人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います   作:黒犬51

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何もかも、救うことなど出来やしない。


21話 蜘蛛の糸

 

 地底に広がる大きな町。その中で一人の少女が周囲から襲いくる妖怪たちに地上から襲撃を受けていた。青い作業着に、既に空になり、軽くなった茶色いバッグ、まるで日に照らされた小河のような翡翠の髪を揺らす少女は河城にとり。彼女は必死にいなし続けてはいる。しかし、全くもってキリがない。地面から跳躍して引き摺り下ろさんとする妖怪たちに正確に青く光る水面のような弾幕を当てて撃墜している。ただ、妖怪たちは全くそれに怯むことなく、逆に少女を襲う妖怪の量は増えていた。

 

「一体どうしたっていうのさ!」

 

 にとりは悲痛に叫ぶ。目の前には突然凶暴化した妖怪達、異変は突然に訪れた。約束度通り、古明地さとりの邸宅である地霊殿へ赴いて、そこで古明地こよみのパソコンの設置を行った。パソコンの作り方は八雲紫の持ってきた彼のパソコンを解体して理解した。帰って、その技術をどうやって転用するか。そんな最高の時間を過ごそうと思っていたその時だった。

 

 どこかで聞いたことがあるような祭囃子が響いた。

 

 そして、突然妖怪たちが付近の妖怪を襲い始めた。それはまるで妖怪の襲い方ではなく獣のようだった。ただ、怒りに任せ暴力を振るう。妖怪のそれは人間のそれとは話が違う、個体差はあれど、石を砕き、木を捻じ曲げる。それは当然、容易に同じ妖怪を殺すことができた。その後は地獄絵図だ。至る所で同様の変化が起き、妖怪同士の争いが起こる。さらにさっきまでは普通に逃げていた妖怪も急に周囲を襲い始める。それによって疑心暗鬼になった妖怪達もまた狂っていった。まるでドミノのように状況が悪化して行く。

 最初はうまく逃げていたにとりだったが、空に無限に逃げ場のない地底では、限界があった。さっさと逃げることも考えた、しかし、なぜかこの問題をなんとか解決しないといけないと考えてしまった。理由は全く分からない。ただ、本能がそう言っている。だからこそ、今はこの音の発生源を探していた。

 途中で偶然暴走した妖怪が空を飛べないことに気づけたのが不幸中の幸いだった。もし、地上であの数を相手していれば傷だらけになっていたのは彼女だったかもしれない。

 

 ただ、それを知ったところで、音の発生源を見つける事は出来ない。

 

「これはマズいね」

 

 少女によって撃墜された妖怪は多少なりとも傷ついている。というのも少女は民家の屋根よりも上を飛んでいる。そして、跳躍で寄ってくる妖怪を地面に叩き落としている。当然それを繰り返すたびに妖怪の身体は傷つき、血を流す。そんな彼女の足元は地獄絵図だ。地面は妖怪の死体と臓物で染め上げられている。だが、身体がおかしな方向に曲がり、骨が露出して尚、狂った妖怪は跳躍をやめない。

 こんな時、迷彩服があればとにとりは思う。しかし、それは今手元にはない。というのも、ここに来たのは彼女単独。その荷物は届け物だった古明地こよみのパソコンで埋まっており、他の物を入れるスペースがなかった。

 そんな後悔をするにとりの後ろ、建物の影から小柄な妖怪が跳躍。それに気づけなかったにとりはその妖怪がバッグにしがみつくことを許してしまう。そのままその妖怪は身体を揺らし、にとりのバランスを崩させる。その隙を逃さんとばかりに地面にいた妖怪達が跳躍する。

 

「ホントはこんなことしたくないけど、ごめん」

 

 突如、眼下の流れる川の水が上空へ登る。まるで間欠泉から噴き出したかのようなそれはにとりの周囲を囲うように避け、水の壁が出来上がる。それに巻き込まれ、バッグに絡んだ妖怪は上空に打ち上げられ、重力に従い落下。致命的な音の後に動かなくなる。

 これで一時は凌げるとにとりは一息つく。これが彼女の能力。水を操る能力の力。眼下の川の水を噴き上げさせ、周囲に水の壁を作り上げる。それによって跳躍した妖怪たちが弾き飛ばされていった。

 無限にこの壁を出し続けられるわけではないけれど、まずは一安心。そう思い、目を閉じて一息ついた瞬間。目の前には見覚えのない妖怪の顔があった。

 

「え?」

 

 見れば妖怪が壁に弾かれることを気に止めず、突撃を繰り返した結果。水が妖怪の体に当たることによって水の壁が薄くなる瞬間が生まれていた。そして、運悪くその水の薄いタイミングで妖怪が飛び込んできていた。完全に気を抜いていた。なんとか回避行動を取らなくてはいけないと思うが、既に遅い。周囲は水の壁、今から止めてももう遅い。一気に脳内に自分の行動への後悔が溢れる。

 

「あ.......」

 

 そして、声が溢れる。

 

 これから襲ってくる痛みに備えて目を瞑る。

暴走した妖怪の一撃、それを耐えられるかはわからない。

 でも、耐えなければ終わり。耐えるしかない。

 しかし、いつまで経っても衝撃が来ることがなかった。何故と目を開けるとそこには綺麗に切断され、ピンク色の繊維が空気に触れ、断面図の様になった腕があった。そして少し遅れて血が噴き出す。その血が彼女の空色の作業服を赤く染め上げていく。だが、片腕を切り落とされたにも関わらず、その妖怪は怯まずににとりが唖然としている間に万全なもう片方の手でにとりを攻撃しようとする。しかしその攻撃は、白く輝く剣がその妖怪の身体を2つに裂いた事によって水圧によって上空に飛ばされて行く事で、阻止された。

 

「大丈夫か?」

 

 水の壁、その外に誰かがいる。聞き覚えのある声だった。白いシャツに黒いチノパン。まさかと思い水を止め、それが誰かを突き止める。重力に従い水が落ち、視界が開ける。

 そこにいたのは。

 

 古明地こよみだった。周囲には弾幕を利用して作ったのか、妖力の応用か、淡く光る白い剣が数本浮いている。

 

「こよみ?」

 

「あぁ。俺だけど。どうした、顔色が悪いぞ」

 

 本当に心配そうにこちらを覗きこむこよみ。服は血で深紅に染まっている。一体それが何の血なのかは想像したくない。

 

「とんでもなく真っ赤だが、けがはないか?」

 

 ノー天気にそんな軽い質問をくりだすこよみをにとりはじっと見つめていた。

 

 私は今一体、誰と彼女を重ねたのか。

 

「大丈夫。助かったよ。にしても少し見ない間にとんでもなく強くなった?」

 

 頭の中の疑問符を消す努力を行いながら、何とかこよみに回答する。

 

「いや、不意打ちだからできたことだ。正面からだとあんなに上手くは行かないはず」

 

 そんなのんびりとこよみと会話していることを許すこともなく、数匹の妖怪が壁のなくなった二人を狙い、跳躍する。

 

「突然だが、俺はこの音楽を止めたい。確か、技術力めっちゃ高いよな。何とか音の発生源を突き止められないか」

 

 こよみの後ろに妖怪の姿。こんな会話をあの妖怪たちが待つわけもなかった。既に跳躍を終え、背後にまで迫り、その拳を振り抜こうとする。血走った目は怒りに満ち、目の前の少女を傷つける事以外の全てが見えていない様だった。

 にとりは慌てて弾幕を構える。しかし、この距離ではこよみに当たってしまう。迷った結果、こよみの服を掴み引き寄せる。少し目を見開き驚いているこよみをにとりがハグをする様な形で守ろうとする。

 

「会話中なんだ。邪魔しないでくれ」

 

 こよみが本当に飽き飽きした様に大きなため息。刹那。白い何かが縦に弧を描く。それは彼女の周囲を漂っていた一本の剣だった。

 拳を振るおうとした妖怪の動きが止まる。一瞬遅れて妖怪の顔から縦に血の粒が浮き出たかと思うと左右にズレながら地面へ落下。地面に広がる地獄の仲間入りを果たした。

 

「不意打ちじゃなくても強いじゃないか」

 

 目の前で行われたそれににとりが感じたこと。それはその躊躇いのなさ。彼女は今も、先も妖怪を殺さずになんとかするという択を全く取らない。いや、恐らく考えていない。ただ冷酷に、殺すしかないと考えている。

 

「そりゃどーも。ただ、結局不意打ちだし、凶器攻撃だからな。それにこの弾幕っていうのがすごい便利なのもある。あと、もう離してくれ。知ってるか知らないけど俺は一応元男だ。色々思うところがある」

 

 にとりは慌ててこよみから手を離す。仕方がなかったとは言え、彼女のシャツは私がさっき浴びた妖怪の血でより真っ赤に染められていた。

 

「シャツ汚してごめんよ」

 

「ん?あぁ、別にもう汚れてたし、いいよ」

 

 よく見れば、彼女の服の腹部には穴が空いていた。そして、既に黒く固まった血液。間違いなく痛々しい傷があるべき場所には何も無い。

 

「話を戻そう。音源の特定は出来る?俺が全力で協力する事を込みで」

 

 そんな話をする間にもにとりとこよみ。その周囲を白く光る剣がまるで意志を持ち絵を描く様に舞う。いまだに襲撃を続ける妖怪のその悉に命という代償でもって償わせている。

 

「出来る。君のパソコンを使えば。ただ、時間がかかる。それまで私を守ってほしい」

 

「あぁ、もう出来たのか。わかった。いこう」

 

 こよみは直ぐに地霊殿へ視線を移す。そこには未だに妖怪による襲撃を受けている地霊殿が映っている。

 

「俺としてもちょうどよかった」

 

 すぐさま2人地霊殿へ向かう。道中で妖怪が襲ってくるが、こよみによって安全は確保されている。まるで周囲を警戒する番犬のように白い剣は彼女たちの周りを漂っている。

 こよみは地霊殿を見て少し苦い表情をする。門の前には再度多くの妖怪が集まっていた。まるで意志を持たぬ屍の行進だ。まだ辛うじて門は生きているが、重なった妖怪たちの上を妖怪が通り、館へ入るのは時間の問題だろう。そうなれば最初に犠牲になるのは館に逃したあの子供。こよみはそれだけは許容できなかった。

 虫の様に集る妖怪の上に、4本の白い剣が降る。地面に刺さったそれはこよみはそれに手をかざし、握る。刹那、閃光と共に剣が爆発。その爆風で噴き出した弾幕が妖怪たちを襲う。

 

「行こう」

 

 こよみに連れられて地霊殿に入ったにとりが見たのは惨劇だった。至る所に生物だったものが散らばっている。手足が、骨が、肉が、臓物が。白かったはずの館の中は脂の混ざった薄ピンクで染め上げられている。

 

「おぇ......」

 

 上がってきたものを飲み込む。今はそんなことをしている暇はない。この音を止めないといけない。

 

「大丈夫か?」

 

「そっちこそ」

 

 それに対してこよみの反応はない。こよみは周囲を見渡して何かを確認している。それが一体なんなのか、さとりではない私には理解できない。

 

「音源はどれくらいで見つけられる?」

 

 こよみは空に浮くとそのまま階段を無視して二階に上がる。

 

「ここは洞窟、反響もあるからそれも計算しないといけない。それに外はあの状況、そう簡単には行かないはず」

 

「そうか」

 

 少し遠くなった彼女の後を追う。そのままこよみは廊下を抜けていく。廊下も酷い状態だった。幅が狭い分、死体もよく目立つ。ただ、にしても多すぎる。逃げたりせずに立ち向かわなければこうはならない。恐らく、主人であるさとりを守ろうとしたのだろう。

 

「さとりは無事なのかい?」

 

 足元には既に光を失った双眸で虚空を眺める鳥の首が転がっている。もう血が流れることもない。十分すぎるほどにもう床は染められている。

 にとりは知っている。この状態で無事なわけが無い。ただ、命があるなら、このペットたちもいくらかは救われる。彼らが多少であっても人間の畏れで産まれたのであればまた別の人生を送れる可能性もある。

 

「無事、と言いたいけど。怪我を負った。だから永遠亭に運んだ。あと、寄りたい所がある」

 

 こよみは振り返らない。そして真っ直ぐさとりの部屋の中に。さとりの部屋に入ると少し待ってくれと言われこよみは窓から外に出ると横の部屋に入った様で誰かとの会話が聞こえる。

 にとりは部屋を見回す。先ほどまではあんなに普通だった部屋だったが扉は破られ、その前には数匹の動物と頭が地面に突き刺さる様な形で絶命した妖怪がいる。

 

「お待たせ」

 

 また窓から戻ってきたこよみの腕には妖怪の女の子供が抱かれている。子供と言ってももう後数十年もすれば大人になる様な妖怪だ。こよみは彼女を部屋に下ろす。

 

「子供?」

 

「そう。さっき助けたんだ。一緒にいて欲しい。流石に一人で置いておくのは不安なんだ。頼めるか」

 

 こよみは真っ直ぐににとりを見つめる。少し見ない間に彼女も何か変わったらしい。少なくとも、今は自分を隠してはいないらしい。

 

「断れないよ。ただ、確実に守り切るって保証は私には出来ない。私はさとり妖怪ほど弱くはないけど。水を扱う能力だから、水のない室内は正直弱い」

 

「そこは大丈夫。俺が全力でここへの侵入を阻止する。ただでさえ、多くが死んだ。彼らの為にも俺が守らないといけない」

 

 目の前のこよみが周囲に淡く光る直剣を並べる。恐らく今日だけで多くの命を奪ったであろうそれには傷も、汚れも何もない。

 

「随分逞しくなったね。でもそれなら安心。音源を見つけたら声をかける。それまでは頑張って」

 

「そいつはどうも。とりあえず、俺の部屋に行こう」

 

 こよみは腕を広げて子供を迎え入れると抱きかかえ、その目を隠す。恐らくはこんな惨状を見せたくないという配慮だろう。そして着いてきてくれと言って先に部屋を出た。

 しばらく祭囃子の木霊する静かな廊下を飛んだ後にとある扉が開かれた。そこはにとりがパソコンを設置した部屋で間違いなかった。どうやらこの部屋への侵入は無かった様だ。荒らされた様子はない。

 

「にとりはこの家具くらいなら動かせるか?」

 

 寝台に良い会の子供を下ろし、座らせながらこよみがそんなことを聞いてくる。

 

「どの家具かにもよるけど」

 

「あー。悪い。これだよこれ」

 

 そう言って彼女が示したのは子供の座る寝台だった。綺麗な装飾を施されたフレームの上に綺麗に整えられた白いベッドが置かれている。彼女はここに来てから、一体何度ここで寝られたのだろう。

 

「うん。それくらいだったらいける」

 

「そうか。良かった。なら俺が出た後にドアが開かない様に動かしてくれ。俺は、行くよ」

 

 子供に笑顔をむけて頭を撫でるこよみ。それを心配そうな顔でじっと子供は見ている。

 

「大丈夫。俺強いから。ここであのおねーちゃんとまってて。お手伝いも必要だったらしてあげてな」

 

 立ち上がり。こよみが部屋を出て行く。その後ろ姿は、これまでにないほど、辛そうだった。

 思えば無理もない当然の事だった。無理もない。知る限り、外の世界は安全だった。少なくとも他者を殺す必要はない程には。そんな所で過ごした人間がこの世界であんな光景を見て、あんなにも他者を殺して。平気なはずがない。

 

「こよみ!」

 

 気付けば、既に部屋を出たこよみににとりは声を掛けていた。ゆっくりとこよみが振り返る。

 

「ありがとう。お礼と言っちゃなんだけど。これが終わったら。地上でいいご飯紹介するよ」

 

 それを聞いたこよみが笑う。まるで鈴を転がした様な音が鳴る。自分でも驚いたのか、こよみは喉仏を触っている。だがそれも直ぐに止めると。

 

「そいつはありがたい」

 

 そうとだけ言って扉を閉じ、廊下を歩く音が遠くなって行く。

 

「私は私にできることを」

 

 にとりは寝台に手を掛ける。重い、重いけれど動かせない程ではない。引きずりながら少しずつ動かす。少し動かして、背後に空間が出来たのを確認して今度はドアの方へと押す。なかなか動かない。意外にも重さがあった。必死に押すがその動きは牛歩の様だ。しかし、急に寝台が動き始める。

 

「私も、手伝います」

 

 にとりの横に入った子供の妖怪が寝台を押していた。筋力のある妖怪の子供なのだろう。簡単に寝台が動き、ドアの前に移動させることができた。

 

「ありがとう。にしても力持ちだね、助かったよ」

 

「助けてもらってばかりじゃ申し訳ないので」

 

 褒められて少し恥ずかしかったのか、子供が頬を染める。

 

「そっか。その気持ちわかるよ。私もこよみに助けて貰ったからね」

 

 にとりは苦笑いする。

 本来は、助けるべき相手だった。そんな相手に、助けて貰った、ならその恩返しは全力でしないといけない。

 それに、これはにとりにとって、自分の為でもあった。心にある、この異変を解決しないといけないと言う使命感。

 机に置かれたパソコンの電源をつける。静かな起動音。それが一瞬激しくなり、画面の明かりが灯る。そこに映されたのは地平線まで広がる美しい湖だ。浜には雪に様に白い砂が敷かれている。

 

「ここからは、私が頑張る番」

 

 こよみの部屋に打鍵音が響く。もしもそれをこよみが聞けば、何を思い出すのだろうか。ただきっとそれは、彼女にとって。

 

 もう、取り戻すことの出来なくなった物。なのだろう。

 

 

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