イアイアの実・モデルニャルは地雷案件すぎませんか?   作:露木曽人

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第8話 とある護衛B、ロスから見た"彼女"のこと

「お嬢様ァ!お嬢様が死んじまったっすよ!?」

 

「ええ!痛かったですよとっても!もう許さないんだから!」

 

 

遠くで、護衛対象が狙撃され、射殺された。

 

護衛として、絶対にあってはならない失態だった。

 

守れなかった。

 

自分は彼女の護衛なのに。

 

そう悔やみながら、ティンダー・ロスは、目の前を走るまだ死んでない方の聖女、ニアの背中を追っていく。

 

足、速すぎないっすか?いや、単に自分が遅いだけなのだろうか。

 

 

ティンダー・ロスは、海賊の息子だった。

 

祖先の巨人族の血が混じっているとかで、子供の時から人一倍図体の大きかった彼は、しかし頭はあまりよくなかった。

 

ウドの大木、でくのぼう、とからかわれたことも、一度や二度ではない。

 

意外なことに、いじめられっ子だった時期もあったのだ。

 

 

『バカ野郎オメエ!海賊ってえのは舐められたら仕舞いなんだよ!』

 

父は、そんな息子を何度も何度も叱り飛ばした。

 

時に手が出ることも一度や二度ではなかった。

 

殴られ蹴られ、悔しかったら殴り返してみろ!と虐待も同然の幼少期を過ごし、大人になって、外面だけは平然と人を殺せるようになってからも、しかし、ロスの心は晴れなかった。

 

 

痛いのは、嫌だ。

 

殺すのも、殺されるのも、嫌だ。

 

海賊なんてやめたい。

 

ロスは心優しい巨漢だった。

 

見た目は完全に、遊び半分に人間の首をへし折って、素手でちぎった人間の首を天高く掲げ、滴る血をゴクゴク飲み干しそうな、悪人面の暴漢にしか見えずとも、彼の繊細な心は傷ついていた。

 

 

暴力。

 

暴力は嫌いだ。

 

暴力のない生活は、なんと素晴らしいものだろう。

 

海賊船で育てられた子供はみんな、暴力の味を覚えてしまった。

 

女子供に乱暴を働き、面白半分に男を殺し、金品食料品を奪い、欲望のままに暴れ回った。

 

まるで、ケダモノだと思った。

 

人間じゃない。

 

悪魔だ、と。

 

 

「いましたよロスさん!あの人です!確保ォ!」

 

 

「確保するっす、です!」

 

 

「うわ!?なんでお前が!?死んだはずじゃねえのかよォ!?」

 

 

「ええ死にましたよ!よくも私を殺してくれましたね!とっても痛かったんですけど!?謝罪と賠償を要求するっす!」

 

 

何度直そうと思っても直らないロスの口癖を真似ながら、ロスの巨体で瞬く間に捕縛されてしまった狙撃手に、ビシリ!と親指を突きつける聖女、ニア。

 

救済の聖女。

 

救いの女神。

 

奇跡を体現する女。

 

そんな数多の異名を持ちながら、その存在の一切をニャルラト秘密教団外部には完全秘匿されている少女。

 

 

イアイアの実・モデルニャルの能力者。

 

ニア。

 

ロスの雇い主であり、名伏し難い冒涜的な存在だ。

 

そんな彼女の下で仕事ができることに、ロスはひそかに感謝していた。

 

彼女は、理不尽なことは言わない。

 

やりたくないことは、やらなくてよいと言う。

 

ロスの自由意思を、初めて尊重してくれた人。

 

 

『これからよろしくお願いしますねティンダーさん。え?ロスって呼んでほしい?はあ、名字があまり好きではない、と。わかりました、これからよろしくお願いしますねロスさん!ところでその、実はDの意志を受け継ぐ者だったりしませんよね?え?何のことかわからない?わからないならそれに越したことはないですとも、ええ!』

 

ティンダー・ロスという男の人生にはかつて、重大な分岐点があった。

 

ひとつは彼女、ニアと出会ったことであり、もうひとつは、自分の父親を、父親の乗っている船の海賊たちを、皆殺しにしてしまったことだ。

 

ロス少年は、疲れていた。

 

精神が酷く消耗していた。

 

内側から腐敗し、今にも折れてしまいそうな竜骨のように。

 

 

やりたくもない海賊をやらされ、目の前で玩具のように殺されていく人間たちに心の中で涙を流して謝罪しながらも、船から逃げ出す度胸もないまま、惰性で父親に言われるがままに、船長や船の人間たちに言われるがままに、やりたくもない殺しを、暴力を、強要され続けた結果、ストレスは限界に達しようとしていたのだ。

 

 

嫌だ、辛い、もうやめたい。

 

だが、海賊を辞めたいなどと言ったら、だったら死ねよ!と船から海に投げ込まれてしまっただろう。

 

同じ目に遭わされて死んでいった仲間を見てしまったから、いくら巨人の血を引く巨漢であろうと、まだ子供でしかない彼にとっては、どうしようもなかった。

 

 

ならばいっそ、誰かに殺してもらえばよいのではないか。

 

殺されるのは恐ろしかったが、殺すのはもっと恐ろしかった。

 

自分が誰かの不幸を生み出してしまっているというその事実が、何より恐ろしかったのだ。

 

罪深いことをしている、という罪悪感が、彼の心を責め苛んだ。

 

肉体の痛みに反比例して、心の痛みばかりが増えていく。

 

 

破れかぶれになって、自暴自棄になって、彼は"狂犬ティンダー・ロス"などという嬉しくもない通り名で呼ばれるようになるぐらい、いつしか有名になってしまっていた。

 

誰も彼を殺せなかった。

 

無我夢中で戦って、気づいたら死んでいるのは相手の方だった。

 

どうしようもなく戸惑った。

 

 

自棄になって、自殺を試みようとした。

 

死ねない。

 

死ぬのが、怖い。

 

あんなにも大勢の人たちを殺してしまったのに、自分たったひとりを殺すのがこんなにも怖ろしくて、彼は泣いた。

 

泣いて、泣いて、狂ってしまいそうになりながら、泣き続けても、救いなど誰からも、どこからも与えられなかった。

 

 

いつか自分は海軍に捕まり、処刑されるだろう。

 

当然の罰だ。

 

我が身可愛さに他人を殺した。

 

沢山殺した。

 

男も女も、老人も子供も、沢山、沢山。

 

いつか自分に与えられる、正当な裁きが一日も早く来てくれることを願いながらも、いざ処刑されるのは、堪らなく恐ろしかった。

 

そんな自分が、滑稽だった。

 

 

『ロス!?テメエ、何しやがる!?』

 

『狂いやがったのか、ああ!?』

 

『うるせえ!うるせえうるせえうるせえ!狂ってやがるのはてめえらの方だッ!死ね!死ね!お前らの方が、よっぽど死ぬべきなんだよォオ!!』

 

引き金となったのは、とある島を襲撃した時のこと。

 

父親を含む海賊たちは、ただ殺して奪うだけに飽きたのか、ゲームと称して遊び半分に新しい殺戮を行った。

 

子供のいる家族を連れてきて、家族のうちひとりだけを殺して残りは助けてやるから、家族全員で相談して、誰が犠牲になるかを選べ、というゲームだ。

 

 

限界だった。

 

もうこんな奴らと一緒にはいられないと思った。

 

暴れて、暴れて、暴れ回って。

 

最初に父親を殺した。

 

船長も殺した。

 

料理長も、航海士も、音楽家も、船医も、みんなみんな、みんな殺した。

 

殺して殺して、ふと我に返って、彼は海に飛び込んだ。

 

突発的な、頭身自殺だった。

 

だが、幸か不幸か、彼は死に損なってしまった。

 

 

 

「さて、君には選択肢がある。素直に喋るか、無理矢理喋らされるかだ」

 

 

ニャルラト教団本部の地下室。

 

幹部たちが拷問尋問用にと用意してくれた、どれだけ汚れても大丈夫な地下室で、ロスはダゴンがニア狙撃の実行犯を尋問する現場に立ち会っていた。

 

本音を言えば、凄く怖い。

 

彼は、暴力が嫌いだった。

 

拷問して情報を吐かせるなど、見たくもないし聞きたくもない。

 

 

だが、珍しく彼は怒っていた。

 

ニアは、いい上司だ。

 

ロスが似合わないスーツを着ていても嘲笑しないし、本当は暴力が嫌いなんだとこっそり打ち明けると、護衛のくせにと軽蔑することもなく、私もですよ、仲間ですね、とにっこり笑ってくれた。

 

趣味が料理だと告白すると、今度食べさせてください、と社交辞令ではなく言ってくれた。

 

 

自殺に失敗し、見知らぬ島に漂着して、彼は、まだ生きていた。

 

俺なんて、死んでしまえばよかったのに、と思いながら、廃人のように、それでも生きていた。

 

何のために?何のためでもない。

 

死者にもう一度だけ会える島、の噂を聞きつけたのは、そんな時だ。

 

 

「私としても、あまり容赦はできそうにないのだよ。だから、謝罪はしない」

 

 

「ぐ、がァ!?」

 

 

目の前の、人間だったはずの青年の顔が、ゴキャリ!と歪む。

 

ボコボコと皮膚が内側から隆起し、皮膚の色が変色し、眼球が今にも破裂せんばかりに膨張していく。

 

眼球の位置がずれていき、首に切れ込みが生まれ、喉から迸る悲鳴が、不快なものへ変貌していく。

 

これが、ダゴンの持つ悪魔の実の能力なのだろう。

 

 

怖ろしかった。

 

悍ましかった。

 

だが、自分よりははるかにマシだ。

 

この世で一番汚らわしいのは、愚かしいのは、この俺だ。

 

子供の頃の自分が、一方的な被害者である、と、そう主張するつもりは、もはやなかった。

 

いかなる理由であれば、自分は加害者になってまで生き延びたのだ。

 

血まみれの道を選んだのだ。

 

 

「さて、正直に話してくれるね?」

 

 

「は、い。我らが父、父なるダゴン。イア、イア、ダゴン」

 

 

ロスは、父という存在が嫌いだ。

 

大嫌いだ。

 

子供を怒鳴りつける父親を見かけると、反射的に殺してしまいそうになるぐらいには。

 

だが、それも単なる逆恨みであることは承知している。

 

自分は本当に、どうしようもなく、救いようもなく、醜悪で、愚鈍な、生きている価値もないゴミだと、彼はそう想いながら生きている。

 

 

「お疲れ様でした、ダゴンさん。嫌な役目を押しつけてしまってごめんなさい」

 

 

「いえ、お嬢様のためですから。これぐらいは、なんとも」

 

 

ダゴンがまとめた書類を捲りながら、どこかへと電電虫をかける彼女は、そんなロスにとっての救世主だ。

 

誰もが見惚れるその美貌、死者蘇生という奇跡を成すその偉業。

 

そんなものは、ロスにとっては何の価値もない。

 

どんなに美しい女にだって、悍ましいケダモノになる奴はいるのだと知っているから。

 

 

「お嬢様、お茶が入りました、です」

 

 

「ありがとうロスさん。お先に召し上がっていてください。あ、もしもし?私です私。私ですよ。え?私だけじゃわからない?ほら私ですって、声でわかるでしょう?」

 

 

ロスがドリームアイランドに来た目的。

 

それは、死者に殺してもらうことだった。

 

自分が殺した相手に、自分を殺してもらう。

 

彼ら彼女らには、正当な復讐の権利がある。

 

そいつらになら、殺されてしまってもいいと思った。

 

誰でもいいから、誰か俺を殺してくれと願った。

 

ただそのためだけに島に来た。

 

そして、出会ったのだ。

 

 

『ティンダー・ロスさん。残念ながら、死者を呼び戻すことはできませんでした。呼び戻せるのは、あなたが本当に会いたいと強く想い願う相手だけ。恐らくあなたは心の底からその相手に、もう一度だけでいいから会いたいと想っていないか』

 

もしくは、その人はまだ生きています。

 

そう締め括られて、ロスの願いは打ち砕かれた。

 

最後の希望が、潰えた。

 

ああ、そうだ。

 

本当は、会いたくなんかない。

 

もう二度とあんな父親や海賊たちの貌なんか見たくなかったし、被害者たちに会うのは恐ろしかった。

 

そして、父に死んだと聞かされて育った母は、まだ生きているという。

 

 

母さん、と。

 

知らずに口からこぼれていた。

 

母さん、母さん、と、泣きじゃくりながら蹲った。

 

母さん、会いたいよ。

 

どうして、傍にいてくれなかったの。

 

どうして、俺を捨てたの。

 

どうして、どうして、どうして、どうして、と号泣するロスに手を差し伸べてくれたのが、ああ、ニアだったのだ。

 

 

彼女は、ロスを抱き締めてくれた。

 

全てを懺悔する彼の慟哭を聞き、慰めることも責めることもせず、ただただ優しく、抱き締め、泣き終わり、気絶するまで、ずっと、ずっと、ただ、ロスのしたいようにさせてくれた。

 

縋らせてくれた。

 

泣かせてくれたのだ。

 

聖母だ、と思った。

 

あるいは、本当に女神なのかも、と。

 

 

「お待たせしました。おふたりとも、クッキーのお味はいかがですか?」

 

 

「とても美味しいです」

 

 

「美味いっす」

 

 

「そうですか!それはよかった!ふふ、実はそれ、私が焼いたんですよ。今日は教団の子たちと一緒に、クッキーを作ったんです」

 

 

「道理で」

 

 

「美味いっす。お世辞じゃないっす」

 

 

知っていた。

 

子供たちとクッキーを作る彼女を護衛していたのは自分だから。

 

ロスさんも一緒にやりませんか?と誘われたのだけれど、本当はとてもやりたかったのだけれど、勤務中なので、と断ってしまった。

 

内心しょんぼりしていたら、今度一緒にやりましょうね、とこっそり耳打ちしてくれた。

 

とても嬉しかった。

 

 

彼女が恐ろしく、悍ましい存在であることは知っている。

 

その手が決して清廉潔白な綺麗なものでないことも知った。

 

だが、それがどうしたというのだ。

 

彼女は彼女だ。

 

一度は完全に死んでしまった自分の心を、救ってくれた人だ。

 

 

「ところで暗殺事件の黒幕なのですが、ちょっと面倒なことになってしまいまして。私が直接処理しなければならなくなってしまったので、食べ終わったら同行をお願いしますね」

 

「あなたのためなら、どこへなりともお供するっす、あ、いけねえ。お供します、お嬢様」

 

 

『ロスさん。あなたの歩んできた人生は、血と怨嗟にまみれたものであったかもしれない。許されないことをしたのでしょう。償いようのないことをしてしまったのでしょう。ですが、あなたのお話を聞く限りでは、何もかもあなたが悪かった、とは、私は思いません。あなたはまだ子供だった。庇護され、保護されて然るべき子供だった。そんな子供が、必死になって生きてきたことを、私は否定したくありません。辛かったでしょう。苦しかったでしょう。どうか、あなたの傷が癒えるまで、我が教団で休んでいってください。もうこれ以上、苦しみ、傷つくことはありません。もしそれがあなたに必要なものであったとしても、それをすべきは今ではないのです。それからのことは、その時になってから考えましょう。今はただ、あなたの傷を癒やすことだけを考えてください。あなたがそれを許せないというのであれば、私が、許可します』

 

 

あの日から、ニアという少女は、ティンダ-・ロスの生きる理由になった。

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