人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います 作:黒犬51
何事も適量を超えると色々問題が起こる
心に疼くは黒い闇。
幻想郷の空にナニカがいた。未だに太陽が空を照らす時間にも関わらず。それは黒い蒸気を纏い、ふらふらと、まるで力尽きる直前の蝶のように、空を飛ぶ。
「......あ...」
一瞬蒸気が強く噴き出したかと思うと、それは寿命が尽きたかのように地面に堕ちる。かなりの高度からの自由落下、衝突の瞬間に肉が打ちつけられる酷い音が響く。偶然にもそのモノが落ちた場所に木々はなく。赤い血溜まりの中で、白い骨と肉塊が悶える。
ただ、それでもその肉塊は動きを止めない。命という縛りから解放されない。未だにその肉塊からは黒い蒸気が漂っている。そして、一瞬の静寂の後に砕けた骨が形を取り戻し、肉が軟体生物のように這いずって形を整えていく。死体を漁りにやってきた鳥達はそれを見て逃げ去った。
「あら、もうここまで行ったんだ。簡単だったね」
そんな中、その肉塊を1人の少女が眺める。顔には白い仮面。ただ、それは仮面というにはあまりにも何もない。そして、少女は正面で悶えるそれを見て嬉しそうに高笑いする。まるで、羽化をする蛹を眺める子供の様に。
「オ.....エ......」
肉塊が未だに白い骨とこびりついた艶やかな肉だけの手を伸ばす。しかし少女は、その手を掴むこともせずに。ただ、にこやかに笑って眺める。
「ねぇ、一緒に壊そうよ。こんなところ」
そして、少女は手を伸ばす。まるで同意を求めるかのように。しかし、その手を既に出来上がって人のものとなった手がそれを取る事はなかった。
「そうは......いくかよ」
ゆっくりとモノの部品が集まり、人の形を取り戻す。そしてその足で立ち上がった。その周囲にはまだ黒い蒸気が漂っている。気付けばそれは立派なヒトガタになっていた。新品だったシャツは骨の突出によってところどころ破れた。ただ、赤く染まったはずの服は白く戻っている。
「お前、一体なんなんだよ。なんで、あんな事......」
こよみは、ポーチから青い薬を取り出して。口の中に放り込む。
「お前......なんなんだよはこっちのセリフ。もう完全に人じゃ無いんだね。でも結局それはいい事、ちょっと速いけど。私の願いには近付いてる」
そして、まだ日の光がある昼にも関わらず、少女の姿は掻き消える。まるで、そこに少女など居らず。ただの光によって生まれた幻とでも言いたげに。
だが、それを見たこよみはそれ以上に気になっていた事があった。
少女の発言。願い。それだけでは一般人にとって意味がない、ただ、同調によって言葉以上の意味を回収できるこよみにとっては少し違った意味を持つ。
そこで得たもの。それはこよみにとって覚えのある感情だった。
あの少女。リリィと似たもの。
「なんで、どいつもこいつも」
こよみの中で、怒りが沸々と湧き上がる。そしてこれが、こよみを苦しめていたものでもあった。あの地底での異変。そこで回収した怒りの感情。それをいまだに処理できていなかった。こよみ自身可能な限り同調をしないよう動いたが、それでも限界あった。まず、こよみはその能力をゼロにする事は出来ない。周囲に何かがいる限り感情の回収を行う。そして、あの状況。館を守る為に、あの妖怪たちに同調する必要があった。
「だって、これ以上いたら貴方私を殺すでしょ。あと、そういうのちゃんと発散したほうが良いよ」
何処からか、あの少女の声が聞こえる。ただ、何処にいるかは分からない。まるで、耳鳴りのように少女の声だけが響いている。
「お前は誰で、狙いはなんなんだよ」
虚空にこよみの怒気を孕んだ声が響く。
「はは、いいよ。教えてあげる。でも、これは貴方と私だけの秘密。私は......奏。この幻想郷を滅ぼしたいの」
こよみとは対照的に声高に宣誓されたその名前と目的。ただ、こよみにとってもう名前などどうでもよかった。気になったのはその目的。それが、リリィと酷似していたこと。
「貴方の審判を待ってるね」
審判。その言葉までもが、リリィと同じ。だが、リリィがこんなことをするとは思えなかった。何せ、彼女は俺の審判を待つと言った。
「あとそれ、ちゃんと発散した方がいいよ」
最後、悩むこよみの耳元で発されたこの言葉を皮切りに奏の声は聞こえなくなる。
「発散......んなことどうやって」
一瞬で一つの解答が出る。ただ、それはこよみにとって最悪の選択肢だった。なんとかそれを回避する為に思考を回す。ただ、並んだのは碌なものではなかった。
「もう服も汚したくない。それにそんなことしたら俺は......」
服など脱げば良い。痛覚も騙せば良い。ただ、こよみが恐れていたのはそれによる認知の歪みだった。
どんどんと、自分が人間から離れていく。そしてこれは妖怪の在り方とも違うのだろう。頭にてゐの言っていた警告を思い出す。
「あの怪我はさとりにとって致命傷になる」
妖怪とはそんなに都合のいいものじゃない。だが、それだけ、いやそれ以上のダメージを負っても自分の身体は回復した。挙句の果てには、先ほどの自由落下。肉体がバラバラに砕け散る感覚。激痛が未だに残っている。
なのに、今はこうして動けている。手足もある。まるで先程の感覚が嘘のように。だが。体が、心が言っている。あの出来事は、この感覚は、この記憶は。
嘘ではない。と。
そしてそれは、残酷に。古明地こよみという生き物が妖怪でもなんでもない。正体不明のナニカになっているということを意味していた。
「なんで俺がこんな目に......」
発散。奏から聞いた助言。こよみは空を見上げる。先ほどの落下。そこからの体の再生。それによって体に籠った感情が発散されたのを感じた。恐らく、エネルギーとして使用されたのだろう。
だが、この方法では、俺は何度も自殺を繰り返す必要がある。それはリスクが高すぎる。痛みは恐らく騙せば何とかなるが、後何回、俺があの怪我を再生できるのか。もしその限界を超えたら......どうなるかは安易に想像がつく。
いくらなんでもあんな死に方はごめん被りたい。
だからと言って他に手があるだろうか。こんな状態のまま金を交換すると言うのは避けたい。この世界の住民はやけに心の動きに敏感だ。こんな状態で行けばまず間違いなくバレる。理解はできないが、黒い霧も出ている。発散しない手はない。それにこれは、永遠亭でもらった薬があっての現状だ。薬が切れればまたさっきのような状態に陥るだろう。薬の効いている今のうちに行動に移した方がいい。
「困った時のリリィ行っとくか。最近行けてないしな」
恐らく、今幻想郷で最も俺の在り方を理解しているのは彼女だ。助言を求めるなら彼女しかいない。命を狙われた相手ではあるものの、こよみという者の秘密も、意味も知っている。だからこそ、方法を探るなら彼女しかいない。
こよみが虚空を覗く。世界に裂け目が入る。ゆっくりと、開いたそれは、黒いリボンによって範囲を制限する。そして、その先の深い闇から大量の目が覗く。こよみはまるで慣れたかのように、その裂け目に入って行く。
残されたのは、黒い霧と