巨人のいない世界以上に平和な世界はない。
壁の外に無数の巨人がいる島国。
そんな島の壁の中で暮らす人々はずっとそう思っていた。
しかし、壁の外に出て、巨人を駆逐し、辿り着いた海の向こう側には、巨人よりも恐ろしい人がいた。
世界は広いと知った日には、深く傷ついたと少年は嘆いた。
ユミルの民の血を引いていても、引いていなくても人は簡単に死ぬ。
目の前で祖母が、次に母親が、父親が少年と姉を逃がし、その姉も少年を庇い巨人に喰われた。
少年は見た。
家族が次々に巨人に食われていく姿を。
そして思った。
巨人が食べた人たちは一体どこへと行くのか。
胃の中に落ちて彼らの糞尿となるのか。
あるいは消化できずに吐き出されるのか、はたまた彼らの一部になるのか。
その答えが2番目だと知った時、では巨人はどうして人を食べるのかという疑問にぶち当たる。
そしてその理由が、無垢の巨人にされた人々が再び人間に戻るためではなく、殺戮兵器としてそう作られたと知った時もまた少年は深く傷ついた。
他国を制圧するための兵器が、今では同族を殺すための物になっていることを少年は悲しみ、ならば彼らは一体何のために生まれ、生きて来たのだろうかと考えた。
終わらせる者が必要だと彼は決心した。
姉が父の書斎からくすねた古びた書物、モルガン家が王家に仕えていたことから、始祖ユミルや9つの巨人、パラディ島の3枚の壁の真実が記されていた。
彼の目標は始祖ユミルに会い、呪われた連鎖を断ち切ることになった。
しかし彼はまた知った。
9つの巨人の持つ美に
そして、その彼は会いたいと焦がれていた始祖ユミルに押し倒され、その自由を奪われている。
言葉も、力も発揮できないように始祖ユミルの支配を受けている。
「わけがないだろう」
「……ッ!?」
元々非力で、フリッツ王に嫁いでからは身の回りの世話を給仕にやってもらっていた始祖ユミルに、訓練を受けてきた兵士に力で敵うはずもなく、優しく退かされてしまう。
「君にはフリッツ王の子孫と言った気がするが、騙して悪いが私は君の血を引いていない」
「!?」
「一時的とはいえ感覚が乗っ取られかけたのは王家の遺伝子情報を食べた後遺症だろうな」
コキコキ、パキパキと自身の身体の自由を取り戻し、固まっていた筋肉をほぐしていく。
「私は王家の血を引いていないし、ユミルの民でもない。君を解き放つ者だ」
「…………」
そう言い放ったホライゾン・モルガンは始祖ユミルの手を取ったまま、尻もちをついたまま目の前の状況に驚いているエレンを見る。
「というわけだ、私は恐らくここから追い出されるだろう」
「……、……! (それって、まずいだろ!)」
「……おや? まだ君の思考が読めるな。これではマズイのはその通りだが、心配ないさ」
いつも通り物怖じしない笑顔を浮かべたホライゾンは、手を掴んだままの始祖ユミルをゆっくりと抱き寄せた。
「始祖ユミル、初めて会った時に言った通り私は君の圧倒的な性能に心打たれた。興味以上の対象だ」
「……っ」
耳元で囁くように話しかけられたユミルは肩をビクつかせながら、頬を赤らめてその次の言葉を待っている。
「まさか……よもや君に出会えようとは。乙女座の私には、センチメンタリズムな運命を感じられずにはいられない」
「……?」
「私は我慢弱く、落ち着きのない男なのさ」
先程まで顔を赤らめていた始祖ユミルの目がどんどん軽薄な男を見るものになっていき、それを見ていたエレンの目も同じになってしまった。
「信心深さが暴走すると、このような悲劇を招くというのか……」
熱意を持って気持ちを伝えたはずのホライゾンだがそれが空回りしてしまい、一人冷静にそう語るのだった。
「始祖ユミル、もう世界に巨人は必要ない。だがそれが君が不要というわけではない」
抱き締める腕を緩め、目の前にいる始祖ユミルに熱意を込めた真剣な眼差しを向ける。
「君にも未来がある。ここから離れ、新たな命としてこの世に生れ出づる未来が。君ならできるはずだ」
ユミルの民の子に限られてしまうが、始祖ユミルの力を使えば再び人類が巨人になることを回避することはできる。
しかしホライゾンの言う”新たな命”がどのようなものかは誰にも分からない。
「ここで、君の物語は終わってしまうのか?」
ホライゾン・モルガンの熱意に押されたのか、始祖ユミルは俯いてしまった。
それを支えるように手を伸ばしたホライゾンだが、それは始祖ユミルによって振り払われてしまった。
「この手を取ってはくれないか……」
残念そうに呟いたホライゾンの隙を突くように始祖ユミルがホライゾンを投げ飛ばそうとする。
「甘い!」
「……っ!」
だが逆に彼に投げ飛ばされたのだ。
しかし、始祖ユミルもただでは終わらせない。
立ち上がって再びホライゾンに突進するも、先ほどと同じように投げられる。
何度やってもまるで転がされているような状態になってしまい、それに始祖ユミルは苛立って顔を歪ませる。
「悪いな、君の動きはすでに見切ってる」
最初の不意打ちを入れても始祖ユミルの攻撃は全て防がれている。
そんな大人気のない光景を見せられているエレンは「いやいつまで続くんだこれ」と心の中で呟いた。
「始祖ユミルの行動原理は誰かに必要にされたい、見つけて欲しいという欲求だ。それを満たすまでは終わらないさ!」
それが取っ組み合いになるのか? とエレンは胡座をかいて休憩しながら見ていた。
「子供になればまたそれも満たされるはずなのだが、まだ理解を得られないようだ」
「……!」
ホライゾンが言うと、始祖ユミルはピタリと止まった。
彼女は理解していなかった。
誰かの子供になるということは自分の存在が消えることでしかないと。
しかし、ホライゾンの言う通り、パラディ島の誰かの子供になれば、昔のように奴隷として消費されるのではなく、人並みに愛され、可愛がられ、誰かに見ていてもらえる人生が歩めるかもしれないと。
しかし長年彼女を縛り続ける奴隷としての自分、フリッツ王の愛に縛られた自分がそれを許さない。
再びホライゾンの手を振り払おうとするが、それよりも前にホライゾンがその手を握って離さない。
「未来は誰にも分からない。ただ人はより良い未来のために進み続ける」
「……!」
ホライゾンの言葉に目を見開いたのはエレンだった。
『その巨人はいついかなる時代においても自由を求めて進み続けた』
「……そうだ、オレたちは自由だ」
エレンが小さく呟いたその言葉は、誰の耳に入ることもなく消えていった。
始祖ユミルはフリッツ王のためとはいえ、人類史に罪を犯してしまった。
しかしそれは彼女が自由を求めたからだ。
自由を求めているのに、自分を奴隷としか思っていないフリッツ王を愛してしまった彼女は愛の苦しみから解放してくれる誰かを求めている。
強大な力を持ちながらも、ただの奴隷だからと運命の奴隷であることに隷属し続けている。
彼女は奴隷じゃない。
神でもない、ただの人だということはここにいた僅かな時間のエレンでもわかった。
けれど彼女は求められるがままにその身に宿した力を使う。
それはきっと特別なことで、彼女が誰かに認められて生きるために必要なことだったのだろう。
『特別じゃなきゃいけないんですか? 絶対に人から認められなければダメですか? 私はそうは思ってませんよ 少なくともこの子は……偉大になんてならなくてもいい。人より優れていなくったって…… だって……見てくださいよ。こんなにかわいい だからもうこの子は偉いんです。この世界に生まれて来てくれたんだから』
力なんて無くても、人はみんな特別なんだ。
生まれた時から自由で、誰にも縛られることはない。
自由を求めて進み続けた者たちも、始祖ユミルも、その背中を見て育った子供たちも、それは誰も同じはずなのに、どうして互いに否定し合うんだろう?
「始祖ユミル、もう一度チャンスをくれないか?」
再び話せるようになり、体も動くようになっていたエレンはホライゾンの手の上から重ねるようにして始祖ユミルの手を取って微笑んだ。
「オレたち3人で一緒に歩んで行こう。もうお前は誰にも従う必要はない。尽くす必要もない。お前を愛してもいない奴に尽くす義務なんてないんだ」
「……っ」
「決めるのはお前だ。永遠にここにいるか、終わらせるかだ」
その瞬間、何かが崩れる音がした。
洞窟の天井に亀裂が入り、まるで時計の針が壊れた時計塔が倒壊するように、この世界そのものが歪むような感覚だった。
始祖ユミルは震える瞳でエレンとホライゾンを見つめながら、ゆっくりと頷いた。
座が崩れていく最中、ホライゾンはエレンへと目を向けた。
「大胆な告白だが、我々は子供は産めないぞ?」
結婚相手としてはエレンにはミカサが、ホライゾンにはヒストリアとアニが候補にいる。
どちらかが結婚して、子供ができればそこに始祖ユミルが来ればいい。
そうしたら、愛してあげられるし、ずっと見ていることもできるだろうと思って言ったエレンは声を荒らげた。
「ちがっ、お前とのじゃねぇよ! オレかお前かどっちかが結婚して出来た子供がユミルだったら、面倒みていけばいいだろって話で……!」
そんなエレンにホライゾンは柔和な微笑みを浮かべて、彼へと抱きつくと優しく髪を撫で始めた。
「ありがとう、君が来てくれてよかった。心の底から自由を求めさまよった君だからこそ、始祖ユミルを解き放つことができた」
そう言いながら、今度は彼女の額に手を触れると、優しく撫でるように軽く押し当てた。
すると始祖ユミルの瞳から涙があふれ出す。
長年孤独であり、物心ついた時には奴隷として生きていた彼女がそうされたのは初めてだったからかもしれない。
そしてその感情は、ホライゾンが教えてくれた愛に似ていた。
「では始祖ユミル、待っているよ。君がくれた平和なひとときを続けながら、君が産まれてくるのを」
「オレも待ってる。だからそれまで元気でな」
身をかがめて、始祖ユミルの目線に合わせてそう語りかけると彼女はゆっくりと頷き、自らの意思で自らのうなじを断ち切った。
2つの光の粒子となり、空へと昇っていく。
エレンはそれを見送り、ホライゾンもまた大仕事が終わったと肩をすくめる。
そんなホライゾンの肩を小突く。
「まだ終わってねぇだろ、まだまだこれからだぞ」
「ああ、そうだったな」
戻ったら、マーレやヒィズル国との同盟を継続して貰えるように頼まなければならないし、巨人の力を失ったパラディ島が平和を維持するためにはまだ多くの課題が山積みだ。
それでも希望はある。
新たな始まりに胸を踊らせながら、2人は笑い合った。
恐ろしく早い畳み方をしている自負はあります
何なりと言ってください
豚を逃がした理由は、自分のように自由でいられない豚に同情した説と、豚を逃がすことで誰かに見つけられたかった説が個人的にはあるんですが、始祖ユミルは矛盾を孕みまくっているのでよく分からないです。
まるでソレスタルビーイングだな(適当)
あと二話くらいで終わるかなぁ(これも2年前から言ってる)
スクールカースト編
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書いてくれ、必要だろ
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若人から青春を取り上げよう
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どちらでも可