人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います 作:黒犬51
下手に出過ぎるというのも、良くないことだ。
調子に乗った人間ほど、面倒なものは無い。
こよみは相変わらずの病室に差し込んだ白い光で目を覚ます。横になったままに伸びをして、楽にはなった体を無理やり動かして立ち上がる。
「.....最初っからこれが目的だったか?いや、まさか」
何かを必死に抑えながら机に目をやるとそこには新しい服。そして、その上に一輪の薔薇が乗せられている。
「さとりか......」
こよみがその服に手を伸ばして服を少し強引に引き寄せると白い便箋がひらりと落ちる。
それを見て、服を一度ベッドの上に置き、その便箋を手に取る。宛名は書いていない。ただ、薔薇のような紅い封蝋が施されている。そのマークには見覚えがあった。
「さとりからか」
初めて見る封蝋の手紙に手こずりながらもなんとか封を開けて中を見る。そこには一枚の手紙と金が入っていた。
手紙を開くといかにもさとりらしい整った字でメッセージが綴られていた。
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こよみへ
恐らく貴方はすぐには帰ってこないのでしょう。なので、外で生活するために必要な金を渡しておきます。これを香霖堂という地上の魔法の森の入り口にある店で換金してください。
いつでも貴方を待っています。
古明地 さとり
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「お見通しか」
大きくため息を吐き。笑う。そして、さとりによって置かれていた服を羽織る。黒いチノパン、白いシャツ。どちらも買ってすぐのような絶妙な硬さがある。
そして、そのポケットには彼女のスマートフォンが入っていた。電源ボタンを慣れた手つきで押すと充電は20パーセントと表示され、危険を知らせる為に赤くなっていた。
「......まぁ、そうだよな」
そのままじっとその画面を見ていると廊下から足音が聞こえ、それに反応してこよみはスマートフォンをポケットに入れる。そして何事も無かったかのようにさとりの手紙に入っていた金を手に取る。
「もう元気そうですね」
「ありがとう。お陰様でな」
扉を開けて入ってきた竹で作られた小さな箱を持つ鈴仙が腕を回して元気だということをアピールするこよみを見て笑う。相変わらず格好はセーラー服だ。妹もあんなものを着ていたとこよみは少し懐かしくなる。
「なんか、良いですね。それ」
こよみには一体それが何を示しているか分からなかったが。取り敢えず笑っておいた。
「今日退院でしょうから薬の方持ってきました」
そう言うと鈴仙は手に持っていた箱を机に置き、その中身を取り出す。透明な袋に入ったそれはどれも外で見たことのあるような形の錠剤だ。ただ、判別の為か信号のように赤黄青と色分けされている。
それを見て少し違法薬物みたいだなと感じたが、わざわざそんなことを口に出すことは無かった。
「質問いいか?」
机に向かって薬を袋に詰める作業をしていた鈴仙がこよみの方を向き、なんでしょうと一言、それを確認してこよみは口を開く。
「燐は大丈夫だったのか」
気になっていたが聞けていなかった。その事実をこよみは問いかける。あの時はまだ元気そうだった。ただ、外で医療従事者でもなければ、妖怪についてもよく知らないこよみにとってあの傷が燐にどれだけダメージを追わせたのかが分からない。
「燐さんですか。大丈夫です。傷も貴方ほど深くなく回復力も高い方だったのですぐに地霊殿の方に戻られました。空さんも既に地霊殿に戻りましたよ」
「そうか。あと、さとりは元気そうだったが大丈夫だったのか」
こよみは取り敢えず燐と空の無事を確認したが、気にしていていたのはさとりだった。元気そうに看病しに来てくれたが、実のところは分からない。あのときの暦に同調する余裕も無かった。
そして、てゐという少女に言われたあれは致命傷だという発言がいまだに引っかかっている。
「さとりさんですか。実は貴方ほどでは無いにせよかなり危険な状態でした。本来はもう少しここにいて欲しかったのですが、地霊殿での仕事があるからとすぐに行ってしまって。ただ、薬もしっかり飲んでくれているようですし、燐さんや空さんも居ますからね。大丈夫だと思っています」
「それは良かった。これで安心して行ける。そうだ、あと質問ばかりで申し訳ないんだが、吸血鬼にお呼ばれしてるらしくて行かなくてはいけないんだが、何処に住んでるんだ?」
「吸血鬼......レミリアさんのことでまず間違いないですね」
鈴仙はテキパキと作業をしながら話し続ける。机には色ごとに綺麗に梱包された、錠剤の入った袋が並んでいる。
「場所は魔法の森を抜けた先、霧のかかった大きな湖のほとり。そこに建つ真っ赤な建物です。紅魔館と言います。本当に真っ赤で分かりやすいので近くに行けばわかりますよ」
しかし、何故か淡々とそれを告げる鈴仙に表情は曇っている。こよみは一瞬同調して確かめるかと思うが、何でもかんでも踏み込むのは良くないと判断してありがとうとだけ言い残す。
「いえいえ。では薬の説明に移りますね」
そうして振り返った鈴仙によって掲げられた3つの袋には、赤、青、黄色。3色の薬がそれぞれ入っている。
「まず赤。これは痛み止めです。貴方は傷が治っているようですが、また傷が開いたりするかもしれません。その時に飲んでください。次に黄色。これは外から来た方には説明しにくいのですが、簡単に言えば治癒能力の向上の薬です。自身の妖力などを回復させる事で治癒を促します。そして最後ですが、青色の薬。これは精神安定剤です。急激な感情の起伏というのはこの世界においてあまり良いことでは有りません。それへの対策です。それぞれ、必要な時に一錠だけ飲んで下さい」
つらつらとまるで原稿がその場にあるのかのように的確な説明が終わる。だが、こよみにはその心にある僅かな不安が感じ取れていた。
「そして最後に警告です。間違っても同じ薬を一気に摂取しないで下さい。特に黄色はダメです。さとりさんからの言伝で多めに処方していますが。それだけは守って下さい」
それを聞いたこよみが苦笑いする。対して鈴仙はじっとこよみを見据えている。まるで危険を犯そうとする子供を止めるような目で。
「用量は守らないと酷いことになるのは外と同じか。ところで、興味があるだけなんだけど、もしも一気に摂取したらどうなる?」
その質問が来ることは予想できていたようで鈴仙はため息を吐く。
「正直、赤と青は死んだりはしません。ただ、黄色だけはダメです。昔に過剰摂取した患者が居ましたが、博麗の巫女が出てくるほどの大事になりました。これで分かりますね?」
一体何が起きたのか。それはこよみにでも想像がついた。妖力などの力を回復する薬。それを過剰に摂取すればいつか自らの容量を超える。そうなればどうなるのか。限界まで空気を入れられた風船のように爆発的する。
「なるほど。助かる。ちゃんと注意しよう」
ふむふむと顎を撫でるこよみを見て呆れたように鈴仙が息を吐く。そして、机に置かれた竹の箱の中から何かを取りだす。
「注意するではなく。絶対に辞めてくださいね。良くて死ぬ。そう思っていてください。あと、持ちにくいでしょうからこのポーチ差し上げます」
そう言って渡されたのは黒いポーチ。渡された薬ともう少し何かが入りそうな丁度いいという言葉が最も似合うそのポーチをこよみは薬を一度ベットに置いて受け取る。
「何から何までありがとう。本当に色々助かった」
こよみはそのポーチに薬を詰め、肩にかけ、少し余った分をコキカンで上手く調節する。
「ところでお金はどうすれば良いんだ?結構かかったろ」
こよみは現状お金は持っていない。ただ、それでも聞かないで行くことはできなかった。
それを聞きかながら鈴仙は箱を持ち上げる。
「それですか。さとりさんが全部払ってくれていますよ。だから安心して下さい。あと伝言です。無理はしないように。だそうです」
それを聞いてこよみは手紙に書けばよかったなのにな、と笑う。それに合わせて鈴仙も少し笑った。
「彼女はあんまりそういうの得意じゃないですから。精一杯って感じですよ」
「ま、そうだよな。正直恥ずかしいけど有難いな」
そんな談笑しながらこよみはベットの上に置いておいた手紙を手に取って扉を開く。どうぞと道を譲り、ありがとうと言って鈴仙が扉の外へ、こよみも外に出る。
「じゃ、俺はその吸血鬼とやらに会いに行くとするさ。魔法の森ってどこら辺だ?」
それを聞いた鈴仙は少し考えて待っていて下さいと言って箱を持ったまま立ち去った。静かな枯山水を讃える廊下にこよみは1人取り残される。
入れ違いのように何処かから出てきた鈴仙と同じくウサギ耳をつけた少女。ウサギのように軽いステップで跳ねながらこよみの少年に入る。
「元気になったんだ」
「てゐか。おかげさまで」
にこりと笑うこよみに嬉しそうにてゐも笑って応える。
「よかった。本当に死ぬんじゃないかと思ってたからね。最初に霊夢が連れてきた時それは焦ったんだよ。血まみれだし、毒は回ってるし、妖力ほぼ無いし」
「いや本当に実力不足を痛感した。もっと強くならないとな」
こよみは何度か拳を握る。身体にある妖力というものはイマイチ分かっていない。ただ、地底で戦う前よりも少し身体に力が入らない気がする。
「まだ回復しきって無いみたいだし。当分はのんびり生きていく」
「それがいいよ。ただでさえ、外から来たんだから観光とかしてこの幻想郷を楽しんでいってよ」
「そうするさ。ありがとう」
そんな雑談をしていると廊下の先から鈴仙が現れる。てゐと一緒に談笑するこよみを確認し、少し苦い顔をしたがそれを直ぐに消してこちらに向かってくる。手には一枚の紙が握られていた。
「はい。これがこの幻想郷の地図です。これがあれば妖怪の森に行けるでしょう」
紙を手渡し、こよみはそれを手に取る。そこには簡易的ではあるものの幻想郷の地理が絵によって表されていた。筆で書かれたそれは博物館にでも飾られていそうに雰囲気はあるが、書いてある文字は全て読める。
「妖怪の山、魔法の森、太陽の畑?結構広いんだな」
目についた地名を読み上げて笑う。
「地底のように砂漠はないですからね。貴方の目指す紅魔館はこれですよ」
覗き込むような形で鈴仙が地図の一点を指差す、魔法の森の奥。青い湖のほとりに赤い建物が描かれており、その上部には確かに紅魔館と描かれていた。
「なるほどありがとう。なら早速行こうかな。今後は出来るだけお世話にならないよう頑張る」
こよみは地図を四つ折りにすると先ほどもらったポーチに入れて身体を浮かせる。そしてそのまま永遠亭を後にした、その姿を2人にウサギが手を振って見送る。
「ねぇ、てゐ」
もうこよみは見えなくなった。それを確認して鈴仙がてゐに声をかける。既にどこかに行こうと身を翻していた彼女は振り返る。
「こよみ。前会った時となんか違くない?怖いっていうかなんていうか」
鈴仙の感じていた僅かな違和感。それは魚の小骨のように引っ掛かる。しかし、その違和感を全く感じていないのか振り返った少女は少し考えて口を開く。
「そう?私は元からあんな感じだと思ったけど」
にこりと笑って、てゐは廊下の角を曲がっていく。1人残された鈴仙は既にこよみの居なくなった空を眺める。
「やっぱり地底での言葉、引きずってるのかな」
これ以上考えても意味がないと諦めて鈴仙は清掃のために、こよみのいた部屋の扉を開く。そこにはもう誰もいない。静かな日差しだけが部屋を暖めている。