イアイアの実・モデルニャルは地雷案件すぎませんか? 作:露木曽人
ホラー作品における夕方や夜というのは、不気味さを演出するのに最適なのか、やたらと多用されがちですね。まあ、舞台が明るい昼間のホラーってあんまり怖くないのかもしれませんし、仕方ないことなのかもしれません。そんなわけで、夜が来ました。
街のあちこちに煌びやかなイルミネーションが輝き、美味しそうな匂いが屋台から漂い、アルコールの入った大人たちが騒ぎ始める頃。軽快な音楽や祭囃子が流れる街並みを、黄金像を掲げたニア様神輿が練り歩くという悪夢のイベントですね。
「熾烈な戦いを勝ち上がった勝者の皆さん、おめでとうございます。皆様のような強き方々をお迎えすることができて、私、光栄に思います。今宵はぜひ、皆さんの肉体美でお祭りを盛り上げてください」
何故か屈強な野郎ばかり、煩悩まみれの褌一丁の筋肉マッチョメン八人に囲まれて、記念撮影をする私。なんでしょう、これも特殊性癖をお持ちの方々を刺激してしまいかねないような気もしますが、映画ではギャグ要素なので恐らく大丈夫でしょう。
「聖女様、感激っす!!」
「うおお!!生大聖女様と握手ができるだなんて!!」
「俺、一生この手を洗いません!!」
「いえ、洗ってください。私、清潔感のある男性は素敵だと思いますよ」
自分の等身大黄金像という、寄贈元のテゾーロさんを恨みたくなるようなお神輿が出発し、周囲で正教会の皆さんがそれを煽ったり、踊ったりしています。いくつになってもお祭りというのはいいものですね。なんだか私までウキウキしてきちゃいそうです。
さて、それじゃあ空中庭園に移動したら、島中に能力をばらまいて、死者の皆さんを復活させますか。といっても島の反対側とかに現れたら会いようがないので、お祭りに参加している皆さんがそれぞれに会いたいと思う死者さんたちをその近くにポップするよう権能を行使します。
もちろん、同時進行で発生する麦わら一味の様子を三人からさらに分裂した私目線で見物することも忘れません。あれってお前が作り出した塩の操り人形ちゃうのん?と思われるかもしれませんが、違います。ちゃんと生前のご本人に許可もらって呼び出しましたとも。
唯一ボンちゃんがインペルダウン脱走してここに来ているのには吹いてしまいましたが。何やっとんねんと。さすがはボンちゃんですわァ。私が手引きしたとか招待状出したとかでもないのにあのムーヴ。思わずさすがワンピ世界だと納得してしまいました。
「私だ」
「こちらダゴン。予想通り、(おびき寄せたテロ組織の残党や)海賊どもが動き出した」
「そうか。では、予定通り処分するとしよう」
「了解、このまま(港で)監視を続ける」
はい、伯父様たちが麦わらの一味を狙っているとミスリードを誘う場面ですね。シャンタークさんの淹れてくれたお茶を飲み、私は意味深に立ち上がります。ああ、私もお祭り参加したかったなあ。お神輿の上は御免ですが、屋台で食べ歩きとかしたいじゃないですか。
フランクフルトとかチョコバナナとか、ヤキソバとかタコ焼きとか、かき氷とか。私も浴衣で着飾って、自由に食べ歩きがしたいですが、劇場版を進めなければいけないせいで、参加できません。仕方ありませんよね、来年に期待しましょう、と悲しげに眼下に広がるお祭りの華やかな光を見下ろします。
さて、そうこうしているうちに、麦わらの一味を見守り隊をやっている私全員から同期が来ました。うーん、こちらまで思わず涙してしまいそうな、大切な人たちとの再会。さて全員が落ち着きを取り戻し、いい具合に場があったまってきたところで海賊船にいる私に連絡を入れます。
『ギャーッハッハッハ!!お前ら聞けェ!!聖女の身柄はこの赤ひげ&青ひげブラザーズが頂くッ!!』
『あの女に海賊王ゴールド・ロジャーの幽霊を呼び出させりゃあ、俺たちがラフテル一番乗りだーッ!!』
拡声器で島まで届くようにしてもらった大声で、海賊赤ひげ&青ひげブラザーズ以下、聖女の身柄を狙う海賊や反ニャルラト正教破のテロ組織の残党たちの寄せ集め連合が、楽しいお祭りを台なしにしながら襲ってきました。
「始まったか」
「そのようで」
「人は、どうして争うのでしょう?」
「お嬢様がお呼び寄せになられたからでございましょう」
カメラを意識して聖女っぽく呟いてみた私に容赦なく突き刺さる、シャンタークさんのツッコミが痛いですね、これは痛い。あらかじめ島中に配備された治安維持部隊や諜報部隊からの連絡が、テーブルの上に何匹も用意された電々虫を介して飛び交います。
あらかじめ予定していた通り、スムーズに避難誘導が進んでいますね。猟犬部隊の皆さんは本当に優秀です。変態さんが多いのが玉に瑕ですが。自主的に首輪つけるのやめてもらえませんかねほんと。うちの評判に係わるんですよマジで。
「私が呼び寄せなくとも、別の迷惑な神様が勝手に呼び出していた可能性がなきにもあらずなのが悲しいところですね、全く。神様は、いつだって全てを見ていらっしゃいます」
「だが、見ているだけだ。我々を救うのは、いつだって我々自身でしかない。見ているだけで何もしないならば、それは存在しないのと何も変わりはしないのだから」
ふっと伯父様と私が、同時に自嘲めいた笑みを浮かべます。イアイアの実の中でも、特に碌でもないニャルラトホテプモデルとアザトースモデルを食べてしまった奇妙な伯父と姪。少なくともこの世界が、泡沫の夢幻みたいなものだと知りながら、それでも生きていくことを選択した私たち。
「ご武運を」
「ああ、すぐに終わらせる。お前は何も心配せずとも大丈夫だ。お前は、私たちが守る。必ず」
さて、伯父様はドリームタワーの応接室にお待たせしてしまっているサボさんに会いに、シャンタークさんは塔の麓で作戦通り皆さんと合流するために、空中庭園から出ていきます。
この日のためにわざわざ呼んだんですよ、サボさん。元々一見中立を貫きながら世界貴族や世界政府や海軍ともズブズブ(意味深)の関係を維持しているうちは革命軍からしてみれば厄介極まりない存在ですからね。
世界政府打倒を掲げている彼らからすれば、弱者貧者の救済を掲げ多くの難民の受け入れなども行っているうちは殴るに殴れないけれど無視もできない相手、というわけで、以前から接触を図ってきているわけですが、今回は名指しでサボさんを指名し、こちらにお越しいただきました。
じゃないとエースさんとサボさんのW火拳という盛り上がり所さんが見られませんからね、しょうがないですよね。どうせ革命軍とはそのうち協力関係を築くつもりでしたから、今回の一件はいい足がかりになってくれることでしょう。少なくとも、ルフィさんという理由があればサボさんは納得してくれるでしょうし。
「シャンタークさんも、気を付けてくださいね」
「ご安心下さい。賊などひとりたりとてこの塔へは足を踏み入れさせませぬゆえ」
さあ、戦争のお時間です。
「お兄ちゃんたち、すっごく強いんでしょ?」
「お願い!聖女様を守ってあげて!!ベリーが必要なら、代わりにあたしの宝物、あげるから!!」
おっと、ここでルフィさんたちの動向を見守っていた私から、美味しい情報が入りました。さすがはルフィさん、素でヒーローしてますね。さすが主人公。教徒のお子さんたちもいい仕事をしてくださいました。私の完全ノータッチなところで繰り広げられる人間ドラマ。これぞワンピース!!って感じです。
さて、こうしてルフィさんの手にペンダントが渡りました。あのペンダントはなんかキリスト教の十字架的なシンボルマークうちでも作ったらいいんじゃね?的なノリでエルダーサインをパクったものをアクセサリとして売り出したものなのですが、予想外に好評で、うちのいい収入源になっています。
それが巡り巡ってこうなるとは、やはり運命とは何がどこでどうつながるかわからないからこそ面白いもの。よーし、私もここは気合いを入れてオリチャー発動!!映像電々虫を使って島中に呼びかけます。
「皆さん!!争いをやめてください!!私には、ゴールド・ロジャーの幽霊を呼び出すことはできません!!私が呼び出せるのは、この世に戻ってくることに同意を得られた人たちだけ!!ロジャーさんには、たった今この世に戻ってくることを断られました!!(大嘘)だから、もうこれ以上、皆さんが争う必要なんてないんです!!どうか戦いを、やめてください!!」
どうですか、このヒロインっぽさ!!懸命な叫びを通じて、みんなが戦意を喪失する!!私のヒロインポイントもウナギ・ライジングですよ!!
『うるせーェ!!今更ロジャーが出てこようがこなかろうが関係ねェ!!』
『野郎ども!!あの女を手に入れろォー!!』
「そんな...」
はい、駄目でした。まあ、海賊相手に話し合いが通じるのなら、海軍なんて必要ありませんよね。やっぱり急な思い付きで発動するオリチャーなんて碌なもんじゃないということがよーくわかりました。
まあ、ぶっちゃけここまで私って影薄くない??劇場版ヒロイン空気なんですけどwwwみたいに思われないように、存在感をアピールしただけですので、成功しようが失敗しようがどちらでも構いはしなかったのですが。御しやすいから、というだけの理由で、下半身の欲望に忠実な海賊を選んだ弊害が出てしまいましたね。失敗失敗。
「行くぞ!!合わせろよ!!」
「ああ!!」
『火拳!!』
そんな煩悩に忠実な海賊さんたちが、エースさんとサボさんの夢のメラメラコンビに勝てるはずがありません。はい、拍子抜けするほどあっさりと、全滅させられてしまいました。終わり!!閉廷!!解散!!というわけですね。めでたしめでたし、ハッピーエンドでよかったですね。
いやー長かった劇場版もこれで終わりか―。地味な終わり方だなー。ワンピースフィルムといえばお約束の、巨大な敵とのラストバトルもなく、尻すぼみに終わってしまいましたがまあいいでしょう。これじゃ映画というよりテレビスペシャルじゃねえかという批判は甘んじて受け入れましょう。
大聖女ニアはかなり空気でしたが、まあ仕方ありません。この映画は麦わらの一味が亡くしてしまった大切な人たちと再会するところが見所であって、あくまでバトルはオマケ程度ですから。
そもそも私は目立たず騒がず、平穏な日常を送ることが望みであって、映画のヒロインになりたいだなんて身の程知らずな欲望で出しゃばるような悍ましい自己顕示欲の塊ではないんですよ。むしろ空気万歳!!ルフィさんたちに敵認定されることなくスルーしてもらえてよかったですね!!ニア様大勝利ー!!
『君、わかってて煽ってる?』
「え?まさか、そんなはずないじゃないですか。私はただの悪魔の実の能力者ってだけの一般人ですよ?別に勝手に劇場版始めやがってこの野郎とか、自分で始めやがったくせに協力してくれないとかYJK(やっぱ邪神ってクソだわ)とか、とてもではありませんがおそれ多くて思ったりなどはしておりませんって」
ただちょっとした腹いせに、なーんだこれで終わりか。ガッカリ。みたいな肩透かし感を、一粒一粒が太陽ぐらいあるサイズのポップコーンつまみながら見物している神々に味わわせてやろうかなって思っただけで、可愛い悪戯みたいなもんじゃないですか、ねえ?
『君、怖いもの知らずだってよく言われない?』
「あなた以上に恐ろしいものは知りませんね」
『うーんこの。これだからSAN値が0の人間って奴ァ』
「あ、な、た、の、せいで0なんですが??」
『わかったよ、ちょっとだけ協力してあげる。これで終わりじゃ、いくらなんでもつまんないしね。君もニャルの端くれなら、精々頑張ってちょーだい』
塔から見える三日月が、赤く赤く染まっていく。青い薔薇が、紫色に染まっていく。銀だった私の髪は金色に。最初は黒髪だったような気もするけれど、外見の変化なんて些細なものだ。応援イラストに感激するあまり、一晩で白くなっただなんて気にしない、気にしない。
貧乳好きにも巨乳好きにも対応できるように、着やせとかパッドで通じるぐらいには平均的なサイズを維持していたバストが、小さなお尻が、豊満で肉厚なものになっていく。窮屈になった白いワンピースをビリビリと破き、今にも巨乳がこぼれ落ちそうなぐらいに。下半身は、ビキニにパレオのような様相に。
紫の薔薇をむしり、花びらに触れると、紫の光が私の指から体に這いずっていく。口紅のように、アイシャドウのように。ついでに、露になったお臍の下に、淫紋のような可愛らしいハートマークを。
イメージするのはそう、好きだった地味でおとなしい清純派の、図書室の隅っこが定位置のようだった文学少女が、夏休み明けに突然黒ギャルになって登校してきたかのようなインパクト。ギャルラトホテプとか、誰が上手いこと言えとw
「うん!!バッチリ!!」
『うっわ、シャンタークに叱られるよ??』
「今のあたしはニアじゃなくてニャルラトホテプってことにするからへーきへーき!!さ、張り切っていってみよー!!」