人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います 作:黒犬51
薄暗い洞窟の、まるで心のように冷たい鉄で作られた籠の中。1人のまだ15も行かないであろう幼い少女が囚われていた。黒い作業服を身にまとい、まるで雪のような白い髪は肩まで伸びている。しかしその髪はケアされていないのか酷く傷んでいた。そんな状態の少女の入る籠の中には一つの机、その上には基本的な工具が置かれている。しかし、少女はその工具を持つこともなく立ち尽くしていた。
そして少女の様子を籠の外から赤、黄色、緑の髪色をした3人の同じく黒い作業服を着たガタイのいい男たちが監視し、怒号を飛ばしている。
「お前は出来損ないだ」
「なんでお前が河童に生まれたんだ」
しかし、その怒号を浴びても少女は微動だにしない。その少女の心は、致命的に死んでいた。暗い暗い闇の中、少女は立ち尽くす。周囲の言葉は聞こえていない。ただ、頭の中には音楽が流れていた。
少女は、物作りの妖怪である河童でありながら物を作る事ができなかった。それ故に彼女は異端、出来損ないとしてこの場所に閉じ込められ、物の作り方を学ばされていた。
一人の男が最後の課題だと言ってこの図面通りに置かれていた木の板を加工しろという指示を出す。その図面には五芒星が描かれていた。少女は置かれていた黒いペンでその図を木材に書き込み、鋸を用いて木材の加工を始めるが、出来上がったのはまるで赤子の書いたような歪な五芒星だった。
「もういい。出ろ」
飽きれながら赤髪の男が錠を開けて、少女を開放する。開けられた扉から少女がゆっくりと出てくる。そのまま洞窟の奥に向かう少女の髪を黄色髪の男が掴む。痛みから少女が悲鳴を上げるがお構いなしにそのまま地面に引き倒す。
倒れた影響で頭からは血が流れ、鼻腔には鉄の匂いが漂う。
「お前、いい加減にしろよ。何時になったら覚えるんだよ。それとも覚える気がねぇのか?」
引き倒された少女は答えない。ただ、無言で天井を眺めていた。その反応が頭に来たのか一人の男が少女に跨る。そして、少女の作業服を脱がし始める。
「今日も教育代として使わせろよ」
男に跨られ少女は服を脱がされ、下着だけの姿にされる。ただ、少女のそれはまかれた布でしかなかった。雪のような白い肌に大切な部分を隠すためだけに白い布がまかれている。まるで芸術作品の様な少女の手を先の作業服で縛り、男達による教育代の請求が始まった。
「こいつ、マジでなんも反応しないよな」
それからしばらくの時間が経ち、黄色の髪の男が服を着なおしながら横で同じように服を着ている緑髪の男に不服そうに告げる。それに対して赤髪の男が笑いながら反応する。
「まぁ、でも何しても反応しなくても俺らが気持ちよくなれればいいだろ。それに、こいつなんてそれくらいしかできない」
「それもそうか」
赤と黄色の髪の2人が醜悪に笑っている中で、緑髪の男だけが何も言わない。その男に対して赤髪の男が茶化すように声を掛ける。
「お前はにとり一筋だからそんなに良くなかったか?」
「は、はぁ?そんなんじゃねぇよ。ただ、にとりの方が胸もあるし具合は良いだろうな」
「お前まじでその発言は気持ち悪いわ」
緑髪の男の反応に爆笑しながら2人の男が洞窟を後にし、そのあとを残されて1人が追う。残された少女はゆっくりと立ち上がると捨てられていた包帯を拾って再度巻き直す。少女にとってはこれもまたいつもの事だった。教育費と銘打って体を使われる。最初は嫌だったが、もう慣れてしまった。抵抗をしても、男の河童、そして複数人には勝てない。
地獄のような日々。なんで私がこんな目に合わないといけないのか。私が一体何をしたというのか。私はただ曲を作って呑気に暮らしたいだけなのに。
少女の心に深い闇が蠢き始める。それは怨嗟、それは絶望。それは願望。
あぁ。こんな世界......
「こんちゃー!元気してるかい。かわいいお嬢さん。そんなに肌を出すと風邪を引いちゃうぞ?」
聞いたことのない明るい声に驚いて正面を見るとひとりの見覚えのない河童ではない男が立っていた。男にしては少女と同じくらいという低い背とショートで整えられた黒い髪。幼くもあるが、青年と言われればわかる程度の顔立ち。服装は白いシャツに黒いチノパン。作業着でもないことから河童の関係者というわけでもないと少女は予想をつける。
突然現れた男を訝しみながら少女が声をかける。
「貴方、誰?」
「おれ?俺はね。君のヒーローだよ」
ニコリと笑う少年。その表情はどこまでも明るく、その目はまるで幼子を慈しむかのようにこちらをみている。こんなところに河童でも無いような者が来るはずがない。ただ、少女の心は少年の発した言葉に惹かれていた。
「ヒーロー?」
少女のよく分からないというような反応を見て少年はやってしまったと言いたげに頭を抱える。
「そうか、ヒーローじゃわかんないか。救世主で通じる?」
一段と優しくなった少年の声。それはまるで迷い子を導く星々のようで。その灯りは、少女が縋るには十分すぎた。
「ヒーロー......私を助けてくれるの?」
少年が笑いながらヒーローで通じるんかーいというツッコミを入れている。しかし、すぐに真面目な顔に戻ると、少女に手を伸ばす。
「うん、君を助けてあげる」
考えるまでも無かった。それが疑わしいものであっても、少女に頼ることのできるものは無かった。差し出された手を取る。
「お願い。私を......助けて」
これまで凍っていた心が溶けていく。瞳からは涙が溢れる。少年は服が汚れることも厭わずにそんな少女を抱きしめて、背をさすっている。
「すぐに助けるよ」
しばらく少年の胸の中で泣き、落ち着いた少女は少年から離れる。
「まずは、服を着よう。その格好は色々と危ないし」
少し目を逸らしながら少年が言いづらそうに告げる。少女は包帯を巻いただけで男の前に出ていいような格好ではなかった。毎日のように河童の男どもに教育費を強いられた所為で常識がおかしくなっていたのだろう。すぐに顔が赤く染まると地面に捨てられていた作業服を身に纏う。少年は紳士的にも少女が服を着るまで後ろを向いていた。
「ごめんなさい。でもそんな急に言われても私は貴方をヒーローだと信じられない」
少年はそれを聞いてそれもそうだと頷くと少女を見る。
「なら、君の望みを叶えよう。なんでもいいよ」
少年は少女に笑いかける。
「なん......でも?」
動揺を隠せずに少年の発言を少女はゆっくりと飲み込む。
そんなことをできるはずがないと思いつつも少女にはこの少年が地獄に垂らされた一本の糸に見えていた。
「その通り。なんでも君の望みを叶えるよ。例え、どんな願いであったとしても」
どんな願いであっても。その言葉に少女の心の中で諦めていたものに向かって何かが芽吹き始める。
「なら......なら私をこの環境から解放して」
少女のその願いに少年は少し驚いた顔をする。
「マジ?それでいいの?俺は本当になんでもできるよ」
「うん。私の望みはこれでいいの」
少年を見据え、少女はしっかりと言葉を紡ぐ。それを聞いた少年は少し考え、大きな声で笑い始める。その声が洞窟に響き渡る。誰かが来てしまうのではないかと少女は心配になるが、何故かそうなったとしてもどうにかなるような気もしていた。しばらくすると落ち着いたのか呼吸を整えてゆっくりと話し始める。
「そっかそっか!わかった。俺は君を解放するよ。でも、いきなり全ては無理。少しずつ状況を好転させていく。それでも良い?」
「うん。それで良い」
頷く少女。それをみて少年は満足そうに笑う。
「よし、なら俺はここらでおさらばしよっかな。バレちゃうと面倒だしね」
まるで悪戯をした後の子供のように少し屈んで手をわきわきとさせ、振り返り、洞窟の外へと歩き出す。その少年を背後から少女が呼び止める。
「もう一つ、お願いを言っても良い?」
それを聞いて少年はゆっくりと振り返る。その顔は笑っていたが、目にはどこか不安が宿っていた。
「もう一個?いいよ」
振り返った少年に少女は一呼吸置いてもう一つの願いを告げる。
「私の......友達になって」
少年の貼り付けていた笑顔が崩れ、瞳を瞬かせる。洞窟の天井から水滴が落ち、静寂に音を与えた。
「とも......だち?」
「うん。私はずっとここにいたから。友達なんて誰もいないの。だから、ダメ?」
まるで捨てられた猫のような瞳で少年を見つめる少女。少年は少し逡巡したようだったが、首を縦に振った。
「女の子にその目をされたら断れないなぁ」
少し何かを懐かしむような目をした少年はまたこちらへ歩み寄ってくると手を差し出す。
「いいよ。俺は君と友達だ。だからまたくるよ」
今度は心から笑っているのであろう少年のその手を取り、少女はそのまま少年と握手を交わす。
「うん。約束」
握手を終えると少年はその後すぐに洞窟から出て行った。それを見届けて彼があのまま無事に帰れたのかを考えながら少女はカゴのような牢の中に戻り、一つ置かれた机の中から白い紙を取り出して河童に支給される作図用のペンを走らせる。しかし、彼女が書いているのは、図面ではなく、曲だった。今日あったことを、会った彼を思い浮かべながら五線譜に音を紡いでいく。時に鼻歌を交えながら時に歌詞を入れながら。
幼い頃は毎日が新鮮でいくらでも曲が浮かんできた。けれど、ここに閉じ込められてからというもの、曲を作ることは許されなくなった。見つかれば暴言を投げられた後にいつもよりも激しい教育費の請求が始まる。気持ち悪いといいながら。それ知って以降彼女はもう曲を作ることは無くなった。いや、正確には、恐怖から作ろうと思えなくなった。しかし、今日は違う。
一つの曲を作り終え、少女がペンを置くと外は既に暗くなっている。もう日は沈むのだろう。少女は一人出来上がった曲を奏でる。まだ歌詞は出来上がっていないが題名は決まっていた。
自らの作り上げた曲を満足げに読み直し、眠くなった少女は洞窟の奥に置かれた使い古されて所々に穴の空いた茶色い布でできた質素な敷布団に横になる。
正直彼女自身彼との遭遇は夢だと思っていた。でも、もしこれが夢なら、夢でも良いと思っていた。一瞬でも希望が見えて、友達ができた。素晴らしい夢。
しかし、その変化はその翌日に起きた。
「おはよう」
少女は声に反応して布団から起き上がり洞窟の入り口を見る。
そこには青髪を赤い球体が二つ付いたゴムでサイドテールにまとめた、青い作業着をきた少女が立っていた。胸元には鍵が結ばれており、女性用のためズボンの代わりにスカートに変更され、そこに多くのポケットが付いている。今日は外の天気が良いらしく、差し込む光が彼女の髪を通って水面のように揺れる。
「だれ?」
「私はにとり。河城にとり。貴方に物の作り方を教える為にきた」
淡々とにとりと名乗った少女は遠慮がちにこちらに近付き、周囲に少女以外の者が居ないかを確認する。ふわりと花の匂いがする。その風貌に気を取られていると突然にとりが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あんまり声を大にしては言えないんだけど。私あんまり教えるの上手くないからのんびりやろ」
その少女を、その笑みを訝しみながらも本当に変わったことに少女は驚く。もしかすると彼は、本当にヒーローなのかもしれない。そんなことに想いを馳せながら少女はゆっくりと口を開く。
「私は......奏。よろしく」
これが私とにとりの初めての出会いであり。初めてできた河童の友達だった。それ以降先生としてにとりは毎日来るようになり、授業以外にも色々なことを教えてくれた。正直、授業よりも雑談に花を咲かせていた気もする。日々語られる外の世界の情報は楽しそうで、とても興味を惹かれるものばかりだった。それに加えてにとりは私の髪や寝床にも気を遣ってくれた。少しでもこの生活が良くなるようにと何でも言ってとまで言ってくれた。
「ねぇヒロ。わたし洞窟の外に出てみたい」
教師がにとりに変わってから、1ヶ月ほど経った時。授業を終えてにとりが帰り。約束通り友達としてそこそこの頻度で訪れていたヒロと呼ばれた少年に奏は自身の希望を告げる。今日の彼の格好は闇に溶けそうな黒のシャツに相変わらずの黒いチノパン。
少女の発言に対して洞窟に胡座をかいてすわるヒロは少し苦しそうな表情をする。
「あー、外か」
このヒロというのはずっと名前を名乗らない少年に痺れを切らした奏が彼からやっと聞き出した名前だった。
「やっぱり厳しい?」
彼が苦手だと言っていた捨てられた猫のような表情する奏にヒロは勘弁してくれと顔を伏せる。
「将来的には行ける。というか行かせる。ただ、やっぱりそこは時間がかかる。外には奏の能力を危険視する奴も多いからさ。急な変化っていうのは危ない。もう少しの辛抱だと思うから申し訳ないけど耐えて、俺も全力でうごいてる」
実際、教師がにとりに変わってから私の生活は一変した。少しでもここでの生活が豊かになるようにとにとりが冷たい岩肌に布を貼り、地面には絨毯を敷いてくれた。さらにはほぼ布だけになっていた布団の代わりに木製のしっかりした寝台が設置された。しかしそれでも、一度も外には出られなかった。
「ねぇ、なら私の能力って何?」
ヒロは顔を上げると不満そうにこちらを見る少女の瞳を見つめ、数秒後に一度目を閉じると口を開いた。
「君の能力は、音楽を聴いた者の感情を操る程度の能力。だから多くの妖怪が君を恐れて閉じ込めた。昔......いや。何でもない」
最後の方に何かを言おうとしてやめたようだったが奏には聴こえなかった。一体何を言ったのかと気になって聞く奏にヒロは関係ないこと言いそうになっちゃったと笑う。
「なら私強いんだね」
「条件満たせば強いよ。逆に満たせないと弱いから急に襲われたりすると厳しいだろうね。耳栓とかされてもちゃんと厳しいし。まぁ、なんにせよ今日はこんなもんでお暇しよっかな。実はこの後一仕事あるんよ」
ヒロは立ち上がると身体を伸ばす。洞窟の中にポキポキと骨の鳴る音が響く。
「あぁ〜っ。もうちょい頑張るか」
「ねぇ」
そんなヒロに背後から奏が声をかける。
「ん?」
腕を下ろし、振り返ったヒロに奏が抱きつく。ヒロは一瞬の出来事に驚き抵抗しようとするが、すぐに止める。その瞳は胸の中で温かい湿りをもたらす奏を映し、一瞬戸惑った後にその身体にゆっくりと腕を回して抱き返す。
奏の体は何か甘い花の匂いがした。
「ありがとう。ヒロは私の救世主だよ」
震えた声で胸の中の少女が零す。それを聴いた少年はその腕に少し力を入れる。まるで、大事な物を守るかのように。
ずっと言えなかった言葉。もしかすると明日になればまた同じ生活に戻るかも知れないそんな恐怖があった。でももう、確信が持てた。彼は私の救世主だと。
「怖かったよな。でも、もう大丈夫」
胸の中で震える奏をヒロが離すことはしなかった。震えが止まった頃、奏がヒロから離れる。その瞳は赤い。
「じゃ、またね」
ニコリと笑ってヒロは洞窟から出ると重力を無視して陽が沈み黒が支配する世界に飛び立つ。奏はその後ろ姿を洞窟の入り口から彼が闇に溶けるまで見送った。
暗い森の中、一人の少年が両足で血まみれの男の腹の上にしゃがみ込んでいた。フードで隠された姿は闇に溶けて目視できない。ただその手には月明かりに反射し、淡く光る黒い両刃の剣が握られている。
「お前......一体何なんだ」
上に乗っている少年に男が口から血を吐きながら必死に問いかける。月明かりだけでは余り見えないがその身体は酷く傷つけられていた。特に、動きを奪う為か足が徹底的に攻撃されていた。何箇所か骨が見えているほどの重症だ。それでもまだ動けたのは妖怪であるからだろうか。
「俺は......救いを与える者さ」
少年が静かに応える。その反応からは何も感じ取れなかった。だが、その言葉を続ける瞬間に少年の顔が乏しい光でもわかるほどに感情を喪う。
風が吹き、木々がざわめいた。少年はその風の行方を追うかのように視点を動かすと剣を強く握り込む。きっとこの血の匂いも運ばれる。
「何言ってんだお前。なら俺を救ってくれよ。
「さようなら」
虚な少年の瞳に胸に剣を突き立てられ空虚な瞳でこちらを見る男の死体が映る。その赤い髪は濡れた血で固まっていた。
少年は男の上からゆっくりと降りると剣を抜き、血を払う。鮮血が周囲に叩きつけられる。その背後から大量の目が覗く不気味な空間から女が現れ、半身を乗り出す。その身には紫の紫陽花が彩られた着物を身につけていた。
「もう、慣れたかしら」
その女は何か可哀想な物を見るかのような瞳で少年を見る。
「いや。慣れたら終わりでしょ。こんなん」
それに対して少年は冷ややかに答え、握っていた剣を手放すとそれは落下する事なく、光の粒子となって消えていった。
女がまるで母親のような口調で少年に語りかける。
「無理はしなくてもいいのよ」
「大丈夫。それにこれは......俺にしかできない。やらなきゃいけない事だ」
対する少年は重々しく覚悟を乗せて答える。そして視線を下ろし、自らの血に濡れた手を見て握り込む。
その様を見た女が身体を不気味な空間から出して少年の瞳を覗き込む。
「少しくらい休んでも」
その様子を見て最後まで言い切らせる事はなく少年は笑う。
「はは、心配してるんだろ。ありがとう。でもまぁ安心してくれ、今日はもう終わったから休む」
そんな少年を見て少し安心したのか女は視線を外しまた不気味な空間へと向かう。
「よかったわ。でも本当に無理はだめよ。貴方が倒れれば本末転倒。分かっているの?」
少年もまた女を心配させていることが分かっていたようで安心させるように言葉を紡いでいた。
「わかってるよ。だいじょーぶ。それに俺はそんなに柔じゃない」
そして少年はその女の後を追い不気味な空間へと消えていく。