人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います 作:黒犬51
青い空。爽やかな風が吹く草原で白い服の少女が、泣いていた。その胸には、少女よりも一回り大きい者が抱かれている。そよぐ風と揺れる草花、そして涙を流す少女、その中でたった一つ抱かれた者だけが動かない。
「お母さん。お母さん!置いていかないで」
悲痛に叫ぶ少女の胸の中でお母さんと呼ばれた者は少し目を開く。その腹部には大穴が開き、砕けて歪になった黄色い骨が見え、血液が止めどなく溢れている。人外の力をもってしても、きっともう助からないだろう。
「ごめんね。貴方を1人残してしまって」
もう、なぜ話せるのかも分からないような状態で言葉を紡ぐその目には涙が浮かんでいる。
「私の自慢の子。私は先に天国で待ってるわ。だから幸せに生きていっぱいお土産話しを持ってきて?約束よ」
ゆっくりと上げられた腕に縋り付いて何度も頷く少女。それが最後の力だったのか、満足したように笑った母親からは力と、もっと重い何かが消えた。
そして少女は、1人世界に残された。
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「お、今日もお使いかい?えらいねぇ」
木製の古びた家家が連なる村の道を数人の人々が行きかい、少し前に雨が降ったのか舗装されていない道路には所々水溜りが生まれ、静かに空を映している。
そこで1人の少女が一つの八百屋の前で野菜を買っていた。一見するとただの子供だが、白いワンピースが麻の服を着ている人ばかりの村ではとても目立ち、肩まで伸びた金髪とその顔立ちが少女であるとを示している。そんな少女を老年の店主は笑顔で迎えていた。
「今日はね。大根をください!」
元気に店頭に並ぶ大根を指さす少女。それを確認した店主はザルに入った数本の大根から一本を選び、少女の持つ袋へと入れる。少女はポケットから財布を取り出し、小銭を探す。そんな少女を見ながら店主は大根をもう一本袋に入れた。
「一本分しか払えないよ...?」
「いいんだよ。いつもお使い頑張ってるからご褒美」
老年の店主、いやこの村の住民の多くは、彼女が何故いつも1人でここに訪れるか。それを知っていた。危険なこの世界で、少女を1人、買い物に行かせるわけも。そして、そうせざるおえない訳も。そしてその理由に少なからず同情していた。
「またおいで」
律儀に何度もお辞儀をしながらさようならと言って去っていく少女を見送り、次の客を待つ。
周囲を木々に囲まれた森の中。ぽつりと家が建っている。木で作られた屋根と壁、とても簡易的な作りではあったが、住むということには困らない程度の家だった。そこにとある家族が住んでいた。彼らはこれといって腕力が強いわけではないが、人間ではなかった。そして、さとり妖怪のように、一族としてある能力を持っており、それが原因でこうして森の中でひっそりと暮らしていた。
「ただいま!」
元気に木製の扉を開ける少女。その中では上下に白い布の服を着た一般的な体格の金髪の男性と女性が机に座って待っていた。
「おかえりリリィ!」
元気よく挨拶をする男性、そして女性も同じ言葉を掛ける。
「うん。お父さん、お母さんただいま!」
少女にとってこの2人は両親であり、少女の名前はリリィ。少し焼けた健康的な皮膚に、白いワンピース。太陽の光を弾く金髪は綺麗に輝いている。嬉しそうに笑うその姿はこの家族が良好なものであることを表していた。
「今日はどんなことがあったのかしら?」
笑う少女に釣られるように笑った母親が少女に呼びかける。その目には少しクマができていた。
少女は手に持っていた袋を机の上に置いた後に木製の安そうな椅子を引く。既にガタが来ているのか不安定だが、それに座り話を始める。
「今日はね。八百屋のおじさんに一本多く大根を貰ったよ!」
今日あった出来事を、一つずつしっかりと伝える。どんなに何の変哲もない日常でも両親は本当に嬉しそうに笑って聞いてくれる。その笑顔が、笑ってくれるこの時間が、少女にとってはかけがえのないものだった。
「それでねそれでね!お花がとっても綺麗だったの」
少女が1日の出来事を伝え終わる頃にはすでに日が暮れていた。ふと窓から外を見た母親が袋から大根を取り出して料理を始める。父親は少女と談笑を続けていた。
「ごめんよ。いつも買い出しを任せてしまって」
「ううん。いいんだよ。だから早く治してね?」
「リリィは本当にいい子だな」
嬉しそうに、だがどこか寂しそうに笑う父とその会話を聞いて微笑みながら大根の皮を剥く母。リリィの両親は、足が悪かった。歩けないと言ったほどではないが、少し距離のある村まで歩くのは辛い上に、妖怪に襲われればひとたまりも無い。故に少女が代わりに村まで買い出しに向かっていた。その事情を知っているからか村の人にはよくしてもらっている。野菜を一つ多くもらったり、お菓子をくれたり。いい人ばかりだ。
「今日もオセロするか?」
料理ができるまでは時間がかかる。その間、父とするオセロ。勝てたことはあまりない、けれど楽しかった。寺子屋にも行っていない彼女に同年齢の友達はいない。だから、こんなふうに遊べる人は父と母しかいなかった。
「いいよ!今日は絶対勝つもん」
少女は父に勝ったことがない。少しくらい手加減してもいいでしょと母が小言を言うまでがワンセットだ。ただ、少女にとって重要なのは勝利する事ではなく、この時間を楽しく過ごすことだった。
少女は親から毎日言われている事がある。それは、後悔のないように楽しく生きてほしいと言うもの。この妖怪の闊歩する世界で、村というコロニーの外に住む者は皆危険に晒される。村の外にあるこの家がいつまでも妖怪に襲われないはずはない。そして襲われればただでは済まない。運良く生き残れるかもしれないが、かなりの確率で誰かが居なくなる。実際に、多くの者が死んだ。だからこそ、後悔のないように。今を生きてほしいというメッセージ。もしここで父にオセロで負けたからと言って喧嘩をして次の日に父が殺されればそれは一生の後悔になる。だから少女は全てを楽しいと受け止める努力をして、楽しくないものはしっかりと伝える。これがこの家族でのルールだった。
「ちょっとは手加減してよ!」
いつものように盤面が父の色で染まる。
「あはは。まだまだだな」
幸せそうに笑う父に少女は笑いかける。それを見ている母が仕方が大人気ないと笑っていた。
いつもの光景、いつもの会話、いつもの日常。いつまでも続いてほしい日々。だが、この世界に永遠などない。いつ崩れるかわからない。だからこそ、このいつもを楽しむ。
「リリィ、ご飯できたから運んでくれる?」
オセロをする間に完成していた料理を机へと運ぶ。既に人数分に分けられていた大根料理を両親、そして自分の前に置き、母が持ってきた箸を受け取り、手を合わせ、食事を始める。
そして、次の瞬間。ドアが開いたかと思うと、刀を武装した妖怪が駆け込む。
「え?」
「逃げろ!」
入ってきた妖怪に組み掛かった父親が叫ぶ。
現実が読み込めず、動揺する少女の手を取り、母親が裏口から家を出る。早急に妖怪は追ってくるかと思ったが家のあった方向から爆発音が響き渡る。
「ねぇ!お父さんは?」
「今は逃げるの!」
母親に抱えられながら煙を立てる家に手を伸ばす少女。その先から数人の妖怪が飛び出してくる。その身体を空から降ってきた武器が切り裂く。そして黒煙の中から出てきた父親がその武器を握り、妖怪へと立ち向かっていく。
「なんで置いていくの?!お父さん1人じゃ死んじゃうよ」
少女の悲痛な叫びに応答せずに母は森を走る。どれだけ走っただろうか。追手がいない事を確認した母親が少女を下ろす。
「お父さんは帰ってくるの?」
「ええ、きっと大丈夫」
帰ってこないであろうことは簡単に想像がつく。少女はそこまで子どもではなかった。忙しなく周囲を見回す母親は足など悪くなさそうだ。まずまず、足が悪ければ少女を抱えて走るなんて芸当は出来ないはずだ。
「足、大丈夫なの?」
母親は意図的にリリィの言葉を無視して話し始める。遠くに火が見える。自然なものでは無い。それはゆらゆらと揺れながらこちらへと向かっている。
「リリィ。とっても大事な話をするわ。大丈夫?」
すでに日の落ちた森は闇が支配している。周囲からする物音の全てに警戒しながら母親が口を開く。
「私たちはね。妖怪なの、昔は人と一緒に暮らしていてね。他人に何かを与える力があるの。そして、人の為にと生きた結果。村を追い出されたの」
母親から突然伝えられた真実。ただ少女にとっては能力の存在も、何もかもが初めての情報だった。でもわからないことがある。与える能力なんて何も恐ろしくない。なのになんで、襲われたのか。
「私達はね。優しすぎたの。能力を使ってあまりに与えすぎた。その結果、彼らは与えられることが普通になってしまった。そんなある日、武器を与えてくれと言われたの」
「武器?」
「そう。彼らは妖怪と戦うために武器を与えてくれと願ったの。私たちは最初断ったの。でもね、断ったら。私達を殺し始めた。それでも武器を与えないから、私達を捕まえて、与えるまで拷問を始めたの」
母親は何かを思い出しながら語る。きっとそれは酷く凄惨でできれば思い出したくない物なのだろう。その顔は酷く歪んでいる。遠くからは妖怪の声が聞こえる。遠くに松明の火が揺れている。
「どこまでも逃げましょう。いつか逃げ切れるわ」
少女は立ち上がり、幽鬼のような足取りで森の中に入っていく母の後を追う。
それから数日間。少女と母は森の中を逃げ続けた。だが、相手は妖怪。逃げ切ることは出来ず日に日に追い詰められていることは母親の焦りから見て取れた。そして1週間が経とうとしたころ、ついに逃避行は限界を迎える。妖怪から放たれた矢からセナを庇った母親が矢を足に受けてしまった。もう逃げることは出来ない。逃げることをあきらめた母親は最後に花を見たいといい、リリィと共に草原へと向かった。草原には色とりどりの花々が咲き乱れ、少し甘いような芳香が漂っている。
「綺麗ね。リリィ、あなたの名前も実は花の名前から来てるのよ。私たちの願い通りきれいな子に育ったわね」
「うん」
隠れるものもない草原。既に森から妖怪が現れ、こちらを見ている。もう逃げないことをわかってか妖怪たちは襲ってこない。気が変わらないようにか周囲を囲むように動き始めた。
「最後に、話さないといけないことがあるの。私たちの能力は与える事。でもねリリィ。貴方だけは、与えることも」
刹那、母親が前に出たかと思うとその腹部に槍が突き刺さる。目の前で起きたことが飲み込めず、頭が真っ白になり、一気に真紅に染まる。何故、私たちがこんな目に遭うのか。私たちは何もしていない。ただ、呑気に生きたいだけだったのに。
「......奪うこともできるの。だからリリィ。貴方だけでも生きて?」
奪う。奪う。奪う。真紅に染まった思考に母のその言葉が反響する。
そして、草原に悲鳴が響く。周囲にいた妖怪のうち一人が目を押さえて蹲る。その手からは紅い液体が垂れており、倒れた母親の後ろに立つ少女の手には何かがぶら下がっている。それは赤い紐のようなのにぶら下がっている眼球だった。少女はごみを捨てるかのようにそれを捨てる。草原を赤く染めながら転がったそれは世界を映すはずの瞳だった。
「おい、何が起きた?」
心配そうに声を上げ、駆け寄る妖怪たち、しかし彼らのその声も痛みに耐える苦悶の絶叫へと変化し、様々な色の花々が咲き乱れていた草原は、赤と狂乱に染まる。あるものは口から血を吐いたかと思うとそのまま倒れ、動かなくなる。あるものは突然腕が無くなり、それがあったはずの場所から赤い水を噴き上げる。あるものは突然仲間だったはずの妖怪に襲いかかり、死にたくないと悲鳴を上げるその血肉を食らっている。その横では自らの武器であるはずの槍を突き刺し、笑い続ける妖怪がいる。
「許さない......」
絶叫する少女の白かったワンピースは真っ赤に染まり、少女の周囲には肉片が散っている。そして、その絶叫に呼応するかのように周囲に静寂が訪れる。いたはずの妖怪は皆地面に倒れていた。
「もう、調べ終わった?」
突然世界に引き戻される。目の前には、リリィと呼ばれていた少女。あれからどれだけの時が経ったのかは知らないが、身体は大きくなっている。人間で言えば小学生から高校生くらいの成長幅だ。
「少し早い......けど十分だ」
一つ大きな息をつく。
さとりのあの一件で感情の受け止め方は慣れた。膨大な感情を受け取ることになるとわかっていればそれだけの対策をすれば良い。例えるなら、前回は2リットルの水がくるのにコップ一杯で構えていたからおかしなことになった。ただ、実際そんな事を多くの人々にできるかと言われればノーだ。一般人ならそんなことできないだろう。だが、俺にはその技術がある。いくら使い捨ての人格だとはいえ、それくらいできなければ日替わりで人格が変わる羽目になる。
「どう?私の仲間になる気になった?」
こよみは目の前の少女をじっと見つめる。少女はまるで確信があるかのように笑みを浮かべてこちらを見据えている。
「復讐には十分だ。俺も多分、同じことをする。だから、あとはその内容による。物によっては俺は傍観しても良い」
少し残念そうに笑う少女。そのままこよみの目を見つめ返す。協力はできない。俺は実際に八雲紫に何かをされたわけでは無いから。俺はリリィというこの少女の経験に同調しただけ。実際に経験したわけではない。だから、たとえどれだけ悪だとしてもそんな権利はない筈だ。
「そう言うと思った。でも、貴方に傍観という選択肢はないの。だって」
少女の口から淡々と、何故俺がこの世界に拐われたのかが語られる。即座に嘘をついていると考え、心を調べるが、嘘はなかった。それに、色々と辻褄が合うことが多すぎる。何か、冷たいものが血管をながれる感覚。そして、一気に思考が冷める。
「あぁ、成る程」
リリィを置き去りに、寝台からゆっくりと脱出する。肌触りのいいシーツを抜けて、肌が外気に触れる。セナの発言に嘘はない。ただ、それでも俺は、復讐者にはなれない。きっとそれでは八雲紫以外のここの住人に被害が出る。この世界の住民は、少なくともいい人々だった。命を救われた。楽しいという感情も新鮮だという感情も久々に抱いた。
そして、大切な家族もいる。
「どう?あなたもこっちにくる?」
寝台に座っているリリィがこちらに手を伸ばしている。肩まで伸びた金髪と整った顔立ち、その目には何かが宿っている。その手を握ればきっと2度と帰ってこれないだろう。
「お前につくと、被害が他にも及ぶだろ。だから無理だ。それに、俺にはまだお前が八雲紫に復讐した理由がわからない。お前はあいつに何をされたんだ?俺からすれば、八雲紫よりも、幻想郷自体に復讐した方が良いような気がするが」
リリィの瞳に映っているのは憎悪だ。家族を奪ったこの世界への憎悪。なら、今俺の瞳には何が映っている?怒りだろうか。だが、にしては何も感じない。俺は今一体何を感じているのか。
「途中で起こしちゃったんだね。あれの首謀者が八雲紫だったって後々わかったの。私たちの能力が幻想郷の根幹を揺るがしかねないから襲わせたんだって。それに私は、八雲紫だけに復讐したいわけじゃない。この幻想郷に復讐したいと考えてるから」
妖怪は畏れを糧に生きている。俺のいた世界で妖怪が居ないのは科学に進歩で、畏れるものが減ったからという話を聞いた。実際に人々の畏れた闇は煌々と輝くネオンに照らされ、わからないという恐怖も科学によって次々解明されている。彼女たちの与えるという能力は、科学力は与えられるかは知らないが、なんにせよ畏れを減らすことにつながる。人々は自分の生きやすい、畏れのない世界を目指す。その過程にある犠牲には仕方がないといって目をそらす。そんな事をされれば確かに幻想郷が危ない。
「なるほど。確かに理にはかなってる。人間はそういう生き物だってのはよく知ってる。いや、妖怪か。まぁ、同じようなもんだろ。何にせよ、幻想郷がターゲットなら俺はすぐに決断は下せない。俺は幻想郷自体は未だにいいところだと思っている」
形成の過程にどんな犠牲があったとしても、という言葉を発さず飲み込む。全ての物事の形成には犠牲が付き纏う。時間、労力、そして命。人々はそれを認識しながら生きている。だが、自分に矛先が向けば人々は口を揃えて批判を吐き散らす。もうすでに、絶望的なまでの亡骸の上に立っているのにも関わらず。まぁ、なんにせよこれは言う必要のないことだ。
「まぁ、だよね。いいよ。私じゃもう、貴方には勝てないから。後でもう一度聞くよ。貴方が審判を下す時に」
ゆっくりとこちらに伸ばされた手が落ちるが、金色の瞳はこちらを映している。ただ、そこにあったのは、人の形に何かを入れた人形だった。他人に同調し、感情を持つ生物のことを理解しながら、自らを感じられない冷たい機械。そしてそれに相対するのが復讐心を燃料に動く機械。機械同士、仲良くなれそうだ。
「助かる。それまでは待ってくれるのか?」
「うん。ここで待ってる。それまで幻想郷に手を出さないよ。でも、たまに会いにきてくれても良いよ?」
リリィがこちらをみて笑う。揺れる金髪が不覚にも綺麗だなと思った。だが、その瞳には少女らしからぬものが宿っている。だが、それはきっと俺も人のことが言えないだろう。
「もしかして、寂しいのか?」
少しニヤつきながらそんなことを告げる。意外な反応だったのか一瞬リリィの顔が紅くなるが何かを察したような顔をして、こちらを睨む。
「やっぱ来なくていいかも」
「ジョークだよ」
不貞腐れたように頬を膨らませるリリィにけろりと笑って手をひらひらと振る。少しの時間しか会っていない。その上、俺の命を狙っていたやつになんで俺はこんなにも心を許しているのか。まぁ、彼女の過去には本当に同情するものがあった。それに、なんとなくだが似ていると感じた。そのせいだろう。
「まぁ、そういう事で。また会いに来る」
そう言ってこよみは八雲紫の能力によって展開された狭間に入る。
「私は貴方の決断を待つよ。そしてそれが貴方にとっていいものであると願ってる」
それを送り出すリリィ。彼の消えた空間に訪れる静寂。その中で、もう一度横になる。そして残された彼の温もりでリリィは再度眠りにつく。
「さぁ、こっからどうするかな」
こよみは森の中にいた。既に夜のようで周囲には闇が漂っている。流石にこんなところで寝るのは自殺行為だろう。寝床を探す必要がある。だが、その前に。もう何がなんでもこよみを起こさなくてはいけない。俺は知らなくても良いことを知った。この状態で平等な判断は出来ない。
強度を確認した上で、木に背中を預けて、目を瞑る。
光のない暗い世界。これだけ暗いと正直外でも変わらない。しかし、その闇の中で少年は迷うこともなく、扉の目にたどり着き、開け放つ。その部屋では一つの寝台が朧げに光っている。その上で少女が眠っていた。彼女こそが、こよみと呼ばれれる少女。自分を探すために作りあげ、そして壊れかけた1人。
「もう起きてくれ」
返答はなく。眠り続ける少女。少し押せば壊れてしまいそうに儚いそれに、少年が手を触れる。少し少年が淡く光ったかと思うと、その光が少女に受け渡される。まるで蛍火のようなそれは少女の中に消えていった。
「おはよう」
ゆっくりと目を開ける。ぼんやりと光る寝台から体を起こすと横には彼が立っていた。
「おはよう?」
まだ意識がはっきりとしない。どれだけの間、寝ていたのだろうか。しかし、彼は何も言わずに私を見ている。そして、問題無いと判断してか口を開く。
「君が寝てるあいだ少し代役をさせてもらった。簡単に起こったことだけ伝えてある。俺は、もう緊急時しか出ないからこれから先は一人で頑張れ」
早口に言って彼はこちらの意見は何も聞かずに闇に消えた。
「私は......」
目を覚ますとそこには闇が。おはようと言われたから朝かと思いきや夜だったらしい。彼から簡単に寝ている間に何があったかを聞いた。弾幕ごっこのルールや遊び方。今の所、命は狙われていないこと。そして、この幻想郷を自由に余すことなく自由に楽しむ事。
「そんなこと言われてもね」
あまりに唐突過ぎる。突然自由に生きろなどと言われても困る。しかも放り出されたのは土地勘もない森の中。どこかの童話でももう少しましな導入を作る。だが、こんな愚痴を言っても何も変わらない。今のところ命を狙われないといわれたけれど、こんなところにいてはどんな妖怪が来るかわからない。
来ても、殺されはしないけれど。
ゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。圧倒的な闇が広がってはいる。だが、月明かりで少しは世界を見渡せる。風に揺れ、こすれる派の音も、足元に落ちている何かを踏んだ音も。月を直視し、月明かりに慣れてしまった瞳を慣らすために目を閉じる。そして、目を開けると再度闇が広がっていた。
「こんばんわ。今日は素敵な夜でしょ」
背後から唐突に話しかけられる。声質的には良くても中学生、ただこんな闇夜に普通の少女はいない。もう人外に目をつけられたらしい。
「うん。良い夜。散歩もしたくなる」
空を見上げるが、月はどこかへ消えていた。先ほどまでの月明かりはどこかへと去り、闇が空間を支配している。
「そうだね。ところでおねーさんは、食べてもいい人類?」
何かが大口を開ける音がする。それと同時期漂う鉄の匂い。
「お腹壊すよ」
笑って言い放つ。首筋に息がかかる。血生臭いそれは、すでに何かが犠牲になったことを理解させる。自由に生きろと言われている分ここでは死ねないし、なによりももう一度さとりに会いたい。
「おねーさん怖くないの?」
「そうだね。今の所怖くないかな。何も見えないし」
これで少女の声をした化け物とかであれば絶叫しながら逃げるかもしれない。ただ、この世界の妖怪は外で聞くほどに醜くない。今の所ってだけかもしれないけれど。
「そーなのかー」
背後から生暖かい血の匂いが消えたかと思うと月明かりが差し込む。後ろを振り返るとそこには少女がいた。年齢はかなり若い。中学生くらいだろう。月光を弾く短い金髪を右側に赤いリボンのような物で結っている。ただなんとなくただのリボンではない気もする。白の女性用シャツの上に黒いジャケット、そして胸元には赤いリボン、スカートも黒。全体的に黒いイメージ。ただ、真紅の目だけがこちらを見据えている。
「人間かと思ったんだけど、人間じゃないっぽいしいいや。ならお話ししよ」
雰囲気でだろうか、人間ではないと決めつけられる。確かに人間ではないらしいが、意外にも残念ではない。まぁ、この世界では人間であることのメリットの方が少ないだろうし。
「まぁ、自己紹介からしよう。私は古明地こよみ。外の世界から来た人間」
「おー、新聞で見たかも。私はルーミア」
にこりと笑う少女。人間ではないが、その笑顔は見た目相応で幼くも純粋だ。さとりもこいしも笑顔だけは年相応だった。外の世界ではなかなか純粋な笑顔を見る事も、浮かべることもなかった。他者といい関係を作るためのツールに過ぎなかった。ただ、限られた友人の前では純粋な笑顔を浮かべる事もあったが、彼らとはもう会えない。そしてもう、彼らの記憶に俺は居ない。
「なんか寂しそうな顔してるね」
「いーや。大丈夫。懐かしい思い出に浸ってた」
全くこの世界はいつも、いい人が多い。気遣いをさせたことに少し反省する。
「ところで、地底に行きたいんだけど。行き方知ってる?」
「地底?もちろん知ってるけど、今からはやめた方がいいと思う。夜だし、明日案内するよ」
そういえば夜だった。妖怪が闊歩する上に、この世界には街灯なども無いだろう。外の世界のように夜でも明るいことはない。今日はこのルーミアという少女と一緒に過ごして、明日動くのが安全だろう。ただ、この少女も妖怪である上に、明らかに人に対して害意を持っているタイプだ。警戒は解けない。
「ありがとう。でも朝まで何するのさ」
「そうだね。折角なら外のお話聞かせてよ。ここの妖怪は大体外から来てるんだけど、結構昔だからどう変わったか聞きたいの」
「あー、なるほど。いいよ」
それから、ルーミアという少女と雑談をした。外での暮らしや俺の経験を話していると、途中で流石に眠くなり、寝たいというと意外にも簡単に許可され、二人して地面で夜を過ごすことになった。