Ice Time   作:アイスめぇん

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 禪院の精鋭が白い地獄に沈んでいた頃、少し時計の針を巻き戻せば長寿郎が組み上げた鍛錬場にて高速と剛力がぶつかり合っていた。

 いや、それは正確ではないか。

 

(偽物が……!)

(やっぱり、種があるタイプの高速移動か)

 

 手数で押そうとする直哉と、ソレを真正面から捌いていく真希。

 投射呪法は、一秒間を二十四分割し、視界を画角としてコマ打ちの要領で動きを作り、その作った動きを後追いさせるというもの。相伝の術式とされているが、その歴史はそれほど古いものではない。精々がアニメなどが日本で放映され始めた辺り程度からの物。

 制約としては、過度に物理法則や軌道を無視した動きは作れない。

 特筆すべきは、やはりその圧倒的なまでの速度だろう。

 予め作った動きを後から修正する事は出来ないとはいえ、一秒間に事が行われるのだ。発生する速度は常人の目に留まるものではない。

 一方で、完全に呪力から脱却した真希はといえば、端的に言って超人と化していた。

 肉体強度は文字通りの“鋼”。更に馬力は前とは比べ物にならないほどに上がっており、動体視力に反射神経、五感含めて完全に振り切れていた。

 故に、見切れる。相手がどれだけ速かろうとも、真希も真希で万全だ。

 何より、

 

「!」

 

 止められ、その瞬間に吹き飛ばされようともその体の痛痒は蚊に刺された程度。

 如何に直哉が速度を増しても、真希の積み重なるダメージは大したことが無い。それどころか、徐々にだが対応し始める始末。

 しかし、直哉は気付かない。その目には、過去への憧れというフィルターと、散々見下してきた女という存在の二重のフィルターが掛けられているから。

 投射呪法は、一度に出せる速度には上限がある。だが、重ね続ければその速度は増していくのだ。

 要は、ゲームで言うところの加速し続けるダッシュ板に乗り続けているようなもの。その速度は亜音速にも到達する。

 直哉も直毘人も、速度を重視する術師だ。彼らにとって速度こそが、力。亜音速から繰り出される打撃は、容易く人体を破壊できる。

 だがしかし、直毘人には有って、直哉には無いものが今回の勝敗を分ける事になる。

 仮に、直毘人が今の真希と戦う事になったならば、最大限の警戒をもって特級呪具でも使ってその首を術式に慣れる前に刎ね飛ばしていた事だろう。彼は、直哉の様に素手への拘り等無いのだから。

 そも、得物を見えるように持ち運ぶ者たちを馬鹿にする直哉ではあるが、それはどんな相手でも一瞬で倒せる者が言うべき事だ。主に、五条悟。

 一部の者しか知らないが、直哉は一度油断が祟って東京で脹相に敗れている。

 彼自身は、油断しているつもりはない。つもりはないが、フィジカルギフテッド相手に術式有りとはいえ素手で戦うなど無謀も良いところ。

 仮に、直哉と同じ手段で戦おうとするならば、五条の無下限術式の様な、突破が基本不可能なもの。或いは雨里や漏瑚の様に、人体など一瞬で炭化させるような火力をもって焼き払う、もしくは宿儺レベルの切断能力のある一撃で首を刎ねる位か。

 まあ、つまり――――

 

「偽も゛っ」

「知るか。私は、私だ。重ねてんじゃねぇよ」

 

 カウンターのパンチ一発で、直哉は沈んだ。

 顔の右半分を潰されるような形で岩盤に叩きつけられる事となったそんな彼にしゃがみ込み、真希は首筋に指を這わせる。

 幸いというべきか、手心を加えたつもりはなかったが弱い脈拍が伝わってきた。

 勝敗の要因は、目の前の戦闘に集中していたかどうか。

 直哉は、彼女を通して憧れた存在を見ており自尊心が膨れ過ぎていた。一方で、真希は目の前の術式の攻略に執心。結果的に見切った上で一発KO勝ち。

 

 ただ、一発で終わらせた真希の方は若干の消化不良気味でもあったりする。

 彼女は過去に、直哉にボコられていた。いや、そもそも禪院家の面々には昔から酷い扱いを受けてきた。

 そんな相手が一発。強くなり過ぎたと実感するには、彼女は傲慢ではなかった。

 仕方なく、伸びた直哉を肩に担ぎ上げた真希は帰路に就く。

 後輩が負けるなどとは思っていない。寧ろ、今の自分以上に得体のしれない存在というのが件の後輩であるのだ。

 もっとも、だからといって排除するつもりは毛頭ない。寧ろ、感謝すらしている。

 

「……派手にやってるな」

 

 一際強くなった冷気を遠く感じ取りながら、真希は薄く笑みを浮かべる。

 事態は深刻だが、しかし戦力としては悪くない。

 後は忌庫の中を漁るのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ふぅ……この、呪力消費は疲れますね」

 

 左腕を回して伸びをする雨里は、言葉の内容とは裏腹にそれほど疲れている様子は見られない。

 ただ、

 

「へっぷし!」

 

 寒そうに体を震わせるぐらいか。

 この時期は、雨里にとって本当に地獄であった。冷える体に加えて、外気温が低すぎるのだ。

 そんな震える彼の肩に、コートが掛けられる。

 

「終わったのなら、返すわ」

「あ、ありがとうございます、真依先輩」

「別に……それにしても、貴方領域展開なんてできたのね」

「あー……まあ、何度か未完成の領域には会いましたし、渋谷で完全な領域展開にも巻き込まれましたから」

「……普通、そこまで巻き込まれたら、生きてないんじゃないかしら」

 

 呆れる真依だが、実際問題彼と同じような目に遭えば、九分九厘の術師は生き残れない。

 少年院の特級、交流会での襲撃、廃遊園地での特級相当、そして渋谷の特級四連戦。寧ろ何で生き残っているのか、と言われてしまいそうな内容。

 それでも彼は生き残って、そしてここに居る。腕一本の犠牲を払ったが、裏を返せば命を落とさずに済んだのだ。

 和やかに会話する二人の一方で、氷に閉じ込められた状態の禪院家の炳の面々と言えば呪力の供給が途切れてただの氷へと戻った氷河の中でどうにか抜け出そうと四苦八苦していた。

 高々氷、と思われそうだが、そうではない。雨里の創り出す氷というのは、基本的に空気などの不純物がほとんど含まれる事のない高純度のものだ。

 不純物が少なく高純度であるという事は、それだけその氷は中身が詰まっているという事。中身が詰まっているという事は、それだけ硬いという事。

 呪力が使えるのならば、容易く割れそうな物だが氷は完全に体に密着している。密着しているという事は、指先に至るまで体を動かせる余地は0という事になる。余地がゼロなら、反動や助走と言った、自力とは違う力に頼る事も出来ない。そして、自分を中心として厚さ一メートルもありそうな純度の高い氷を身動ぎで壊せる者などどれだけいるだろうか。

 そんな中で、一人絶望の淵に立っている者が居た。

 

「……」

 

 禪院扇だ。

 結論で言えば、彼は精神の支柱をポッキリと折られてしまっていた。

 高々子供一人。それも腕を失ったような者。敵はおろか、路傍の石も同然な歯牙にもかけない存在である筈だった。

 だが、蓋を開けてみればどうだろうか。見切られる筈の無かった居合は一手目であっさりと止められ、鍛えてきた筈の術式は、相性的に勝てそうな氷の前に敗北。逆に氷漬けにされ、加えて手足を砕かれ、今では息をする事すらも苦しい始末。

 呪力を練ろうとすれども、呪術師として成立できるだけの呪力が逆に体を蝕んでくる。

 呪術師として、完全に終わった。それどころか、人としても。

 

「ぶっはっはっは、終わったな扇」

 

 黒目がちな目が影を落とす中、彼に声を掛けたのはついぞ追いつけることのなかった兄だった。

 禪院直毘人が見るのは、隻腕の少年。

 渋谷での初体面からの、特級との戦闘の際にも年の割にかなり洗練された術師だとは思っていたのだ。術式の強力さのみならず、術式をフル稼働し続けてもなかなかガス欠しない呪力量。

 加えて今回。領域展開すらもモノにしているというのなら、身内に引き抜きたいというのも当然だった。それも、今はライバル(五条家)が沈黙状態。もう片方の御三家である加茂家にしたって、基本は上層部と懇ろ。強力な術式持ちが現れても手を伸ばすのが遅い。

 一方で、禪院家というのは、強力な術式をとりこむ事に抵抗がない。何なら、強ければ相伝となる。

 幸いと言うべきか、雨里と双子が友好的な繋がりを有している。

 

 直毘人が心算で算盤を弾いていれば、役者の一人もこの場に帰ってきた。

 

「よぉ、京平。真依にケガさせて無いだろうな?」

「おかえりなさい、真希先輩。ええ、勿論。擦り傷の一つもありませんよ。それで……そちらは?」

「ん?ああ、忘れてた」

 

 ニヒルに頬を歪めていた真希は、まるで荷物でも放るように肩に担いでいた書生姿の男、直哉を庭へと投げ捨てた。

 ぞんざいな扱いではあるが、小さく呻き声が聞こえる事から、生きている事が雨里にも分かった。

 

「それじゃあ、行くぞ。炳の奴らは片付けたんだろ?」

「全員、か分かりませんけど。少なくとも向かってきた人たちは撃退しましたよ」

「良し。なら……おい、酔っ払い。忌庫を開けるぞ。直哉に勝ったんだ。文句ないだろ?」

「ああ。好きにしろ」

 

 酒瓶から直飲みする直毘人。彼の機嫌が良いのは、口先だけの炳含めた戦闘部隊()引き締めが出来たから、と言うのもある。

 再三再四ではあるが、御三家と言うのは傲慢だ。

 五条悟ワンマンの五条家。上層部と懇ろな加茂家。そして、戦力という点で抜きんでていた禪院家。

 歴史の長さというのは、腐敗を生む。それも、なまじ権力というものを持ってしまえば猶の事。

 現在の禪院家、のみならず、御三家には五条悟を除いて特級呪霊に対抗できる術師はまず居ない。それどころか、1級としての術師の実力に到達しているのか微妙な者も珍しくなかった。であるのに、権威意識だけは甚大で、そこに実力がついてこない。

 禪院家で言うのなら、扇や直哉がここに該当するだろう。なまじ才覚が中途半端にあるせいで、自分が強いと()()()してしまうのだ。

 そういう人間は、向上意識というものに欠け、更なる組織の腐敗を呼び込んでくる。

 

 この敗北は、必然だった。

 足掻いても、無様でも、只管に前に進む者たちに、停滞した輩に負ける道理など無いのだから。

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