人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います   作:黒犬51

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 生きるとは自らに課せられた責務を果たすことである。


19話 自由に呑気に

 

 木漏れ日の溢れた森で二人の少女が目を覚ます。木々は風に揺れて葉が伴奏を奏で、それに合わせる様に鳥が歌を歌っている。そしてその森の中では元気そうにルーミアに声をかける少女が1人。

 

「おはようルーミア」

 

「起きるの早いね。私はまだ眠い」

 

 目を擦るルーミアを見ながら、伸びをする。いい朝だ。寝床が地面だった事もあってか腰が痛いが気にするほどでもない。動いていれば治るだろう。

 

「ちょっと目を覚ましたら地霊殿行こう。心配かけたし」

 

 相変わらず、空腹は感じていない。それに睡魔もなかった。昨日の夜はかなり頑張って寝た覚えがある。

 

「朝は苦手。でもいいよ。どうせ暇だし」

 

 少し面倒臭そうに愚痴を残しながらもルーミアは立ち上がり、伸びをする。

 

「助かるよ」

 

 少女は嬉しそうに笑い、体を浮かせる。

 

「ところでさ、結構奇抜なファッションだよね。ゾンビなの?」

 

 ふと顔を落とすと白いシャツの胸にはしっかりと穴が開き、大惨事が起きたと予想できる量の赤い血が付いている。そういえば、あの時腹を貫かれてそれ以降何もしていなかった。体が治ったことで、服も直るなんてことはない。なぜそれを失念したのか。

 正直なところこれで外を歩いていたのは恥ずかしい。

 

「あー、いや、今気づいた。ちょっと色々あってね。替えの服がないのさ。それもついでに地底で貰おう」

 

「そう。なら早く行こう」

 

 ついに立ち上がってルーミアが先に空に浮き、木々の隙間から空に向かう。それを追う様にこよみが空へ飛びあがった。どこまでも続くかのような鬱蒼と茂る森の上、二人の影が飛ぶ。

 

____________________________________________________________

 

 2人が向かう地底では響き渡る祭囃子の中で戦闘が続いていた。その喧騒の中、1人の妖怪が年齢、姿形、性別さまざまな種類の妖怪に囲まれている。既に戦闘はかなり続いているようで、周囲にあったであろう家は形を保つ事が出来なくなり、いたるところに動かなくなった妖怪が転がっている。一方の囲まれた妖怪は返り血で真っ赤に染まっている。だが、その妖怪に目立った外傷はない。

 

「一体なんなんだよこれは」

 

 周囲を見回しつつ、額の汗を拭う。

 突然襲ってきたあの妖怪。それを倒した後、パルスィと報告に行こうとした途端あの祭囃子が流れ始め、妖怪が一斉に凶暴化。パルスィだけは先に報告に行かせた。だが、この状況では戻って来れないだろう。

 喧騒の中で、妖怪が叫ぶ。

 

「アンタら一体どうしちまったんだ!」

 

 酒場で飲んだことのある見覚えのある妖怪もいたがそれを含めて全員おかしくなっていた。足を破壊したり、腕を破壊するという明らかな致命傷を与えても立ち上がり、こちらに向かってくる。殺す他に止める手段が無い。しかし、殺害をすること自体は簡単で問題がない。アタシにはそれだけの力はある。けれど心配なのはパルスィだ。この様子だとアタシだけを追ってるとは考え難い。無事に地霊殿につき、匿って貰えていると良いが。

 そんなことを思考している間にまた妖怪が襲いかかってくる。右からきた妖怪の腕を掴み、振り回す。掴んだ腕から骨の砕ける嫌な音が聞こえたタイミングで正面に投げ飛ばす。飛んできた妖怪によってピンのように妖怪が倒れる。だが、それでも倒れることの無かった数人の妖怪が襲いかかってきた。

 

「早く合流しないといけないってのに」

 

 周囲の妖怪が再度波のように襲ってくるがそれを気にせず。勇儀が腰を大きく落とし、深呼吸。左の手で地面に標準を合わせ。全力で右の拳を振り下ろす。冗談のようにめり込んだ手が大地を砕き、粉砕する。隆起した大地が周囲の妖怪と家屋を巻き込み、飲み込んでいく。土煙の中、周囲にいた妖怪達はあるものは石の下敷きになり、あるものは頭を潰され動かなくなっている。それを確認した勇儀も飛び上がり、地霊殿に向かう。

 パルスィの逃げる時間は稼いだ、もう合流した方が良い。地霊殿の面子ではこの妖怪の量は手に余る。

 胸に残る若干の不安を抱きつつ、少し遠くに見える白い大理石でできた館を目指す。その門の前には数人の妖怪が群れていた。そしてその門の内部から数色の光弾が放たれている。どうやら弾幕で対抗しているらしい。正しい判断だ。あの妖怪たちは腕力が異常に高くなっている。鬼であるアタシには敵わないものの。普通の妖怪であれば、危険だ。

 高度を下げ、最高速で群れる妖怪達の中に滑り込み、足払いで一掃する。鬼の脚力によって繰り出されたそれは言葉通り足刀であり、容易に周囲の妖怪の足を切断する。そのまま息をつくこともなく、異動の足を奪ったことを確認し、一気に体勢を崩した妖怪の1人の腕を掴み、放り投げる。

 

「パルスィ!無事か?」

 

 喧騒の中、館の中に向かって声を投げかけるが回答はない。正面に立ち塞がった妖怪を拳で吹き飛ばし、塀を飛び越え、地霊殿の庭に急ぐ、踏み荒らされた花畑で1匹の妖怪が弾幕を受けながらも何かに跨り、拳を振り下ろそうとしていた。最悪の事態を想定しながらもその妖怪を蹴り飛ばすと、そこにいたのは傷だらけになったこの館の住人である火焔猫燐だった。

 

「おい、大丈夫か」

 

 パルスィではなかったことに一瞬安堵するが破られた地霊殿の扉を見て背筋が凍る。扉が破られているという事は既にあの妖怪が侵入しているという事、そしておそらくここにいないのであればこの館のどこかにいるはずだ。

 

「下手こいちゃった。ありがとう」

 

 少し弱々しい声の燐に手を貸して立ち上がらせる。ふらついてはいるもののまだ動けそうだ。だが、これ以上はどう考えても限界だろう。

 

「パルスィはどこ行った」

 

「館の中。今はさとり様と居ると思う」

 

 既に館の扉は破られ、妖怪が中へと入った形跡がある。ここで長考している時間はない。

 

「あいつが一緒なら大丈夫だと思うが、相手がこれだと不安だな。一緒にくるか?」

 

 だが、まだ塀の外にもおかしくなった妖怪がいる。それにあれで終わりとも考えにくい、まだ最低でも10人はこちらに来るはず。もう少し数を削りたいが......

 

「先に行って。あの塀の外の奴らを相手しないといけない」

 

そんなことを考えているうちに、燐の方から声を掛けられた。その瞳は覚悟で染まっている。

 

「その傷で?」

 

 少し驚きつつも、不安そうに燐に勇儀が問いかける。

 燐の服は黒の上からでもわかるほどに赤く血で染まっている。それに数を削ったとはいえまだ燐にとっては数が多い。正直危険だろう。けれど、その瞳に死ぬ気は感じられない。

 

「早く行って。勇儀が削ってくれたから大丈夫。でも、私の力不足で何人か館に入っていった。私の腕力じゃ室内だと足を引っ張る。だから、先に行ってさとり様とパルスィを守って」

 

 確かに、その傷では足を引っ張るかもしれない、室内は攻撃がよけにくい。ただそれ以上にこの場に置いていくの危険だ。けれど、それについて今考え込んでいる時間はない。アタシは燐を信じる。何度か手合わせしたが決して弱くない。それに賢い戦い方をする。きっと大丈夫だ。

 しっかりと燐の目を見据えて言葉を残す。

 

「そうか。死ぬなよ」

 

 この場は燐に任せ、館の中へと入る。何時もどおり薄暗い室内は、濃い血の匂いと地獄のような光景で満ちていた。周囲には至る所に動物の亡骸が点在している。恐らく主人を守ろうとしたのだろう。だが、動物の妖怪では限界がある。相手が悪かった。まだ息のある者もいるが胴体が切断され、臓腑が床に零れている明らかに絶命している者もいた。

 

「パルスィ!どこだ!」

 

 大きな声で呼びかけるが返答はない、館の二階部分から爆発音が響く。館の中であることを無視して飛び上がり、最速で2階に登ると右から妖怪が走ってくる。その拳は血にぬれていた。恐らく、動物たちの物だろう。きっとそうであると信じたい。

 

「邪魔を......するなッ!」

 

 怒号と共に身体を捻り、妖怪の横腹に蹴りを打ち込む。鬼の暴力的な脚力によって放たれたそれは肉を裂き、骨を砕き、容易に妖怪の身体を二つに裂く。奇妙な唸り声を上げながらそれでもなお動く妖怪の頭に踵を落とし、絶命させる。

 ただ無事でいてくれと願いながら館を走る。ところどころに点在する動物の亡骸を目にも留めず、騒乱の音がする方へ。壁には動物たちの物と思われる血が飛散し、赤く染まっていた。角を曲がったところで、一人の妖怪が扉を蹴り破ろうとしているのが目に入る。その周囲には周囲よりもよりも多くの動かなくなった動物たちがまるで砦のように積まれていた。全力で走るが扉が破られたようで妖怪が中に入る寸前で倒れていた動物のうち犬の見た目をした1匹がこちらを確認すると起き上がり、鋭く吠えた後に決死の力で足に噛みつく。それに対して妖怪が容赦なく拳を振り落とした。悲痛な声を上げることもなく頭を潰された犬がぐったりと倒れる。その作られた時間のお陰で何とか部屋に入る妖怪に追いつき、後ろから抱え込むと身体を後方に逸らし、地面に頭を打ち付け、絶命させる。

 

「勇儀!」

 

 室内から耳になじんだ声がする。身体を起こし、室内に目をやると、パルスィ寝台に寄り添っている。慌てて駆け寄ると寝台で古明地さとりが寝ていたそしてその寝台が赤く染まるほどに腹部から血を流している。だが、それ以外の外傷は見当たらない、室内も荒らされてはいなかった。動物たちの尽力のお陰だろう。

 

「大丈夫か」

 

 さとりに声を掛けるが返答はない。だが、息はある。荒いものの息はしている。だが、ここに医者はいない。妖怪は自然回復力が高くはあるがさとり妖怪は一般と比べれば低い。すぐに永遠亭に連れていく必要がある。だが、ここからは遠い。応急処置は必要だろう。しっかりと患部を見るために、服を裂くと臓物まではいかないものの大きな裂傷が出来ていた。

 

「傷が深いな。応急処置を任せる」

 

 念のために、次の妖怪の襲来に備えて扉にむかって歩く。

 

【勇儀さん。逃げて】

 

 その思考にさとりの声が混ざる。慌てて右に大きく跳躍するとそこを空を切りながら一本の釘が通過し、壁に突き刺さる。

 

「パルスィ。何のつもりだ?」

 

 ゆっくりと振り返るとそこには、こちらを見ながら高笑いをするパルスィが立っていた。

_____________________________________________________________________

 

 こよみは未だに少し眠そうなルーミアと共に地底へと続く洞窟を降りていた。冷たい岩肌には地下水によって濡れており、遥か先の空から僅かに差し込む光が反射し、所々にある穴の奥から覗いている何かの双眸を映している。

 

「実は地底行くの初めて」

 

 まるで遊園地に行くかの様にワクワクしているルーミアを見て幼い頃の弟と妹を思い出した。

 

「そうなんだ。良いとこだよ」

 

 ルーミアに関して実はわかっていないことが多い。人食いの妖怪だと言うことくらいだ。聞いても答えてくれるかわからないがそれでも聞いておくべきだったかも知れない。まぁ、でも悪意が無いならそれで良いか。あってからまだ1日経ったか経たないかだ、知っている方が可笑しくはある。

 そんなことを考えていた少女の耳にいつか聞いた祭囃子がかすかに聞こえる。

 

「ルーミア。戦いは得意?」

 

 新しい地に心躍らせていたルーミアが驚いた様子でこちらを見る。

 

「なんで?」

 

 そろそろ洞窟の出口だ。そして、微かに祭囃子が聞こえる。あの時、妖怪が踊る原因となったあの音だ。なら、何かの異変が起きていてもおかしくは無い。また楽しそうに踊っているだけならいいが、そうではない可能性もある。

 

「嫌な予感がする」

 

 変な事を聞くなと思っているのか、飛びながらこちらの顔色を伺うルーミア。ただ、少しすると口を開いた。

 

「そこいらの妖怪には負けない程度」

 

 そこそこに心強い。少し警戒をしながら洞窟を降下、少しすると前が開け、砂漠の先に見覚えのある街が見える。だが、町のいたるところから黒煙が上がっている。

 

「急ごう」

 

 的中したであろう嫌な予感を的中していないことを願いながら速度を上げる。

 町の上を飛ぶとそこにあったのは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。いたるところから悲鳴が聞こえている。右では子供の妖怪が大人の妖怪に追いかけられた末に捕まり頭部を地面に打ち付けられていた。左では後ろに庇った家族を守るために立ち塞がった父親であろう妖怪を後ろから子供が刺している。真下では既に動かなくなった妖怪を別の妖怪が幾度も幾度も殴りつけている。そして、その状況に全く似合わない祭囃子が町中に響き渡っていた。

 

「何が起きてるの」

 

 動揺を隠せない様子のルーミアがこちらを見ている。俺だって聞きたい。

 

「分からない。取り敢えず、さとりの所に急ごう」

 

 さとりの無事を確認したい。さとりは他の妖怪に比べて腕力がないと聞いた。襲われていたら危険だ。

 

「う、うん」

 

 少し戸惑ったような様子のルーミアを連れて町の端に見える地霊殿を目指す、遠目でも何か彩色の光弾が発射されているのが見えた。恐らく弾幕だろう。誰かが戦っている。さとりかも知れないが、さとりの弾幕を見たことがない為、誰のものかはわからない。

 ある程度まで近づくとその弾幕の持ち主が驚いた様子でこちらに向かってくる。

 

「こよみ?!傷は大丈夫なのかい?」

 

 彩色の弾幕は燐の物だった。燐に襲い掛かろうとしていた妖怪に後ろから弾幕の剣で斬りかかり、容易に殺害する。耳に残る悲鳴を上げながら妖怪が落ちていく。手には嫌な感触が残ったが気にはしていられない。

 

「傷は大丈夫。そっちこそ大丈夫なの?」

 

 腕を開き、腹の既に塞がった傷を見せる。一方の燐は傷だらけだった。黒かった服は赤黒く染まり、髪は血で乾いている。所々破れた服から痛々しい傷が見えていた。

 

「なんとか......ね。剣、使えるんだ」

 

 少し驚いた様子の燐の傷を確認する。無事ではないだろう。剣を背中に戻し、周囲を確認する。

 

「俺の知識じゃない。さとりは大丈夫?」

 

 剣を生み出すという発想は俺の物、けれど剣技に関しては外の世界で見たもののパクリだ。

 燐がここで耐えていたという事は恐らくさとりは無事だろうと思って周囲を確認する。荒らされた庭に数人の妖怪が倒れている。門の外には足を切断されて上半身だけでもがく妖怪が数人。綺麗だった噴水は浮かんでいる妖怪の血で紅に染まっていた。

 そして、扉が破壊されている。燐がわざわざ扉を破壊することはない。となれば、何故扉が開いているのか。そこから燐では処理が間に合わず、内部に侵入を許していたという事に気づき、一気に寒気が走る。燐という普通の妖怪が苦戦する相手にさとりが勝てるのか。慌てて館内へと向かおうとしていた時に燐に声を掛けられる。

 

「大丈夫。勇儀が行ってる」

 

「なら大丈夫だね」

 

 何も発言していなかったルーミアが突然会話に入ってきた。彼女が何を心配しているのかを二人とも理解しているようで、その上で落ち着いている。そして地底にいた事の無いらしいルーミアでさえ、勇儀を知っているらしい。彼女自身も一度会った事はあるが一体どのような妖怪なのかは知らない。ただ、有名人ではあるのだろう。

 俺があまり理解していない居ないのを見越してかルーミアが言葉をつづけた。

 

「勇儀はこの幻想郷でもかなり最強に近い存在だよ。その勇儀が守ってるっていうなら大丈夫」

 

 地底にいたことのない妖怪ですらも知っているほどの最強の一角という妖怪ならばきっと大丈夫だろう。だが、それでも心配ではある。最強なんてものは存在しない。基本的にそれは相手にによって決まる言葉だ。一般的に言われる最強とは、多くの生物に対して有利を取れるというだけだzどんなに最強な筋力を持っていても相手が物理攻撃が効かなければ、どれだけ強い精神攻撃の手段を持っていても相手が壊れていれば意味をなさない。

 

「一応向かう。その前に何があったのかを教えてほしい」

 

「音楽が流れたと思ったら急に暴れる奴らが出てきた。これしか分からない」

 

 燐はそう言って恐らく痛むであろう身体を無理に動かし、地面の妖怪に対して弾幕を撃ち込む。

 同調してみるが、本当にそのままらしい。それ以上の情報は無かった。いつも通り、庭を掃除していると急に音楽が流れ、妖怪が暴れ出した。

 

「ありがとう」

 

 それだけ残し、少女は破られた扉から館に入る。至る所に転がったペットの死体と二つに裂かれた妖怪が少女を出迎える。そこは赤かった。床に敷かれたカーペットは飼われていたペットの臓物と血肉で汚れ、大理石には黄色い脂肪が取り残されている。満ち満ちた血の匂いを吸い込んでしまい込み上げる吐き気を抑えながら少女は転がる遺体を避けながら階段を登り2階へ、そのままさとりの部屋を目指す。

 2階部分も凄惨な状況に変わりはなかった。所々にまだ息のあるペットがいるが少女にそれを救う手立てはない。故に一直線にさとりの元へと向かう。きっと彼らもそれを望むだろう。

 部屋の前に到着すると既に扉は破られており、その側に見覚えのあるゴールデンレトリバーのような動物が頭部を潰され、その金の毛並みを赤黒く染めていた。その横に地面にめり込むような形で倒れた妖怪がいる。どう考えてもさとりはこんな芸当は出来ない、敵か味方か。

 そんなことを考えながら部屋を見回すといつもの髪が寝台から出ているのが目に入る。そこには特徴的な角の生えた見覚えのある妖怪が寝台に眠るさとりに寄り添っていた。

 警戒を解くことはなく、背後から声をかける。

 

「勇儀?」

 

「こよみか」

 

 勇儀がこちらを振り返り、場所を譲る。

 寝台の横に駆けつけるとそこには腹部から血を流しているさとりがいた。息はあるが荒い、目は瞑っていた。部屋には辛うじて血の匂いではなくいつもの薔薇の匂いが残っていた。

 

「ありがとう。助かった。さとりは」

 

 守ってくれていた勇儀に感謝しつつ。さとりの傷を確認する。既に応急処置は行われていた。恐らくは勇儀が行ってくれたのだろう。

 

「深い。医者に連れて行きたいが。私は急用が出来た。任せる」

 

「わかった」

 

 同調する間もなく勇儀は窓から外へ飛んでいってしまった。その姿を目で追い同調、軽く情報を収集する。そのままさとりに同調してさらに情報を集めたいがその前に医者に見せなくてはならない。恐らく向かうべきはあの永遠亭と呼ばれる場所だ。だが、少し遠い上にまだ暴れている妖怪がいる。来た時は襲われなかったが、帰りもそうとは限らない。

 少女は思考を回すが、完璧な解答が見つからない。

 

『俺がやろう』

 

 頭に声が響く。それは自分のものではない。恐らくは外の世界にいた時の俺だ。その声を信じ、少女は意識を預ける。

 目を開けた少女はさとりの傷を確認する。応急処置を解き、実際に傷を確認する。大きな裂傷だ。臓器は見えていないが、重症であることは変わりないだろう。手慣れた手つきで包帯を巻き戻し、コードに注意しながらさとりを抱える。ふわりと薔薇の匂いが香った。

 

「こよみ?」

 

 順調に動いていた少女の動きが止まる。腕の中の少女が目を開けた。

 

「さとり......」

 

 少女は腕に抱かれた少女を見下ろす。その瞳には、重傷のさとりの他に不安と動揺が映っていた。

 

「いえ、貴方はこよみじゃないですね」

 

 まるで全てを見透かしたかの様に腕の中の少女が寂しそうに笑う。

 この状態では、移動ができない。俺がいるのは既にバレているが、それ以上のことを知られるわけにはいかない。だが、それではさとりを救えない。

 

「無事だったんですね。襲われたと聞いて、本当に心配したんですよ」

 

 本当に良かったとそう言いたげに弱々しく笑う顔を見る。

 

「今は自分を心配してくれ。俺は、大丈夫だ」

 

 腕の中の血が染み、真紅に染まっている包帯を巻く少女を見てそれでも何もしていない自分に歯噛みする。

 俺はこよみを守れていない。このままではさとりと言うこの世界の俺の家族も失う事になる。

 

「さとり。俺、ただ呑気に生きたいだけなんだ。でも、そう上手く物事は行かないらしい」

 

 ぽつりと本音が溢れる。俺は力も、能力も責務も何も要らなかった。ただ、自由に呑気にこの世界を楽しみたかった。

 

「本当の自分探し......ですよね。実は知ってました。さとり妖怪なので」

 

 胸の中で弱々しそうにさとりが笑う。少し驚くが、それも当然のことだろう。体の横に浮くさとりのサードアイがしっかりとこちらを見ている。

 

「流石はさとり妖怪」

 

 少女は冗談めかしく笑い、大きくため息を一つ。

 俺が気を抜いた瞬間は必ずあった、もしかするとこよみを見ることによって中から見ていた俺ごと透過出来ていたのかもしれない。なら俺がどこまで能力を理解していることを知っているのか。

 考えていた最中に、またさとりが口を開いた。

 

「こよみは自分の思うように生きるべきだと思います。これは貴方の物語なんですから」

 

 さとりがゆっくりと目を閉じ、腕から力が抜ける。一瞬焦るが死んだわけではなく気絶したらしい。顔を近付けると確かに呼吸を感じた。

 

「それができれば苦労はしない」

 

 悲しそうに呟く少女の声は町の音楽に吸われ、少女は不気味な瞳が覗く空間の裂け目に入って行く。

 

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