人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います 作:黒犬51
いつも死ぬのは、巻き込まれた弱者だ。
「リリィ生きてるか?」
「本当に来るんだ」
暗い城砦、その一部屋に朧げに灯が灯っている。その中に少女が2人。こよみの声に反応してリリィが寝台から体を起こす。声を掛けたこよみは何時の間にやら石畳の一室にそぐわない数輪の百合の装飾が施された扉の前に立っている。
「来るって言ったしな」
苦笑しながら石畳の床をゆっくりと歩き、こよみがリリィの眠っていた寝台に腰掛ける。それをリリィは止めることもなくただ傍観する。
相変わらずいい肌触りだ。野宿するくらいならここで寝たい。ただ、そんなことをすればさすがにルーミアにばれるだろう。正直、今のこの行動も若干危ない。だが、俺は......
「時間わかってる?寝ないの?」
眠そうな目を擦りながらリリィが本当になんなんだと言いたげに睨んでくる。以外にも健康的な生活をしているようだ。
「いやここに来てから食欲とか睡眠欲とか無いんだ。妖怪ってそういうものじゃないのか?」
冗談めかしく笑う。だが、冗談ではない。俺はこの世界に来てからそう言った欲がない。ただ、偶然眠くならず、偶然空腹を感じない、そう言った可能性もあるが。正直、考えにくい。
「普通は寝るし、お腹も空く。貴方もきっと眠くなる。でもどうせ暇だから来たんでしょ。あの後何があったのかくらいは聞く」
とりあえず畏れさえあればいいというわけではないらしい。あくまで畏れは存在意義を証明するためのものでしかないのだろうか。又は、なくなれば消えるいわば血液のようなものだろうか。
「よくわかっていらっしゃる」
こよみが嬉しそうに笑う。その顔を見てやれやれと言いたげにリリィがため息をつき、身体を起こす。
寝ないのは異常なのかもしれないが、俺は人間でもないし、妖怪でもないので気にする必要はない。神が寝るのか、其れに関してもどこかできいておくべきだろう。一度行ったあの神社ではなかなか待遇が悪かったのこともあるし、可能であればあれ以外の神や知識人と会うことが当面の目標か。俺は情報がなさすぎる。正直、ここに来たのも情報収集が目的ではある。まずは、今直近の問題を話そう。
「ルーミアって言う妖怪にあった。人喰いっぽい。ただ、俺を食う気はないらしいから警戒はしていない。この後は地底に一度戻るらしい」
端的に何があったのか、そして今後の予定を伝える。ルーミアという妖怪を知っているかと思ったが知ってはいないようだ。リリィは思い当たらないと言ったような表情はしているが、興味深くもあるようだ。
「見た目は?」
「金髪に、黒スカート、白シャツの上に黒ベスト。頭にリボンっぽい何か。見た目はお前と同じか、それより幼いくらいかな」
どんな風貌だったのかを思い出して、あまりない服の知識でなんとか伝えようとする。正直、この世界でスカートのようなカタカナが通じるかどうかはわからない。だが、通じなければ俺としても伝える手段がない。あれをわかりやすく日本語のみで伝えるのはなかなか難しい。
「リボンっぽいってどう言うこと?」
「髪をリボンで結ってるんだけど、ただのリボンじゃない気がするって話」
彼女のリボンはただのリボンに見えはしたが、違和感を感じた。ただの気のせいと言われればそれだけかもしれない。だが、この世界ではなんでもあり、その中では小さな違和感も重要だろう。
「なるほど」
リリィが顎に手を置き何かを考える。一体何を考えているのかはわからない。調べようと思えば調べられるが、必要もないだろう。
「多分何かの封印とかだと思うけど、私も知らない。でも、変に解く必要はないと思う。今、特に何もないんでしょ」
「封印なんてものもあるんだな。まぁ、封印なら解くのは正直無しだな。解いた結果ヤバいの出てこられても困る」
封印なんてものは解くと大抵ヤバい事になる。それはこれまでやってきたゲームの中でしっかり学んだ。良いことが起こるかもしれないがその確率は主人公補正が無ければ限りなく低い。
「それが良いよ。にしても私と話す時は君なんだね。正直こよみの方だと思ってた」
それに対してこよみからの返答はない。ただ、何か愉快そうに笑う声が小さく聞こえる。それは少女というよりか、若い男のようなものだった。
「なんで俺に名前教えたんだ?名前はないとか言ってただろ」
「そこは聞かなかった事にするんだ。まぁ、いいや。私から自己紹介した覚えはないよ。でも、実際あのリリィは死んだの。ここにあるのは復讐だけ」
小説のような台詞だ。確かに自己紹介はされていない。勝手ではないが、同調した結果得た情報だ。ただ、それによって名前を知られることはわかっていたはず。やはり俺が味方にはならずとも敵にはならないと言う絶対の自信が有ったのだろう。それに、実際リリィの思い通りになってる。
「復讐ね。まぁ、人の生き方はそれぞれだ。それで生きるなら止めはしないさ。ただ、俺が見た限りはこの世界は今ならお前を追いやったりしないと思うけどな」
「そうかもね。ただ、私は最後の1人なの。そんなリスキーなこと出来ない」
「まぁ、それもそうか」
リリィが死ねば、彼女の血は途絶える。彼女の一族はいなくなる。それがどれだけの事なのか、人間の俺には理解しきれない。だからこそ、何も言えないし、彼女がリスクを取らない事を否定もできない。
「にしても、ここに来てからは飽きることがなくて良い」
少し気まずくなった雰囲気を解決する為に話を変える。
「君のそれだと人間だけの世界だと何もかも新鮮じゃなかったでしょ。何も新鮮じゃないってどう言う感じなの?」
多くの人々の経験、思いの集積である俺にとって新鮮な物はほぼない。新鮮だと感じるものはあの世界で多くの人が経験したことのないもの。それは非常に稀、そしてそれへの挑戦は基本的にとても難しい。だからこそ誰もやっていないのだが。
「まぁ退屈。でもまぁ、外の世界では能力なんてものないんだ。だから俺はなんとなく相手のことわかるなくらいにしか思ってなかったから言うほど辛くもなかった」
だが、無意識下で同調は行えていた。実際に俺は何をしてみても新鮮味というものはなかなか感じなかった。すぐに、ある一定ラインまでは出来るようになる。そしてそこからは面白みを感じられなくなった。自らの成長を全く感じない上に新鮮でもないそれをずっと行おうとはどうしても思えなかった。
「外の世界には無いのね。能力」
少し不思議そうに首を傾げるリリィ。まぁ、彼女にとってはあり得ない世界。どんな世界か理解できなくても仕方ない。誰しも理解できないものとは受け入れ難いものだ。
「逆に能力持ってるなんて言おうもんなら好奇の目で見られる」
人間は、平穏を望む。自らの安定を望む。それのおかげで今まで繁栄できた。だからこそそれは重要なものだ、だがそれは、変化を生みかねない異物やわからないものは排除するという面があることにもつながる。
「何考えてるか知らないけど。顔が怖い」
俺の表情を見たらしいリリィが声をかけてきた。身体の半分を未だにベッドに沈める彼女のその目は俺の目をじっと見ていた。どうやら本当に顔が怖かったらしい、心配が見える。
「人間ってどういうものだったか思い出してただけ。気にしないでくれ」
世界で、同じ種族を生きる為以外に理由で殺す種族はいない。人間を除いては。それもそのはずだ、そんな事をすれば未来が失われる。敵対していたとしても殺せば種の存続に関わる。だが、人は余りに増えすぎた。増えすぎたが故に思想が違う相手を殺したとして種族の存続に問題はない。同じ人間であるにも関わらず、違う思い、違う見た目を持つだけで違う生物と見做す。だからこそ、あんなことが起きる。
頭に映像が浮かぶ、それは燃える街、それは亡骸の前で慟哭する子供、それは物言わぬ物を嬲り、犯す兵士達。それは裁くべき人間の罪。
「ところで、君は結末を知ったけど。逃げないの?」
「あー、それか」
こよみは寝台に座り手をついた姿勢で星を見るように天井を見上げる。
俺は、リリィからここに連れてこられた理由について知らされた。俺は今のところその真相に疑問は持っていない。正直、辻褄が合いすぎていた。
そしてその結末は決して喜劇的なものではない。
「俺は、まだ逃げない。まぁ、小っ恥ずかしい話しではあるんだけど。男の子ってのはヒーローに憧れるのさ。だから、俺が本当にこの世界が良いところだと思えるなら、救おうと思う。救いたくねぇって思ったら逃げる。ヒーローになれるかもしれないならなってみたいんだわ」
他者からすれば異常に楽観的だろう。ただ、俺は外で社会の歯車として何も残さず生を終えるくらいなら、何かのために死にたいと思う。
「かなり楽観的だね。死ぬかもしれないのによくそんなリスクをとるね」
「それに正直、今から外の世界に戻ったら死ぬほど退屈だろうし。能力を隠しながら生きれるほど俺は図太くない。多分、あっちにもう居場所はないんだ。ならここで暮らして、最後に審判を下すさ」
もし、八雲紫が嘘をついていて。家族が俺を覚えていても、もうあそこに俺の居場所はない。隠そうにも、いつかバレるだろう。そうなれば、家族と再会を喜び合うことはできるかもしれないが、その後は迷惑をかけることになるなる。俺は前の暮らしには戻れない。なら、最初から家族は俺を忘れたと信じた方が良い。これが俺の決断だ。
「ありがとう。貴方には逃げる選択もあるのに幻想郷に向き合ってくれて」
「ありがとうなんて言われることはしてない。全部俺が勝手に決めてるだけ。状況によっては俺だけが一人勝ちだ」
もし、家族が俺を覚えていれば俺がどうなっているかを知らない家族にとって俺の行動はただ不安にさせるだけだ。俺がうまく隠し通せば、なんの問題もない事だ。それに頑張れば隠し通せないようなものではない。ただ、俺がそれをしたくないから家族を悲しませている。俺の自分勝手でしかない。
「やめだやめ、辛い話はやめよう。まぁ、そろそろ帰るわ。寝る努力をする」
こよみは勢いをつけて立ち上がる。その反動で少しベッドの軋む音がする。
「そう。なら、おやすみ。いい夢を」
「俺はいつでも夢の中さ」
乾いた笑いと共に、こよみは突然出現した不気味な瞳が爛々とこちらを除く空間に入り、彼女の姿が消えると同時にどの空間も閉じた。
「また来てね」
リリィの声が彼女に届いたのかどうかはわからない。また一人ぼっちになった彼女は再度寝台に身を沈める。こちみは一体何を思いこの世界で生きるのか。そもそもこよみとは一体何なのか。もしかすると本人はそれについてわかっている可能性がある。けれどそれを無理に知ろうとは思わない。きっとそれを彼は望まない。
時は少し遡る。こよみが永遠亭で治療を受けている時。地底で二人の妖怪が酒を飲み交わしていた。6席程ある木製のカウンターには彼女ら以外で埋められ、4つほどある座敷も席はほぼ埋まっている。いつもの喧騒、彼らはいつも酔っていた。それは地底に追いやられた自分を忘れるためだろうか。そんな中で店員だと思われる女の妖怪は忙しなく注文を受け、店主に伝えている。この喧騒でよく注文が聞こえるものだといつも感動する。私ではまず無理だ。
「なぁパルスィ。最近きたあいつどう思う?」
赤い大きな盃に酒を注ぎながら鬼が声をかけてくる。
その恵まれた身体を見せつけるかのように開いた着物、透明でほぼ意味のなさないスカート。額からは赤いツノが一本、そこに黄色の星が描かれている。肩甲骨の辺りまで伸びた金髪の髪を揺らしながら私の友人である星熊勇儀が声をかけてきた。全く、その自分に対する圧倒的な自信が妬ましい。
「あぁ、あの外来人のこよみって娘の事ね。悪い奴ではないと思うけれど、実際に話したことはないしね。わからないわ。でも、あのさとりが家族として受け入れるからには悪いやつではないんでしょう」
古明地さとりは他者の心を読むことの出来る妖怪でこの地底の管理者。そして、外部との交流を好まない妖怪。その彼女が、家族として受け入れたという話は最近この地底で話題になったばかりだ。基本的には動物としか友好的な態度を取らない彼女が家族として受け入れるからには、まず悪い人間ではないのだろう。
「私は、あいつを初めて見た時。なんて言えば良いんだろうな。気持ちが悪かった」
「会ったことあるのね。でも気持ち悪いってどういうこと。貴方らしくもない」
意外だった。会ったことがあるというよりも彼女が、他者に対して気持ちが悪いという完全にマイナスなイメージを向けることが。彼女は鬼。幻想郷でも最強の一角を担う種族だ。だからこそ、基本的にはどんな者が相手だったとしても気にする必要がない。何故なら力でねじ伏せてしまえば良いからだ。その力が妬ましいと思っていた。
「違和感というか何というかね。腹の底が見えないというか」
「だってまだ一回しか会ってないんでしょ?ならわからなくても当然だと思うけど」
まだ一回しか会ったことがないならそれは当然。そんなにすぐに相手のことがわかっても困る。ただ、いつもそんなにことを言わない勇儀がいうのなら本当に何かがおかしいのかもしれない。
「まぁ、それもそうか」
勇儀はそういうと盃に注がれた酒を一息に飲み干し、口を拭う。
「最近は平和だし。退屈してるのかもしれない」
「つい昨日の変な音楽のやつは若干おかしかったけどね。でも、最近は確かに血で血を洗うような物はないわね。でも、私のような妖怪からすればそっちの方が生きやすいわ」
目の前のお猪口に注がれた日本酒を飲み込む。喉を焼くようなアルコール。そして、その後に米の甘さがくる。
「良い飲みっぷりだ。退屈ではある、ただそうでもなきゃこんな風に仲のいい奴と酒は飲めないしな。大将、おかわり」
「はいよ。ひやか?」
「いや、熱燗で」
厨房で長ネギを切っていたガタイの良い妖怪が包丁を置き、棚に手を伸ばし日本酒を徳利へと注ぎ、縄でつなぐと熱湯に浮かせる。
「珍しいわね。足りるのかしら」
「今日はもう十分飲んだ。最後にあれ飲んで帰ろう」
確かにそこそこの酒は飲んだ。私はほろ酔いといった感じだ。今が一番気分がいい。つまみとして注文した塩茹での枝豆を手に取って種を押し出して咀嚼する。絶妙な塩加減が美味しい。
「そうね」
その瞬間、背後の戸が勢いよく開く。驚いて振り返るとそこには明らかに様子のおかしい妖怪が立っていた。目が異常に赤い。青に染められた麻の服は血で濡れ、ところどころ千切れ、異常に血走った青白い皮膚が見えている。
勇儀が振り返り、椅子からゆっくりと立ち上がる。ただ、手の上には未だに盃が乗せられている。
「何しに来た?」
勇儀が機嫌が悪そうに相手を睨む。しかし、その妖怪は一切興味がないようだ。その瞳はこちらを睨んでいる。
「私に用?」
先ほどまでは騒がしかった店内は気付けば静まりかえっている。
勇儀の横に立つ。離れてはいけないと本能が叫んでいた。この妖怪は何かがおかしい。
「アぁ?」
口だけがまるで糸に引かれたかのように釣り上がる。そしてそのまま唇が裂け、限界を超えて口角が上がる。
「なんにせよ、言葉が通じる相手では無さそうだ。消えな」
大地を蹴る音と共に衝撃音が走り、異常者が吹き飛んでいく。そのまま家を二つ貫通し、そこで止まったようだ。土埃が上がっている。流石の事態に外から悲鳴が聞こえ、時を取り戻したかのように店内に混乱が巻き起こり、先ほどまで楽しそうに晩酌していた客は慌てて勇儀の横から店外へと脱出していく。
「勇儀」
「わかってる。まだだ」
刹那、先の異常者が勇義の眼前に迫り、拳を振り上げる。
「面白い」
勇儀はその拳を開いた手で受け止めると腕を捻りあげる。圧倒的な腕力によって腕は嫌な音を立てながら捻られていく。そしてそのまま雑巾のようになった腕を握りながら胴体に蹴りを入れる。生物から出るとは思えない嫌な音が響き、腕だけを残した異常者が店外へと吹き飛んだ。残された腕からは千切れた黄色い骨が見え、血が噴き出している。勇儀は何事もなかったかのように壊れた戸を跨ぎ、店外へと出てその腕を捨てる。
「噂をすれば襲ってくる奴きたわね」
「パルスィはまだそこにいてくれ。まだ、終わってない」
少し遠く、崩れた家屋の瓦礫の中から先ほどの以上者が現れる。その片腕はちぎれ、骨が見えているがそれすら気にしていない様子だ。また、勇儀に向かって走ってくる。
「なによあれ」
私は、それを見て何か言い表せない恐怖を感じた。普通であれば片腕がちぎれれば痛みから怯むはず。ただ、目の前の異常者はそんなことは気にしている様子が無い。まるで何事もなかったかように、こちらへと直進してきている。
「気味が悪いな」
勇儀も何かの異常を察してか。腰を深く落とし、大きく溜めの動作に入る。一撃で終わらせる気なのだろう。勇儀と異常者が再度急接近した次の瞬間、勇儀の正拳突きが腹部に直撃まるで風船の様に膨れたのちに炸裂し、周囲を赤く染め上げた。
「大丈夫?」
「余裕」
勇儀は血に濡れた拳を振り抜いて血を払いながら足元に転がる動かなくなった遺体を見る。
「どうしたの」
「いや、いくら何でも腕失ったら逃げるかと思ったんだけどな。なんでそこまでして......」
妖怪にとって腕の欠損はいつかは治るものではあるが、力の差は分かったはずだし、致命傷ではある。何故それでも向かってきたのか。私の感じた恐怖の原因はそこにあるのだろう。
「わからないわね。一応八雲紫に伝えておく?」
「ああ、その方が良さそうだ。だが、それより先にさとりのところに行こう。どうせ伝えるならさとりに伝えて、そこから八雲紫に伝えてもらった方が速い」
私は頷き、未だに騒然としている町を地霊殿に向かって勇儀と共に歩む。妖怪たちは皆家へと逃げている。あるものは家に向かって走り、あるものは僅かに戸の隙間や窓からこちらを覗いている。いつもならばここまではいかないが今回は戦っている妖怪が勇儀だったこともあってかいつもよりも怯えている様に見える。
そういえば、結局古明地さとりはこよみを見つけることが出来たのだろうか。かなり焦っていたこともあって少し心配していたが、未だにどうなったのかは知らない。
「そういえば、さとりがこよみを探していたのよね。結局見つかったのかしら」
勇儀がそれに少し呆れたような表情をする。
「外来人だろ、ここが危険ってことはわかってるのか」
「八雲紫がわざわざ招待して、古明地さとりが家族にしたのよ」
だから、一般人な訳がない。あえてこの言葉は言わなかった。だが、だからと言って安全という訳ではない。結局は人間、妖怪に腕力で勝てるものではない。多くの妖怪は腕力で人間に負けるほど弱くない。それに、もし腕力で勝てたとしても腕力が無い分だけ能力が強力だったりする。だから、勇儀の不安も間違ってはいない。
「それもそうか」
心配することはもうやめたようで、勇儀とパルスィは地霊殿への道を歩み始める。もう争いが終わったことを察してか、町には喧騒が戻り始めていた。少しずつ家から出てきた妖怪達が、再度談笑を始めている。
「パルスィ、振り返らずに真っ直ぐ地霊殿に急げ」
祭囃子が聞こえる。あの時と同じだ。だが、違うことがただ一つ。誰一人踊っていない。しわの寄った老いた妖怪が、まだ若い筋肉がよくついた妖怪が、家の窓からこちらを見ていた幼い妖怪が。ただ、なにも言わずにこちらを見ていた。
「なに......これ」
「早く行けッ!」
その声に合わせるかの様に周囲の妖怪が一斉にこちらに向かって走り出す。その目に感情はない。ただ、暗い光が灯っている。狂ったように響く祭囃子と共に、空へと浮かび、最高速で地霊殿を目指す。背後からは獣の様な声と肉の破裂する音が響く。
「一体、なんなのよ!」
パルスィは地霊殿の正門から転がり込む様に内部へ入る。相変わらずステンドグラス越しに奇妙な色をした灯で薄暗く灯った館内の螺旋階段で掃除をしていた一人が何事かと言いたげにこちらを見ている。真紅の髪を黒いリボンで止め、黒の下地に緑の模様の入ったゴスロリファッションのようなものを着ている。ただ最も特徴的になのは頭部に生えた猫の君と二股の尻尾だろう。そして彼女こそがこの館の住人である火焔猫燐だった。
「一体何事?」
驚きを隠しきれていないその表情からは何か嫌な予感がするのか尻尾が不安そうに揺れている。そんな様子を無視して一息付き、私はゆっくりとしかし確実に言い放つ。
「異変が始まったわ」