人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います   作:黒犬51

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 貴方の人生に目標はありますか。

 貴方の人生とはなんですか。

 貴方、どうして生きているんですか。


36話 This is why

 

 流れる水の音、立ち昇る湯気。白色に濁った湯の中に2人の少女が座っていた。

 

「こいし。俺はどうすればいいと思う?」

 

 白い湯気の立ち昇る風呂の中で壁に顔を向けながらこいしに尋ねる。

 

「どうって。まずはこっち向いて欲しいかも」

 

 まるで壁と会話しているかのようなこよみにこいしが呆れたように言う。ただ、こよみはそちらを向く気は無いらしい。何の反応もせず、淡々と言葉を続ける。

 

「俺、逃げてきたんだよ。そのせいでたくさん人が死ぬ。そして、多分俺の友達も死ぬ。でも俺には、止められそうに無かった」

 

「だからそんなSMみたいな鎖つけてるんだ」

 

「え、えすえ。お前そんな言葉どこで」

 

 慌てて振り返ってしまって、顔を覆う。そこには翡翠色の髪から水が滴らせ、生まれたままの姿のこいしがいた。半身浴のような形で風呂に浸かっている為、下は見えないが、見た目相応のささやかな膨らみとその桜色の先端まで見てしまった。

 

「知らないよ」

 

「恥じらいとかないんかな」

 

「ないよ」

 

 こよみは大きなため息を吐く。早急に地上に戻らないといけない。確かに放っておいても霊夢が対応しそうではある。ただ、霊夢が言った通りに動くなら、その頃には多くは死ぬだろうし、ルーミアは殺されてしまうだろう。

 それに、あのルーミアは明らかにおかしかった。霊夢は人間を舐めるなと言っていたが、実際にあれを処理できるかはわからない。

 

「でもね。後悔はしないようにした方がいいよ。勝てないかもしれないけど、勝てるかもしれない。だってお兄ちゃんはこうして生きて帰ってきた。それは可能性があるって事だよ」

 

 こよみは腕に付けられた鎖を見る。これは恐怖の象徴だ。次は殺されるかも知れないという、今のような日常に帰れないかも知れないという恐怖の。

 

「あぁ、いいこと言うな」

 

「長生きだからね」

 

 こよみは温泉の中の自分の体を見る。覚悟は出来ただろうか。まだ足りないだろうか。ただ、それでも。

 

「姉妹揃って見た目は幼いがな」

 

 こよみは冗談めかして笑う。思えば、こんな日常をもっと過ごしたかった。外の世界で過ごしていた普通が懐かしい。何も生まない怠惰な日常だった。人々が家に帰る頃、目を覚まし、人々が目を覚ます頃、眠りにつく。周囲からすれば時間の無駄だと笑われるだろうが、あの頃は本当に楽しかった。

 ただ、それでも。

 

「元男の人なのに、おっきくてムカつく」

 

 頬を膨らませるこいし。そのまま猛進してきて抱きつかれる。しっかりとした女性の温度を、肌の質感を感じてしまい少し頬を赤らめるこよみ。それを見たこよみがイタズラっぽく笑う。

 こちらに連れ去られてからは全てが変わった。まず女になった。光の球を撃てるようになった。何処かの王様のようにどこからともなく武器を出せるようになった。空も飛べるようになった。腹に穴を開けられても治る。能力なんて言うファンタジーな物も手に入れた。このままここで、こいしとさとりとのんびり暮らすと言うことも出来るだろう。あの頃のような呑気な暮らしができる。

 ただ、それでも。

 

「ありがとう。色々と救われたよ。こいし」

 

 こいしを一度抱き返し、ゆっくりと離す。そして、ゆっくりと立ち上がる。肌が外気に触れて少し冷える。

 

「何もしないで後悔は違うよな。だから俺、いくよ」

 

 こいしはこよみの目をじっと覗き込むように見つめる。

 

「死ぬかも知れないんでしょ」

 

「それでも。俺は後悔したくない」

 

 何もせず、後悔するのだけは嫌だった。それだけが、こよみの想い。呑気に暮らしたかった一般人の欲望。

 心残りがあっては、呑気に暮らすことは出来ない。

 

「うん。わかった。行ってらっしゃい。でも、死んだらダメだよ。お姉ちゃんも悲しむから」

 

「苦手だけど、本気で頑張るわ。家族の願いだしな」

 

 こいしの頭を撫でる。気持ちよさそうに少し目を細めるこいし。出来るだけ顔の下を見ないように気を付けつつこよみは風呂を後にする。

 準備されていたシャツとチノパンを着て、廊下へ。そこで1匹の黒と赤で彩られた猫とすれ違う。

 

【行くのかい】

 

「怪我治すの早いな」

 

 2本の尻尾が足を撫でる。

 

【あんたには敵わないよ】

 

「俺は特別だしな。もう一回お出かけしてくる。さとりによろしく」

 

 振り向くことは無く、手をひらひらと振って玄関を目指す。廊下は未だにあの凄惨な戦闘の跡が残っている。唯一の救いは遺体だけはもう無いことだ。安らかに眠ってくれと願いながら玄関の扉を開く。

 

「あー、怖いな。でもやらないといけないか」

 

         ************

 

「逃げろ!」

 

 人里では闇が暴れていた。それに相対するのは1人の少女。青いワンピースのようなものを来て、頭には六面体と三角錐の間に板を挟んだような奇妙な青い帽子が乗せられている。

 

「ルーミア!やめろ!」

 

 また1人、人間が闇に飲まれた。一瞬だけ断末魔が響き、すぐにそれすら闇に消える。少女は必死に弾幕を放つが効いている様子はなく、全てが闇に溶け落ちる。

 そして、遂に少女にまでその闇が手を伸ばす。少女は回避、しかし、その闇の狙いは少女だけでは無かった。その背後、少し先を逃げる子供。そこに向かって闇が伸びる。慌てて闇に弾幕を撃ち込むが、やはり効いている様子はない。子供の絶望に歪み、涙を溢しそうな表情が少女を捉える。

 しかし、その闇は業火によってその道を絶たれた。

 

「慧音。大丈夫か」

 

 慧音の前で、その灰のような白髪が揺れる。白のカッターシャツ、赤いモンペのようなズボンをサスペンダーで吊っている。

 

「妹紅......」

 

「慧音。村人は任せた」

 

 まるで頑張ったとでも言いたげに慧音の肩を叩く妹紅。

 

「任せたぞ」

 

 そう言い残して慧音は先程の子供の方へと駆ける。それを見送って、妹紅は闇へと振り向く。

 

「ルーミア。お仕置きの時間だ」

 

 大きく息を吸い込み、妹紅の体から揺らめく炎がまるで溢れるかのように滲み出す。

 

「今宵の炎は、お嬢ちゃんのトラウマになるよ」

 

 この宣言と共に、全てを喰らう闇と万物を灰燼と化す業火が衝突する。

 

 

 

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