イアイアの実・モデルニャルは地雷案件すぎませんか? 作:露木曽人
「ゴムゴムのォー、ピストルッ!!」
「火拳ッ!!」
エースとルフィは、海賊たちを蹴散らしながらドリームタワーを目指し走っていた。この騒ぎの目的が聖女ニアの誘拐ならば、必ず敵はそちらに現れるはずだからだ。
「おい逃げろ!!麦わらのルフィだ!!」
「あのエースの幽霊もいやがる!!勝てっこねェ!!」
「ん?何だ?逃げてくぞあいつら」
「気にすんなルフィ!!それよか、急ぐぜ!!何だか無性に、嫌な予感がしやがる!!」
立ち止まっていたルフィが、再び走り出そうとしたその時。
「あの!!」
「ん?」
兄妹だろうか。幼い子供がふたり、ルフィの足元に縋ってきたのだ。
「お兄ちゃんたち、すっごく強いんでしょ?」
「お願い!!聖女様を守ってあげて!!ベリーが必要なら、代わりにあたしの宝物、あげるから!!」
ニャルラト正教会のシンボルマークである五芒星が模られたペンダントを首から提げたふたりが、涙を浮かべながらルフィに懇願する。
少女の方は、首から提げていたそれを外し、ルフィに差し出してきた。きっと、少女にとっては何よりの価値のある宝物なのだろう。
「おいお前ら!!何やってるんだ!!海賊に話しかけるなんざバカな真似はよせ!!死にたいのか!?」
どうやら、兄妹の父親らしき若い男が全力で走ってきて、ふたりをひったくるようにルフィから引き剥がす。
「お兄ちゃん、お願い!!」
「お願い!!聖女様を守ってェ!!」
男はルフィのことが恐ろしくて堪らないとばかりの怯えた表情で、しかし子供たちを守るために必死で逃げ去っていく。
「行こう、ルフィ」
「...ああ」
返しそびれたペンダントをポケットにしまい、先を急ぐ。道中、ルフィは逃げ惑う島民や観光客の中に、大勢の正教徒たちの姿を見た。
「ニア様!!どうか我らをお守りください!!」
「ニア様、どうかご無事で!!」
「パパァ、聖女様、大丈夫だよね?」
「ああ、きっと大丈夫だ!!ダゴンさんやロスさんたちがきっと守ってくれる!!」
無力で、無責任な人間たちだった。他力本願で、自分で守りに行こうという気概も度胸もない。だが、一途に聖女の無事を祈っている。そして、ルフィは気付く。彼らは戦わないのではなく、戦えない者たちなのだ、と。
戦う力も碌に持たないけれど、家族を守ろうと頑張る父親。恐怖に震えながらも、五芒星のペンダントを握りしめ、祈る子供たち。泣きじゃくる赤ん坊をあやす母親、自らの店や家を開放し、避難所として受け入れをする者たち。
誰もが戦っていた。相手は、敵ではなくとも。弱者が、寄り添って生きているのだ。力なき者たちが、力を合わせ、聖女に祈りと感謝を捧げながら、生きているのだ。
「なあエース」
「何だ?」
「俺、何であの女が聖女って呼ばれてんのか、ちょっとわかった気がする」
「奇遇だな。俺もだ」
ニっと笑いあって、屋根伝いにタワーへと急ぐふたり。そんなふたりを、その端がほんの少しだけ、橙色に滲んだ三日月が、見下ろしていた。
「悪ィ!!遅くなった!!」
「遅いわよルフィ!!」
「それに...エース!?」
ようやく到着したルフィとエースの姿に、麦わらの一味が喜びと驚きを露にする、船長が来れば百人力だとばかりに。
「お久しぶりねムギちゃーん!!」
「ボンちゃん!?生きてたんだな!?」
「あったりまえでしょーッ!!このあちきが簡単に死ぬとでも思って?オカマはしぶといのよーうッ!!」
エースほどではないが、まさかこの島で会えるとは思ってもみなかった相手との再会に、喜びを分かち合う。そんな時だ。
「皆さん!!争いを、やめてください!!」
島中に設置されたモニターに、大聖女ニアの憔悴した顔が映し出された。どこか、というより、完全に体調が悪そうな様子で、それでもカメラに向かって叫び続ける。
「私には、ゴールド・ロジャーの幽霊を呼び出すことはできません。私が呼び出せるのは、この世に戻ってくることに同意を得られた人たちだけ。ロジャーさんには、たった今この世に戻ってくることを断られました!!」
懸命な叫びに、誰もが手を止め、モニターを見上げる。
「だから、もうこれ以上、皆さんが争う必要なんてないんです!!どうか戦いを、やめてください!!」
それは、ルフィたちに、かつてあったアラバスタでの戦いを思い起こさせる、そんな叫びだった。
だが。
『うるせーェ!!今更ロジャーが出てこようがこなかろうが関係ねェ!!』
『野郎ども!!あの女を手に入れろォー!!』
うおおおおォーッ!!と、一際すさまじい怒号とともに、海賊たちが死力を振り絞って突っ込んでくる。どうやら、聖女のあまりの美貌が、下劣な男たちの目を欲望で曇らせてしまったらしい。
『そんな...』
先程よりもさらに青褪めた表情を最後に、モニターが暗転する。島には再び、いや、先ほどまで以上の、大混乱が襲いかかる。
「だから言ったのだ。海賊相手に話しあいなど無駄だとな」
「サルタン!!」
「それに...サボォ!?」
「何でお前が!?」
ドリームタワーの巨大なガラス扉から出てきたサルタン中将に声をかけるゴーント中将。そして、サルタンとともに姿を現したまさかのサボの登場に、ルフィとエースが目を見開く。
「ニャルラト正教会は、政府に対しても海軍に対しても海賊に対しても、常に中立を貫いている。革命軍にとって、それは無視できない脅威だ。だから、俺が交渉役に派遣された。...まさかこんなところで会うとは思わなかったよ。ルフィ、それに、エースも」
「サボ、なのか!本当に生きてたんだな!!」
「ああ!!」
ガッチリと、硬く抱きあうエースとサボ。本来では叶わなかったはずのふたりの兄の再会に、ルフィの涙腺も緩む。だが、泣いている暇はない。まずは、目の前の敵を片づけなければ。
「行くぞルフィ!!サボ!!あの海賊船を、沈める!!」
「ああ!!遅れんなよ!!ふたりとも」
「イヤッホー!!」
「革命軍のお手並み拝見といくか。お前たち、兵を下がらせろ」
飛び出していったルフィ、エース、そしてサボ。三人を見送ったサルタンは、ダゴンたちに指示を飛ばしていく。
「行くぞ!!合わせろよ!!」
「ああ!!」
『火拳!!』
ごう!!と夜の海に、水平線の彼方まで届きそうな炎が巻き起こる。エースとサボ。本来ならば両立しうるはずのない、ふたりのメラメラの実の能力者同士の、まさに一夜限りの夢の共演。
聖女略奪のため、集った海賊船、ざっと999隻が、業火に呑まれ瓦解していく。海賊たちが、大慌てで海に飛び込んでいく。
「ゴムゴムのォー!!ピストルッ!!」
「うわ!?何だテメェら!?」
「どっから現れやがった!!」
そして、残る一隻の一際巨大な海賊船。赤ひげ&青ひげブラザーズの船に、港から一気に飛び移るルフィ。そんなルフィの体にしがみついて、一緒にやってきたエースとサボ。
決着は、一瞬だった。三兄弟の圧倒的な力の前に、なすすべもなくボコボコにされていく海賊たち。勝負にすらならない一方的な戦いは、一瞬で終わった。
『ルフィ!!』
拍子抜けしてしまうぐらい、至極あっさりと海賊船の大軍を撃破した三人がタワーに戻ると、仲間たちがわっと出迎えてくれる。手土産にと持ち帰ったのは、ロープでグルグル巻きにされた赤ひげ&青ひげブラザーズの身柄だ。
「麦わらのルフィ...借りができたな」
「いいって!!気にすんなよ、おっさん!!」
ルフィとサルタン。ふたりの男が真っ向から退治する。年齢も、体格も、立場も境遇も違うふたり。だが、その間に昼間あったような険悪なものはない。これが映画か何かであったならば、エンディングに突入する絶好のタイミングであっただろう。
劇場版の主題歌とスタッフロールが流れ、その横で麦わらの一味と死者たちが、お祭りを楽しんでいるイラストが流れてきたのだろう。
丁度、そんな時だ。
パチ、パチ、パチと。小バカにするような拍手が鳴り響き、誰かがタワーの入り口から歩いてくる。
「はーいここまでの茶番ごっくろーさーん。めでたしめでたし、ハッピーエンドってワケね。それじゃ、アタシって一体何?ホラー映画のCパートとかで出てくる、次回作の復縁っぽい後味の悪さ演出担当のわき役って感じ?」
「あん?誰だお前?」
「ニア、様?」
それは、大聖女ニアのようでありながら、全く違う。
美しいしらうおのような肌は小麦色に染まり、清らかな銀だった髪はケバケバしい金色に変色してしまっている。おまけに清楚な白のワンピースはビリビリとはしたなく破られ、豊満な胸は今にもこぼれ落ちてしまいそうだったし、鼠径部も丸見え寸前の危うさだ。
リンゴのようであった赤い唇は、血の滲んだような紅へと色づき、冒涜的に発光する紫の光が、アイシャドウやタトゥーのように全身に絡みついている。聖女とは似て非なる何か。それが、愉悦に歪んだ笑みを浮かべ、狂ったような哄笑を、高らかに響かせる。