人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います 作:黒犬51
殺した。殺した。殺した。
手には未だに人の体を突き刺した感触が残っている。目の前で目を開いたまま腹部から血を流し横たわる少女を置いて空いていた窓から外に出る。きっとこれからもっと多くの人を殺す、この程度で動じてはいられない。全ては復讐のため、あの賢者の希望を砕くため。これはまだ最初のステップですらない。でも、ただ今は、なによりも早急に逃げよう。いつここの主人が帰ってくるかわからない。まだ私には力が足りない。
純白だった服には返り血で彩られた花が飾られている。そして、そんな明らかに異常な少女は踊り狂う妖怪たちの間を抜けて人混みと、喧騒の中に消えていった。
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お燐とお空、ペットの無事を確認した後に館の内部でこよみの捜索が始まった。だが、結論から言うと見つからなかった。犬のような鼻のきく動物でさえ、追うことができなかった。だが、これも仕方のないこと。この世界は空を飛べる。空に逃げれば匂いも足跡も何もない。匂いが風で流れる距離まで行ってしまえば追う事はできない。そして、見つからなかったのはこよみだけではない。犯人もまた見つからなかった。凶器の匂いを導に追わせたものの、館の外まで続いた後、追跡が出来なくなった。ただ、窓が空いていたので窓から逃げた可能性もある。ただ、匂いは館内を一回通っている為、行きか帰りで館の中を通ったということだけは確か。
そして、追えなかった事はそれほど意外ではない。問題なのは、どうやってペットたちのいるこの屋敷を通り抜けて私の部屋に侵入し、そして去ったのか。それがわからない。こいしの様な認識を阻害するような能力なのだろうか。けれど、そうならこよみが抵抗できたと言うのはおかしい。本当にそんな能力なら不意を打てばよかったはず。わざわざ声をかけた可能性も無くはないけれど少し無理がある。
見つけることが出来ず、いじけたゴールデンレトリバーという犬種の彼の頭を撫でる。大型犬のふわふわとした毛並みはいつでも触り心地が良い。
だが、今はそれに熱中している暇はない。こよみはもしかすると館からは逃げることが出来たのかもしれない。けれど逃げ切る事はどう考えても厳しい、となると拉致されたか、今この瞬間も逃避行を行なっていると考えるのが一番賢い。
「申し訳ありませんさとり様。私がもっと警戒していれば....」
こよみが襲われた際にはお燐もお空もこの館にいた。ただ、誰一人この異常に気づくことが出来なかったらしい。こよみが机をずらしたりしていたのにも関わらず。大きな音が立った筈。でも誰も気づかなかった。ならやはり何かしらの能力を使っていたと考えるのが妥当。
「大丈夫よ。貴方は悪くないわ。悪意を持って見捨てたわけじゃないと言う事はわかっているし」
疑いたくはなかったが、それも読心で確認した。本当に誰も気付いていなかった。ということはやはり、認識を阻害する系統の能力である可能性が高いけれど、色々と説明のつかない部分がある。
「お燐は一体どうやったと思いますか?」
「私は、音や気配を消す系統の能力だと思います。ただ、それだとなんでこよみが抵抗できたのかがわからないんですよ。それにこれだけ暴れて誰も気づかないというのもおかしいんです」
大方考えている事は同じだった。恐らく認識阻害系ではあるだろうが、なぜかこよみは抵抗している。瞬間移動は匂いが館の中を通っていたのでありえない。紅魔館のメイドのような時間停止も説としてはあるけれど、それでもこよみが抵抗できるとは思えない。もし本当に認識阻害系の能力を持っているんだとすれば何故かわざわざこよみに抵抗する隙を与えたと言うことになる。
「そうですね。お空はどう思いますか?」
黒い羽を持った少女、その胸には相変わらずぎょろりと赤い目玉がついており、右手には木でできた筒が装着されている。食事の時は外しているが、今は緊急事態、彼女の火力が必要になることもあるだろうと武装させている。
「うーん。私はわからない。ただ、入り口から来たのに誰も気づかないっていうのはやっぱりおかしいよね」
みんな同じような形だ。本来は同じ認識阻害の能力を持つこいしに聞いてみたい、けれど先程藍さんが来たあたりから能力で消え、どこかに行ってしまった。恐らくこよみを探してるのだろう。
「さとりさん。お邪魔しています」
先ほども聞いた声、八雲紫の式神が戻ってきた様だ。最悪の事態を想像するが、それだけは信じたくない。
「藍さん、こよみは見つかりましたか?」
振り返りながら問いを投げかける。読心を使う気にはなれない。真実を知るのが怖かった。
「結果から言います。生きていました。なんとか逃げ切れたようです。今は永遠亭にて治療されていますが、出血がひどいとの事で、気を失っている様です」
よかった。胸を撫で下ろす。けれど、出血の量によっては危険。今すぐに様子を見に行きたい。
「ありがとうございます。永遠亭ですね。今すぐに向かいます」
「待ってください」
空いている窓に向かって足を踏み出した瞬間に止められる。
「ここからが紫様からの伝言です。彼に幻想郷を旅させたいとの事です」
「旅...?」
彼は人間。この幻想郷を旅するなどただの自殺行為でしかない。この幻想郷には良い妖怪もいるが当然悪い妖怪もいる。好き勝手に人間を殺さないというルールはあるが、彼一人を殺すことを好き勝手に殺すとは言えない。ただ、食事のためと言われれば終わり。
「無謀です。彼を殺したいんですか?」
「旅といっても移動は飛行。常時紫様の監視があり、その上で彼の自由で地霊殿に帰ることも、私の家で寝ることもさせる、そして彼自身の戦力を上げるために訓練もするとおっしゃっていました。そして、彼もそれに同意したと」
告げられた事実を受け止められず、自室の椅子に座り込む。ただ、今生の別れではない、こよみの意思で自由に帰ることができると言っていた。なら....ただそれでも危険すぎる。それにこよみが何故同意したのかが....わからないと考えた時一つの理由が浮かんだ。
こよみは、私たちに被害が及ばない様に....?
今回狙われたのはわかりやすくこよみのみ。それは能力でわかっているはず、ならこの考え方が一番筋が通る。通ってしまう。
「こよみの意思だというなら。わかりました。ただ、絶対に守ってください」
「はい、よく言っておきます」
お辞儀をしてその場から消えた藍さん。心配した先程の犬のペットが身体を擦り寄せてくる。
きっと、きっとこよみなら大丈夫。
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「本当にその出血でなんで動けるんだ?」
白髪の少女がこちらを見てくる。相変わらず闇に包まれた竹林の中で月明かりに照らされた彼女の髪だけを頼りに進んでいる。時々、こちらに語りかけてくるのは恐らく生存確認だろう。気づいたら後ろにいなかったというパターンを避ける為だろうか。
「俺も正直驚いてる。意外といけるもんなんだなって」
傷口に目を落とす。手には未だに温かいものが触れている。乾くより先に出血しているのか血が止まる気はないらしい。だが不思議と意識ははっきりとしていた。歩くとひどい痛みが走るだろう。という理由で飛んではいるが実際に意味があるかはわからない。残念なことに結局激痛と言って差し支え無いような痛みが走っている。
「一つ確認していいか?アンタは、人間なんだよな」
「そうだ。俺は人間。特別に力がある訳でもなければ、何か特別な才能があるわけでもなかった。ただの人間。あー、いや同調っていう能力はあったらしい」
それを聞いた少女は何も返さず、前に向き直り足を進める。何かを考えていると言うのはわかるが、わざわざ同調してそこまで調べるのは流石に気が引ける。それにそんな余裕はない。
「そろそろ着く」
「それは良かった」
安堵と共に前を見ると、そこには時代劇で見たような門が建っている。左右に松明の灯りがあり、非常に明るい。鉄で補強された木製の扉は締め切られており、その上きは黒い瓦の乗った屋根がある。入るために、インターホンのような物もない。だが、冷静に考えればインターホンなどここの世界の技術で存在するのかはわからない。それ以前にここの住民は空を飛べるのだから門なんてものは意味がない。
「おい、開けてくれ。急患だ」
奥から若い女性の返事が聞こえ、その後に走る音。中は砂利のようで、足音は濁っている。足跡が止まった後、門がゆっくりと開き、紫色の髪を腰まで垂らし、女子高の制服のようなものを身に纏っている。だが、頭部から生えたうさぎの耳が人間ではないと言うことを証明していた。外にいた時もこんなコスプレをしている人をネットで見かけたことがある。
「妹紅さん、ってひどい傷。一体何が、取り敢えず師匠に診せましょう。まだ動けますか?」
「まだなんとか」
内部は昔歴史の教科書で見た寝殿造のようで、壁に沿って置かれた松明によって明るいが、それ以上になぜか建物内も明るい。松明以外の何かの影響だろうが、それが何かはわからない。そして足元には綺麗な枯山水の庭が作られている。左右にそれを収めながら石で作られた足場の上を飛ぶ。
にしてもこれだけ出血しているのにも関わらず、本当に意外と動ける。飛んではいるものの、激痛はあるものの、これだけの出血はあるものの、死が近いという実感は今の所ない。
「ならついてきて下さい。すぐに案内します!」
大急ぎで走る少女の後を追おうとして、慌てて振り向く。驚くほどの激痛が走るが気にはしない。
「ありがとう。本当に助かった」
「どういたしまして、でもその傷でそんな勢いで振り返るなよ。傷が開く」
苦笑しながらそう言って、少女は身を翻して竹林の中に消えていく。一人で妖怪が出ると聞いている外にいるのだからそれだけの実力者ではあるのだろう。にしても本当に助かった。もし、彼女が妖怪であれば俺は間違いなく殺されていただろう。
振り返り、少し先に行っているうさぎ耳の少女を追う。少女はその石の道の先にある襖の前で俺の到着を待っている。どうやら本当に心配しているようだ。こよみの時も見ていたが、この世界の住人はみんな優しい。
「ごめん、待たせた」
「いえいえ、気にしないでください。師匠!急患です」
そう言って開けられた襖から中に入るとそこは診察室のようで、外でも見たような金属パイプで出来た回転椅子には一人の女性が椅子に腰をかけている。ワンピースを左右を赤と青で色分けし、上は右が青、下は左が青と色分けされており、星々が線で繋がれ星のマークが描かれていた。
彼女が座る椅子の前にある机の上には資料と思しき紙の束と、薬品が陳列されており、その横の金属製の棚にも資料と薬品、そして何かのホルマリン漬けが置かれている。また、彼女の横には病院で見るような寝台が据えられている。そしてこの部屋も何故か明るい、電気のようだがそれらしきものは見えない。
「ひどい傷ね。何があったのか聞きたいところだけど、先に処置をしましょう。まずはそこで寝て」
別に断る事もないから寝たいといえば寝たいが。
「いや、血がだいぶ付くと思うけどいいのか?」
「ここは病院よ、構わないわ」
こんな状態でタオルも何もない場所に寝ればいうまでもなく真っ赤になる。念のために確認をすべきだった。でも、問題がないならいい。
「ありがとう」
少し体を浮かせて寝台に腰をかけ、腹痛にうめきながら横になる。
「服は切っても?」
「あー」
これは俺の服ではない。さとりから借りたものだ、そんな服をと思ったが、すでに血まみれでナイフで裂けてもいる。
「大丈夫、だと思う」
「なら切るわ」
机の引き出しから銀の鋏を取り出し、慣れた手つきで服を切っていく。
「少し痛いと思うわ。耐えて」
「耐えて...ってな」
直後激痛が走る。どうやら患部に張り付いた服を剥がしたようだ。だが、思っていたほどではない。気絶するレベルかと思っていた。
「あら、声もあげないのね」
「想像よりはマシだった。で、俺は生きれそうか?」
どうやら傷口を眺めているらしい。どうやっているのかは全くわからないが、横に浮いている光で患部を照らしていた。コードも何もなく、ただ電球の明かりが蛍の様に浮いているかのような状態だ。
「死ぬほどの傷なら貴方意識ないわよ。血で少し見えないから水で血を流すわ」
「痛いんだろうな」
返答はなく、引き出しがおもむろに開き、水が入っているであろうボトルとガーゼが飛んでくる。
「どうやってるんだまじで」
そのままボトルがおもむろに開き、患部に内部の液体がかかる。思ったよりは痛くなかった。自分でも患部を見たい気持ちがあるがグロテスクなものは出来るだけ見たくない。
「なかなかひどい傷ね。ナイフで刺されたのかしら、何か傷口に残っている可能性はある?」
「いや、ナイフは刺さっていない筈だ。服の繊維とかがわからない」
「処置の前に一つ。貴方は人間かしら」
おそらく治癒力などの関係で処置が変わるのだろう。
「人間だ。能力も治癒系ではない」
「...そう。なら、縫合しましょうか。麻酔を打つわ」
また引き出しから医療のドラマで見たような吸入具が飛び出し、口に覆い被さり、その先に繋がれた缶からガスが吹き出す。
「普通にしていれば意識が飛ぶわ」
一瞬耐えられるかと考えるがそんなことは許されず、一瞬で意識が落ちる。
「人間ねぇ」
目の前にはナイフで大きく裂かれた患部。縫えばいい、それだけ。ただ、この傷は、この出血はあまりに人間が耐えられそうなものでは無い。黒い服で見にくいが出血量は血液で濡れ切った服を触れば想定できる。下手をすれば妖怪でも危ういレベルだ。それにこれだけ大きな裂傷にも関わらず臓器が外部に出てきていないのも異常だ。これだけの裂傷なら臓器がこぼれてもおかしくない。手で押さえていたとはいえ、切られた直後に押さえでもしない限りは厳しいだろう。切った相手がそんな隙を見逃すとは思えない。
「彼は無事かしら」
襖が開き、見慣れた顔が現れる。八雲紫、幻想郷の賢者。その顔には若干の心配が浮かんでいるが、どこか結果を知っていそうでもある。
「無事よ。ただ、異常ではあるけど。彼女は人間なのよね」
「よかったわ。ええ、人間よ。まだね」
怪しい笑み。彼女がなんの理由もなく人間をここに誘うわけがない。だが、実際相当に心配だったようで珍しく額には汗が玉となっている。
「施術の後に話があるわ。集中したいから出て行って」
「宜しくね。お医者様」
ひらひらと手を揺らし、部屋を後にする彼女を端目に縫合を行う。私にとっては失敗する要素のない簡単な手術。けれど、この傷では恐らく数日は絶対安静。その後に抜糸を行う必要がある。数日はここにいてもらう事になる。術後のことも考えながら器具を持った。
だが、そう簡単には行かなかった。
「しっかり痛いんだけど。もう終わった?」
「はい?」
目の前で起きてはいけないことが起きている。私が麻酔の量を間違えたかと疑うが、そんなはずはない。月の技術でつくられた道具だ、そのようなミスは起こり得ないはず。となれば、シンプルに麻酔の効きが悪かったか。
「ごめんなさい。どうやら麻酔の量を間違えてしまったみたいでね。今追加するからもう少し眠ってもらえるかしら」
「わかった」
麻酔を再度吸入させる。今度は自分自身でしっかりと吸入量を決定した。けれど彼が人間なら吸入量に上限がある。それを超えると危険だ、早急に終わらせる必要がある。眠ったはずの彼女の患部の縫合を再開。いつもよりも早急にそして正確に手術を完了し、彼の体を優曇華に運ばせる。
「終わったかしら」
「ええ。で、あの子はなんなのかしら。人間?」
手元の扇子で口元を隠す。これは彼女が何かことの本題から逸らすサイン。でも、この件に関しては話を逸らさせてはいけない。私は永遠亭の主人として、知っておく必要がある。
「私はこの幻想郷の住人。知る権利はあると思うのだけど」
「そうね。彼は保険よ。それに外にいてはいけない者だったしね。貴方は妖怪や神がどうやって力を得るのか知っているかしら」
聞かれるまでもない。妖怪は他者からの畏れを神は他者からの信仰を、どちらも他者からの想いを力にしている。逆を言えば他者からの想いが無ければ私たちは生きられない。
「他者からの想いでしょう?」
「その通り。そして彼の能力は同調する程度の能力。いまこれ以上は言えないわ。彼が目を覚ましたら教えてちょうだい。面会をしたいから」
「それは...構わないわ」
スキマをひらき、八雲紫はどこかへと消える。静かになった診察室で1人、紫の言葉の意味を机に向かい、考える。
同調。これだけではよく分からない。けれどもし、私の推測がが当たっているのだとすれば。そこまで考えて筆を止める。
いや、そんなことはありえない。何せ彼女は元人間だと聞いている。人間であるならば限界がある。耐えられるわけがない。どう足掻いても身体が保たないはず。けれど、そうでも無ければ紫が誘拐してくるとも思えない。それにそれなら麻酔がすぐ切れたことにも説明がついてしまう。
自身の予想を紙に書き記す。彼女が一体なぜ保険足り得るのか。これを調べる必要がある。偶然にも彼女は数日この屋敷に泊める。その間に身体検査と言って調べれば良い。私自身、いやこの幻想郷の未来の為に。私の予想が当たっているのであれば、彼女はあまりに危険すぎる。
だが、今日はもう深夜だ。彼女もそう簡単に起きるとは思えない。明日以降にしっかりと策を練ろう。
立ち上がり、診察室を後にした彼女の机の上にはメモが記された紙が置いてある。そこには、彼女の予想が綴られていた。
『彼女は、人間でも、妖怪でも、神でもない』