人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います   作:黒犬51

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 他人の心を読むことができてもきっと人々は戦争をやめない。何故なら、戦争で生きている人々もいるから。


10話 本質

 こいしを起こしてはいけないという判断でさとりと俺はさとりの部屋に置かれた椅子に腰掛け、向かい合って座っていた。机には紅茶とラスクの様な菓子が並べられている。長話になるとのことで、さとりが呼びつけた燐が準備してくれたものだ。

 

「これは昔の話です。貴方はまだ生まれていないと思います。ただ、私にとっては忘れられない事件です。私達さとり妖怪は心を読むという能力から、迫害を受けていました。なので地底に逃げてきたんです。それ以来ここは地上で忌み嫌われたり、恐れられたりしている妖怪が集まる場所になりました」

 

 いつだったろうか。さとりがお互いにシンパシーを感じるといっていたような気がする。あの時はお互いに妖怪だからなのだと思っていたが、どうやらそう言う訳ではなかったらしい。

 さとりがこちらが何を考えているのかを読んだようで少し頷き、話を続ける。

 

「迫害と言っても私達が腕力の強い鬼のような妖怪であれば力技でなんとでもなります。ただ、私達は人間よりは強いですが。妖怪と比べると腕力が弱い上に、人間相手でも数人に囲まれれば負けるほどに弱かったんです。だからこそ、私たちに対する迫害は他の妖怪へのものよりも悲惨なものでした。今では私とこいししか居ませんが昔はもっといたんです」

 

 何が起きて数が減ってしまったのか。そんなことは聞かずともわかる。恐らく、殺されたのだろう。出来るだけ凄惨な方法で惨たらしく、見せしめの様に。

 

「なんとか生き残った私達は八雲紫に交渉を持ちかけられたんです。これから、旧地獄、ここですね。地底に嫌われた妖怪を集めるから、そこの主人になってみないかと。仕事は多いけれど、なってくれれば安全な居住区を差し出すとの契約でした。当然呑みます、これ以上地上にいてはこいしも私も危険でしたから。土地の管理者としてこの心を読むという能力は便利だとあの賢者も考えたんでしょう」

 

 妥当な判断だ。多少リスクはあったとしても安全には変えられない。この時すでにこいしの目は閉じていたんだろうか。間違いなく辛いことはあっただが、目を閉じることにつながるかと聞かれればよく分からない。だがそれ以上に同族が次々と殺されていく様というのは体感するとどれだけ辛いものなのか。想像するだけでも辛い。ここでさとりを騙すことに決めた。俺は単に話を聞いていると読ませる。そう、俺は想像する必要はない。同調をしてしまえばどれだけ辛いのかは分かってしまう。理解には必要な行為だ。だが、これはさとりからすれば調べられたくないだろう。だからこそ騙す。真実を誤解すればそれがその人にとって真実になる。

 ゆっくりと、いつものように相手を見つめ、能力を発動する。心に流れ込んで来る、相手の感情。絶望、憎悪、そして、殺意。黒い感情は家族を傷つけた者達に、延々と呪詛を詠っていた。

 少し同調すると感情がリセットされる。筈だった。いや、リセットはされた。だが、少し、視界が...揺れて。

 

「さとり」

 

「どうしました?」

 

 ふらりと立ち上がったこよみ。少し頭を押さえている。やはり、少し話が重すぎるだろうか。同調できる彼女にとっては少しつらいのかもしれない。

 

「いや、なんでもない。続けてくれ」

 

 何事も無かったかの様に席に着いたこよみは安心してくれと言いたげに少し笑って続きを求めた。何かがおかしい様な気もするが、それが何かは分からない。心には相変わらず話に対する興味しか無い。

 

「そうですね」

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「今日も行ってくるね!おねーちゃん」

 

 部屋を開けるなり笑顔で私に声をかける。愛しい妹。黄色のリボンのついた黒い帽子を被り、私と色の違う服を着たこいし。その胸元に身体から伸びるコードで繋がれた瞳は開いている。私の目の前には山のように積まれた書類。地底の管理を任せられた上でしなくてはならない業務だ。忙しくはある。だが、ここは地上に比べて圧倒的に安全だった。

 

「地上が怖いのはわかってるでしょ、なんで行くの?」

 

「みんながみんな悪い人ってわけじゃ無いよ。今は誰にもさとり妖怪だって事言ってないけど。みんなよくしてくれる」

 

「それはさとり妖怪と知られてないからよ。もし知られたらどうなるか。知ってるでしょ?」

 

 少しの沈黙。私たちは心を読まれるのを嫌った妖怪や人間にひどい迫害を受け、地上では日々殺されるかそれよりも酷い目にあっていく同族に何も出来ず逃げ惑うことしか出来なかった。当然こいしもその現実は知っている筈だ。

 

「それはさとり妖怪ってことで嫌われている所からのスタートだからだよ。ちゃんと信頼関係を築いてその後ならきっと仲良くなれる筈」

 

「待って。地上に行くのは良いけれど、さとり妖怪である事を伝えるのだけは絶対にやめて。仲良くなれる筈ってだけでそんなに危険な事をしないで。貴方は私に残された最後の家族なの」

 

 縋る様にこいしに願う。今思えばここで全力で止めておけばよかった。そうすればこいしが傷つくことはなかったのかもしれない。でも全力で止められなかったのは、やはり私も心のどこかでまだ仲良くすることができるのではないかと言う一抹の希望があったのかもしれない。今考えると本当に愚かだと思う。

 

「うん。わかってるよ」

 

 そう言い残し、こいしは笑顔で部屋から去っていった。私もついていけばよかったのかもしれない。ただ、それが出来なかった。怖かった。自分自身は怖くて行けないから妹に希望を託してしまった。これが私の罪、そしてその罪は最悪の形で償わされる形になった。

 こいしがその日、帰ってくることはなかった。たまに、その友達の家に泊まることもあったのでいつもならそれほど不安にはならない、けれどこいしと家をでる前にしていた会話もあり、少し嫌な予感がした。そのため、八雲紫を呼んだ。

 

「あら、なんの用かしら」

 

 虚空が裂け、闇が覗く、中にある目玉がこちらの景色を確認している。数秒してその中から金髪が覗き、白いフリルをつけた白いドレスに勾玉の様なものがあしらわれた薄紫の前掛けをつけた女性が現れ、裂け目が閉じる。

 八雲紫はこの幻想郷の賢者であり、管理者。彼女ならきっと、こいしの居場所がわかるだろうとそんな淡い希望を抱いていた。

 

「私の妹のこいしが地上に行ったっきり帰ってこないんです。とても不安なので探していただけませんか?」

 

「なるほど。貴方にはここの管理も任せているし探してみるわ。ただ、私としても確実に見つけれる保証はない、それだけはわかって頂戴」

 

 意外にもすんなりと了承してくれた。正直、何かしらの条件を提示されると思っていたので正直意外だった。

 

「よろしくお願いします」

 

 小さく頭を下げて、書類に向き直る。本当は私が探したい。けれど、現実的に難しいだろう。幻想郷は広い、その上私にとってはあまりに危険だ。探す最中に私に何かあれば帰ってきたこいしを迎えることが出来ない。

 私にとってこいしは唯一の家族だが、私もまたこいしにとって唯一の家族。おかえりを言える最後の1人。そんなことを考えている。ただ、これはただの言い訳だ。こいしの事は間違いなく大切だった、けれどそれ以上に私が酷い目に遭うのが怖かった。もし、この時私も探しにいけばこいしをもっと早く見つけることが出来たかもしれない。そう思うと、今でも胸が後悔と懺悔と、自らに対する嫌悪で痛くなる。

 

「結局こいしは見つかりました。ただ」

 

「ただ?」

 

 正面には先ほどから少し様子のおかしい気がするこよみ。ただの気のせいな気もするが、不思議な違和感がある。先ほどから服も、見た目も何も変わっていないはずなのに、何かが変わっているような。

 

「もうあまりにも遅すぎたんです。こいしを見つけた八雲紫曰く、こいしは小屋で地面に寝かされており、ナイフがサードアイに突き刺さり、服は破られ、どうやら村人達に輪姦されていたのだろうとの事でした。ただ、そのこいしの周りには殺された村人が転がっていたそうです。どれも酷い拷問を受けた後のように身体中に傷があり、顔は痛苦に歪んでいたそうです」

 

「そうか」

 

 もう一度こよみを見る。何かを考えるように目を閉じた彼女を見る。彼女にはとても辛い話だろう。こよみにとって他人の話を聞くと言うのは一般人とは少し意味が違う。同調を行える彼女は、相手が話すために思い出したその時その瞬間の感情を全て自らに投影して感じ取っている。恐らく彼女の同調というのは他人を自らに投影していると言った方が正しいのかもしれないと最近は感じている。実際彼女の心にはあの時私が抱いた感情が渦巻いている。

 

「大丈夫ですか?やはり辛いですか」

 

「いいや、大丈夫。何もこの能力をここにきて初めて手に入れた訳じゃない。俺は元からコレと仲良くやってきたんだ。慣れてる」

 

 目を開いた彼女を見る。やはり外見に変化はない。やはり少し精神に影響が出ているのだろう。

 

「ごめんさとり。思い出させない方が良かった話題だった。興味で聞いてごめん。なんか身体が凄くだるいから部屋でもう寝るよ」

 

「こちらこそすいません。貴方の能力上、この話を聞くのは苦痛だとわかっていましたが、いつかは話さなくてはいけない事でもあったので」

 

 返答はなく。そのままでも部屋から彼は立ち去った。残された私は一人でまた書類に向かう。今日もまだ、少し書類が残っていた。

 

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 心には憎悪、嫌悪、煮えたぎるような復讐への欲求。地上にいる人間を皆殺しにしてやりたい。そしてコレは、俺の感情ではない。今となってはコレほどの憎悪は無いのだろう。だがさとりの思い出していた過去のあの時点では恨んでいたという事だろう。無理もない。俺にも妹がいた。その妹が同じ目に遭えばきっとそれに関わった全てを殺したいと思うだろう。

 

「凄く、具合が悪そうだね」

 

 ふらふらと歩いている様子を見かねてか燐が声をかけてきた。

 

「あらら、見て分かっちゃう?」

 

 ケラリと笑う。俺の顔は笑っているのだろうか。他人の感情はいつも少し気持ちが悪い。少し経てば泡沫のように消えてはいくが、思い出すたびに同じ気持ちが想起される。これまではただの考え過ぎかと思っていたが、どうやらそうではない。俺にこんな能力を持たせたこの世界は一体何のつもりなのだろうか。それ以上に俺をここに拐ったあの女は一体なんなのか。まぁ、考えるだけ無駄か。

 

「どうしても苦しかったら呼んで」

 

 早足で去っていく燐を視界の端に部屋へと戻る。いつもならこうなるとゲームをして忘れるように努めるがここにはそれがない。諦めて受け入れるしかない。にしてもさとりが俺の能力を同調ではなく投影と言ったのは興味深かった。この世界の能力というのはあまり理解していないが、名前だけが全てを決定するわけではないのかも知れない。

 まぁ、そんな事。考えたって意味ないか。

 

 ドアを開き、部屋の明かりを消す。寝台へと歩き、一度息を吐く。心の準備をする。そのまま寝台に身体を滑り込ませ目を閉じた。未だにここの匂いには慣れない。長い間過ごした外とは大きく違う。それもあり、なかなか寝付く事は出来ない。何か気を逸らすことをしようと寝台から虫のように抜け出し、部屋を散策する。今思えば満足に部屋を見た事は無かった。

 いつ見ても豪華だ。外ではこのような部屋は高級なホテルにでも行かない限り出会えないだろう。既に灯は消したが、外からのうすぼんやりとした光で部屋の中を見ることは出来た。天井から吊るされたシャンデリア、まるで海外の王族が使うかのような天蓋付きの寝台。何も置かれていない淡い茶色の木製のテーブルには薔薇が刻まれている。そこに備えられた椅子にも同様に薔薇が刻まれていた。クローゼットには俺の着ていた服が入っている。もう着れる事は無いだろう。まだここにきて数日だがもうズボンが恋しい。足がとても涼しい。半ズボンは偶に着ていたが、太ももまで涼しいというのはなかなか経験がなく、慣れない。

 

「何も無いな」

 

 諦めて寝台に戻ろうかと思ったが、気が晴れるまで外を眺めることにした。相変わらずの喧騒だ。不快なものではない。ただ、一つ問題点を言うのであれば陽の光が無いところだろう。外では寝る時に鬱陶しいとまで思っていた光だがいざ無くなってみると困る。あるのは、夜明けの始まりのような光のみ。

 そんな傲慢な自分を自嘲して少し笑う。全く、コレで良い人と呼ばれるのだ。優しい人だと言われるのだ。造花が最も美しいと言われるわけだ。

 

「はは」

 

 彼女の口から乾いた笑みが漏れる。それは世界への嘲笑か、自らへの嘲笑か。呪いのように纏わりつく他人の想いの中で何を思い、彼女は世界をどのように見ているのか。そんな事は彼女以外知り得ない。

 くるりと体を反転させ、寝台へと入る彼女。その目にはただ、諦観があった。

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