人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います   作:黒犬51

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この世界は、何かを手に入れるためには何かを犠牲にしなければならない。
簡単に手に入れられそうな物ほど、その対価は高くつく。


15話 自由への対価

 

 光ない世界。闇の中。孤独に作られた一室の扉の前で今日も黒い影が待っている。

 

「おい、起きろよ」

 

 ただ一つ、その空間に置かれた精巧な彫刻の施された木製の扉の中から返答はない。扉に触れようともしない。彼は返答を待つばかりで何故か扉を開けようとはしない。開ければもっと簡単に確認できるにも関わらず。

 

「そうか」

 

 とだけ言い残し、影は消え世界がまた闇に包まれる。静寂と闇の中、一つ残された扉は開くこともなくただ静かに佇んでいる。

 

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 目を覚ますと見慣れない天井。木製の天井はどこか温かみを感じる。家族と住んでいた家はかなりモダンだったから、木製の天井など修学旅行で行った京都くらいでしか見たことがなかったが、まぁ嫌いじゃない。

 

「にしても、まだ俺が続投か」

 

 未だにこよみからの返答はない。彼女がここで生活しなければ俺を探すと言う目標は達成できない。それに俺があまりに出過ぎるとこよみと交代した時、周囲に違和感を与えることになる。二重人格だと思われるのは印象としても良くない。それに俺はまだここに来たばかり、このままでは古明地こよみが俺として認識されてしまう。

 本当なら見限って新しい人格を作るのも無しではない。けれど、新しく作ったそれはさとりの家族ではない。俺を招いてくれたさとりの家族はあのこよみだ。だから、そう簡単には捨てられない。

 

「いってぇ....」

 

 身体を起こそうとして脇腹に鈍い痛みが走る。いつの間にか着させられていた白い病院服を捲り傷を確認しようとするが、白い包帯が巻かれており何も確認できない。部屋を見回すと窓があり、そこから日差しが差し込んでいる。天井だけでなく、壁も木製で出来ており、患者用であろう木製の机と椅子も置かれている。

 

「目が覚めましたか」

 

 声で気づいたのか木製のドアが開けられ、見覚えのある少女が入ってくる。腰まで伸びた紫の髪にウサギの耳、高校生の制服のような服装。名前はなんだったか。

 

「ああ、ありがとう」

 

 身体を起こし、ベッドに腰をかける。うさ耳が慌てて止めてきたが問題はない。来るとわかれば別に問題のない痛みだ。それに治療のおかげでかなりマシになった。

 

「無理して動かないで下さい。傷が開きますよ。大怪我だったんですから。見せてください」

 

 傷を確認するために近づいて来る少女。こよみはあれだが、俺は正直女性慣れしていないというか苦手な部類。正直、何を考えているのかわからなくて得意じゃない。

 服をめくりあげられ、慣れた手つきで包帯を解く少女。何かの香水かシャンプーだろうか、花のような匂いがする。解き終えた真っ白な包帯を一度横に置き、傷口の確認が始まる。

 

「あれ...?」

 

 まるでまずいものを見たかのような反応。日常生活ならまだしも、病院でそれをされると相当怖い。

 

「その反応怖いぞ」

 

「すいません。ただ傷が」

 

 俺も確認しようとするが覗き込むように覗いている少女の耳と頭が邪魔で見えない。

 

「一つ確認なんですけど。新聞で見たんですが、人間なんですよね」

 

「みんなそれを聞くな。人間だよ。ふつーの人間だった」

 

 少し何かを考えるような素振りを見せた少女は少し待ってくださいと言い残し、部屋を後にした。包帯は巻き直されていない。折角なので傷を確認する。

 そこには既に傷など無かった。縫い合わせるのに使ったのであろう糸だけが残っている。これには流石に異常に気づいた。一瞬何日間も眠り続けたかと思ったがそれなら彼女の反応がおかしい。それに抜糸は傷が完治する前にするものではないだろうか。いや、最近は抜糸が必要ないものもあると聞いた気もする。良くわからない。

 

「俺...どうなってるんだ」

 

 自分で自分を騙しているという説もあるのだろうか。実際傷がないのに痛みを感じた。でも、そんなことをする意味はない。となれば、俺が異常に早く治ったと考えるのが妥当。ふと、気付きたくなかった予想が浮かび、呼吸が荒くなる。落ち着けと自分に言い聞かせて目を瞑る。

 

「なるほど。そういうことか。それなら筋が通る」

 

 明らかに人外が集うこの世界に俺が連れて来られた理由。会うたびにかなりの頻度で聞かれる人間かどうかの確認。それはただ、二重人格を疑っていたわけではなかったのだろう。

 どうやら俺は、もう人ではないらしい。

 

「あら、賢いのね」

 

「八雲紫」

 

 目の前に開かれた空間の切れ目から俺を拐った本人が現れる。相変わらず趣味の悪い空間だ。赤いリボンで端を止めた空間の中からは多くの眼球がこちらを覗いている。

 

「心でも読めるのか?」

 

「いいえ。気づくと変わるのよ。雰囲気みたいなものがね」

 

 自分では全くわからないが、何かが違うらしい。そんな俺を見て怪しげに笑う紫。

 

「なんで話してくれなかった?」

 

「こうなるかが未確定だったのよ。それにそれを知ったら貴方はその未来に走った。伝えなかったのは貴方の未来を固定しないため。でも悪いことではないわ、貴方はこれで家族であるさとりを守る力を、そして自由に生きる力を手にできる」

 

 全く何を言ってるのかわからないが、どうやら異世界転生らしいオチがついたらしい。だが、強くなった事など正直どうでもいい。さとりを守れるのというのは大きいが、結局俺はここで呑気に暮らしたいだけだ。過剰な力は必要としていない。ただ、大切なものが守れるだけあれば良い。それ以上はいらない。何事も過剰に持っていると問題が起きる。

 

「まぁ、あって困ることは無いだろうな。自由に生きれるのは願ったり叶ったり、ありがたい話だ。でも、そんなことは今はどうでも良い。いや、どうでもよくはないか。気づいたら人間辞めてましたってそんなことあるのかよ。いや、でも今はそうじゃない。俺を襲ったあいつはなんだよ」

 

「さぁ、私にはまだわからないわ。調査中よ。ただ、ロクでも無いのは確かね」

 

「そりゃそうだ。ロクでもねぇから突然俺を襲ったんだろうしな。けど、お前に恨みがあるって言ってたぞ。家族を殺された、ともな」

 

 顔色を確認しながら能力発動。ここが真実かどうか、それが一番重要だ。俺を襲う理由が本当にこいつならなんとかするしか無いが、違うなら誤解を解けばいい。そのためにもこの真偽は知っておく必要がある。

 

「特徴的な見た目はあったかしら。さとりの眼のような」

 

 覚えていないのだろうか。今のところ全く心に動揺も、不安もない。どうやらここに来た一番の目的は別に犯人探しではないらしい。

 

「いいや、不思議の国のアリスという童話の主人公みたいな見た目だとは思ったくらいだ」

 

「人形はいたかしら?」

 

 一瞬思い当たる節があったようだがどうやらハズレだったらしい。すぐに犯人の像が消える。人形の有無はまだ言っていないがありえないと判断したらしい。扇子で顔を隠しているが目でわかる。俺の能力は別に相手の顔が全て見えている必要はないらしい。

 

「いや、無かったはずだ。残念だが能力もわからない。シンプルに急に来て、急に刺された」

 

 記憶には人形のようなものは無い。能力を確認する余裕もなかった。ただ、ここは一度脅しておくべきだろう。グダグダと話を伸ばされても困る。さっさと八雲紫の本当の目的を把握しておきたい。なにせ俺を殺すことに失敗した事にあいつはすぐに気付くはずだ。なら、次いつ来てもおかしくはない。恐らくそれほど時間はない。

 

「一つ言っておく。俺はさとり以上に騙されない。お前の知っていることを教えてくれ」

 

「そんなに脅さなくても答えるわよ。それに貴方の能力は騙せない事はわかってるわ。ただ、貴方なら理由も理解できるはずよ。世界を治めるにはそれ相応の犠牲も必要、その中から誰かと言われてもすぐにわかるものではないわ」

 

 世界を治めることの意義は理解している。この世界がどうかは知らないが、反抗されることもあったはずだ。統治をするならばそれを治めることも重要な仕事になる。説得でまとまった事もあっただろうが、武力での勝負も発生したはずだ。となれば、犠牲も生まれる。俺の居た世界ほどの規模ではないにしろ、多くが争いの果てに、悲劇的な死を迎えただろう。

 だが、俺としてもこれだけ焦っている理由はある。あいつの相手をするとして、話し合いが不可能だった場合。殺し合いになる。こよみにあいつの相手をさせたくない。彼女は白紙。その紙に人殺しのインクを塗ればきっとそれは消えることのない傷になる。そしてそれは、俺を探すという目的の大きな障害になる。決着をつけるなら彼女が起きる前か、俺の人格の時に終わらせなければならない。

 あの襲撃者に関しての情報は掴めなかった。だが同調も大分完了したお陰で、こいつの本当の目的もわかった。相変わらず、こういった時には便利な能力だ。

 

「嘘はなさそうだな。なら、俺に力の使い方を教えてくれ」

 

「あら、貴方そんなにアウトドア派だったかしら?」

 

 結局、今日こいつが俺のところに来た目的はこれだ。最初から犯人を特定できるとは思って居なかった。ただ、俺を殺されないように鍛える口実が欲しかったようだ。正直、俺が強くなることで何か紫にメリットがあるとは思えないが。まぁ、これなら俺としても問題はない。いつか学ばないといけないことではあった。妖怪が跋扈する世界を呑気に生きるなら、自己防衛もできなければいけないとは思っていた。本当はもう少し後でもよかったが、あの女に狙われている以上今すぐに学んだ方が良い。

 

「わざわざ誤魔化さないで良い。最近ちょっとずつ能力にも慣れて来た。俺としてもさとりを危険な目に遭わせたくない」

 

「もしかするとさとり以上に相手し難いかもね。貴方は」

 

「それはどーも」

 

 誉め言葉ではないのだろう。驚いたようなそぶりもしているが、結局この女はすべてわかっていたようだ。俺がこういう反応をすることも、何もかも。八雲紫、彼女はあまり得意ではない。能力があると尚のことだが、すべてわかった上で手のひらの上で転がされているような気がする。

 

「でも基本的にこの世界では争いは弾幕ごっこというもので納めるの。貴方にはそれ以外の力も学んでもらうけど、基本武力行使は厳禁よ。それだけは思えておいて。そこで早速だけど、弾幕ごっこから説明するわ」

 

 弾幕ごっこ...まるで子供の遊びのような名前だが、つまるところは武力同士の争いをさせないための物だろう。あちらの世界でもそんなものがあれば多少はましになったんだろうか。などと考えるが、恐らく無理だろう。そんなルールなんて無視して、きっと争いが起きる。

 

「弾幕ごっこか、名前はかわいいな」

 

「でしょう?で、ルールの説明をするわ。シューティングゲームはしっているかしら、それをあなた自身が行うというような感じよ」

 

 とんでもない事を言い始めた。確かにシューティングゲームは知っている。だが、それを自分の身体でやると....想像ができない。

 

「いや....本気か?俺はそんなに俊敏に動けないぞ」

 

「まぁ、最後まで聞きなさい。色々なルールがあるのだけど、基本は攻撃側とかわす側に分かれて行うわ。攻撃側は弾幕を所定の回数当てたら勝ち、かわす側は一定時間避けたら勝ち。貴方には厳しいと思うけど、攻撃を中断させても勝ちよ」

 

 本当にやったことがあるようなゲームの説明が出てきた。確かにゲームは好きだが、VRを超えたレベルで本当にリアルだと...すごく興奮する。VRはお金の問題もあり、やったことがなかった。しかも俺はこの先その先のゲーム体験ができる。体力は若干不安だが、とても楽しそうだ。

 

「だいぶ期待してくれているようでうれしいわ。これは独特なものなのだけど、スペルカードという物があるわ」

 

「スペルカード...」

 

 スペルという単語を綴りかと思っているような生徒がたまにいたが、実際は魔力やまじないとった意味があったはず。となると魔力の込められたカード。という意味で受け取るのが正しいだろう。

 

「簡単に言えば必殺技ね。宣言することで使えて、そのカードの中に記憶された弾幕を放つことが出来るようになるという物よ」

 

「なるほど。やばくなったときに使うみたいな感じか。にしても弾幕ごっこか。ここに来た中で今のところ一番楽しそうだ」

 

 今のからワクワクする。ただ、実際に数回やらないと感覚はつかめないだろう。ゲームでも聞いているときは楽しそうでも実際にやってみるとおもしろくなかったというような経験もある。だが、話を聞く感じではこのゲームはこの世界で生きていくにはやらないといけないものだ。俺に合わなかったとしてもやるほかない。そして強制されるゲームというのは基本それほど楽しくない。

 それは十分に理解しているが、そんなことはあってほしくはない。所謂最悪の想像というやつだ。

 

「そうだ、さっきどうでもいいとか言ったけど。聞いておきたいことがある。俺は結局なんなんだ?人間じゃないのは分かったけど」

 

 本当にあの傷が一夜にして治ったなら俺は人間ではないだろう。なら、人間でないとして、俺は一体何なのか。

 

「そうね。今の貴方は人間でも妖怪でも神でもあるしどれでもないわ」

 

「俺の頭が悪いのか?血が足りてなくて頭が回ってないだけか?全く何を言ってるかわからない」

 

 よくわからない。人間でも妖怪でも神でもあるしそうじゃない。なら俺はなんなのか。

 

「私にもわからないわ。ただ、それで死んだりはしないし、逆に力がつくから安全になるわよ。程度の低い妖怪なら貴方に近づこうともしないでしょうね」

 

 知らない間にだいぶ人間を辞めて居たらしい。石の仮面を被った覚えはない。だが、そうなら八雲紫に攫われたのもまぁ理解できる。あの世界で人間でも妖怪でも神でもあって、ない奴なんて聞いたことがない。それにいてはいけないだろう。

 

「あーもう。意味わかんねぇ。まぁわかったよ。わかってないけどわかったことにしよう。でだ、弾幕ごっこだっけか、それは理解した。でも、あの女はそんなごっこ遊びじゃ満足してくれないだろ。そういう奴に対する対策は無いのか?」

 

 それを聞いた八雲紫は苦笑する。何かおかしなことを言っただろうか。

 

「当然そうなったら殺し合いよ。でも、貴方はそれについて訓練する必要はないわ。だって、ここの妖怪は弾幕ごっこのルールが出来るまでは殺し合いをしてたの。実はこのルールができたのは結構最近でね。そんな妖怪に同調して経験を調べれば貴方は十分戦えるわ。それに、相手の動き大方わかるでしょ。避けるのは簡単でしょうね。それに、貴方はもう人間じゃないのよ。妖怪の動き、そうね...貴方の世界で言う、人外の動きももう出来るはずよ。最初は怖いかもしれないけれどすぐに慣れるわ」

 

 妖怪の動きというのがいまいちどんなものかわからないが、人外というなら漫画で見たような知識があっているならスーパーマンのような動きができるようになっているのかもしれない。平時であればいらないが、命が狙われている今となれば話が違う。ありがたい話だ。

 そして経験を調べて、自分の物にするというのはかなり理に適っている。確かにそこから戦術を学ぶのが一番手っ取り早い。負けたら死ぬ争いがすぐに来る。そんな物、最も効率よく強くなる方法を取るに決まっている。

 

「まぁ、やるしかないよな。俺には家族がいる。死ぬわけにはいかない。もう、何も言えずにお別れなんて辛いからな」

 

 ふと八雲紫に目線を合わせると扇子で口元は隠しているが、妖しく笑っていた。まるで俺の覚悟を見据えたように。

 

「いいわね。好きよ。貴方のその歪んだ覚悟」

 

「歪んでないだろ。普通だ。なんにせよ、そうなると色んな奴に会わないとだな。それに地底に戻ってさとりに被害出るのは避けたい。となると大冒険しないとか」

 

 苦笑して流す、こいつは得意ではないが。悪意はない。

 人間...いや生物誰でも話したくないことはある物だ。それを勝手に能力で覗いてこいつは嫌な奴だと判断するのは良くない。俺の能力は見るべきでない場所まで見えすぎる。少し反省しよう。

 まぁ、それにしても本音は正直ずっとゲームをして呑気に暮らしていたかった。ここに来たことで就活とか面倒な物から逃げれると思っていたのにな。だが、今はそれどころではない。ゲームをしている最中に襲われるのも困る。そして何より、さとりに被害を出したくない。

 

「そうね。せっかくだからこの幻想郷を楽しんで。ところでもう行く気満々みたいだけど、抜糸もあるし弾幕ごっこはちゃんと練習するわよ。貴方加減できなそうだし」

 

 もう適当な日常会話だからだろうか。扇子は手元で閉じられ、口元には笑顔が浮かべられている。

 

「それは酷い言われようだ。でもまだ弾幕の打ち方わからんしな、聞くよ。そうだ、あと冒険中の寝床はどうすればいい?出来ればキャンプはしたくないんだが」

 

 寝てる間に妖怪に襲われてはひとたまりも無い。もし、襲われないにしても貴重品を盗まれるのも怠い。だからと言って毎回地底に帰れば当然さとりに危険が及ぶ可能性がある。行くにしても不定期にするのが賢いだろう。

 こいしが居れない分俺がいてあげたいと思っていたが、どうやら厳しい。家族を守るなんて言いながらその本質で守れているのか疑問だ。

 

「寝泊まりする場所は私が用意するわ。それに貴方には死んでほしくないからね。ちゃんと監視するわ。ゲームでいう所の妖精さんみたいなものよ」

 

 八雲紫が一体どれほどの時を生きているのかは想像できないが、風貌は美人な女性という感じだ。少女のような儚さはないが、その分完成している。それもあって、妖精というにはあまりに大きい気もするが心強いことには変わりない。黙って助けてもらうことにしよう。

 

「ありがたい限りだね。俺も安心して冒険できる。最初にどこ行くとかは弾幕ごっこの説明受けるときにしてもらおうかな。よろしく」

 

 話がまとまった時に丁度ドアが開かれ、昨日の夜、手術を担当していた医者が入ってくる。

 

「ほら、面会は終わりよ。傷を確認して抜糸するんだからどいて頂戴」

 

 手を叩いて邪魔な紫を退ける医師。その一見、非情な動作に紫が一切不快感をいだいていないあたり、この2人はそこそこに仲が良いんだろう。

 

「貴方ね。ちゃんと彼女に人間じゃないって教えなさいよ。処置が大変でしょ」

 

 麻酔も撃たずに突然糸に手を伸ばし、切断。あろうことかそのまま引き抜こうとしているらしい。

 

「ごめんなさいね。色々訳があるのよ」

 

 止めたいが、会話の間に滑り込めない。そして、糸が引き抜かれる。鋭い痛みとともに糸が抜け、玉のような血が傷口から出てくるが、それを医師にガーゼで拭き取られるともう、傷も何もなかった。ジョークでもなんでもなく。俺はもう、人間ではない事を再認識する。仲良さそうに俺の事でケンカをする2人を前に、自分について考える。

 確かに、さとりを守れるのは、家族を守れるのは良いことだ。でも、人間ではないなら。俺は....家族に会うことは出来るんだろうか。紫は忘れていると言っていたし、今は性別も違う。恐らく彼らは気付かない。でも、何処かで会う事くらいはできると思っていた。一目見る事くらいは出来ると思っていた。

 でも、ナニカになってしまった今。あちらに一瞬でも、戻ることは出来るんだろうか。一目でも見ることはできるんだろうか。

 

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