人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います 作:黒犬51
友人と呼ぶのに必要な要素は、なんだと思いますか?
「教えてもらったのはいいものの、どうするか」
こよみはリリィと別れ、既に先程落下した森の中に出てきていた。まだ陽は高い。だが、まだ行動には移せていなかった。
「発散をしないといくら薬があっても足らない。やるしかない」
こよみは言い聞かせるように言って身構えるが、実際の行動に移せない。もし、誰かが見ていたら。もし、思った以上に周囲に被害が出たら。そんな不安が脳裏を過っていた。
そんなことをしている間にも、黒い蒸気が悪化し、もう一錠口に放り込む。
こよみにとって、水無しで錠剤を飲むことに関しては苦でもない。ただ、薬がなくなるのは避けたかった。というのも、今ここで使い切ることも避けておきたい。今回のような事態が次に起きたときに、対策が出来なくなる。
「なんでいつもこう俺は臆病かね」
こよみは両の手で自分の顔を叩く。
「幻想郷に来た、ここで人生を変えようと思ったんだろ。なら、ここでウジウジしてるなよ」
それは自らへの激励、外の世界の自分の生き方を変えたいと願ってここまで動いていたにも関わらず、結局何も変われていない自分へ向けた激昂。
ただでさえ、色々とうまく行っていない。
「何がそんなに怖いんだよ!」
叫ぶようにこよみが声を上げる。だが、未だに能力を発動できていない。あと一歩、何かが足りない。ただ、その一つがこよみにはどうしようもないものだった。
「違うよね。怖がってるのは、私達に嫌われることでしょ」
慌てて振り向いたこよみの目の前に立っていたのは。古明地こいしだった。
「いつから、」
「教えてあげない」
意地悪そうに笑う少女。ひとまず彼女が無事だったことには安心した。だが、こよみからすればタイミングが悪い。
こよみは自分の発言を思い返す。こいしはもう心が読めないと言う話は既にさとりから聞いた。故に、最も警戒すべきは自分の発言だ。そして、こよみの思い返す限りでは致命的な発言は無かった。発散と口にはしたが。そこまでだ。
だが、懸念点はもう一箇所。八雲紫の能力で移動していた所を見られたとなると話は変わる。霊夢の話によれば、八雲紫は目を覚ましていない。にも関わらず、八雲紫の能力で移動していることを知られればかなり面倒な事になる。
しかし、こよみの懸念は無駄なものだった。
「本当はね。助けてくれてありがとうって、お礼を言いに来たの。でも、お兄さん今すごく辛そう。だから」
未だに黒い蒸気を噴き出しているこよみにこいしはゆっくりと近付き、呆然とこちらを眺めているこよみの頬に手を当てる。
「お兄さんが何に縛られているのか、今の私にはわからない」
こいしは一歩距離を置くと、黒い蒸気を身にまとったこよみを眺める。
「でもね。私、お兄さんには幸せになってほしいって。そう思うの。不思議だよね。出会って別にそんなに時間経ってる訳でも無いのに。でも多分、私と似てるなって思ったからだと思う」
こいしはそこで、一度視線を瞳から外し、こよみの顔を覗き込むように頭を下げる。
「能力使うことに躊躇してるでしょ」
風が吹く。木々を揺らし、2人の間を駆け抜ける。にこやかに笑うこいしの瞳は明るい。心を読む、そんな能力がなくとも、こよみの悩みはこいしには何となく理解できていた。
咄嗟に何か言いかけたこよみの唇を指で押さえ、こいしが続ける。
「きっと私たちの能力似てるから分かるよ。今はもうこれだから分からないけど」
閉じた瞳をこいしが少し寂しそうにさすって続ける。
「周囲の変化に嫌でも気づくのって辛いよね。私はそれが嫌で閉じた。だって辛かったから。特に私の場合、昔は友達作るのに必死で、心を読むって力はすっごく邪魔だった。相手も警戒するし、例え、隠しても何処かでボロが出てバレちゃう物だから」
遠い空に浮かぶ雲を追うように、記憶の彼方にある朧げな思い出を思い返すかのように、こいしが空を眺める。
「でもね。それでもお姉ちゃんは閉じなかった。不思議だった。どうやっても情報が入ってくるの。最初は引きこもってるからだと思ってた」
冗談めかして笑うこいし。こよみも少し笑う。そして、すぐに続きが綴られる。
「でもね。友達ちゃんといるの。地上一緒に行ったなら分かるよね。でね、ある日気づいたの。私とお姉ちゃんの違い」
こいしが言葉を切る。どれだけの時間を使ってその結論を導き出したのか。ただ、その回答が出た所で、こいしは元には戻れない。もう遅かったと。無慈悲にも閉じられた瞳が静かに語っている。そして、こいし本人もそれを理解している。だからこそ、無理な笑顔を作って。
口を開く。
「結局。私は友達作ろうとしてたんじゃ無かった。相手にとって、理想であろうとしてたの。それは友達じゃ無い。だってそこには信頼が無いからね」
「信頼......?」
こよみが反芻するかのよう繰り返す。それは、こよみには無い視点だった。永遠と、疲れはするものの、他人に合わせるのが普通。仮面を被り、自己を偽り、他者にとって都合の良いものとして生きる。
それが彼にとっての生き方だった。それが、彼にとっての優しさだった。
「友達関係って。お互いの信頼が無いと出来ないんだよ。相手は信頼してくれているかも。だけどね。私は信頼できない臆病者だった。だから最適解を答える。でも、それって相手からすると最初は気持ち良いんだよ。けど。ずっと続くと。不気味なんだよ」
見えてしまう。からこその畏れ。もし今思っていることを伝えたらどうなるのか。その不安に苛まれる。普通の者達はその不安を持ったまま伝えたり、はぐらかしたりする。
ただ、さとり妖怪と彼の前には最適解が転がっていた。そして、こいしはその最適解を使って友達を作ろうとした。その結果が今の彼女だった。
「その点、多分お姉ちゃんは目の前にある最適解を使うか使わないかを判断してる。だから信頼もされるし、きっと同じくらい相手のことも信頼してる。凄いよね。正直尊敬する。こんな事をお姉ちゃんに面と向かっては恥ずかしくて言えないけどね」
照れ臭そうに笑うこいしに、こよみも笑う。尊敬される姉という構図を見て、果たして自分は尊敬される兄であったのかとふと思う。
こいしは自分自身に欠けていたパーツを見つけていた。それがもう、手遅れだったとしても。ただ、目の前にまだ間に合う者がいた。
「まだお兄さんは間に合う。だからね。怖いけど、もっと周りを信頼して。そうすれば、ここでもっと楽しく生きていける筈だよ。幻想郷はいい所だから」
そういって、最後にこいしは未だに黒い蒸気を出しているこよみにハグをする。
「ありがとう。いろいろすっきりしたわ」
こよみにとって、こいしの出した結論は少し異なる部分はあれど納得がいくものだった。自分自身が臆病だという事には気づいていた。ただ。自分が一体なんでこうも生き辛かったのか。それを理解するにはまだ何かが足りなかった。それを、ついに見つけることが出来た。
「これから、こいしはどこ行くんだ?」
一度、二人は離れる。
「一回お姉ちゃんの所戻ろうと思うよ。なんで?」
何かを楽しみにするかのように。こいしが笑う。
「送るよ」
それに応えるかのようにこよみは右手を虚空に向かって振る。すると、それに合わせるかのように空間が切断され、その端を黒いリボンが止める。ゆっくりと開き始めたその裂け目から、いくつもの瞳が2人を覗き込んだ。
こいしは最初は目の前で行われたことに驚いたようだが、納得したようで。その裂け目を覗き込んでいる。
「俺は、紅魔館にお呼ばれされてるからいけないけど。さとりによろしく言っておいてくれ」
「うん。ありがと。また会おうねお兄さん」
「あぁ、また」
こいしはそのこよみの回答を聞くなり、その裂け目に飛び込んだ。少し時間がたってから、こよみはその裂け目を閉じる。再度、森に静寂が訪れる。未だにこよみからは黒い蒸気が立ち昇ってはいるが、先ほどまでの辛さはない。何か、肩に乗っていたものが落ちたかのような安心感がある。
「信頼か。なるほど、年の功ってやつかな」
こいしがここに居たら頭でも叩かれそうなことを苦笑しながらつぶやくこよみ。ただ、その表情にはもう曇りが無い。そんなこよみを祝福するかのように風が吹く。さわやかだと、こよみはそう感じ、深呼吸。だがすぐに、曇る。
「鉄......?」
風の来た方角。森の中、そこから。錆びた鉄のような臭いがする。そして、その匂いから最悪を想定したこよみは。その方角に走り出すのだった。