イアイアの実・モデルニャルは地雷案件すぎませんか?   作:露木曽人

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感想欄での伯父さん人気が凄かったので、さてはこれは伯父さんを書くならば今が好機です!という啓示だな?と思い、一気呵成に書き上げてみました。
皆さんから頂いた沢山の感想がモンスターエナジーのガソリン割のように執筆のモチベイシヨンを爆上げしてくれます。感謝の極みです。


第13話 伯父さん、この世界に反旗を翻すってよ

この空と海の狭間には、我々の良識などでは計り知れぬ混沌があることを、ダエモン・サルタンは思い知らされた。

 

 

 

「伯父様!」

 

「おお、ニア!大きくなったな!」

 

自らの胸に飛び込んでくる姪のニアを、抱き上げながらくるりと一回転する。

 

ヒラリとたなびくナイトドレスの赤が、姪の白い肌によく映え、いっそ煽情的ですらあると、彼は咄嗟に年頃の娘なのだから、もう少し慎みを持ちなさい、と説教しそうになったものの、辛うじてそれを堪えた。

 

とびっきりの、満開の花のような笑顔を浮かべる腕に手を取られ、高級レストランの門をくぐる。

 

 

久しぶりの食事なのだ。

 

可愛い姪に、口やかましい伯父、と思われるのは嫌だったし、何よりもっと他に、話したいことが沢山あった。

 

 

 

『お兄様!私、結婚するの!あんな失礼な人とじゃないわ!もっと素敵な、優しい人とよ!』

 

姪のニアは、サルタンの妹夫婦の間に生まれた少女だった。

 

 

先祖代々軍人の名門家系、ダエモン家に産まれてしまったことがそもそもの不幸であった妹は、まだ夢見る少女であった折、将来有望な海軍の軍人との見合い結婚を両親に強く勧められたことに反発し、恋した船乗り男とともに、駆け落ち同然に島を飛び出したのだ。

 

 

やがて船乗りを辞めた旦那は漁師となり、妹は小さな食堂を営むようになった、と妹からの手紙で知った。

 

駆け落ちなどという恥ずべき行為で素晴らしき良縁を破談させ、先方にもダエモン家にも恥を掻かせた不出来な娘を両親は勘当したが、サルタンだけは、そんな妹を見捨てることができなかった。

 

 

妹も、そんな兄にだけは、こっそりと手紙を寄越した。

 

小さく中古でありながらも、家を買ったこと。

 

娘が産まれたこと。

 

娘にはニアと名付けたこと。

 

海軍で働く兄を気遣う気持ちや、愛する家族と幸せに暮らしていることの喜びなど、お転婆娘がそのままに母になったかのような手紙には、いつも笑顔をもらっていたものだ。

 

 

娘がうっかり悪魔の実を食べてしまったの、どうしましょう!と大慌てで手紙を寄越してきた時にはさすがにサルタンも焦ったが、どうやら悪いものではなかったらしく、少しずつ悪魔の実の能力を使いこなしているとのことで、それならば心配なかろう、と返事をしたためた。

 

その後も、妹との手紙のやり取りは続いた。

 

 

いつかきっと、お兄様も遊びにいらしてね。

 

その時は私の手料理をご馳走するわ。

 

ああ、いつかきっと、会いに行くよ。

 

そんな軽率な約束で、会いに行くことを先送りにしてしまっていたことを、サルタンは生涯後悔することとなる。

 

お家のしがらみが、海軍の仕事が。

 

そんなもの、放り出してしまうべきだったのに。

 

 

悲報は、いつもと何も変わらない、ごく普通の休日の昼下がりに届けられた。

 

妹夫婦の住まう島を、海賊が襲撃したのだ。

 

生き残りなど、皆無に等しいほどの大虐殺。

 

サルタンが駆け付けた時にはもう、娘夫婦は他の犠牲者共々火葬され、遺灰となった後だった。

 

 

 

『おじちゃん、だあれ?』

 

『おじちゃんはね、おじちゃんは...君のママの、お兄さんだよ』

 

不幸中の幸いであったのは、姪のニアが生き延びていたことだ。

 

彼女には、自分そっくりな分身を作り出す能力と、その分身を他人に変身させる能力があった。

 

まだ満足に使いこなせてはいないものの、少なくとも自分の分身は生み出せるようで、そのお陰で助かったのだろう、と推測した。

 

 

 

『おじちゃん、どこ行くの?』

 

『おじちゃんのおうちだよ。今日からおじちゃんが、君のことを守るからね』

 

ニアは、賢い子供だった。

 

両親が死んだことを、殺されたことを理解していたし、自分が私に引き取られたことも、そして、サルタンが両親から、あんな親不孝な、勘当した娘の子供など、孤児院にでもなんでも放り捨ててしまえ、と言われ、怒り心頭のままに大喧嘩をしたこともだ。

 

 

 

『ニア、疲れただろう?』

 

『ううん、まだ平気だよ』

 

ニアは、引き取られてからしばらくの間ずっと、部屋に閉じこもって、悪魔の実の力を使いこなす訓練に没頭していた。

 

何故そこまで、とサルタンが心配になるほどに、切羽詰まったように、鬼気迫るように、まるで何かに追い立てられているかのように、能力を研き続けた。

 

 

きっと、この賢い子は、後悔しているのだろう。

 

自分がちゃんと能力を使いこなせていたなら、自分だけでなく、両親の分身を作り出すことができたなら...大好きなパパとママが、殺されることもなかったのに、と。

 

 

違う、と言ってあげたかった。

 

君のせいじゃない。

 

悪いのは、私利私欲にまみれた残虐な海賊どもだ。

 

何かと理由をつけて、会いに行くのを先延ばしにしていた時分だ。

 

 

もしもあの日、自分が疲れているから、遠いから、などと自分に言い訳をせずに、妹夫婦に会いに行っていたならば、守れたかもしれなかったのに。

 

悪いのは、悪いのは、君ではない。

 

そう言ってあげたかった。

 

だが、今のこの子には何を言っても、何の慰めにもなるまい、とも、わかってしまったのだ。

 

 

 

『こーら、ニア。もう寝るぞ。よい子は寝る時間だぞー』

 

『はあい』

 

放っておくと、いつまでも訓練をやめないニアを無理矢理寝かし付けるために、同じ部屋で眠るようになったのもその頃だ。

 

打ち解けてくるにつれ、ニアは自分からサルタンのベッドにもぐりこんでくるようになり、一緒に寝たがった。

 

無論、拒否する理由などなかった。

 

 

サルタンはできる限りニアのために時間を割いた。

 

海軍の仕事をしながら、男手ひとつでニアを育て上げた。

 

この子から、妹夫婦から、幸福を奪った海賊どもが許せなかった。

 

より一層熱心に海軍の仕事に取り組むようになったが、いつでも最優先すべきはニアのことだった。

 

 

 

『伯父様!ねえ見て、素敵なお花でしょう?とってもいい香りなのよ』

 

『伯父様!市場でとっても美味しいお茶の葉を見つけたのよ、きっと気に入ってくださるわ!』

 

『伯父様、私ね?看護師さんになることにしたの』

 

『伯父様、大好きよ!』

 

 

 

無理を言っていた自覚はあった。

 

海兵は、船に乗るのが仕事だ。

 

幼い子供を育てるために、上官や同僚たちの好意で融通を利かせてもらっていたが、いつまでも陸にはいられなかった。

 

だから、だろうか。

 

 

ニアは辺境の小さな島で、看護師として働くことになった。

 

きっと、海軍で肩身の狭い思いをさせられている養父を気遣ったのだろう。

 

サルタンの家は、軍人の家系だ。

 

絶縁した両親もともに軍人であり、海軍に及ぼす影響は小さくなかったから。

 

 

出立の日、十三歳になったニアはサルタンに手料理を振る舞った。

 

小さい頃、ママが作ってくれたのよ、と。

 

素朴で家庭的な、どこの家庭でも食べられていそうなその味に、サルタンは恥も外聞もなく号泣してしまった。

 

ニアを引き取ってから、姪の前で涙を見せたのは、あの日が初めてだったように思う。

 

 

それから、サルタンは海に戻った。

 

ニアは、辺境の、平和な島で看護師として働き始めた。

 

自分はやり遂げたのだ、と思った。

 

ニアを、立派に育てることができた。

 

これで天国にいる妹夫婦に顔向けできる、と。

 

 

何を勘違いしていたのだろう。

 

一度致命的大失敗をやらかしたというのに、自分はまだ性懲りもなく、独りよがりな自己満足に浸り、言い訳を正当化するだけの、救いようのないクソ野郎だったのだ。

 

 

 

「ふん!いつまで転がっているつもりかえ見苦しい!この、愚鈍なゴミ牝が!ええい見苦しいぞえ!」

 

「あう!申し訳ありません、ああッ!お許しください、どうか!」

 

その結果が、これだ。

 

目の前で、ニアが天竜人の男に足蹴にされていた。

 

純白のドレスに、色白の肌に、靴底の汚れが、赤い痣が付着していく。

 

ニアは、黙って耐えていた。

 

天竜人に逆らえば、どうなるのかなど明白であったから。

 

ふと目が合った。

 

 

来るな、と拒絶していた。

 

ニアは、賢い子だった。

 

海軍大佐としてのサルタンを、その部下たちのことを慮ったのだろう。

 

自分は大丈夫だから、と。

 

立ち上がり、乱れて肌の露になったドレスを整え、まっすぐに立ち上がり、凛として前を向く姿に、血が滲むほど唇を噛み締め、拳を握りしめた。

 

 

自分ただひとりだけが処罰されるならば、まだ暴発できた。

 

だが、ここには愚かな金持ちどもが集まるくだらないパーティの警備などというやり甲斐など微塵もない腐れ仕事のために、駆り出されたサルタンの部下たちがいた。

 

未来ある若者が、家族を持つ父親たちが、大勢いたのだ。

 

 

連帯責任などと称して彼らの命までをも踏みにじられることが、果たして正義なのか。

 

いいや、いいや。

 

この海の上に、正義などどこにもないのだ。

 

そう理解したのは、いつだっただろう。

 

 

 

聖女ニア。

 

辺境の小さな島の看護師であったニアは、いつの間にか、そんな名前で呼ばれ、とある教団の教祖に祭り上げられてしまっていた。

 

 

最初はただ、分身と変身能力で、病床の老人が、死ぬ前に一目会いたかった、という人間に変身し、その無聊を慰めてやっていただけだったという。

 

だが、人の欲望は際限のないものだ。

 

ニアの噂を聞きつけ、大勢の人間があの平和だった島に押し寄せた。

 

 

誰にでも化けられるならば、死んだ人間にも化けられるのだろう。

 

死んだ人間として振る舞い続ければ、死者が蘇ったも同然ではないか。

 

あの島では、死んだ人間が蘇って歩いている。

 

あの島には、死者を蘇らせることのできる人間がいる。

 

奇跡の聖女、ニアという名の少女が。

 

 

無責任な噂が噂を呼び、肥大化し、海軍で問題視される頃にはもう、ニアはサルタンの手の届かないところへ押し上げられてしまっていた。

 

秘密教団の教祖。

 

救いの聖女。

 

天竜人が、世界政府が、世界貴族が、世界中の名立たる大富豪たちが、ニアの力を求めて、あの小さな島を巨大なリゾート地にしてしまったのだ。

 

 

違う。

 

違う、違うとサルタンは叫び続けた。

 

危険人物?暗殺計画?そんなバカな話があるか。

 

あの子は、ただの優しい子だ。

 

病床の老人を気遣い、愛する者を失くした人間を思いやり、ほんの少しだけ、自分にできることを、自分にしかできないことをして、人助けをしただけの、いい子なのだ。

 

 

今度こそ、間違えない。

 

すぐに会いに行こうとした。

 

だが、止められた。

 

天竜人。

 

忌ま忌ましい、世界のガン細胞ども。

 

あの島には手出し無用、と海軍へこれでもかと圧力がかけられ、ただ海軍というだけで、伯父であるサルタンでさえもドリームアイランドへの渡航が禁じられた。

 

 

もしも、もしもあの日々に、ニアからの直筆の手紙が絶えず届けられていなければ、彼はきっと自棄を起こし、無理矢理にでも姪を返せ!ニアを、あの子を返せ!と絶叫し、島に乗り込み...そして、口封じに殺されてしまっていただろう。

 

 

本当にニアが書いたのかも疑わしい、電電報であったならば、あるいは本当にそうなっていたかもしれない。

 

 

 

『伯父様、お元気ですか?私は最近ちょっと大変だけれど、元気です。最近、島にとても沢山のレストランが建ちました。とっても美味しいお店ばっかりなので、いつかご案内したいです』

 

『ご病気やお怪我などしておられませんか?伯父様はとてもお仕事熱心な方ですから、ニアは心配です。どうか、元気な伯父様のままでいらしてくださいね』

 

『伯父様、心配してくださってありがとう。教団の人たちはとても親切で、私は不自由なく暮らしています。昨日は、教団の子たちとクッキーを焼きました。

 

伯父様にも食べて頂きたかったのだけれど、手紙が届くのがいつになるかわからないので、次に会える時までのお楽しみにしておいてください』

 

海軍からは、お前の姪は何者なのだと詰問された。

 

絶縁してなおも海軍本部で顔を合わせざるを得ない両親からは、だからさっさと放逐しておけと言ったのに、あるいはあんなバケモノ、殺しておけばこんな今頃問題にはならなかったのにと罵倒された。

 

お前の責任だと罵られた。

 

 

今となっては妹がダエモン家から勘当されていたことが、唯一の救いになるなどとは当時は想像もできなかっただろう。

 

ダエモン・ニアではなく、ただのニアであるからこそ、彼女はダエモン家の身勝手な呪縛から逃れることができているのだから。

 

 

 

「伯父様、あのね。どうかそんなお辛そうな顔をなさらないで。ニアは今、とても充実しているのよ。こんな私でも、誰かを助けることができるんだから。私のできることで、誰かが笑顔になってくれるって、とっても素敵なことじゃない?」

 

「おお、おおォ!!」

 

「私は、大好きな伯父様にも笑顔になって頂きたいの。伯父様が笑っていられるように。だって、伯父様は私の恩人で、家族だもの」

 

天竜人、世界政府、世界貴族、海軍に、海賊ども。

 

誰も彼もが腐りきっていた。

 

この海の上に、正義などどこにもなかったのだ。

 

絶対正義と信じた海軍は、天竜人どもの便利な下僕だった。

 

愛する姪ひとり、守れない男が一体、何を守れるというのか。

 

守る価値のあるものなど、一体どこにあるというのか。

 

 

ああ、あるではないか。

 

世界中でたったひとつ、ただひとり、俺が全てを擲ってでも守るべきものが、ここに。

 

 

 

「今日は久しぶりにお会いできて、とっても嬉しかったわ!またお食事しましょうね、伯父様!」

 

「ああ、そうだなニア。また会おう。約束だ」

 

久しぶりに出会ったニアは、とても美しく成長していた。伯父である自分ですらも、ほんの一瞬だけ、どうしようもなく目を奪われてしまったほどに。

 

だが、屈託のない笑みは、あの頃のままだった。

 

伯父様、と無邪気にこの胸に飛び込んでくる彼女は、紛れもなく妹夫婦の、たったひとつの大切な忘れ形見。世界中にただひとりの、愛すべき姪なのだ。

 

 

ニアは、戦っていた。

 

大切なものを守るために、どれだけの苦難に襲われようとも、気高さを失うことなく、立ち上がり、まっすぐ前を向いて。

 

ならば、自分が腐っていてどうする。

 

挫けていてどうする。

 

支えるのだ、今度こそあの子を。

 

愚かしくも、二度失敗した。

 

三度目は、もうない。

 

絶対にだ。

 

 

 

「あの子を、よろしくお願い致します」

 

「この命に代えても、お守り致します」

 

「絶対にっす。お嬢は、幸せになんなきゃなんねェお人っすから」

 

「伯父上様とは今後も、密なお付き合いを頂きたく」

 

不幸中の幸いだったのは、あの子の傍には、あの子の身を案じてくれる人間がきちんといたことだ。都合のいい聖女ではなく、ニアという少女自身の身を案じてくれる者たちが。

 

ダゴン氏、ティンダー・ロス氏、シャンターク氏。

 

彼らと密約を交わすことができたのは、実に幸いだった。

 

ニア同盟。そんな同盟が、極秘裏に結成された。

 

 

守らなければならない。

 

あの子を、この世に渦巻く全ての悪意から、理不尽から。

 

そのためには力がいる。

 

全てをねじ伏せるような、圧倒的な力が。

 

悪魔の実。

 

あの子の人生を狂わせた、忌まわしき禁断の果実。

 

だが今は、その力が必要なのだ。

 

あの子を守るための、圧倒的な力が。

 

 

 

かつて任務中に偶然入手したものの、扱いに困り、かといって迂闊に売り飛ばすこともできず、持て余していた悪魔の実。名前も能力もわからないまま、とりあえず自宅の鍵付き冷蔵庫の野菜室にしまいっ放しになっていたあのいかにも不味そうな禍々しい実に手を出す時が、ついに来たのかもしれない。




ダエモン・サルタン
ニアの伯父。海軍の名門ダエモン家の跡取りだが、駆け落ちして勘当された妹を庇いだてしたために海軍将校を務める両親との仲は険悪であり、海軍内でも冷遇されていた。意外と面倒臭がり屋で、自分に言い訳をして問題を先送りにする癖があったのだが、今回の一件で完全に覚悟ガンギマリになった模様。彼が手を伸ばしてしまった悪魔の実の能力は果たして...?

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