一回目の学級裁判が終わった後、意気消沈としていた苗木の目の前に現れたのは、包丁がぶっ刺さったゾンビと化した舞園さやかだった。


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2年前に書いた一発ネタを寄稿。


残機-1

 舞園さやかは、桑田怜恩を殺そうとして返り討ちにされて死んだ悲劇の少女。

 

 ――の、筈だった。

 

 

 *

 

「……舞園さん…………」

 

 舞園さんの記録が消えた、綺麗なボクの部屋。

 ボクはシャワールームの前で立ち尽くしていた。

 

 それも、シャワールーム周辺から幻聴が聞こえてくるからだった。

 

 

『なーえーぎー君!』

 

 

 おかしいな。これはまるで舞園さんの声じゃないか。

 

 

『お願いですから返事してくださーい! そこにいるんでしょう?』

 

 

 舞園さんが死んだのは、ほかの超高校級たちにも周知の事実。だから、こんな声が聞こえる筈がないんだ。

 

 震える手でドアノブを回した。

 

 

 

「もう、待ってたんですよ苗木君! どうして来てくれなかったんですか!」

 

 

 

 そこには、お腹に包丁がぶっ刺さった舞園さんがいた。

 

 

 *

 

 狭いシャワールームで、血色の悪い舞園さんとボクは話し込んでいた。

 

「つまり、舞園さんはゾンビになって生き返った、ってこと……? そんな事がありえるわけ……!」

 

「でも、事実そうなってしまったんですもの。そう思うしかないでしょう?

 ああ、生き返ったとはまた違いますね。モノクマが私の死体を運んでいったので、きっと今の私は死んだ時の状態で幽体離脱しているのでしょう。モノクマからは見向きもされませんでしたので」

 

「じゃあ、どうして舞園さんはずっとボクを呼んでたの?」

 

「幽体離脱とは言っても、ドアはすり抜けられないようで……

 それどころか、物を動かすことすら叶いませんでした」 

 

 今の舞園さんは、すり抜けできなくて、モノクマには見えなくて、血塗れな幽霊になってしまったようだ。

 包丁はどうしても取れないらしい。目に悪い。

 

「苗木君。モノクマが言っていました。次の裁判が楽しみだ、と。

 更なる殺し合いを起こそうと何か企んでいるのは間違いなさそうです」

 

「学級裁判のことを知ってるの?」

 

「ポケットに電子生徒手帳が入っていたので……」

 

「幽霊の電子生徒手帳でも、校則が更新されるんだね……黒幕は趣味が悪いな」

 

「これって黒幕のせいなんですか……?」

 

 ――ひとしきり情報交換を終えたボクらは、時計の針が12時を指していることに気付く。流石に明日の朝遅刻するわけにはいかないので、もう寝ることにした。

 ボクは勿論遠慮したのだが、どうしてもそうしたいとの強い要望があったので、舞園さんはバスタブで寝ることになった。確かに舞園さんの言うことは理にかなっている。モノクマに、ボクの部屋に見えない隣人がいるのがバレたら、きっと悪趣味な嫌がらせ――それも小学生のイタズラとはレベルが違う――を受けることになるだろ。

 ベッドがあるのに別の場所で寝る。一人で寝ているはずなのに、隣に人がいるような仕草をする。たしかに怪しい。というか必ず怪しまれる。

 

 という訳で、舞園さんがバスタブで睡眠を取るため、バスルームに向かって20分が過ぎた。ボクはなかなか寝つけない。そんな時だ。

 ボクの覚醒した両眼に、包丁のぶっ刺さった血まみれの美少女が、のそりのそりとボクに近寄ってくる映像が映し出された。

 ボクは心臓がドクンと跳ねるのを自覚する。ビジュアル的にもこれはヤバい。

 ボクはモノクマに勘付かれないように、小声で舞園さんに語りかける。

 

「舞園さん、どうしたの……? あんまりここで話してると怪しまれるよ」

 

「苗木君。私、眠れないみたいです」

 

 舞園さんは幽霊になってから、夜目が光る。

 ギラついた瞳は紛れもないボクに向けられていて、例えそれに他意は無かったとしても。

 

「えっと……」 

 

 ボクは正直に言って、ドキドキしていた。

 

「眠れないって、どういうこと?」

 

 少しの期待を込めた言葉。舞園さんは少し困ったように口を開く。

 

「うーん……この身体。どうも眠気がこないんです。それどころか夜になると覚醒してきちゃって」

 

「ああ……成程、そういうことか」

 

 少し冷静になった。

 

「という訳で苗木くん! 外に出させてください☆」

 

 ちゃっかりウインクすらかましてきた。

 ――魔性の女、そんな言葉が頭をよぎった。

 

 さて、こういう時はどう答えるべきなのか、ボクにはちっともわからない。しかし、ボクが舞園さんを好意的に思っているという事実は変わらないわけで――

 

「……あまり見つからないようにね」

 

 ――あっさりと許してしまった。

 その言葉の後にキャッキャウフフと喜ぶ舞園さんを見て、ボクは若干後悔した。

 しかし、行ってしまった人を呼び戻すほどボクは野暮じゃない。来る者は拒まず、去る者は追わずがボクのモットーだ。

 もしかしたら、彼女はずっとボクの部屋に引き篭もるのに飽きていたのかもしれないし、ここは舞園さんの賢さを信じることに決めた。

 という訳で、舞園さんが無事に帰って来ることを祈って、ボクは眠りについた。

 とは言っても、寝付きはいいものではなかった。ボクは家族のことを想いながら、深夜2時頃、意識を深い闇に潜らせた。

 

 

 *

 

 朝。起きたばっかりのボクは、まず舞園さんを部屋に招き入れた。

 舞園さんはドアの外で、かなりの大声を出していたらしい。しかし深い眠りの中にいたボクは、彼女の声に気付けなかった。結局気付いたのはボクがセットした目覚ましが鳴り響いてから。

 舞園さんはとても怒った。怒ったけど、すぐに上機嫌になり、ボクにいろんな報告をしてきた。

 

「苗木君! 大発見したんです!」

 

「大発見……?」

 

「こんな私でも、食べ物だけは食べられるみたいです」

 

「つまり、モノクマには……」

 

「いえ、私が食べても食べ物は無くなる気配がなかったので、お供え物扱いなのでしょう」

 

「信じられないよ」

 

「あ、あと一個あるんですよ、大発見! 私、血のダイイングメッセージで伝言を残せたんです」

 

「それは便利じゃないか!」

 

「ですが、‘11037’しか書くことが出来ないんです! 本当ですよ、手が勝手に動いちゃうんです」

 

「で、どこに書いてきたの?」

 

「食堂です……テヘ」

 

「…………」

 

 もっと他に書く場所は無かったものか……?

 

 

 

 

 朝、食堂にて。桑田玲音と舞園さやかの抜けた食事会は、重苦しい空気を保っていた。

 互いを疑い、探り合い、騙し合い、奪い合い、殺し合う。ボクらが疑心暗鬼に陥ることが殺人、ひいては学級裁判に繋がるのだと、嫌でも分からされた。

 だから、この無言は黒幕が望んだ展開なのだ。しかし、今のボクには到底明るく振る舞うことができなかった。

 

(舞園さんの幽霊化、殺し合い、学級裁判……)

 

 これがここに来てたったの一週間で起こった出来事なのだ。

 舞園さんの幽霊化により、ボクの情報整理は混乱を増した。

 

 

 と、その時。『占い師』葉隠康比呂の呑気な声により、ボクの思考は途切れた。

 

「おい皆、あれ見ろって! どう見ても舞園っちのダイビングマッサージだべ!」

 

 ダイイングメッセージだ。

 

 葉隠クンが指差した食堂の壁には、正真正銘、舞園製の11037があった。たらぁ……と血が垂れていて、どこかおどろおどろしい。

 

「……モノクマも悪趣味ね。わざわざ例の血痕まで残すだなんて」

 

 才能不明な超高校級、霧切さんが端麗な顔を歪めて言う。

 勝手に自分のせいにされるモノクマも哀れなものだ。まあ、そう思われるに相応しい所業をしてきたからだが。

 

「待つべ……もしかしてこれはスクープなんじゃねぇのか?

 『死んだアイドル復活!?』なんて見出しで売り込めば、印税バシバシに違いないべ!」

 

「うわ、葉隠サイテー……」

 

 『スイマー』朝日奈葵が、小声で言ったつもりであろう葉隠の一言に抗議を示した。

 

 とてもまともだとは言い難い食卓だが、舞園さんのダイイングメッセージと葉隠のクズさによって少しは元気を取り戻した……のかもしれない。

 いや、それはボクだけか。ボク以外の超高校級らは、舞園さんが『復活』したことを知らない。桑田クンがいなくなったのは僕の目から見ても周知の事実。明るい空気になろう筈もない。

 

 とにかく、騒がしい食事を終えたボクは舞園さんの待つボクの部屋へと向かった。

 舞園さんは僕の部屋の隅で体操座りをし、じっと待っていたようだった。

 

「待たせてゴメンね。舞園さん、何してたの?」

 

 舞園さんは寂しそうにしていた。

 

「苗木くん! えと、待ってました。

 私、何にも触れられないので! えへへ」

 

 そう言ってニコニコ笑う舞園さん。ボクが部屋に入った瞬間から、彼女はパアっと明るくなった。

 でもボクには、その笑顔が無理をしているように見えた。

 

「ボクじゃ、舞園さんの力になれないかな」

 

「え?」

 

「舞園さん、昨日からずっと辛そうにしてる」

 

 舞園さんの不自然なほどの明るさは、思えば不自然だ。自分が殺されて、人間じゃなくなって――。

 そんな状況でヘラヘラと笑っていられるとしたら、そう振る舞わなければならないほど参っているのかもしれない。

 

「……私は平気ですよ。苗木君は、苗木君のすべきことをして下さい」

 

「もしも悩みがあるのなら聞くよ。ボクは、舞園さんの力になってあげたいんだ」

 

 ボクはただただ舞園さんを励ましたい一心でそう言った。

 舞園さんが辛そうにしているところを見るのは、ボクだって望んでいないから。

 ボクの言葉を聞いた舞園さんは、少し元気のない笑顔でボクに語る。

 

「じゃあ、どうしても辛くて、どうしょうもなくなったとき……苗木君に頼ってみたいと思います」

 

「ありがとう。その言葉だけで嬉しいよ」

 

 舞園さんは、力なく笑った。

 

 *

 

 

 

 

 

「舞園さん! ボク、思いついたんだ。

 舞園さんの事を、誰かに打ち明けてみるのはどうかな? 舞園さんがボクにしか見えないなんて、そんなはずないよ! ボクに見えるくらいなんだから、きっと他の人達にも見えるはず!」

 

「苗木くん……」

 

 

 *

 

 

「それで、同居人の幽霊がいるって……苗木君。ふざけてるの?」

 

「本当なんだって! 多分、霧切さんも信じられないと思うけど」  

 

「ストレスでとうとう頭がおかしくなったのかしら……」

 

「ひどいっ!?」

 

 真剣にボクの目を見てそう云う彼女の名前は、霧切響子。未だ不明な超高校級である。

 彼女を選んだのは、他でもない舞園さんだ。舞園さんいわく、「彼女なら信用できそうな気がする」だそう。

 直感というものはバカにできない。舞園さんがそう言うならきっと、彼女は不誠実な人間ではないのだろう。

 

「はい、どうぞ上がって。あと、モノクマに知られる訳にはいかないから、ここからは小声でね」

 

「…………ええ」

 

 不器用な足取りでエスコートされ、部屋に招き入れられた霧切さんは、鋭い目つきでボクの部屋を観察している。まだ舞園さんの姿は見えない。

 

「出てきていいよ」

 

 一言。それを発するだけで、ウッキウキの舞園さんが霧切さんの一歩手間まで歩み寄った。今にもキスをするのか、と誤解されそうな距離である。

 ……足早いなぁ。

 

「彼女は舞園さん。幽霊になったんだ」

  

 ボクは早々と、霧切さんに彼女を紹介した。

 

「…………………」

「霧切、さん……? 見えてますか?」

 

 舞園さんは久々のボク以外との会話を、とても楽しみにしていたらしい。しかし残念なことに彼女の今の姿はどこからどう見てもゾンビである。引かれたのかと思案する。

 

「……………………………………」

 

 無言だ。ひたすら、無の空間だ。

 最早重力がなくなってしまったのかと錯覚するほどに、ボクは硬直していた。

 

「…………………………………………………」

 

 返事が、ない。

 霧切さんは、驚いたような顔でボクに振り返った。

 

「苗木くん。

 夢でも見ているんじゃないのかしら?」

 

「霧切さん。夢じゃないよ。だって彼女はそこにいる」

 

 ボクははっきりと断言した。

 そう。彼女は幽霊として、ここに存在している。存在しているのだ。

 

「冗談を、言っているわけではないのよね?」

 

「あ、あはは。冗談なんて、言うわけないじゃないか。趣味が悪すぎるよ」

 

 ボクは心がじわじわと、“何か”に追い詰められていくのを感じた。

 舞園さんは、表情を変えない。  

 舞園さんは、立っている。

 舞園さんは――

 

 

 

「舞園さんはここにはいないわ」

 

 

 

 

                    続く?




続かない

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