アテナが丁度、一次選別通過者の集う闘技場へ向かっている頃のことである。
「全く酷い目にあった…。全力で振るえば星一つ消し飛ばすチート武器を、至近距離で撃ちやがるとはっ!頭が狂ってらっしゃるのか、あのジジィはっ!?」
アレスは廊下を歩きながら、吐き捨てるように言う。神の身は丈夫とは言え、腹に食らったのはキュクロプスの奉った雷霆。未だに疼いている。
「だが、いかんな……。仮にも俺とアテナは同じ戦の神、奴との違いは母と得手のみだろうが……」
そうは言いつつも、その理由は大方、予想がついた。
戦闘そのものを司るせいか、どうも自分には気に入らないものを力でねじ伏せようとする節があるとアレスは自覚していた。神々から嫌われる理由はそこにあるのだと知っていた。そんな自分が嫌われるのは当然だと薄々気付いていた。
だが、心の中にある「ナニカ」が勝手に彼をそうさせるのだ。その「ナニカ」は暴れ馬がごとく心をかき乱し、破壊という残酷な形で外界に出力されるのである。
アレスはそれを抑える術を知らない。
「ったく……時折、俺の粗暴な性格が嫌になる」
そんな自分を呪っているところへ、噂をすればアテナが歩いてくる。
「おい、アテナ」
アレスはすれ違い際に自分から声をかけた。
「ど、どうしたのですか、その傷は?私はそこまでした覚えはありませんよ」
とアテナ。わずかながら動揺しているように見える。
「いやいやいやいやいや……!誰のせいでこうなったと思ってやがる!?」
「ん、あなたでは……?」
「さも、当然のように言いやがって!お前だろ!元はと言えば、お前が俺を負かしたから雷霆を食らたったんだ!」
「そうですか。それは災難でしたね。私は急いでるのでこれで」
アテナはそうとだけ言って去っていく。
「おい、待てよコラぁっ!」
と言ってみたが、アテナはそれ以上は何の反応も示さなかった。
「キャキャキャ……貴様は緊密な神格の姉にすら嫌われてるようだねぇ……ブキャキャキャ……」
と、そこへ一柱の女神が歩いてくる。
腰まである乱れた黒髪、背には黒い翼を有し、目は紅く残忍に輝いている。服はとてもみすぼらしい感じだ。
不和の女神エリス。かつて、私怨でトロイア戦争の原因を作り出した、狂神である。性格はアレだが、容姿はそこそこ美しい。
「キャキャ……だが、あたいは貴様のこと好いておるぞ?まぁ、流石にハデスの貴様への心酔には負けるがねぇ」
とエリスは言うが、むしろ、アレスを苛つかせた。
「いや、お前のようなクソ女神に好かれても嬉しくねぇよ。ハデスは尚更だ。まして、奴は女帝派と組んでるのだぞ。ホントにお前は人を苛つかせる天才だな」
と静かに怒りをぶつけると、
「そりゃ、あたいは厄災の母にして不和の女神、エリス様だからねぇ…ブキャキャ……」
エリスはニヤリと笑う。
「ま、まずはそのすぐ怒るところをなおすんだね。バカみたいだよ?いや、本当にバカなんだろうけど……。キャキャキャ……」
エリスはそう言って翼を広げる。
「バカ、だと……!?」
いよいよ黙っていられず、
「おい、待てや!このクソ女神!バカっつった方がバカって言葉聞いたことあるよなぁっ!!!」
と感情的に叫びながら、彼女の肩を掴もうとするがその前に飛び立たれる。
「いい加減、アテナと仲良くしな!別にアテナからは嫌われ通しって訳でもなさそうだしねぇ。貴様の武とあの女の智が合わさりゃ、敵なしなんだよ。貴様は力の勝負で負けたことがあるの?あの女が戦いに負けたところを見たことがあるの?つまり、そういうことさ。頼んだよ、キャキャキャ……」
エリスは最後にそう諭して、向こうへ飛んでいってしまった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さて、一次選別通過者の集まる闘技場第五層。シルヴァとアクアが来てからしばらくして、アテナはやってきた。
「皆さん、まずはあなた方を祝福。一次選別通過、おめでとうございます」
アテナはそう言って、選別を通過した約百五十に拍手する。
「それでは、これより二次選別の説明を始めます。二次選別は通過者全員が参加する野戦となります。まずは、中央の魔法陣に集まってください。鏡界に鏡域を映し、全員をそれぞれ別の場所へ送ります。鏡域内には多数の
拍手を止めると、アテナはそう言って中央の円へ皆を促した。
「行きましょ、アクア」
「うん!シルヴァちゃん!」
シルヴァとアクアも皆の流れに従って、円に入る。
「アクア、向こうへ行ったら空に青の『アネベイノ』を撃ってね。私も青の『アネベイノ』を撃つわ。お互いがお互いの『アネベイノ』の方向を目指しましょう。それを繰り返せば、いつかは会えるはずよ」
「うん、わかった」
2人は微笑み会う。シルヴァが同盟を組む相手は最初から決まっている。
「鏡は理想を映す。陣を扉に、鏡域へ繋ぐ。ただし、その先を諸所に固定」
アテナが詠唱すると、円が青の輝きを放ちだす。続いて、
「反転せよ!鏡面の扉よ!」
と言うと、内側が漆黒になる。
そして、気付けばシルヴァは鏡の世界に立っていた。
しかし、目の前の長い階段には見覚えがある。オリュンポス山麓から学園敷地に繋ぐ階段である。この鏡域はオリュンポス山の再現らしい。とても極大な鏡域は神の御力がいかに圧倒的かを知らしめる。
と、空に青い光が1つあがる。中腹より少し手前辺りだ。
「よかった、あまり遠くないわね。アネベイノ!」
それを見て、シルヴァも青の信号で返した。
2人は信号を撃ちながら進み、やがて会う。
「きっと、あなたたちがあげた信号の光を追ってきたんだ。アウトマトスというのは中々に賢いな」
「「言ってる場合かぁぁぁっ!」」
シルヴァとアクアは散る。声の者も木から降りてきた。
彼女が
肩まで伸びた金髪は後ろを橙色のリボンに束ねられ、瞳は吸い込まれるほどに蒼く美しい。白の服を押し出す豊満な胸には十分大きいはずの2人も引け目を感じた。
「私はキトルスだ。あなたたちは?」
その精、キトルスは2人に名を聞く。
「シルヴァよ」
「私はアクア」
2人も名乗ると、
「シルヴァとアクアだな。よろしく頼む」
とキトルスは言う。
「フロガスフェラ!」
前からくる猿型にシルヴァは火球を撃つ。拙い狙撃を数で補い、足りない威力は引き抜いた針葉で補う。
「ディストルテルム!」
その葉に破力をまとわせ、その猿型を吹き飛ばす。
アクアは「ヒュドルスフェラ」を唱えて水球で1体を撃ち殺し、キトルスは固有魔術「フォルマメモリア」を唱えて手から光の短剣を生み出して1体を刺し殺す。
残る3体は揃って飛びかかってきた。
「フロガスフェラ!」
「ヒュドルスフェラ!」
シルヴァ、アクアは火と水の球を撃つが、猿型はそれを剣で叩き落とす。
属性魔術に不慣れなのが災いした。表象を掴んではいても、それを的確に再現出来るだけの技術が今の2人にはない。
「マジ……?」
とシルヴァはぼそっと言う。
「任せろ!フォルマメモリア!」
そこで、キトルスが前に出てきて煌めく粉塵をまいた。
詠唱とともに粉塵は数十の光の短剣となる。
3体は全身にそれを浴びて、一斉に倒れた。
キトルスは猿型の死体から光の短剣を抜いて、2人に手渡す。
「この短剣、耐久は低いが武器としては結構な上物だ。ただ、私から離れすぎるな。欠片に戻ってしまうのだ」
と彼女は言う。
キトルスの固有魔術「フォルマメモリア」は破片を光の集合体として復元する。脆く一定領域でしか維持できないが、復元前の運動を復元後も続けるため、ああいった応用も可能なのだ。
「面白い魔術ね。その表象、どこで覚えてきたの?」
シルヴァは短剣を眺めながら問う。
「どこでという訳ではないのだが……。強いて言えば、自分自身だ。固有魔術って奴だ」
「固有魔術?もう、その域に達しているの?」
「正確にはそれならできる、だな。属性の表象はどうしても体摑めなくてな。だから、残った時間全てを固有魔術の体得に回した。固有魔術はそれだけで大きなアドバンテージになる。そんな私からすれば、2人の属性魔術の方が羨ましいな」
キトルスはそう言って、自身も短剣を手に取った。
「固有魔術か……。確かに厄介だったよ。一次で戦ったアクリって子のがそうだった。私、弓を選んだんだけど、相性は最悪。飛んでくる物体の推進力を0にしちゃう術だったから」
アクアは矢が止まったのを思い出しながら言う。
「まさか、弓先の刃だけで勝ったの?圧倒的に不利よ」
「ううん。指に矢を挟んで、拳でやったわ」
「カエストゥスか」
「流石、アクア。名案ね」
キトルスもシルヴァもアクアを賞賛する。
自然と3人は手を組むことになる。
三人組は山を進む。短剣を振るい、術を放ち、襲いかかる
失格者も出始め、より強い
中腹には元の世界に同じく、学園があった。
門の前には黒肌の獰猛そうな犬型
その犬が吠えると、突然、小さい犬型が現れ、3人を取り囲む。
「門を見張る黒い犬……。ケルベロスって訳?」
とシルヴァ。
「本物は頭が三つだし、群れもなさないはずだけどな。フォルマメモリア!」
キトルスは舞い、四方八方へ光の短剣を飛ばす。
だが、致命打ではなかった。
「フロガスフェラ!フロガスフェラ!フロガスフェラ!」
「ヒュドルスフェラ!ヒュドルスフェラ!ヒュドルスフェラ!」
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
3人は3方向へ散開。1体ずつ確実に潰していくこととする。ある犬は炎に幾度も打たれ、ある犬は水に貫かれ、ある犬は光剣に削がれ、力尽きる。
その束の間、大きい方からは注意が逸れていた。
最後の小型を倒そうとする3人を犬の巨影が覆う。
「「「ヤバ……」」」
声が重なる。だが、すぐキトルスは腰の巾着に手を伸ばし、欠片を取り出し、
「フォルマメモリア!」
振りかざした手をから現れたのは光の大剣。剣は犬を刺すが、心臓を穿つより先に刃が折れてしまった。
「フォルマメモリア」の耐久は元が大きい程、落ちてしまう。大剣は短剣よりもリーチで優る代わりに、耐久では劣るのだ。
「やはり、ダメか」
キトルスはアクアと後ろへ飛ぶ。
「テオスポウス!」
シルヴァも折れた刃を蹴って飛びのいた。
刃は蹴られた勢いで犬の腹を裂く。犬はしばしもがいて、ついに動かなくなった。
そこへ、もう3体小型犬が飛び込んでくる。
「テオスグロスィヤ!テオスポウス!」
シルヴァは1体を拳で壁に叩きつけ、蹴りで潰す。アクアは1体斬り捨て、キトルスは粉塵を投げて、
「フォルマメモリア」
数十の刃で1体を串刺す。
「伏兵とはまた、仕込みにしては利口なことをするものだな」
死体を見ながらキトルスは1人呟く。
「そこまでが仕込みなんじゃない?」
「だな。広大な領域に精巧な小道具、流石は上位神の創る鏡域という訳だ……」
シルヴァの言うことにキトルスも同感である。
アクアの声がないと思うば、先に入っていた。2人も遅れて鏡域の学舎へ踏み入る。
当然、学舎の中にも
踊り場に現れたのは水晶のような体の人型。左胸には赤い球体がある。
「■■■■……■■■■……」
それが発したのは理解不能な声。直後、胸から火球が放たれる。
「「「詠唱……ッ!」」」
3人は左へかわし、火は窓にぶつかる。だが、ガラスには傷1つもつかない。
「■■■■……■■■■■■■■……」
"赤"の水晶体が廊下に出てきて、再び火球を撃つ。
ただし、狙撃ではなく連射。一面を覆われ逃げ場はなく、弾速は3人の走力を超えている。防御は必須。
「流石にこれだけあれば大丈夫だな」
キトルスは巾着の中身をすべて手に掴む。その手を後ろに、円を描くように粉塵を散らして、
「フォルマメモリア!」
欠片は一斉に復元される。それらは複雑に組み合って、乱雑な盾となり、火球ともども砕け散る。
その隙に3人は近くの小部屋へ逃れる。
その中に人型がいたのが不運だった。胸の球体は青く、先程とは別種。
「■■■■……■■■■■■■……」
そいつもよく分からない声を発して、胸に水を収束、連続で解き放つ。
水球はあっと言う間に一面を埋め尽くした。
キトルスは咄嗟に手近の戸棚を倒し、
「伏せろ!」
と叫ぶ。シルヴァとアクアもその場に伏せて、戸棚を盾にする形になった。
水球は次々と棚に当たって弾け、いくつか頭上を横切っていく。
その間、キトルスは「テオスグロスィヤ」で棚を殴り、できた破片を投げて「フォルマメモリア」を唱える。
それは丁度、水晶体の頭上で棚となった。
輝く棚に強打され、"青"はよろめく。
その隙にシルヴァは戸棚を飛び越え、手の短剣で胸の球体を突き刺した。
思った通り、そこが人型の核。すぐに活動を停止する。
と、キトルスのいる方で扉の開く音がした。
3人を追ってきた"赤"が入ってくる。
「■■■■……■■■…!」
アクアは詠唱をさせなかった。
右手を引き絞り、胸に狙いを定め、光の短剣を投擲する。
少し左に寄ったが、核は貫かれた。
水晶体は仰向けに倒れる。
「この『野戦』。消極的な策だが、必勝法があるようだ。今さっき、確信に変わった」
安全確認を終え、部屋の隅に座ったところで、キトルスがそう言った。。
「必勝法?」
シルヴァが聞き返す。
「ああ。見てくれ、盾にしたあの戸棚を。なぜか凹み一つない。水とは言え、魔力からなる水球の威力は十分だ。アクアの『ヒュドルスフェラ』だってあの犬を容易に撃ち抜いていた」
シルヴァ、アクアはその棚を見る。確かに凹みは1つと見当たらない。
「赤の方の火だって同じだ。あれも窓に傷一つつけなかった。つまり、アウトマトスは鏡域内の物体を壊すことはできないのではないか?なら、やることは1つしかないな」
籠城。それこそがキトルスの導き出した必勝法だ。
扉の前に椅子や棚を立てて起き、キトルスが「グラヴィタス」を付与して重力を加える。
内開きの扉を内から塞がれては、
「だけど、いいのかしら。こんな方法で通過しちゃうなんて……」
「良い、と思う。そもそも、この『野戦』で見られているのは、私たちが戦場でどう生き残るかということに違いない。敵と戦うことだけが目的なら1人1人に
「それもそうね」
罪悪感に似た懸念も消え、シルヴァは二次選抜突破を確信した。