂の自護……。メディアさんが死を凌ぐための最終手段だ。自身の魂を削るから、一生に三度しか使えないらしい。初めて使ってるのを見た」
ヘラクレスが言うと、ペトラは
「魔法魔術に長けた先生さえ追詰められたということですか」
「あぁ、そこの異形にやられたんだろう。どうやら、相当な強者らしい」
ヘラクレスはメディアの身体を右に担ぎ、魂宿す果実を左手に持つ。
「俺はまずメディアさんを医務室に運んでくる。ペトラは生存者の捜索を続けてくれ。俺も後で加わる。」
「はい、ではそれまで」
「あぁ。エクスアケレラ!」
2人は手を振り、互いに背を向けた。
その後、十二森精とその侍女らが到着する。しかし、何人か侍女のない森精もあった。
既にあれから生存者十余りを保護したヘラクレスとペトラは彼女たちに感謝され、残りを変わってくれることとなる。
ペトラはヘラクレスの肩にのり、彼の「イラアケレラ」により学園へ戻っていた。