人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います 作:黒犬51
私は、夜に輝くあの月に恋をしました。
夜の闇に包まれた森を2人の中学生程度の少女が駆けている。1人は暖かい月の様な髪を。1人は冷たい闇の様な髪を。揺らしながら。
「ルーミア、待ってよ」
ルーミアと呼ばれた少女は振り返る。
「どうしたの」
少女は髪を揺らしながらにルーミアに追いつく。肩で荒い息を繰り返す霊夢にルーミアは笑いかける。
「疲れた?」
「うん。休憩しよ」
ルーミアは少女の手を取るとその身体が空に向かって浮き始める。その様は月が闇を連れて登る様で。
「私達、ずっと友達だよね」
星を目指しながら、ルーミアが溢す。それに対して、少女は少し笑うと首を縦に振る。それを見たルーミアは満足そうに笑って、森の上。輝く月光の下。少女を抱いた。
「うん。ずっと友達だよ」
2人の出会いはさらに遡る。それは深い森の中。ルーミアは1人、倒れていた。大きな裂傷を負った足からは絶えず血が流れ、地面を赤く染めている。腹部からも絶えず血は流れている。
「あぁ、こんなとこで」
じわじわと体の熱が周囲に染み出し、冷えていく。まるで暖かい布団の様で、ゆっくりと目を閉じる。きっと閉じれば終わりだなんてこと分かっているのに。しかし、わかっていたとしても。彼女は意識を手放した。
ただ、目を覚ますとそこは白い布団の上だった。体には包帯が巻かれている。慌てて起きあがろうとして鈍い痛みに唸る。
「こら。まだ動いちゃだめだよ」
木で出来た質素なドアが開き、1人の少女が入ってくる。闇の様な黒い髪、琥珀のように輝く瞳。女性にも関わらず、白いシャツと黒いチノパンを見に纏うその違和感にここは死後の世界かと思う。
「私死んだの?」
「どうだろう。でも、私はここが天国だとは思わないかなぁ」
クスリと笑う少女。身を翻すとドアからまた部屋を後にする。少し足音が遠ざかり、すぐに戻ってまた扉が開かれる。
「お腹すいたでしょ。ご飯食べよう」
少女の手にはトレーが乗せられており、その上には湯気を立てるスープとパンが置かれていた。
「なんで助けたの。私は人喰い妖怪」
能力を発動する余裕もない。それを知らせれば殺されるかもしれない。ただそれでも、助けてくれたこの少女を殺す気にはなれなかった。人喰い妖怪と言えどそれくらいの良識はある。
「わーお。人喰い妖怪。なら私は食べられちゃうの?」
また楽しそうにころころと笑う少女。しかし、その心から恐怖は感じない。まるで舐められている様で少し苛立ちを覚える。
「弱ってる私なんて怖くないってこと?」
「あれ。怒った?ごめんね。貴方を舐めてるわけじゃなくて、もし食べられたとしても貴方がそれで生きられるなら私はそれで良いの」
生きることになんの執着もない。それがこの少女だった。たとえ死んだとしても、それが誰かにとって意味のあるものであればそれで良いと。少女は笑う。
「狂ってるね」
「そうかも」
これが私と彼女の出会いだった。それ以降、私たちは定期的に会った。そして、話をした。その内に彼女は私にとってかけがえの無い者になっていた。今思えばあれば友愛の類ではなく、恋慕に近かったのかもしれない。
いつもなら食べる対象でしか無い人間と何気ない会話をする事が、こんなにも楽しいことだなんて。誰かと食べる料理がこんなにも美味しいものだなんて。私は知らなかった。
そして、知った。
妖怪と人間。本来は敵対する2人のの物語なんて。
大抵幸せな終わりは迎えられない。
「なんで......?」
暗い闇の中で月光の様な髪を持つ少女が、闇に溶ける様な黒い髪を持つ1人の少女を抱いていた。家の外からは人々の怒声が聞こえる。
「なんで」
固く目を閉じ、動かない黒髪の少女を金髪の少女が何度も揺するが応答はなく。静寂と冷たさだけが帰ってくる。
「なんで」
繰り返し問いを投げる少女。一際強くその体を揺すった時。黒髪の少女の腹が裂け、臓物が溢れて金髪を赤く染めた。黒髪の少女の体は傷だらけだった。切り傷、刺し傷、火傷、誰が見てもわかる。奇跡でも起きない限りは、もう助からない。
「あ...あ」
「嘘つき」
ぽつりと、水滴の溢れた一つの言葉。そして、その一滴が、少女の心を決壊させる。
「嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき」
叫び、喚き、哭く。まるで赤子の様に。血に飢えた獣の様に。しかし、その赤子をあやす親はいない。あるのは、全てを飲み込む。闇。
外が騒がしい。私と彼女の時間を奪った奴らが羽虫の様に騒いでいる。それは、彼女と同じ人間だった。どうして同じ人間なのに、どうして同じ仲間なのに、どうして。どうして。
彼女の血に濡れた体で、動かなくなった彼女を抱きながら、彼女の臓物の中で。
少女は思考し、思索し、思慮し。そして嗅ぎつける。
一つの答えを。
「あぁ、そっか。これが人間なんだ」
闇が溢れる。それは周囲の全てを包み込んだ。少女の住んでいた家を、周囲で喚く羽虫を、木々を、森を、炎を、光を。
そして、愛しそうに抱えた少女の闇の様な髪を、月の様な琥珀の瞳を、腹から溢れた宝石の様な赤を、雪の様に白い肌を、暖かった心を、その全てを一欠片でも残さぬ様に。
「さようなら。私の......最愛の人」
呆然と闇の中、少女との思い出を振り返るルーミアの前に1人の人間が現れる。
「何してるのよ」
それは、紅白の巫女。手に持った大幣で私を指している。
「......最後の晩餐」
闇の中に溶ける様にこぼした言葉は、始まった戦闘によって掻き消された。