イアイアの実・モデルニャルは地雷案件すぎませんか?   作:露木曽人

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シャンタークさんのお話を書くにあたって、彼が教団に来た経緯を一部修正しました。
長年仕えた旦那様が亡くなり、新しい当主(旦那様の息子ではない)と反りが合わんかったので辞めてきました的なサムシングでオナシャス


第E話 老執事、シャンタークから見た"彼女ら"のこと

大航海時代。

 

夢を追い求める海賊たちが、当たり前にはびこる時代。

 

シャンタークにとって、それは哀しい時代だった。

 

彼は二十代の頃から、とある貴族に仕えていた。

 

主人は賢く溌溂とした頼りがいのある男性であり、奥方は控えめでとても美しく、そして心優しい人だった。

 

 

恵まれた環境にいたと思う。

 

夫婦仲は良好であり、彼らの治める島は平和そのもので、誰もが飢えることもなく、活気に満ち溢れていた。休日には街の広場でバザーが開催され、賑わったものである。

 

待望のご子息が産まれ、教育係としてとある執事があてがわれた。シャンターク自身が執事教育を施した若者であり、彼になら坊ちゃまの教育をお任せできるだろう、と太鼓判を押した相手だ。

 

そんな幸福な日々に暗雲が立ち込めたのは、いつの頃からだっただろうか。

 

 

きっかけは、奥様が亡くなられたことだ。

 

ふたりめをご懐妊中だった彼女は、メイドたちを連れ街に繰り出した折に、不幸にも酒場で泥酔していた海賊どもの乱闘に巻き込まれ、流れ弾で腹を撃たれた。

 

病院へ緊急搬送された頃にはもう、お腹の子ともども亡くなられた後だった。

 

 

旦那様は荒れた。

 

ご子息は、狂ったように泣いた。

 

お二方ともが、海賊を憎むようになった。

 

島には海賊の入港禁止令が布かれ、奥方様の葬儀には、大勢の島民たちが参列した。

 

シャンタークも、一輪の花のようであった彼女を想い、涙した。

 

 

ご当主とご子息の親子仲が険悪になられたのは、それからしてすぐのことだ。

 

ご子息は、海軍に入り、海賊どもを皆殺しにしてやると息巻いて、彼につけられた執事を連れて屋敷を飛び出した。

 

旦那様は当然お怒りになられたが、ご子息の意志は固く、連れ戻すこと能わなかった。

 

 

 

『なあシャンターク、私は間違っているのだろうか』

 

だが、そんなご子息も、海兵としての任務の最中に、海賊に殺され殉職してしまわれた。

 

乱戦であったために亡骸は回収されず、海軍からは遺骨の代わりに、小さな石が入った骨壺が届けられた。

 

これは、遺体を回収できなかった場合の措置であり、決して故人を侮辱するものではない。

 

 

ご子息の遺骨とともに、彼に伴した執事の遺骨も届けられた。

 

若様が屋敷に戻られるお心積もりになるまで、どうか若様を守ってやってくれ、と願いを託した彼だ。彼はまだ、青年だった。若者だった。

 

彼は執事として、最後の最後まで己の主に付き従ったのだろう。

 

 

 

『ああシャンターク、私は間違っていたのだな』

 

しかし、愛する我が子が、奥様の忘れ形見が、遠い遠いどこかの海で命を散らし、ちっぽけな石ころひとつになって帰宅した事実に、旦那様は耐えきれず、それからは別人のように精気を失い、酷く老け込んでしまわれた。

 

だが、ギラギラと燃え滾る憎悪の炎だけが、彼を蝕んでいた。

 

 

海賊を絶対に赦さない。

 

あれほど幸せに満ち溢れていたお屋敷には、もはや幸せと呼べるものは欠片も残されてはいなかった。

 

海軍に出資し、海賊狩りを援助し、自らの手で仇を取ることのできない己の不甲斐なさを埋め合わせるように、街では海賊の公開処刑が行われるようになった。

 

 

 

『殺せー!』

 

『殺しちまえー!』

 

『縛り首だ!!』

 

『いいや斬首だ!』

 

『火炙りにしろォ!!』

 

かつて、町人たちがバザーを開き、賑わいを見せていた広場は、処刑場へと作り変えられた。

 

旦那様が援助している海賊狩りたちが連れてくる海賊たちが、見世物のように処刑されていった。

 

残酷に、残虐に。

 

愛する妻と子を奪われた旦那様の復讐心を、満たすそのために。

 

 

だが、人は順応するものだ。

 

最初のうちは、旦那様が狂気に駆られておかしくなっちまった、と恐れていた島民たちも、やがては海賊の処刑を娯楽として楽しむようになり、小さな子供までもが石を投げ、殺せ、殺せと熱狂しながら叫んだ。

 

 

そのうちに海賊の公開処刑はその島の名物となり、海賊が惨たらしく殺されるそのショーを楽しむために、大勢の観光客が訪れるようになった。

 

平和だった街には常に血の香る風が吹きすさぶようになり、響いていたはずの笑い声は、陰湿な嘲笑へと変わっていった。

 

 

 

『なあシャンターク、私はどこで間違えてしまったのだろうな?』

 

血まみれ公爵、などと揶揄され、大勢の海賊から恨みを買った旦那様を目あてに、海賊たちは仲間の敵討ちや、海賊の公開処刑などといったものが気に食わないと、大挙して島に押し寄せた。

 

 

だが旦那様が雇われた海賊狩りたちや、他ならぬシャンターク自身が、そんな海賊たちを血祭りにあげていった。

 

彼は、若い頃から修めていた刀の腕を、さらに研き続けた。

 

この海で、弱くあることは悲劇を生む。

 

旦那様を、お守りしなければならない。

 

 

悪魔の実にさえ手を出し、彼はバットバットの実・モデルアンネイマブルの能力者となった。

 

コウモリの翼を生やし、空を飛び回り、二振りの刀、遠目にすれば、巨大な牙のようなそれから鮮血を滴らせる姿は、いつしか"吸血鳥シャンターク"などと恐怖されるほどであった。

 

 

だが、彼が強くなっただけ、悲劇は増える。

 

こちらから確保しなくとも、向こうから獲物がやってくるぞ!バカな奴らめ!さあ、次はどうやって殺してやろうか!そんな血気盛んな若者たちを、巨大な意思のうねりとなってしまった島民たちを、止めるだけの力には及ばなかったのである。

 

 

もはや、醜悪な集合怪物と化してしまったかのような島民たちが、無責任な観光客たちが、海賊たちの屍をうず高く積み上げていった。

 

将来は海賊になりたい!と言った子供が、リンチされた。

 

二度とバカなことを言うんじゃない!と、両親はそんな我が子を責めた。

 

 

旦那様はいつしか、そんな処刑広場から遠のき、血の香りの風がやまない屋敷に引きこもるようになられてしまった。

 

あれほど熱望し、楽しんでいたはずの海賊の処刑から遠ざかり、酷く疲れたように、日々の業務をこなすようになった。

 

 

奥方様が亡くなられてから、三十年以上が経過していたのだ。

 

いつしかシャンタークが人生の過半を捧げた島は、奥方様が愛した平和な島は、血みどろ島などと揶揄され、昨日も今日も明日も、海賊たちの怨嗟に満ちた断末魔と、熱狂する観客たちの歓声が木霊するひとつの地獄と化していた。

 

 

人は変わる。

 

正義が、悪が、人の心を変えてしまう。

 

悪い海賊が誰かを殺し、悲劇を生み、人が狂う。

 

そんな悪い海賊を、殺してしまえと正義に満ちた人々が、石を投げる行為への免罪符を手にした途端、狂ってしまう。

 

自分たちは正義なのだと、そう思い込む気持ちで、また人が狂う。

 

 

 

『旦那様、お茶が入りましたよ』

 

『ああ、すまない。茶はいいな。血の匂いも、血の味もしない。まるで、妻が守ってくれているかのようだ』

 

ノイローゼ、だったのだろう。

 

旦那様は、老いてしまわれた。

 

もはや煮え滾る復讐心も完全に鎮火してしまい、最近では食事を摂るのも億劫だとばかりに、亡き妻や亡き我が子が愛した茶や、菓子だけを食べるようになった。

 

おそらくは、いいやきっと。

 

早く家族のところへ逝きたかったに違いない。

 

 

旦那様は、復讐のためとはいえ、あまりに多くの海賊を殺し過ぎた。

 

あまりに多くの人間を殺し過ぎた。

 

奥方様の死とも、ご子息の死とも関係のない海賊を、ただ海賊であるというだけで、八つ当たりに殺した。

 

 

 

『なあシャンターク、愚かな私を、家族は赦してくれるだろうか?』

 

愚かなのは、私だ、と。

 

シャンタークは思った。

 

自分は、一介の執事でしかなく、旦那様の陰となり、忠実な従者であり続けることこそが執事のあるべき姿だと思っていた。旦那様の望むままに。旦那様の仰る通りに。我を抑え、忠実に徹した。それが忠義であると信じた。

 

だが、これはどうだ?旦那様は痩せ衰え、生きる気力を失くし、ただ哀しく笑うだけの存在になった。

 

 

もっと他に、やれることがあったのではないか。

 

自分がもっとしっかりしていれば、何かが変えられたのではないか。そんな後悔ばかりが、後から後から押し寄せてくる。

 

本当に、本当にこんなものが、自分が望み、選んだ人生だったのか。

 

シャンタークにはわからなくなった。ありえたかもしれないもしもが脳裏をよぎるたびに、ただの人形のように、命じられるがまま動くだけであった己の不甲斐なさを悔いた。

 

だが、それをおくびに出すことは、憚られた。

 

全ては、手遅れだったのだ。

 

 

 

『ああシャンターク、愚かな私を赦しておくれ。お前は、もう自由になってよいのだ。こんな愚かな老いぼれを見捨てることなく、最期まで付き合ってくれてありがとう。これからは、お前の自由に生きてゆきなさい。お前の行きたいところへ行き、言いたいことを言い、見たいものを見なさい。それが私がお前に与えられる、償いだ』

 

 

 

いいえ、いいえ違うのです。

 

本当に愚かだったのは、この私なのです。

 

旦那様は、程なくして息を引き取られた。

 

公爵家の後を継いだのは、数年前から遺産を目あてに屋敷に居座っていた遠縁の親戚だ。

 

 

典型的な貴族のバカ息子を絵に描いたような彼は、公開処刑を娯楽とし、宙に舞う首を指さし笑うような気質の人間だった。

 

 

 

『お世話になりました』

 

シャンタークは六十年近い歳月を過ごした、もはやかつての面影などなくなってしまった故郷の島を離れた。

 

 

荷物は幾ばくかの旅支度と、護身用の二振りの刀。

 

これまで貯えた資産を持ち運べるように換金した大量の宝石。

 

それに、旦那様と奥方様の結婚指輪、そして、ご家族三人で撮られた在りし日の幸福が切り取られた一枚の写真だけ。

 

 

亡き旦那様から、余生をひとりで送れるだけの貯えは十分に頂いていたし、やりたいことなど何もなかったので、どこか辺境の、落ちついた静かな島にでも移り住んで、旦那様、奥方様、ご子息様とその友であった若き執事を供養しながら、余生を送ろうと、そう思っていたのだが。

 

 

 

『なあ知ってるか?ドリームアイランドって島に行くとよ、死んだ人間にもう一度だけ会えるらしいぜ?』

 

『そんなもん、ただの噂話だろ?』

 

最初は、ただの興味本位であった。

 

だが、もし本当ならば、確かめてみたい、と思ったのだ。

 

旦那様は、死後本当に、ご家族のもとへ逝けたのか。

 

そちらは、幸せですか?ご家族、仲よく過ごしておられますでしょうか?そう、確かめたかったのだ。

 

 

 

「こんにちは。

 

あなたがシャンタークさんですか?私、ニアと申します」

 

そして、出会った。

 

彼女に。

 

 

最初は、ただの詐欺師だと思っていた。

 

胡散臭いカルト宗教が、死者蘇生の噂などを流して、信者を集めているのだと思った。

 

だが、違ったのだ。

 

ドリームアイランドでは、死者が生者とともに、幸福な余生を送っていたのだ。

 

 

海賊に殺された母を取り戻した夫と子供がいた。

 

若くして亡くした妻とともに、静かな老後を送る老人がいた。

 

心から愛した旦那に最期の別れを告げ、新しい人生に踏み出していった女がいた。

 

命よりも大切な愛猫とともに、寝食する男がいた。

 

いつまでも赤ん坊のままの姿でいる我が子に、ようやくこの子は死んでしまったのだと理解、決別できた両親が、旅立っていくのを見送った。

 

 

その誰もが自分自身で納得し、心の踏ん切りがつくまで、この教会で静かに暮らしていた。

 

そこには愛があった。平穏があった。

 

死者の安らかな眠りを悪戯に冒涜しているのではないことは、蘇った死者たち自身の顔を見れば一目でわかったから。

 

 

そして、教団は、聖女は、彼らに何ひとつの無理強いをすることもなく、ただあるがままに、なすがままに、受け容れていた。

 

滞在希望者から格安の宿泊費をもらう以外には金を搾り取ることもなく、毟り取ることもなく、恩着せがましくもなく、だ。

 

 

あなたは死者とともに島で暮らしてもいいし、手頃な物件が見つからなければ、幾ばくかの滞在費を払って教会に住んでもいい。

 

もちろん死者に別れを告げることができるようになったならば、島を出ていっても構わない。

 

あなたの自由に、したいようにしてよい、と。

 

 

 

「それで、シャンタークさんはどなたとの再会をお望みなのでしょう?」

 

「いいえ、いいえ。わたくしは、どなたとの再会も望みません」

 

 

ああ、と。

 

シャンタークは納得した。

 

死後の世界というものは、本当にあったのだろう。

 

人間の魂というものが、本当にあったのだから。

 

ならばきっと、きっと旦那様は、愛するご家族のもとへ召されたのだろう。

 

ならば、自分がそれを呼び戻す必要など、きっとない。

 

 

救いは、あったのだ。

 

失意の老人が、ただの物言わぬ肉塊となって、焼却処分されただけ、ではなかったのだ。

 

旦那様は、ご子息様は、奥方様は、死後きっと再会なされたのだと、そう思えた。

 

大航海時代が生んだいくつかの悲劇に見舞われ、散り散りになってしまった家族は、今再び手を取り合って、永遠に幸せな場所へ行けたのだと。

 

そう心から信じられるようになったことが、シャンタークにとっては何よりの救いであった。

 

 

 

「うちで働きたい?」

 

「ええ。ご迷惑でなければ、ですが」

 

「もちろん、大歓迎ですよ!」

 

 

守りたい。

 

いや、守らねば。

 

一輪の花のごとき少女を。少女が与えた、その優しい救済を。

 

聖女などと、仰々しく喧伝されていた彼女を、所詮は偽物だろう、ただの宗教的欺瞞が人為的に生み出した、金のための偶像だろう、と疑っていたのだが、彼女は本物だ。

 

彼女に救われた人間がいる。

 

彼女に救われている人間がいる。

 

 

他ならぬシャンターク自身が、救いを得たのだ。

 

それは、己が再び刀を振るうに足る理由となる。

 

恐らく、いや間違いなく、彼女は望まずして数多の戦争の引き金となり得る危険な存在だ。

 

彼女を利用しようと企む悪しき人間は、きっと海賊であろうがなかろうが、あまりにも多いに違いない。

 

 

 

「いかがなさいましたか?」

 

「いいえ、いいえ。なんでもないです。あなたを採用します、シャンタークさん。今日からよろしくお願いしますね」

 

 

 

そうしてシャンタークは、彼女の執事となり、その刃、その盾となることを選んだ。自らの自由意志で。愚かな老骨なれども、今度こそ。旦那様の名に誓って、今度こそ間違えずに守り抜く。そんな意地を貫き通す、そのために。


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