人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います   作:黒犬51

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 何を犠牲にしても守りたい。そんなものはありますか?


22話 ひとりぼっち

 

 臓物で艶やかに染められた廊下をこよみが飛ぶ。彼女の目的は、今のところにとりが音の発生源を見つけるまでの死守。

 廊下には相変わらず、多くのペットと、妖怪の死体が転がっている。子供をここに連れてきた時と全く同じ残状だ。

 

「さとり......」

 

 もし、今の自分がこの場にいれば、きっとこうはならなかった。状況は多少はマシだった筈だ。少なくとも、ペットがここまで死ぬことは無かっただろう。

 ただ、それと同時にそんなことを考えるのが無駄だということも理解していた。きっと、紫に弾幕勝負を教えて貰わなければ今ほど戦えなかった。きっと、足を引っ張った。そうなれば、結局みんなに庇って貰って。今よりも状況が悪化したかも知れない。

 もしかすると土壇場で何かができる様になったかもなんて、そんな幻想は捨てるべきだ。俺はおとぎ話の主人公ではないのだから。

 館の入り口、既に破壊され、役割を果たしていない扉に向かう。動かなくなったペットたちに破壊された扉の破片が突き刺さっていた。しかし、それには目もくれず、こよみは走り出す。

 館内も地獄だが、館の外も地獄だ。あれだけ処理したはずの妖怪たちはどこから湧いたのかまた門の前に集まり、門を破壊しようとしている。度重なる衝撃によって既に門は限界が近いようで耳障りな音を立てながら大きく揺れている。ただ、数は減っている。先ほどのように妖怪の上を登って侵入される心配は無いだろう。

 それに対してこよみは即座に自らの周囲に浮く剣を射出。白い軌跡を描きながら門の隙間を抜けた剣が妖怪達を裁断、赤い噴水を作り上げる。周囲が鮮血で染め上げられる。それを浴びたこよみの身体も紅く染まっていく。

 地底には祭囃子が響き渡り、憤怒にまみれた妖怪の雄叫びとそれから逃げる妖怪の悲鳴と失った者たちの慟哭が混ざり合っている。そして、その鮮血を浴びたこよみは血に塗れた瞳で真っ直ぐに妖怪達を見据えていた。

 

「......」

 

 そんな狂騒の中、赤く染まった自分の両の手を見つめ、目を瞑る。

 口の中は鉄の味で満たされていた。自分のものではない。殺した多くの者たちの血液。顔見知りはいない。ただ、それでも。自らが殺しをしていると言う事実だけは変わらない。

 

 ただ、それでも。俺を家族と言ってくれたさとりのために。これ以上被害を広げる訳にはいかない。そして、これ以上彼等に殺しをさせるわけにもいかない。

 

「ごめんな......」

 

 静かに、まるで何かが溢れるかのような言葉は狂騒の中に溶けていく。そんな彼女の指揮のもと、剣は舞い続ける。

 相変わらず噴き上げる血飛沫、幸運なのは殺した感触をその手に感じない事だろうか。なんにせよ、このままであればここの防衛は容易だ。先のにとりを見る限り、彼らは腕力に関してはかなり強い。避けられるのであれば、接近戦は避けるべきだ。大方の妖怪達が地を這うのみになったのを確認してこよみは剣を消失させる。

 門の前では雄叫びをあげながら、ミミズのように妖怪が這っている。これで時間は稼げるだろう。そう思い、こよみが一息ついた瞬間。空から一本の白い糸が飛んでくる。

 

「は?」

 

 それが左腕に着き、何かを判断する前に、こよみの体は釣り糸に掛かった魚のように強烈に上空へと引き上げられる。異常な上昇速度による重力のなか、風で乾く目を細く開きながら、こよみは何とかその糸の発生源を見上げる。そして視界に入ったそれを見て目を見開く。

 そこにいたのは黒い塊。毛に覆われた脚を地底の天井に着けた巨大な蜘蛛だった。その小屋なら建ってしまいそうなほど巨大な尻から糸が繰り出されていた。

 

「冗談だろ......」

 

 そんな化け物が前の二脚を使い、糸を器用に繰っていた。こよみはなんとか糸を千切ろうと自由な右腕で糸を掴むが、その糸が外れる気配は無く、逆にその粘性によって手が離れなくなってしまう。

 それでも何とか剥がそうともがく間に、蜘蛛がもう数メートル先まで迫ってきた。8つの瞳孔がこよみを見据え、まるで巨大な杭の様な牙が透明な液体を垂らしながら獲物を処理する為に動き始める。

 

「まだ、死ねねぇよ」

 

 低く呟き、こよみは蜘蛛の眼前に白く輝く剣を作る。そしてそれを高速回転、糸を切り落とす。重力に任せて落下する。目の前で獲物が逃げた事に怒ったのであろう蜘蛛が、その体勢を沈めたかと思うと跳躍、その身体を半回転させて、こよみに飛びかかる。

 こよみはそれをぎりぎり身体を捻りながら飛ぶことで回避。血に塗れた服を蜘蛛の脚の毛が掠める。

 一直線に落下していく蜘蛛。そのまま地面にぶつかれば終わりだと考えていたこよみの横を一本の糸が掠める。

 

 それは洞窟の天井に張り付くとまるで冗談のように蜘蛛の体を支えてみせた。

そして蜘蛛はそのまま糸を伸ばして地上へ降りようとする。こよみはまだ浮かせていた剣に自らの腕に絡む糸を擦ることで両腕を自由にする。

 しかし、蜘蛛の糸を掴んだ右手は開くことが出来ない状態。

 それでもこよみは再度剣を回転させて蜘蛛の命綱となっていた糸を切断。光を重ねて剣を2本増やし、地面へと落下する蜘蛛を追う。

 糸をつかんでいた蜘蛛は背中から落下し、黒板を擦ったような音を出す。

 その音に嫌悪感を感じながらも、地面で暴れる蜘蛛に剣を2本放つ。狙いは脚、白い軌跡を描いて飛んだ剣がその脚に弾かれる。それを蜘蛛の上を飛行しながら回収。左右に待機させる。

 全ての生物を人間大にした時、最強なのは虫だと言われている。それはその生命力、力、硬さ。その全てに由来する。それがこのサイズ、まず間違いなく最強格の生命体だ。先ほどの妖怪と同じようにはいかないという事を理解したこよみはなんとかその弱点を探すために同調を開始する。

 

 手加減をする余裕はない。こんな奴を館に入れるわけにはいかない。にとりも、あの子供も殺される。考えろ、どうすればこいつを殺せる。

 

 必死に思考するこよみ。しかし、蜘蛛はそんな暇は与えない。また沈み込んだかと思うとこよみに跳躍、その毒牙でもってこよみを仕留めようとする。それを再度ぎりぎりで避けるこよみ。顔の前を毒牙が掠める。勢いのままに後方に飛んでいった蜘蛛に剣を1本放つ。次の狙いは関節。流星のような軌跡を描いて剣が飛ぶが、動いている蜘蛛の脚の関節を狙うことは出来ず、狙いが外れる。

 それを確認してこよみは手元に残った2本の内1本を射出。こちらに向き直る瞬間に頭部への直撃を狙ったその不意打ちはあと一歩のところで避けられる。

 

 蜘蛛は、目の数が多い。8個、人間の4倍だ。そして、ただ4倍の情報量というわけでもない。視野も広い。普通の不意打ちはまず意味を成さないだろう。

 次は相手の番だ。速度で勝てない以上、カウンターを狙うしかない。遅い方から動けばカウンターを貰うのはこちら側、しかも速度が上の方が避けるのも容易だ。これまで何も考えず速度が高い方が先行というゲームをしてきたが、ちゃんと理由があったのか。

 

 そんなことを考えているとはつゆ知らず、蜘蛛は、尻を突き出すとそこから糸を数発塊として吐き出す。放物線を描きながら放たれたそれは同調を行なっている彼女には当たらない。遠距離攻撃を諦めた蜘蛛がこよみを狙い突進を行う。しかし、その攻撃は空から降ってきた1本の剣によってその寸前で阻止された。蜘蛛の頭胸部はこよみの横を抜けていく。地面に深々と刺さった剣が粒子となって消えていき、蜘蛛の胴体が庭に転がっている。

 

「こういう使い方もありか」

 

 一息つこうと地面に降りたこよみの右足を鋭い痛みが襲う。慌てて飛び立つと右足に人の顔のサイズはあろう蜘蛛が張り付いていた。なんとか足を振って振り落とす。

 地面にはそれと同じ蜘蛛が大量に蠢いている。

 

「......冗談キツイな」

 

 こよみはそれに対して残っていた2本の剣を投擲。地面に刺さったそれは一瞬光を強めると小さな剣に分かれて周囲を切り刻む。凶器の嵐に巻き込まれた庭に咲いていた木花は一瞬にして裁断されていく。その嵐に巻き込まれた子蜘蛛もその腹部を裂かれ、耳障りな声を上げながら薄青い体液を周囲に撒き散らす。

 なんとか処理を終えたこよみが地面に降り立つ。だが、何かに気付いたのか慌てて再度浮上する。

 

 身体に力が入らない。思い当たる節は。先ほど噛まれた右足。空を飛んでいるからわからなかったが、右足の感覚がない。痛みがないのが不幸中の幸いか。ただ、こんなことで俺は持ち場を離れられない。

 

 こよみは、未だに妖怪が押し寄せる門を睨む。

 

 先ほどの攻撃で門は少なくとも傷ついただろう。まだ倒れるわけにはいかない。数は減ったが、それでも10はいる。それだけのものが流れ込めば、にとりとあの子供が危ない。それに、ここで倒れれば、俺の身も危ない。それに、この後音源を破壊するという仕事も残っている。

 

「どれくらい持つんだろうな......」

 

 乾いた笑みを浮かべこよみは見上げる。そこに空はない。代わりにあるのは冷たい地面。その所々にいつでも周囲を昼のように照らす石が煌々と輝いている。

 

 俺は、ただ、普通に呑気に生きたかった。妖怪がいる、そんな世界でもそんな生活ができると思っていた。ただ、結果はこれだ。血に塗れ、多くを殺し、傷を負いながら戦っている。もう、元の世界には戻れないだろう。ただ、全ては俺の招いた結果だ。この幻想郷で俺を家族と呼んでくれたさとりの為に、そして誰かを救いたいと願った故の。

 

 大きな音を立てて門が倒れる。限界を迎えた門が倒れ、妖怪が流れ込んでくる。こよみの周りを飛んでいた剣はいつの間にか消えていた。ゆっくりと視線を下げたこよみは糸に塗れた右腕を上げる。左右に光が集まり、2本の剣が生成される。その腕を振り下ろすと光に塗れた剣が駆け込んで来た妖怪の足元を意志を持った動物の様に駆け抜ける。多くの妖怪はそれによって倒れたが、ただ1人、捌ききれなかった妖怪が館の中に向かって走っている。その背を光の軌跡が切り裂く、骨まで達した一撃によって血飛沫を上げながらズレて、落ちていく。

 ただ、その状態で尚、館の中を目指している頭に剣が突き刺さった。流石にその一撃には耐えきれなかったのか、動きが止まる。上空にいたこよみは、ゆっくりと降りると館の入り口の前で浮く。その過程で、先程足を払った妖怪の頭を1本の剣がまるで機械の様に貫いていく。

 そんな様を見ながらこよみは目を擦る。

 

 館の入り口いることで、妖怪の攻撃を俺に集中させることは出来る。ただ、ひどく眠い。即効性の毒がある事ぐらいは知っているが、それでもこんなにも早いのか。噛まれてから数分も経っていない。体調不良ということはないが、睡魔のせいで思考が纏まらない。足にも力が入らない。なんとかして、この睡魔を。

 

 そんな状態のこよみに妖怪が襲いかかる。ギリギリで反応したこよみが1本残していた剣で首を切り落とす。

 そこで、紫が言っていたことを思い出す。俺のもう一つの能力。

 

 これまでは、個人的に他者に嘘を吐きたくないということで使っていなかった。ただ、自分自身も騙せるのなら。この状況を打開できるかも知れない。恐らく、毒に侵されていると言う現実は変わらない為、その後、俺が死ぬかも知れないが、今ここで殺されるよりはマシだ。

 

「やってやるよ」

 

 こよみは1人、数は減ったもののまだ向かってくる妖怪たちを2本の剣で裁く。正面から来た妖怪はその身体を両断されて崩れた、こよみに飛びかかろうとした妖怪にはその口内に剣が突き刺さり、そのまま回転、顎より下を残してオブジェの様に立ち尽くしている。

 

 そしてこよみはその中で、自分自身を騙す。俺は毒など食らっていないと。ただ蜘蛛に噛まれただけだったと。

 

 それによって後にどんなことがその身に起きようとも。

 

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